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  シーカー 作者:安部飛翔
第6章
プロローグ
 どこまでも深い樹海。
 ただびとなれば足を進める事すら不可能だろうその真っ只中。
 スレイはなんという事もなく、整えられた街道を歩むが如く、いやとても人とは思えないようなあまりにも軽やかな足取りで突き進む。
 全く標となるものも無い中。
 ただ感覚のままに、その歩みは迷うことなく真っ直ぐだった。
 普通ならば歩み続けようとも何の変化も無い光景だけでも、人の感覚を狂わせていたであろう。
 更にはここには濃密な幻術に、空間操作の術式さえ掛けられている。
 だがスレイにとってもディザスターにとってもフルールにとってもそんな物は何の意味も無い。
 彼らが在るだけで、彼らに干渉しようとするそれらの術式は容易く無効化され、また進むべき方向は感じられる気配で容易に定められる。
 そもそも本来ならば、このように歩いて行く必要すら無い。
 感じる気配の元に跳べばいいだけの話だ。
 だからこれはスレイにとっては遊びなのだ。
 それも悪戯の類。
 故に、ディラク島全土にさえ巡らされていた“眼”と、この樹海のみに巡らされていた“眼”。
 前者が九尾の狐の物で、後者がその傍に居るらしい霊狐の物だろう。
 それら2つの“眼”を惑わし、開かれた道を進むスレイ達の姿を見せてさえいる。
 不意打ちじゃなければ、悪戯にはならないという、スレイの拘りだ。
 ディザスターとフルールには呆れた目で見られたが。
 念の為、忍達にもスレイ達が開かれた道に進む幻影を見せておいた。
 忍達の動きでせっかくの悪戯がバレてはつまらない。
 その忍達だが、幻術を解かれ開かれた道ではあったが、どうやら入り口付近で惑わされたようだと、気配で察する。
 どうやら元々スレイ達の為だけに開かれた道だったらしい。
 余計な者達は直接干渉し追い出したか。
 などと考えつつ、スレイは先に考えを巡らせる。
 自らの感覚を広げイメージする。
 二つの気配が感じられる場所。
 どうやらその周囲は開けているようだ。
 周囲を樹海に包まれながら、そこだけが草木も生えず、固い土がむき出しになっているらしい。
 中心に存在するのは巨大な木造の屋敷だろうか。
 どうやら使われているのはただの木材という訳ではないようだが。
 “識”ろうと思えば、その木材の詳細まで“識”る事も可能だろうが、そこまでは必要無いと判断。
 その屋敷の中から強大な気配が感じられる。
 九尾の狐の物だろう。
 “視”ようと思えばその姿をここからでも詳細に“視”る事も可能だが、これに関しては、折角の噂に名高い美貌をそんなつまみ食いするような真似は勿体無いと却下。
 やはり、それほどの物ならば、最初は直接見てこそだろうと思う。
 屋敷の門の前にも気配が感じられる。
 これは霊狐の物だろう。
 九尾の狐と比べればあまりに気配が弱い。
 と、感じるが、これは比較対象が悪いだろう。
 霊獣として考えるならば相当なものだ。
 やはり姿は“視”ない。
 感覚で性別が女だと分かったからだ。
 霊狐、狐が人化した者ならば、九尾の狐程では無くとも、かなりの美貌の筈。
 それはそれでやはり最初は直接見て楽しみたいと思う。
 門の前に立っているという事は出迎えの準備をして待っていると言う事だろう。
 まあ、九尾の狐の“眼”はディラク島中に巡らされている。
 自分達の訪問も想定内と言う事か。
 だからこそ道を開いて待っていたのだろうし。
 納得するスレイ。
 しかし、まあ。
 と考えを進める。
 屋敷の周囲の開けた地はかなりの広さだ。
 突然木々の間からスレイ達が出て行っても霊狐を大して驚かせる事は出来まい。
 それではつまらない。
 だがまあ、要は普通に出て行かなければいいだけか。
 スレイは軽く頷く。
 木々の間から、一瞬で霊狐の前に在る事など、自分達にとってみれば容易い。
 九尾の狐にも霊狐にも今の自分達の存在を感じるなど不可能。
 だが、と更に考えを進める。
 霊狐が驚き反応したならば、それは九尾の狐の知る所となるだろう。
 それは避けたい。
 ならばどうするか?
