電子書籍の流通と利用の促進に資する「電子出版権」の新設を求める
一般社団法人 日本経済団体連合会
1.基本認識
デジタル化・ネットワーク化の流れのなか、従来、紙媒体であった書籍や雑誌が電子媒体として配信される時代が本格的に到来しつつある。米国においてはこうした電子書籍市場が急成長を遂げており、わが国においてもタブレットPCやスマートフォンの販売台数が急増するほか、電子書籍購入のためのストア開設の動きも進んでいる等、電子書籍普及の素地ができつつある。
他方、現時点において、わが国の電子書籍ビジネスは本格的な飛躍の段階にない。電子書籍ビジネスの興隆に向けては、端末やストアの充実のみならず、魅力あるコンテンツが多数電子化されていることが不可欠であるが、現状入手可能な電子書籍は米国200~250万点に比して、わが国はわずか20万点と、その差は歴然としている。こうした状況には、幾つかの理由が考えられる。第一は、わが国の著作権法上の権利関係並びにビジネス慣行に根差した問題(著作権者と出版者の間に契約を取り交わす習慣が十分に確立していないこと)、第二は、インターネット上で流通する違法な電子書籍の問題であり、これらは相互に関連している。
現在、電子書籍ビジネスを発展に向け、様々な議論が行われているところであるが、一部出版業界関係者等の主張する「出版者への著作隣接権付与」(詳細は後述)という案は、第一に守られるべき権利者の意思が最優先されないおそれがあるほか、権利者数の増加による流通阻害効果も予想される等、副作用が大きいと考えられる。
経団連では、電子書籍ビジネスの今後の発展に期待する立場から、電子書籍の流通と利用の促進に向け、「出版者への著作隣接権の付与」とは異なる、「電子出版権」(仮称)の新設を提言する。
2.「電子出版権」(仮称)の内容
インターネット上で流通する違法電子書籍の問題については、著作権者である作家個々人で対処することは事実上不可能である。他方、出版者は紙の違法出版物に対して、「出版権」の設定による差止めは可能であるが、インターネット上の違法流通を排除する権限は、現行著作権法上に存在しない。
こうした状況を脱するための立法的な手当てにはいくつかの方法が考えられるが、著作物関連ビジネス全般を今後、奨励していくことに鑑みれば、著作権法を改正し、独占的ライセンシー一般に差止請求権を付与することが望ましい#1。そのような立法により、電子書籍ビジネスの場合では、出版者が著作権者と独占的ライセンス(利用許諾)契約を締結しさえすれば、差止請求権を行使できることとなる。しかし独占的ライセンシー一般に対する差止請求権の付与は、関係する著作権者や利用者の範囲が大きく広がることと、特許権やその他の知的財産権との平仄等についても議論が及ぶ可能性があり、短期的に実現することは難しい。現在、電子書籍ビジネスが直面している深刻な違法電子書籍被害に鑑みれば、先ずは電子書籍を発行する者に、違法電子書籍に対抗できる権利を与えることが効果的であると考える。
そこでわれわれは、以下の要件を満たす権利を「電子出版権」(仮称)として新設することを提言する。本提案は、「出版権」(【補論1】参照)の基本的な考え方を電子書籍に適用したものであり、他のステークホルダーに悪影響を及ぼすことなくネット上の侵害に対応できるものと考える。
<電子出版権の要件>
- (1)電子書籍を発行する者に対して付与される
- (2)著作権者との「電子出版権設定契約」の締結により発生する
- (3)著作物をデジタル的に複製して自動公衆送信#2する権利を専有させ、その効果として差止請求権を有することを可能とする
- (4)他人への再利用許諾(サブライセンス)を可能とする
- (1)電子書籍を発行する者は、紙媒体を出版する既存の出版社(者)とは限らない。むしろ今後は異業種からの参入も促進されるべきである。従って、出版者ではなく電子書籍を発行する者に対して付与する権利とする。
- (2)第一に守られるべきは著作者の権利であり、電子出版を行う者が著作権者の意向と関係なく権利行使する制度とすべきではない。従って、電子書籍を発行する者の権利は、著作権者と「電子出版権設定契約#3」を締結することで初めて行使できる権利とする。同契約書の締結は、両者の間の合意が前提であるため、必ず著作権者の意向が反映され、「電子出版権者」の差止請求権の行使は、著作権者の権利を守ることと同義となる。電子出版権の設定は、著作権者・「電子出版権者」間の書面による契約締結行為の促進につながる。
- (3)「電子出版権設定契約」によって、電子出版権が設定された「電子出版権者」は、著作物をデジタル的に複製し、自動公衆送信する権利を専有することを可能とする。この効果により、「電子出版権者」は、インターネットを介した違法な電子書籍の流通を自ら差止める権利を有する#4ことが可能となる。
