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  シーカー 作者:安部飛翔
第5章
5話
「さて、それでだ」
「あん?」
 あれから、暫し経ち、腰を落ち着け、静かにクランドについてのこれから先必要になるだろう情報だけを語っていたスレイ。
 ただ座っているだけでありながら、圧倒的な存在感を放つそんなスレイが突然発したいきなりの言葉に、ノブツナは思わず疑問の声を上げる。
「いや、なに。本来の条件ではクランドの件を治める事と交換条件に、シズカを九尾の狐に伴うという話だったが、それは無しにしようと思う」
「スレイさんっ!?」
「って、おめぇ。それを条件にゲッシュ殿を説得したんじゃあねぇのか?」
 一段高くなった中心に在る城主の座からスレイを見下ろしながら、シズカのスレイに向けられた非難混じりの叫び声を無視して静かに問い掛けるノブツナ。
 やはり家臣達は居らず、ただ他にこの場に居るのはトモエとノブヨリのみ。
 トモエは僅かに瞠目し、ノブヨリは逆に目を細め真意を探るようにスレイを見やる。
 スレイは軽い微笑を~クランドとの出逢い以前には浮かべられなかったような表情だ~浮かべながら、何でもない事のように続ける。
「まあ確かにそれはそうなんだが、少なくともその交渉をあんた相手に成功させた時点で、俺の交渉力を測る、という建前の条件は満たしているだろう?」
「まあ、そりゃあそうだな」
「ちょっと待ってください!!私の話も」
「ああ、シズカ。文句は後で聞いてやるからよぉ、今は黙ってろ」
「っ!?……」
 スレイの、論点をすり替える言葉。
 それに敢えて乗っかるノブツナ。
 そんな2人の会話に慌てて口を挟もうとするシズカ。
 だがノブツナは一言でシズカを黙らせる。
「で、へ理屈はともかく、シズカを連れていかねぇ本当の理由はなんだ?」
 あっさりと核心へ踏み込むノブツナに苦笑しながら、スレイは肩を竦めて少しばかり口にし難い理由を述べた。
「まあ、他の女を口説きに行くのに、自分の女を伴うってのは、流石に、なぁ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
 スレイの答えに黙り込むシュテン一家4人。
 やがて戸惑ったようにノブヨリが尋ねる。
「女を口説きに行く、ですか?」
「ん?ああ」
「ええと、相手は神にも匹敵する神獣、九尾の狐ですよ?」
「傾国と呼ぶのも生温い、世界すら傾かせるだろうという傾世の美女だって話だな」
「……」
 全く動じないスレイに、再び沈黙するノブヨリ。
 代わって、困惑したように頭を抑えながら、スレイに語りかけるノブツナ。
「あ~、スレイ。九尾の狐をただの美女扱いするのはらしいっちゃあらしいんだがなぁ……。女を口説きに行くからシズカを置いていく、とか。おめぇにそんなデリカシーがあったってぇのは驚きなんだが」
 失礼極まりないノブツナの台詞だが、全く以ってその通りなので、やはり肩を竦めて苦笑しつつスレイは答える。
「デリカシーがあった、というよりデリカシーが出来た、の方が正しいな。ついでに言うと、本当はこの話自体、本来ならシズカに聞かれず済ませたい、と思っていたぐらいのデリカシーは今はあるぞ。話の流れで、あんたらを納得させる為に言わなければならなくなってしまったがな」
 本気で少しばかり残念そうなスレイの様子に、ノブツナは僅かに目を見開くと、溜息を吐き告げる。
「スレイ。俺ぁ、おめぇと大して付き合いがある訳じゃあねぇが、それでも分かるぜ。変わった、いやクランドの死がおめぇを変えたのか?」
 スレイの返答は緩やかな微笑。
