某日【ディラク島】ノブツナの国“ノブツナの城”ノブヨリの部屋
「……という訳で、我が軍は敗北し、青牢の砦をクランド軍にむざむざ奪われる羽目となりました。この処罰、なんなりと」
矢が突き立ち、あちこちが欠け、もともとは立派で豪華絢爛だったろうに、どこまでもボロボロの重厚な武者鎧を纏い、兜を脱いだ傷だらけの、まさに敗残の将といった風情のディラク人の無骨な男が、頭を垂れて死すら覚悟した面相で報告する。
男の目の前、一段高い位置に座すのは、10代後半ほどの、肩までの整ったストレートの黒髪に、細く切れ長でどこか狡猾な色を宿す黒い瞳をして、肌の色は青白い、ディラク風の彫りの浅い顔立ちの美少年だ。
身長はごく普通だが、身体は細く、まったく鍛えられていない。
ディラク風の軽いが上等な装束を纏い、普通の足袋を履いて、悠々と構えている。
男の報告にも顔色一つ変える事無く少年は言い放つ。
「いえ、報告を聞く限り今回の敗北は必然でしょう。勿論信賞必罰は当然、それなりの処罰は下しますが、そこまで畏まられても困ります。それにこの程度、大局には影響しません。一先ずは謹慎でもしておいて下さい。おって沙汰は下しますので」
「は?……はっ!!」
あまりに軽い少年の言い草に思わず呆然とするも、慌てて強く返事を返し、そのまま立ち上がり、礼をして、貴人の部屋から立ち去るのに相応しい礼儀を忘れぬままに、部屋を辞する男。
美青年は、右手に持った閉じた扇子の先端を、口元に当てて、何やら黙り込んでいる。
「おや、珍しいですねノブヨリ。あなたがそれほど感情を乱すとは」
そこへ、部屋に何の遠慮も無しに唐突に入ってきた女性が不躾に声を掛けた。
20代ほどの、足下まで伸びるストレートのサラサラとした美しい黒髪をポニーテールにし、大きく切れ長で煌く黒瞳の、肌が抜けるように白い、ディラク風の浅い彫りの顔立ちの美女である。
身長は酷く小柄で、胸も標準的だが、その肢体は鍛え上げられた細身でしなやかな物で、腰は括れ、脚も長く、スタイルは良い。
ディラク風の着物を動き易いように改造した、模様も色合いも美しいが戦い易い服装をしている。
足には足袋を履き、城内だというのに背中に長大な薙刀を背負っていた。
あまりにもマナーのなってないその振る舞いに、そしていつもながらのその物騒な出で立ちに、美青年、ノブヨリは額に閉じた扇子の先端を当て、頭が痛そうに苦言を呈する。
「母上、仮にも城主の妻ともあろう者がその出で立ちにその振る舞い。鼎の軽重を問われます。直して下さいと何度言えば分かっていただけるのですか?」
息子、ノブヨリの言葉に、美女、トモエは薙刀を手に取り、その柄でノブヨリの頭を叩くという暴挙で以って答えた。
「痛っ」
「全く、息子でありながら何時から私にそのような事を言える程偉くなったのです、身の程を知りなさい。それで、結局どうしたというのですか?」
母の余りの無体さに、僅かに涙目になりながらも、渋々とノブヨリは答える。
「いえ、少しばかり予定が狂っただけの話です。この程度予測の範囲内ではあるのですが、相手がクランド殿となると少しばかり話が違います。彼と私の知略の程度は同等、なれば予定調和に狂いが生じる事など無いと思っていたもので。そこに狂いが生じたとなると、クランド陣営にやや変化があったという事になるかと思っただけです。というか、この程度の変化、表情にも出してないと思うのに、良く分かりましたね?」
「そんなもの、息子の様子程度、些細な違いも見抜けなくて何が母ですか。私を見縊るのも大概になさい」
思わず肩を竦めるノブヨリ。
母が偉大とは至言だな、と流石の神童ノブヨリをして思わざるを得ない女傑ぶりを示すトモエであった。
某日【ディラク島】クランドの国“クランドの城”軍議の間
「という訳で、お前の言うとおりに事は運び、青牢の砦は我が軍の手に落ちることになった、感謝しよう」
軍議の間の一段高い壇上。
ただ1人座る30代半ばに見える男が、静かな声色で、軍議の間に居るもう1人の人間に対し感謝の言葉を告げる。
男は、黒い髪がサラサラと真っ直ぐに腰まで伸び、大きく切れ長で鋭い黒い瞳の、肌の白い、ディラク風の彫りの浅い顔立ちの美男子で、髭は生えていない。
身長はかなりの長身で、極限まで引き絞られた細身の肉体をしている。
身に纏うのはごく普通の素材のディラク風の戦装束で、その身軽さを活かす為に鎧すら纏っていない。
脚には普通の素材の足袋と草鞋を履いている。
腰には唯一豪華な家宝の大業物の、刀身も凄絶な美しさを持ち、柄と鍔も豪華な意匠の、ヒヒイロカネ製のディラク刀の長大な太刀を鞘に納め佩いていた。
ディラク刀以外は質素な身なりに見えるが、その身に纏った空気が全然それを感じさせない。
その身からは圧倒的な威風が漂い、腰に刷いたディラク刀すら見劣りするような巨大な王器をすら感じさせる。
そして感謝すると言いながらもその瞳には喜びなど浮かんでいない。
ただそれをどう利用したものか、考えるだけの、どこまでも透徹した瞳である。
対し感謝を告げられた者は、腰を曲げ礼をしつつ述べた。
「お役に立てて光栄だ。それでどうだクランド?私のかの“星詠”にも負けぬという予言の技、真の物と分かったと思うが、これで私を雇ってもらえるか?」