- (4)電子書籍は、電子出版権者が自ら配信するのみならず、配信業者等を通じて流通する可能性等も高いことから、電子出版権の第三者への再許諾(サブライセンス)を可能とすることにより、流通の円滑化を確保する。
3.今後の進め方
今回われわれが提案した「電子出版権」以外にも、一部出版業界関係者等が「出版者への著作隣接権#5付与」の議員立法での成立に向けた働きかけを強めている。同案は、前述のとおり多くの副作用が懸念され(詳しくは【補論3】参照)、わが国の電子書籍ビジネスの発展に対して阻害要因となるおそれすらあることから、こうした提案を一部関係者によって拙速に進めることは、経団連として賛成しかねる。今回提案する「電子出版権」は、「出版者への著作隣接権付与」に比し、より適切な権利であり、著作権者の権利・意向を尊重しつつ、著作物の利活用を促進し、もってわが国における電子出版ビジネスを振興することが可能になると確信する。
他方、電子書籍のリッチコンテンツ化#6等、コンテンツビジネス全体の今後の発展可能性に鑑みれば、電子書籍のみを対象とした議論では不十分であることも事実である。今後は、先述のとおり、独占的ライセンシー一般へ差止請求権を付与する法改正に向けた本格的な議論も行われるべきである。
文化庁においては、これらの提案や、他にこれまで検討されてきた案も含め、幅広いステークホルダーを集めた検討を、結論を得る時期を明確化した上で、速やかに開始、推進されたい。経団連としても、本件につき引き続き関与していく所存である。
【補論1】「出版権」との比較
「電子出版権」の考え方は、現行の著作権法上の「出版権」と類似している。
「出版権」とは、著作権者との契約によって設定される権利であり、著作物を、(1)頒布の目的をもって、(2)原作のまま、(3)印刷その他の機械または化学的方法により、(4)文書又は図画として、(5)複製する権利 である。なお、著作権法上、出版権は「複製権」の一部である。
同権利は、著作権者の有する、著作物を勝手に複製されない権利である「複製権」をもとに、著作権者が出版者に設定行為をして初めて発生する権利であり、自動的に発生する著作権や著作隣接権とは性質が異なる。存続期間についても、出版権は設定行為に定めがないときは3年で消滅するが、既存の著作隣接権は権利発生から50年存続する。また、「印刷その他の機械的または化学的方法により」という要件から、電子書籍を作成・流通させる権利や違法電子書籍の作成・流通を差し止める権利は有しない。なお、他人への再許諾(サブライセンス)は禁止されている。
これに対し、今回提案している「電子出版権」は、「印刷その他の機械的または化学的方法により」を「電磁的な方法により」に、または「文書又は図画として」を「デジタル情報として」に変換したものであり、著作権者が有する「複製権」と「自動公衆送信する権利」をもとに構成される。「自動公衆送信する権利」により「電子出版権者」は電子書籍を作成・流通させる権利や違法電子書籍の作成・流通を差し止める権利を有することとなる。電子書籍は、紙媒体の著作物と異なり適切な流通を確保することが重要と考えられることから、他人への再許諾(サブライセンス)が可能なものとして設計するものとする#7。
出版権 | 電子出版権 | |
主体 | 紙媒体を出版する出版者 | 電子書籍を出版する電子出版者 |
出版形態 | 「印刷その他の機械的または化学的方法により」 | 「電磁的な方法により」 |
または | ||
「文書又は図画として」 | 「デジタル情報として」 | |
権利内容 | 「複製権」 | 「複製権」と「自動公衆送信する権利」 |
有効期間 | 設定行為によって定める (定めがないときは3年) | あり |
権利侵害対応 | 差止請求権の発動 | 差止請求権の発動 |
サブライセンス | 不可 | 可(脚注7参照) |
【補論2】著作権法・ビジネス慣行の日米比較
契約文化である米国では、電子書籍ビジネスにおいても契約をベースとしたビジネスモデルが確立しており、著作権者は出版者と著作権譲渡契約を行い、著作権を出版者に譲渡する慣行が出来ている。電子書籍化等に関する条件については、その契約書に記されている。なお、著作権者は、通常、「エージェント」と称する、著作権者サイドに立って出版者と契約等の交渉をする組織あるいは人物を仲介役として活用している。他方、出版者に著作隣接権のような特別な権利が付与されているという事実はない。
翻ってわが国の出版業界は、電子書籍以前の問題として、著作権者と出版者の間に書面による契約を取り交わす習慣が十分に確立していないことなど、グローバルに通用するビジネスモデルを実践できていない。デジタル化・ネットワーク化が進展し、ビジネスのグローバル化が必至であるなか、わが国出版業界においては、契約書を取り交わさず、著作権者と出版社との相互信頼関係に依存した日本型のビジネスモデルを将来にわたって維持することは困難であると考えられる。