 まあ答えは出ているんだが。
 内心苦笑するスレイ。
 木々の間から飛び出すと同時、屋敷の周囲に結界を張り、九尾の狐には仮想の世界を見てもらう。
 高度な魔法に概念操作を組み合わせ、色々工夫をすれば、神獣だろうと現実と仮想の差を見破れない結界を創り上げるのはスレイにとっては容易い。
 ふむ、こんなものか。
 あとは特に伝えなくとも、スレイが動けば、ディザスターとフルールは難なくついて来てくれるだろう。
 そう考えつつ苦笑する。
 しかしまあ、悪戯一つにこれほど無駄に力を注ぐとは。
 我ながらなんというか、まあ。
 自分で自分に呆れるスレイ。
 だが同時に、スレイはこれもまた必要な息抜きか、と考えている。
 なにせ、これから先、真面目にやらなきゃならない事が山ほどあるからな、と。
 クランドに埋め込まれた“種”。
 クランドから伝わってきた思想、希望。
 クランドが成そうとしていた事。
 本当にあいつはどれだけの物を背負おうとしていたのか。
 改めて驚嘆する。
 あいつが帰って来るまでに、せめてその一部くらいは実現しておかなければ合わせる顔が無い。
 何よりも、それがスレイの行動のモチベーションだ。
 とはいえ、スレイの場合はクランドの様に真面目一辺倒になれる訳では無い。
 今までと同じように最強を求めるのも美女・美少女を求めるのも、その欲望自体は捨て去らない。
 今回のように、機会があれば息抜きがてらの悪戯もする。
 ……とはいえ、神獣相手の悪戯を息抜きなどと言えるのは、スレイぐらいであろうが。
 それでも、だ。
 これでディラク島の件については一先ず片が付くとして、今度は大陸全土について色々と動かなければいけない。
 やはり気が重いのは確かなのだ。
 まあ、やる気自体はあるのだが。
 しかし、クランドの奴は“種”と言っていたか。
 ふと、自らの中に埋め込まれた、クランドの手による物について思いを巡らせる。
 ならば芽吹き、成長し、何かに成るという事か?
 例えそれがクランドの手による物であっても、自らという存在の本質が完全に変質する事は無いという自信はある。
 だが、表層の一部ぐらいは変質するかも知れない。
 そう思うと……面白くなる。
 はてさて、どうなることやら?
 楽しみながらも僅かに不満はある。
 スレイにとって一番の目的は帰って来たクランドとの再戦だが、二番目は邪神達を悉く打倒する事、三番目があらゆる美女・美少女呼べるモノを口説き落とす事だ。
 一番目は待つしかなく、三番目は色々と並行しながら可能だが、二番目が色々と動く事で遅くなってしまう。
 ままならないな。
 と溜息を吐くと同時、スレイは目的地に到着した事を感じる。
 さて、と。
 気を取り直し、前を見据えるとそのまま歩みを進め、そしてどんどんと木々の間から光が差し込んで来る。
 そのまま木々の連なりが終りを告げると同時。
 スレイは物音一つ立てず、その存在を感知させる何の要因も生じさせぬままに、既に先程“視”たままの木造の屋敷、その門前、気配を捉えるに止めていた霊狐の眼前へと在った。
 既に屋敷の周囲に結界も張り終えている。
 そして眼前で目を見開いて唖然としている少女。
 そう、少女と呼ぶのが相応しい10代後半の見た目の人間の姿をした霊狐を瞬時に、直接徹底的に観察する。
 身長はごく普通だろうか。
 胸は大きく腰は括れ脚も長く、スレイが出会う女性達の例に漏れずスタイルは抜群である。
 ふむ、こういう縁も恵まれている、と言うのだろうな。
 などと関係の無い事を考えつつも観察は続いている。
 足下まで伸びる長いサラサラの白髪が一際目を惹き、そして細く切れ長の鋭い赤眼とコントラストを成す。
 肌は抜ける程に白く、顔立ちは彫りが浅くも深くも無い、だが極めて整った、それこそカタリナ級の規格外の美貌だ。
 その身に纏うのは恐らくは侍女服だろう。
 ディラク風であるというだけでなく、何やら色々とアレンジされているが、まあその程度の察しはつく。
 これは、まあ。
 眼福、眼福、と思いながら、スレイの期待はやおら高まる。
 眼前の少女は霊狐。
 獣の変化としても、格は決して低くないが、だからと言って格別に高いと言う訳でも無い。
 隠しているが、尾の数は四尾。
 尤も尾の数が力の絶対の基準という訳では無い。
 現にスレイが“識”り得る知識では、九尾すら超え圧倒的な神通力を得た天狐には九つの尾を持つ説と四つの尾を持つ説の二つがあった。
 尾の数こそが力の象徴という説、力も極まれば必要が無くなった尾は減っていくという説。
 さて、これらの説を突き詰めると、果たして天狐より上とされる空狐は何尾なのか、いや尾が存在するのか、という疑問に突き当たるが。
 なにせ、“識”り得た限りでも、その辺りの情報は少なかった。
 それ以前に空狐と天狐の序列が逆転している説もある。
 さて、このようにぐだぐだと考えなくても、ただ“識”ろうと思えばいいだけだろう、という考えもあるだろう。