それは足下までの長いサラサラとした質感の煌く黒髪に細く切れ長で艶やかな奥深い黒い瞳の、肌は白く彫りの深い顔立ちの妖艶な美女であった。
身長は長身で胸も大きくスタイルも良い身体を紫色の長衣に包み、口元を隠すように薄いヴェールを被り、神秘的な占い師風の姿をしている。
女でありながら男のような口調で、しかもディラク島のたかが小国とはいえ一応は一国の国主に対しこの口の聞きよう、斬首されても不思議ではない。
だがそんな女をただ無関心な瞳で眺めると、男、クランドは淡々と告げる。
「まあ良かろう、約束は約束だ、お前を雇う事にしよう。ただしそれほどの役割は与えられん、せいぜい俺の傍付きと言ったところだな」
「ほう、随分と用心深い事だな?」
クランドの眉が僅かにピクリと動くもそれだけだ。
それ以外は何も反応を見せる事もなく泰然としたまま微動だにしない。
女は内心舌を巻いた。
クランドが女を自分の傍付きにしたのは女を信用してないからだとは分かる。
同時にそれは、それだけ自分に自信があるという事も意味する。
だが先程からの反応の数々。
勝利を収めたにも関わらず、本当に一つ使える物が予定外に増えた。
ただその程度の反応だ。
それに存分に思い知った筈の女の力に関しても興味を示さない。
読めない。
女の力をしても読めなかった。
魂の輝きがあまりにも強すぎる。
そこらのSS級相当探索者だなんだと自分を特別だと思っている連中などより。
そして今代の竜皇や魔王などより。
よほどにその魂の輝きは強かった。
まあ、彼らは所詮その肉体が特別なだけの存在だ。
魂の価値は生まれた時にほぼ決まる。
ならばこのクランドとはよほどに特別なのだろう。
それがただの人間でしかないというのだから世の中というのは全く以って度し難い。
そう思いつつ、女は少しばかり揺さぶりを掛けてみる事にする。
「それで、手に入れた青牢の砦はどうした?何もしなくて良いのか?」
「別に、既に砦攻めをした軍の傷病兵は帰還し、補充の兵も入り、防備の体勢は固められてるだろうさ。死んだ兵士の弔いも済んでいる事だろう。何も問題は無い」
「なに?お前は何も指示しないのか?」
「ああ、俺は常に兵にこう言っている、兵士1人1人が一軍の将たれ、とな。勿論心構えの問題だが。同時にこうも言っている、将の命令に従って死ねと、将に対しては俺の命令に従って死ねと。現場で自分で判断して動けない兵士など役に立たん、だが指揮系統を乱す兵士は害だ。故に俺が兵士に求めている条件は現場で自己判断で動きつつ、だが上からの命令で死ねる兵士だ。そうでなければ民を守る刀たる資格は無い。国主たる俺自身も含め、兵とは民草を安んじ守り抜く為に存在する刀だ」
女は、クランドの言葉に絶句すると同時、民の事を語る時にその瞳に宿ったあまりにも大きな慈愛の、まるで自らの子に対する愛情のような大きな思いを見て取り、クランドという男をようやく理解する。
なるほど、理想に傾き過ぎてはいるが、まさに大器だ、あのような魂を持つ訳だ、と。
クランドは続ける。
「それに、だ。青牢の砦はお前のおかげで予定外に手に入ったおまけだ、まあ取引材料としてあって便利なのは確かだが、無くても困る事は無い。あの砦をノブヨリという鬼才から護り切れるかどうかで、砦攻めをした軍、今は砦の駐留軍だな。その将の将器を測る。相手がノブヨリといえど、護る側が有利な事には変わらん、補給線も万全だ。上手くいけば民を守る為の良き刀たる優れた将が手に入る。上手くいかなくても元々無かった筈の物を失うだけだ。何も問題は無い」
「兵士の数は、兵の命はどうなのだ?」
「兵の命は民の為にある、それを捨てれぬ物は兵ではない。数ならば問題無い、何故かこの国には志願兵がやたらと多い、正直この小国には過ぎた兵力なぐらいだ。まあ、戦えぬ者を護ろうというその気概、頼もしくも好ましくも思うが、それでもなお戦えぬ民の為に兵には死んでもらう。俺は鬼なのでな」
どこまでも淡々と告げるクランド。
しかし女は理解する、このクランドという男の民のみならず兵に対しても負った愛情を。
その背に背負った物を。
そして志願兵の多さの真の理由を理解した。
人間、というものを少し舐めていたか。
女は僅かばかり背筋に寒気を感じた気さえする。
「それで女。お前の名前は何と言う」
「名は無い。ただ占い師とでも呼べばいい」
やはり眉が僅かにピクリとするがそれだけだった。
「分かった、それでは占い師、城を案内してやる、ついて来い」
「国主自らご案内か?随分とまた暇なのだな」
「国主の役割とは決断する事だ。他にも付随した事は色々とあるが、幸い今は時間がある。何よりお前は俺の傍に付けるのだ、覚えておいてもらわなければならない事もある」
そう言って立ち上がるクランドを見ながら女は思う。
なんだかんだと言ってはいるが、要は私を監視しながら案内するのに自分が、という訳かと。
なんにせよ、と女は思う。
このクランドという男、使える。
面白い事になりそうだと。
そうしてディラク島に波乱の種が巻かれたのだった。
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