「まあ、その通りだな。あいつが帰って来るその刻まではあいつがこの世界で成していたであろう事を成す。何よりもその刻にあいつに誇れる自分でありたい。それが今の俺の最優先の行動基準だ。まあ、最強や女を望む欲望も捨ててはいないが、最低限のモラルは守るさ」
「……なに?」
 思わず眉間に皺を寄せるノブツナ。
 他の3人もスレイの台詞に理解が及ばないと言った様子だ。
 例外は先程から大人しくし続けているディザスターとフルールぐらいのものだろうか。
 スレイは4人の反応の意味を理解し、笑みを深め嬉しそうに続ける。
「ん?クランドが帰って来る、という言葉の意味が理解できないか?実に単純な話なんだがな。あいつは人間の例外中の例外だ。死んで輪廻の輪の奔流に呑まれたところでその魂は奔流の中に溶ける事は無い、変質する事すら無く完全なる個を保ち続ける。いやそれどころか、輪廻の輪の奔流の中で様々な物を拾い上げ、己が魂を強化すらしてのけるだろうな。だからいずれあいつはより強くなって俺の前に帰ってくる、これは予想なんかじゃない、絶対の確定された事実だ」
「……」
「……」
「……」
「……」
 穏やかでありながら、凄絶な笑みを浮かべたスレイに圧倒され黙り込む4人。
 そして、やはりノブツナが始めに口を開く。
「ふん、なるほどな。まあ、おめぇも、クランドの野郎も、確かに常識じゃあ測れねぇ、そういう事もあるのかもしれんな。まあ、それはいい。で、だ。そんなクランドの野郎に変えられたおめぇが九尾の狐を説得しに行くってのは、本当にただ女として口説くって、それだけか?」
「ん?何時俺がただ口説きに行くだけだなんて言った?」
 ノブツナの指摘に楽しそうに笑ってからかうように告げるスレイ。
 眉を顰めるノブツナを見ながら思う。
 存外、ノブヨリはノブツナ似なのかも知れんな、と。
 知性派と感覚派の違いこそある。
 だがこの短期間で急激に成長してみせた、いや単純に父母への蟠りを呑みこんだノブツナは、ただそれだけで異常なまでに鋭い直観で核心を貫いてくる。
 これは嬉しい誤算だと思いながらスレイはノブツナの疑問に答えてみせた。
「何、九尾の狐を口説きに行くのも嘘じゃないが、それ以上に、ディラク島の守護の為の第二の楔を打ちに行くのさ……いや、これは正確じゃないな。俺が九尾の狐を口説く事が結果的に第二の楔を打ち込む事になるってのが正解か」
「第二の楔ぃ?」
 流石に疑問の声を上げるノブツナに、スレイは笑って答える。
「ああ、ちなみに第一の楔はシズカだな」
「は!?」
「え?」
 素っ頓狂な声を上げるノブツナ。
 不思議そうな顔をするシズカ。
 そんな中、ノブヨリだけが得心したような表情を浮かべている。
 流石にこういう細かい部分では知性派と感覚派の違いが出るかと苦笑いしつつ、それ以上にシズカの反応にもっと深い苦笑が浮かぶ。
 昨日の夜、はっきりとシズカには告げた筈なのだが、深い意図までは汲んでくれなかったらしい。
 どうやらシズカは母か祖父母似と言ったところだろうか。
 なんとなく、戦ってる方が得意そうだな、と思う。
「つまりだ、事後処理こそ残っているとはいえ、今や完全にディラク島を支配下に治めたお前の娘であるシズカと繋がった事で、人間の力という意味で、ディラク島を守護する為の手段に、俺はある程度口を出せるようになった訳だ、これが第一の楔。次いでこれから神にも匹敵すると言われる神獣、九尾の狐を口説き落としディラク島の守護に協力させる、これが第二の楔だ。この二つの楔があれば、まあ邪神のちょっかい程度なら凌げるだろうさ」
 分かり易く説明し、さて、これから早速その為の重要な話をするか、と考えた時、ノブツナから待ったが入る。
「おぃ、待て」
「ん?」
 はて?