 だが、絶対なる確固たる存在たる“真の神”ならともかく、この世界の神々、異世界の神々、神獣から妖怪に魔物の類に到るまで、確固たる正解という物が存在しないのが困り物だ。
 例えばこの世界、ヴェスタの神々にも異世界出身の神が居るが、彼らの殆どは習合神だったりする。
 同一の神格とされる神を習合した神格だ。
 それだけでは無い、実は彼らと同一の神格も実はきちんと元の世界にも存在しているのである。
 これらは、“真の神”では無い、神という存在が、人の深層意識の影響を多分に受ける事が原因である。
 故に本来ならば神とは不滅の存在である筈だ。
 しかし過去、この世界ヴェスタの神々は何柱も消滅している。
 それは、恐らくは元の世界にオリジナルの神格が存在するだろう失われし名持ちの邪龍が、召喚した魔術師の手により、この世界ヴェスタの力、即ちかつての最強の“真の神”ヴェスタの力で以って変質させられ、神すら死滅させる“死”の力を手に入れた事が原因である。
 また“真の神”である邪神達ならば、それこそ神々の存在を完全に消滅させるなど容易い事だろう。
 話はずれたが、ともかく、人の潜在意識に影響されるというのは神だけでは無い。
 神ほど顕著では無いにしても、先程上げた神獣から妖怪に魔物の類に到るまで、それなりの影響を受けるのだ。
 とはいえだ、この霊狐に関してはそれは関係無いだろう。
 先程も述べたようにごくごく普通の四尾の霊狐と呼ぶに相応しい格でしか無い。
 だが、逆にそれが不思議に思える。
 伝承によれば、遥か昔、九尾の狐は異世界よりこの世界に転生したという。
 そして、その転生の際、この世界ヴェスタの影響を受け、その存在は変質した。
 確かに九尾の狐というカテゴリーなのだが、もはや元の世界でいう空狐すら超えた格に到っているのだ。
 そして、この霊狐の少女も、九尾の狐と同じ世界から転生してきたと、スレイの眼力は見抜く。
 ならば、何の変哲も無い霊狐に過ぎないというのは……。
 考え、すぐに自分の馬鹿さに気付く。
 本来、考えるまでもなく、あの失われし名持ちの邪龍でさえ、召喚者たる魔術師の干渉が無ければ、ヴェスタの力により変質する事は無かった。
 何より、真紀やセリカに出雲と言った、身近にいる異世界からの来訪者達とて、何らヴェスタの影響を受けての変質などしていない。
 つまり、変質する方が例外か。
 結論が出てしまえば、疑問に思ったのが馬鹿らしくなるような事だった。
 心中で苦笑すると、目の前の美少女に対する第一声を何にするか考える。
 何せ、これだけの規格外の美少女だ。
 やはり自分のモノにしたい。
 とは言え、何せ相手は初対面。
 あまり踏み込み過ぎるのも逆効果だし、奇をてらっても仕方が無い。
 結局は無難な挨拶が一番かと結論を出す。
 ここまでの思考を刹那で終える。
 そしてスレイは、実に無難な第一声を発する。
 だが、あまりにも迂闊であった。
 凡ミスとさえ言っていい。
 もともと箍が外れた人間ではあったが、この短い間に、そんなスレイにとってさえ濃密過ぎる時間を過ごした事で、更に色々と緩んでいたのだろう。
 そもそもの大前提を忘れていた。
 故に悲劇は起こる。
「どうも、既にご存知と思うがスレイと言う。道の幻術が解かれていたので、招待に預かっていると思い、訪ねさせてもらった。君の名前を聞かせてもらっても構わないだろうか?」
「ふぁっ!?」
「ふぁ?」
 途端奇妙な声を上げる霊狐の少女。
 思わずオウム返しするスレイだが、その目の前で霊狐の少女は腰を抜かしたように倒れ掛ける。
「おっと、大丈夫か……っ!?」
 あっさりと手を掴み支えるスレイだが、思わず絶句する。
「あ、あぁぁぁぁ……」
 赤い瞳を潤ませ、どこか絶望的な声音を上げる霊狐の少女。
 その侍女服の股間から染みが広がり、地面にまで染みは広がっていく。
「あ、その、えーと」
 流石に何も言えず硬直するスレイに、後ろからやって来たディザスターとフルールが呆れたような非難するような声を掛けた。
『主、幾らなんでもやりすぎだろう?』
「っていうかさ、お化けとか暗殺者とか、そんなのも比較にならないような、あんな表れ方しといて、普通に声掛けるって……しかも、その娘、普通に道から来ると、幻影まで見て騙されて待ってたんだよね?」
 そう。
 そもそもスレイ達は相手を狡猾に騙し、不意打ちを喰らわせたのだ。
 しかも並大抵の不意打ちじゃない、例え神だって軽く暗殺できるだろう。
 自分の感覚に自信があっただろう霊狐の少女が、こんな事態に耐性がある訳も無い。
 何よりだ。
「そりゃあ、逸脱したとは言え、結局は自然の進化の産物である霊獣の方が、兵器として改造されてる探索者より、よっぽど生物としての生理機能が正常に機能してるのも当然か」
 自らの迂闊さと、最悪のファーストコンタクトに、思わず額に手を当てるスレイだった。


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