九尾の狐が棲まうとされる樹海の入り口。
入り口と呼ぶのが正しいかは分からないが、僅かなりとも樹海の中へ開けた道がある場所。
ディザスターとフルールと共にその前で立ち止まったスレイは、腕組みすると苦笑して、肩を竦める。
「はてさて、これは、誘われているのかね?」
『さて、どうだろうな?』
「うーん、まあ確かにそう見えるけど」
悩むように答えるディザスターとフルール。
彼らの前にある道。
そこには微かに幻術の残滓が残っていた。
樹海そのものには未だに幻術が掛かっている。
だがその道だけ、明らかに幻術を直前に解いた形跡が見て取れるのだ。
スレイほど雁字搦めではないにしても、ディザスターやフルールも、この世界の中では力を縛られる存在。
流石にその意図を読んで取る事は出来なかった。
そして後方に感じられる複数の気配。
クランドとの戦いに赴いた時の監視などとは比べ物にならない練度。
噂に聞くディラク島の諜報要員“忍”という者達だろうか?
恐らくはノブヨリの指示だろうな、と考える。
まあなにせ、相手はこの樹海に居ながらにして、天変地異を容易く起こせる神獣だ。
いくら任せると言ったところで、監視を付けるのは当然の事だろう。
特に腹は立たない。
むしろノブヨリのその打つ手には感心すら覚える。
だが如何せん、駒の能力が不足……。
そう考えかけて、いや、違うか、と思う。
例えどのような存在であろうと、自分を隠れて監視するなど不可能だ。
単純に自分が異常なだけであろう、と。
「ふむ、それはそれとして、だ」
独りごつスレイ。
だがディザスターもフルールも特に疑問に思った様子は無い。
監視にも、スレイの思考にも気付いているのだろう。
本当によく出来たペット達だと思う。
そしてスレイは樹海を見上げる。
木々の一本一本がひどく高い。
それでいながら実に密に集まっている。
そして果てが見えないほどに広い。
まさしく木の海、樹海と呼ぶに相応しい地だ。
それだけでなく、その広い樹海を包むように広がる気配がある。
これが九尾の狐の気配だろう。
なるほど、これは神獣と呼ぶに相応しいな、とスレイは頷く。
そしてスレイにとって面白い事を思い付き、思わず笑みを浮かべる。
そんなスレイに流石にディザスターとフルールが疑問顔で尋ねてきた。
『どうした主?』
「どうしたのスレイ?」
スレイはますます笑みを深め、その疑問に答える。
「いやなに、どうやら俺達は招待されているようだが、招かれざるお客様まで連れて行くのはどうかと思わんか?」
暗に監視の忍を指してのその言葉に、ディザスターとフルールは首を傾げる。
『それはそうであろうが……』
「どの道これだけの幻術の使い手なら、途中であいつらだけ惑わして、足止めするなんて簡単だと思うけど?」
スレイも尤もだと思う、納得できる言葉だったが、暗に無視して続ける。
「ついでにだ、こんなにご丁寧にご招待頂いている訳だが、そんな招待に正面から応じる程、俺はお行儀の良い性格じゃない、と自分では自覚している訳だが、お前等はどう思う?」
その言葉に、ディザスターとフルールは納得した顔を浮かべる。
『ああ、なるほど』
「つまり、相手の思い通りに動くのが嫌って、何時もの我侭だね?」
「そういう事だ」
笑って胸すら張って堂々と言ってのけるスレイ。
どこか呆れたような顔のディザスターとフルール。
『むう、主は大分変わったのかと思っていたのだが』
「なんかあんまり変わってないねー」
そんな言葉に、スレイは肩を竦め答える。
「いや?大分変わったという自覚はあるぞ。これが形式なんかを重視するような相手で、重要な場面ならこんなおふざけをしようとは思わんさ。今となってはクランドから受け継いだ成すべき事を成す為にはそういう面倒臭い建前も重要だからな。だからこそ逆に、そういうのが必要無いこういう相手で、存分に楽しまないとな?」
堂々と述べられた言葉に、一瞬絶句した後、ディザスターとフルールは思わずと言った感じで述べた。
『なんというか……まあ』
「うわー、自覚あって、相手を選ぶようにまでなってる分、性質悪くなってない?」
そんなペット達の台詞に、スレイは笑う。
「ふふん、これでクランドの奴から受け継ぐと決めた責任や義務ってのはやたらと重いんだ、たまには遊ばせろ」
『それは、そうかもしれないが』
「受け継いだばっかで遊ぶってのは、ちょっと……」
どこか引いたようなディザスターとフルール。
だがスレイは心外そうに告げる。
「何を言う?ノブツナ達相手に色々と仕事をしてきたばかりじゃないか?」
『……主』
「……たった一回でストレス溜まっちゃったんだ?」
呆れたようなペット達の目に、だがスレイは動じない。
「まあな、幾ら色々な物を受け継いだとは言え人間そんな急には変われんさ。少しずつ自分が変化しているというのは分かるが、それでもまだ以前のままの自分も大きい。そんな状態でいきなり真面目に色々やったんだから、ストレスが溜まってしまっても仕方ないだろう?」
悪びれないスレイに、ディザスターとフルールは溜息を吐いた。
『まあ、変わったと言っても、主の欲望だけは揺らぐ事なく絶対の物として存在する事だし、それを考えれば仕方あるまいか』
「まあ、僕としても、楽しければそれでいいんだけどねー」
「それでこそ俺の可愛いペット達」
上機嫌に笑うスレイ。
そんな調子の良い様子に呆れながらも、ディザスターとフルールは問い掛ける。
『それで、結局どうするのだ?』
「招待に応じずに、九尾の狐に会いに行く、って矛盾してない?」
「ふふん?」
『……』
「……」
ディザスターとフルールの問い掛けに楽しげに鼻で笑ってみせるスレイ。
その様子に何となく嫌な予感を覚え、沈黙するディザスターとフルール。
「なあ、わざわざ道の幻術を解いてご招待してくれている、ってのはだ。つまりは玄関の扉を開いて待っててくれてるようなものだと思うんだが、どうだ?」
『確かに……』
「まあ、似たような物だろうけど……」
渋々肯いたディザスターとフルールに、より口端を吊り上げるスレイ。
「だろう。だったら話は簡単だ、扉が開かれた家の招待に応じずに家主に会う……方法は実に単純明快。扉なんて無視して壁をぶち壊して家の中に入ればいい」
『……』
「……」
あまりにもあまりなスレイの言い草に、またも沈黙するディザスターとフルール。
スレイはそんな二匹の様子すら楽しみながら告げる。
「まあ、それに、それならあの連中も付いて来るなんて不可能だろうさ」
『確かに』
「それはそうだろうけど」
ディザスターとフルールの、ここ最近見せる、あまりにも息のあった言葉の繋がりに、内心笑いながらも、スレイは道の前から外れ、より深い木々の手前に立つ。
「ふーん、まあ大した幻術だが、俺にとっては問題にならんな。方向と距離は……、よし分かった。このまま真っ直ぐ突っ切るとするか。しかし、九尾の狐の強大な気配の傍に、九尾の狐と比べると霞むがそれなりの気配があるな。……霊獣?九尾の狐と同じ狐の気配があるから霊狐と言ったところか?まあいい。それじゃあ行くぞ」
軽く告げると共に、そのまま生い茂る木々の中に無造作に足を踏み入れていくスレイ。
全く以って躊躇が無い。
ディザスターとフルールは、そんな主の暴挙に、慌てて後を追いかけた。
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