 シズカの事で文句でも付けられるのかと、漠然と考えるスレイに、ノブツナは予想外の事を告げてくる。
「はっきり言って癪だが、俺ぁ、邪神の力って奴を目の当たりにした、そして実感した。あれぁ人がどうにかできるようなモンじゃねぇ。多分九尾の狐だって無理だろう。違うか?」
 いやはや全く以って。
 スレイは思わず楽しくなってくる。
 本気で自分はこのノブツナという男の本質を見誤っていたらしい。
 単純な刀術だけであれば、現時点でクロウの方が上であろう。
 だがそれでも剣神が選び、降神刀フツノミタマを渡したのはこの男ノブツナだった。
 その理由が分かった気がする。
 少しばかり全知の欠片を使い、本来ならば読めない邪神達の思惑を僅かなりとも“識って”色々と伝えようなどと考えていた自らの浅慮を恥じる。
 どの道、全知の欠片と言えど、真の全知に“到って”いる邪神達相手には、例え邪神達も力が制限されるこの世界でも、本気で僅かな上辺しか読みようが無い。
 何せ、この世界に於いて、最も力を制限されるのは他ならぬスレイなのだから。
 何よりそんな真似は、ノブツナ達の、人の可能性という物に対する侮辱に他ならない。
 だから全てを閉ざした今の、ただのスレイとしての思考でのアドバイスに止めようと決意する。
 そしてノブツナの言葉を肯定した。
「その通りだ」
「それじゃあ、楔だなんだって言ったって、結局意味はないんじゃねぇか?」
 スレイを真っ直ぐ見据えるノブツナの瞳。
 まるで全てを放棄したかのような台詞。
 だがノブツナの瞳の輝きは台詞を裏切っている。
 スレイを見据えるこの瞳はこう言っていた。
 さあ?勿論何かあるんだろう?と。
 本気で楽しいものだと笑みが尚深まる。
「いや、意味ならあるさ。そもそもだ、邪神という連中の性質を考えれば簡単な話だ」
「邪神の性質ぅ?」
 またも眉を顰め考え込むノブツナ。
 だがここで答えは出ないだろうな、とスレイは感じる。
 ノブツナの本領は思考せずにその直観から答えを導き出す事だ。
 考えこんでしまっては答えは遠ざかるだろう。
 自分の性能を活かすのにも苦労する。
 これもまた人間だな、と感慨深くスレイが感傷に耽っていると。
 突然、別の物が口を挟んできた。
「それはつまり、彼らは結局、己が楽しみの為に遊んでいるだけに過ぎない、と言う事でしょうか?」
「正解」
 他の者達の視線が集まる中、正しい答えを口にしたその人物。
 感覚派のノブツナに対し、知性派の、まさに考える事で答えを導き出す事に非常に長け、神童とまで呼ばれる男、ノブヨリに、スレイはニヤリと笑って頷いた。
「ノブヨリ?」
 考えこんでいたところに、いきなり後ろから口を出され、しかもそれが正解というスレイの言葉に、思わず困惑の表情で息子を見るノブツナ。
 それに対し、ノブヨリは申し訳なさそうにしながらも。
「すみません、邪神達の行動に対しては私なりに思うところがあったものですから」
 そう前置きすると、スレイに向き直り続ける。
「父と妹より伝え聞いただけですが、邪神の封印が綻びている現在、邪神達は様々な方法でこの世界に干渉し、そして父や祖父ですら赤子のようにあしらわれたとか。更には完全に封印から解放されていたクライスターもまた、先程伺った話からするとその力を直接振るえば早いものを、クランド殿を利用しようとしたとか?尤も返り討ちにあったそうですが」
「まあな。だがそれはクライスターの力が弱いという事にはならない。クランドが例外中の例外なだけだ」
 嬉しそうに笑いながら告げるスレイに僅かに眉を寄せながらノブヨリは続ける。
「結局のところ、知り得る情報から考えられる結論は一つ。あらゆる種族を容易く滅ぼす事が可能な邪神がそれをせず、間接的な干渉に拘るその理由、それは彼らがこの世界を自らの遊び場と定め、我々全ての存在を玩具と考えているから、かと。まあ、これについても、知り得る情報からすると、貴方に関しては例外なようですが?」
「ふむ、まあ、俺の事は置いておいて、ほぼ完全に正解だな。結局のところ奴等の力は強すぎる、その強すぎる力を直接振るい楽しめる相手なんて……まあ、一部の例外を除けばいない。だからこそ奴等の干渉は間接的だ。まあ、それ以外にも奴等の趣味嗜好も影響してはいるんだが、例えばクライスターであればクランドの絶望を味わう為に仕込みに時間を掛けたようにな」
 だが、とスレイは笑いながら続ける。
「最上級邪神イグナート。奴に関してはそのような考えは捨てておけ。あいつに関してはただ己が力を振るうに足る強者を求め、他に興味が無いだけだ。もしあいつが封印から解放されその気になったらお前達の全てはすぐに終わる」
「……ええ、覚えておきましょう」
 僅かに眉を上げ、スレイを意味ありげに見つつも、軽く頷くノブヨリ。
 そんな2人に堪らずノブツナが声を上げる。
「だぁ~っ!!ごちゃごちゃとした言葉遊びはどうでもいい!!邪神共が遊んでいるってのは分かった!!その話が、どうして楔とやらが意味を持つ事と関係してくるんだ!?」
 流石に気の短いところなどはすぐには直らないか、と苦笑しつつもスレイは分かり易く答えた。
「そんな物、奴等自身ならともかく、奴等の遊び程度なら、しかるべき準備を整え、神獣の力まで借りられるなら、防ぐ事も充分可能だろう?」
「そいつぁ……」
 思わず黙り込むノブツナ。
 その瞳に理解の色を見て続ける。
「まあ、今のディラク島の戦力状況では厳しい物があるが、それについては考えがある。九尾の狐については先刻言ったとおりすぐに口説いてくるさ。その二つの楔があれば、とりあえずディラク島に関しては邪神の遊び程度は完全に防げる。もし仮に邪神自身が乗り出してくるような事があったらすぐに俺が来て相手をしてやるさ。邪神は全て俺の獲物だからな」
 4人の息を呑む気配。
 まあ当然だろう。
 スレイ自身自覚している。
 今のスレイはよほど獰猛な笑みを浮かべているだろうと。
 だがこればかりは仕方無い。
 邪神は全て己が獲物。
 元より決めていた事ではあるが、クランドの遺志を継いだ事で、その想いはより深くなった。
 決して誰にも譲るつもりは無い。
 奴等は全て俺が倒す。
 しかもそれは全て過程に過ぎない。
 到達点はいずれ帰って来るクランドとの再戦。
 最上級邪神とてその為の前座だ。
 まあ、その為には、現在のスレイではまだ色々と欠落しているものが多いようなのだが……。
 それはそれで楽しみ甲斐がある。
 などとどこまでも物騒な思考を巡らせるスレイに、一早く気を取り直したノブツナが声を掛ける。
「ああ、まあ。おめぇだったらやるんだろうなぁ、ふぅ。まぁ、九尾の狐をおめぇが口説いてくるってのは分かった、シズカを同行しない理由にも納得した、ディラク島の為にそれが必要って事もな。で?まず納得いかないのはディラク島の戦力状況が厳しいって事だが、この島はどこよりも優秀な剣士が生まれる環境だと思うんだが?」
「父上、それについては単純です」
「なにぃ?」
 遅れて気を取り直したノブヨリの言葉に、思わず息子を睨み付けるノブツナ。
 だが臆する事無くノブヨリは続ける。
「少ないのですよ、単純に、人としての最大戦力たる探索者の数が」
「あ」
「まぁ、そういう事だな。こればかりは島国である以上どうしようもない」
 肩を竦めてみせるスレイ。
 それに一瞬呆然とするも、すぐに気を取り直しスレイに問い掛けるノブツナ。
「なるほどな、確かにこの島の探索者の数は絶対的に少ない。で?それをどうにかする考えってのは?」
 すぐに思考を切り替え尋ねてきたノブツナに、やはり笑みを浮かべてしまうスレイ。
 そんな様子に勘違いをしたのだろう、眉を顰めて何かを言おうとするノブツナ。
 機先を制してスレイは答える。
「そうだな、まず第一にだ。ノブツナ、俺はお前に国主たる自覚を持てと促したが、それと同時に剣士である事を捨てるな。むしろクロウを超える剣士になるつもりでいろ。今までのように反発では無く純粋な剣士としてな。お前という最大戦力が鍵となるのは間違い無い」
「は?」
 ポカンとした様子のノブツナ。
 だがすぐに正気に返ると、慌ててスレイに問い掛ける。
「国主たる自覚を持ちながら一剣士であれ、だとぉ?んな矛盾した……」
「その程度の矛盾呑んでみせろ、何よりそれでこそ一剣士でしかあり得ないクロウを本当の意味で超える、という事になるだろう?」
「……」
 笑って告げるスレイに、黙り込むノブツナ。
 スレイは続ける。
「そして一剣士としてお前がクロウを超えるのもそう難しい話ではないと思ってる、何せ剣神が選んだのはクロウではなくお前なんだからな。その降神刀フツノミタマが何よりの証拠だろう?」
 言われ、思わず自らの腰に差した刀を見るノブツナ。
 暫しの沈黙の後、スレイに向き直り笑ってみせる。
「はんっ、上等じゃねぇか。いいぜ、超えてやるよ、あのクソ親父をあらゆる意味でな!!」
「良い意志だ」
 笑って返すスレイ。
「ですが、父上を核に据えるとしても絶対的な戦力不足は免れないでしょう。第一にと言ったからには、他にも考えがあるという事でしょう?」
「まあな、そこで俺がシズカとそういう関係になった事に意味が出てくる。まあ勿論シズカを俺の女にしたのは単純に良い女で好きだから、なんだが……どうしてもそこに生じてくる意味も考えるようになっちまってな」
「……でぇ、その意味ってのは何でぇ、早く言え」
 認めたと言っても、その話題が出ると流石に頭に来るのか、どこか鋭く問い詰めるようなノブツナ。
 苦笑しつつスレイは答える。
「だから意味ってのはこうやってあんたらに直接考えを伝えられる事さ。で、肝心の考えとしてはディラク島中のヒヒイロカネ製のディラク刀を集めろ。確かに稀少な代物ではあるが、この島の歴史の長さと、ヒヒイロカネの不朽性を考えれば、かき集めれば相当数になるだろう?」
「確かに、探せばそれなりの数にはなるだろうが……」
 疑問顔のノブツナ。
 逆にノブヨリの顔には理解の色が浮かんでいる。
 そして今更になるが、トモエやシズカは話にずっと付いてこれていなかった。
 まあ噂に聞く鬼姫の性格と、身近で知ったシズカの性格から、分かっていた事ではあるのだが。
 そんなどうでもいい事に心中で小さく笑いつつ、スレイは続ける。
「さて、ついでに知っての通り俺は探索者ギルド、ギルドマスター、ゲッシュ・アルメリアとも個人的親交がある。何よりゲッシュの娘のリリアとも懇ろな関係だ」
「はぁ?」
「……」
 いきなり何を言い出したんだこいつ、という疑問顔のノブツナ。
 僅かに顔をひくつかせているシズカ。
 スレイは何ら動じる事無く言った。
「つまりだ、ノブツナ。この国と探索者ギルドの交渉を、だ。末端ではなく、お前とゲッシュというトップ同士の直通でとりなせるんだよ、俺は。この前みたいな、あんな公の会議でなく、私的な場でもな」
「へぇ、なるほど。確かにそいつは便利そうだな。しかし……」
 やはり疑問を拭えないでいるノブツナの様子。
 対しノブヨリはもう完全に理解したのだろう。
 何やら深く思索に沈んでいる。
 恐らくはソレを実行した際の諸問題についての色々な施策を考えているのだろう。
 気の早い事だと思いつつ、スレイはノブツナに対し、肝心の考えを告げた。
「つまりだ、ヒヒイロカネ製のディラク刀は人の手による武器としては最強の物だ。それを一定数貸与する代わりに探索者ギルドから一流の探索者を一定数借り受ける。これで戦力数の問題は解決するだろう?」
「は?いや待て。そもそもその交渉は成り立つのか?大陸にはオリハルコン製の武器だって……」
「成り立つさ」
 自身満々に答えるスレイにノブツナは目を瞬かせる。
「いや、しかし」
「確かにオリハルコンの方が一般的には武具の素材としてヒヒイロカネより上とされている。だが刀剣に関してはこれは当て嵌まらない。何せヒヒイロカネ製のディラク刀は全てが剣神より伝えられた技術によりヒヒイロカネの特性を最大限活かして造られた至高の名刀。ヒヒイロカネ製のディラク刀に勝る刀剣はシークレットウェポンぐらいの物だ」
「……」
 沈黙するノブツナ。
 スレイは更に続ける。
「更に言えばだ、探索者の中でもやはり最も好まれ使われている武器は刀剣類だ。そして剣と刀では多少扱いに違いはあるが、一流の探索者ともなればその程度は問題ともしないし、何より扱っていればすぐに刀術上昇の特性を得るだろうな。と、なればだ、探索者ギルドに貸与したヒヒイロカネ製のディラク刀も意味を持って来る、大陸側の戦力増強という、な。まあそれでは不足だろうが、大陸側については他にも色々と考えはあるから置いておく。とりあえずこれでディラク島の戦力についてはどうにかなるだろう。色々と細かい問題はあるかもしれんが、それはノブヨリに任せておけば問題無い」
「簡単に言ってくれますねぇ」
 スレイに唐突に話を振られ、苦笑するノブヨリ。
 だがスレイはあっさりと返す。
「現に今、その事について考えを巡らせていたんだろうが」
「ええ、まあ、そうですが」
 苦笑を深めるノブヨリ。
 そんなノブヨリに軽く笑ってみせてから、スレイは言った。
「さて、それじゃあ行って来る」
「は?」
 いきなりの話題の転換に、やはり思わず素っ頓狂な声を上げるノブツナ。
「肝心の九尾の狐を口説きにだよ。そっちも終わらせなきゃ話にならんだろ?」
「確かにそうだが……」
「なに、遅くとも数日中には戻る。完全に口説き落としてきてやるから、まあ楽しみに待ってろ」
 立ち上がりながら肩を竦めて笑うスレイ。
 そんなスレイに付いて行く為動き始めるディザスターとフルール。
 その、仮にも神獣を訪ねるとは思えないあまりにも気軽な様子を、ノブツナとノブヨリとトモエは呆れて、シズカは僅かに膨れて見つめていた。

 城門前。
 昨日のスレイの凄艶な鬼気を見て、またクランド軍をただ1人で壊滅させたという情報も広まっているのだろう。
 スレイに対し恐怖の視線を向ける衛兵達を気にもせずに、スレイは背後に向かって問い掛ける。
「で?なんでシズカはここに居る?」
「確かに、九尾の狐の説得にはスレイさんが1人で向かう事になりましたが、見送りをしちゃいけないなんて話は聞いた覚えがありませんが?」
 不機嫌そうな声音に、スレイは振り返ると、軽く笑い頷いた。
「なるほど、確かにそうだな。それにシズカが見送ってくれるのは正直嬉しい、やる気も増す。俺が野暮だった」
「なっ!?いつもそうやって、甘い言葉で」
「俺は本気だが?」
 首を傾げて見せるスレイ。
 実際言ってる事に嘘は無い。
 美少女、しかも自分の女が見送ってくれるなど、男にとってみれば、嬉しくてやる気が湧くのは当然だろう。
 本気でそう思っている。
 そんなスレイの内心を読み取ったのか、溜息を吐きつつシズカは言う。
「本気だから逆に性質が悪いんです」
「そいつは困った」
「?何がです?」
 肩を竦めてみせるスレイに、思わずキョトンとするシズカ。
「いや、ここで激励のキスでもして送り出してくれれば、俺のやる気も更に増して良いと思ったんだが、その言い草だと、そういう恋人としてのサービスは期待できないのかな?と」
「っ!?」
 頬を紅潮させて黙り込むシズカ。
 スレイはまたも小さく微笑み軽く告げる。
「うん、本当にシズカは変わらず初心で可愛いな」
「スレイさんっ!!」
 怒鳴られ、やはり肩を竦めるスレイ。
「ま、何にせよだ。そんなわざわざ見送りなんて必要な程大層な事じゃあ無いさ。たかが女1人口説き落としてくるだけの話なんだからな」
「恋人の前で、そういう事を言いますか……デリカシーが無いです」
「俺に恋人が何人も居るのなんて承知の上だろう?」
「それは……そうですが」
 唇を尖らせるシズカ。
 本当に可愛いものだと思う。
「ま、だから何時もと同じさ。俺が本気で口説いて口説けない女なんていないさ。俺に倒せない敵がいないのと同様にな」
「自信過剰が過ぎます!!大体相手はただの女性じゃありません!!神にも匹敵する神獣たる九尾の狐にして、世界そのものすら跪かせる美貌を持つと謳われる傾世の美女なんですよ!?」
「つまり結局、ただ神獣で傾世の美女なだけの、ただの女だろう?」
 面白気に口元を吊り上げるだけのスレイ。
 だが僅かにその身からは妖しいまでの壮烈な鬼気が滲み出してきている。
 本気でこの状況を楽しい、と考えているのだろう。
 そういう人間だと分かっている。
 分かっていて恋人になったのだ。
 だがそれでもシズカは心配してしまう。
 そんな心配など無意味だと、なんとなく理解してしまっているのに。
 そもそもスレイという人間に不可能などあるのか?
 そんな事さえ考えてしまっているのに。
 女としてのシズカにとってはそんな理屈は関係無かった。
 自分の男を心配する。
 どこまでも有り触れた、単純な気持ちだ。
 だからシズカは一歩スレイに歩み寄る。
「スレイさん、顔、下げて下さい」
「ん?こうか?」
 何の疑問も持たずに言われた通りに顔をシズカに近付けるスレイ。
 神算鬼謀にして全知に通ず。
 その神眼に見通せぬ物無し。
 兄、ノブヨリがスレイを評した言葉だ。
 スレイがどれほどの事を知り、何を考えているのかなど、シズカには想像も付かない。
 戦いなど関係無い日常に置いても、ほんの僅かな異変にさえ気付いてみせる信じられないような感覚の持ち主だ。
 だがこうやって、自分にはあっさりと隙を見せる。
 いや、自分だけじゃない、恐らくは恋人相手なら誰にだってそうなのだろう。
 少しばかり腹が立ったシズカは、心配の気持ちにその腹立ちも込めて、熱烈に口付けを交わした。
 一瞬だけ目を開くが、そのままあっさり受け入れ、積極的にシズカの唇を味わうスレイ。
 そんな余裕すらも腹が立って、衛兵達が唖然として見ている事にも気付かず、熱烈なキスを長く続けるシズカ。
 そして暫し。
 ようやく口を離したシズカは、後を引く唾液を布で拭い、潤んだ瞳と紅潮した頬で告げる。
「恋人としての激励のキスです、満足ですか?」
「ああ、存分に堪能した」
 やはり余裕は崩れず、ただ楽しそうに笑うスレイに、シズカはそのまま続ける。
「スレイさんが言った通り心配するなんて無駄なんでしょうから心配なんてしません、精々私を誑した時のように、あっさり九尾の狐も誑してきてください!!」
 感情の昂ぶりに少々乱暴な口調になるシズカ。
 だがやはりやんわりとそんなシズカの感情を受け止め、スレイは返す。
「そうか、心配させていたか、悪かったな。絶対に大丈夫だと約束する」
「なっ、何を聞いていたんですかっ!?私は!!」
「目を見れば分かるさ、どれだけシズカが俺の事を心配してくれているかはな」
「っ!?」
 思わず目を隠そうとするシズカの手を抑え、瞳を見ながらスレイは続ける。
「隠さないでくれ、そんなに綺麗な瞳なんだから。あと、すまないな。やはり他の恋人に嫉妬はするか。こればかりは俺の悪癖でな、どうしようもないし、どうする気も無い。だが申し訳無いとは思っている。その分の埋め合わせはしてみせるから許してくれ」
「っ、スレイさんは!!」
「まあ、その為にも無事に帰ってくるさ。あと、どうやら俺達の熱烈な関係は、衛兵達の知るところにもなってしまったみたいだな?明日には城下中に広まってそうで怖いな?」
 笑って告げられた言葉に、思わず衛兵達を顧みるシズカ。
 そこには顔を赤くして視線を逸らす衛兵達が居た。
「あっ、い、今のはっ!!」
 何かを言おうとするも、そもそも言い訳など通用する状況では無い事に気付き、愕然とするシズカ。
 と、城門前の道の遥か先から声が聞こえてくる。
「それじゃあ行って来るシズカ。帰って来たら、またな」
 慌てて振り返ると、今の一瞬でスレイと2匹のペット達は、シズカのすぐ傍から一気に道の大分先にまで離れてしまっていた。
 やられたっ、と思いつつも、こうなってはシズカにできる事は限られていた。
「帰って来たら、覚えててくださいーー!!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
 精一杯の威嚇も軽くいなされ、シズカは溜息を吐き、そのままスレイ達を見送るのだった。


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