わが国においても、米国のように契約により著作権者から出版者への著作権譲渡が行われるビジネス慣行の構築も模索する必要がある。今回提言している「電子出版権」は、契約なくして設定されない権利として設計しており、わが国出版業界に契約文化を確立させる一助となるものと考えられる。
【補論3】「出版者への著作隣接権付与」の問題点
今般、一部出版業界関係者が提案している「出版者への著作隣接権付与」の議論は、かつて出版業界が提起し、産業界から猛反対を受けて実現しなかった「版面権」の議論と酷似している。「版面権」は、「出版者は、書籍の『版面』に係る権利を有しており、同権利を出版者に対し著作隣接権として認めるべき」との主張であり、今回の議論は、「出版者は、『出版物等原版』に係る権利を有しており、出版者に著作隣接権を付与すべき」というものである。現時点では、「出版物等原版」の定義が曖昧であるため細部は不明ながら、前回の「版面権」の主張を上回る幅広い権利を主張しているものと解される。われわれが問題と感じている主な点は、以下のとおり。
1.電子書籍ビジネス発展との相関性が希薄
- 出版者に著作隣接権を認めている国は殆ど存在しない。電子書籍ビジネスが発展している米国においても、出版者に著作隣接権は付与されていない。
- 新たに権利者が追加されることは、権利関係の複雑化や権利処理の煩雑化につながることから流通阻害効果が予想され、電子書籍ビジネスの発展にとって負の要因となりうる#8。
2.出版物に係る権利侵害対策としての実効性に疑問
- 既存の出版社は小規模な会社が殆どであり、著作隣接権を付与されても権利侵害対策が事実上困難な出版者も相当数存在する可能性がある。自動的に権利を得る一方で有効に権利行使しない者が大量発生するほか、権利の転々流通の危惧も高い。
- 「出版物等原版」に著作隣接権が発生するとした場合、同一の原版を用いない海賊版(または、複数の原版が存在しており特定の版面を利用したことの立証が困難である場合)には有効に機能しないため、実効性が低い。
3.書面による契約を促進すべき
- わが国において、一般的に企業と個人が書面による契約を交わす慣習が少ないのと同様に、出版業界においても企業である出版社と著作者との間で書面による契約を交わす慣習が確立していない。これはデジタル化・ネットワーク化が進展し、ビジネスのグローバル化が必至であるなかで大きな問題であり、今後の電子書籍ビジネスの発展のためにも近代的ビジネス慣行の確立が不可欠である。一方で、著作隣接権は、出版者に自動的に付与される権利であることから、著作権者と出版者間の書面による契約の促進に寄与しないどころか逆方向の効果がある。
4.その他
- 著作権者や関係産業界からの統一した賛同の声がない。日本漫画家協会ほか、電子書籍ビジネスに関係の深い電子情報技術産業協会・日本印刷産業連合会、さらに日本知的財産協会などからも反対意見が出されている。
- 「出版物等原版」の定義によっては、複写利用行為等、幅広い業界に負の影響が発生する可能性がある。
- 著作権と並存する自動発生的な独立の権利であることから、著作権者が許容したい利用に対しても著作隣接権者が独自に権利行使できるなど、著作権者と何ら契約なく著作権者の意思に反した権利行使が可能となる。
- 出版権の場合、契約により発生するため、出版権者が誰かは明確である。著作隣接権は、一定の事実行為により自動的に発生するため、「出版物等原版の作成」により著作隣接権を発生させるなど権利発生要件の定義が曖昧である場合、誰が著作隣接権者か不明確となる。
- 「出版物等原版」に著作隣接権が発生する場合、対象が電子書籍・雑誌等に限定されていないため、インターネットのホームページや単なる印刷物(パンフレット、印刷パッケージ等)にまで及ぶ可能性がある。
- 出版者に著作隣接権が付与された場合、出版者が許諾しない限り、著作権者は自らの著作物を原版の形では利用できないことになる。
- 米国では著作権法において、著作権の独占的ライセンシーに差止請求権を付与している。わが国産業のグローバルな著作物関連ビジネス展開を奨励するために、国際的に共通的な実務を実現できるように、海外におけるビジネス環境との差異を無くしていくことが必要である(後述の【補論2】も参照)。
- 公衆からの求めに応じ自動的に行う送信。インターネット上のサーバに著作物を格納し、利用者がアクセスすることによって著作物が送信されるような場合を指す。
- 現時点で既に著作権者と「出版者」の間で締結済の独占的な「デジタル利用許諾契約」については、著作権者と「電子出版権者」との「電子出版権設定契約」として、遡及して推定することが、実務上望まれる。
- 著作物が先行して文書又は図画として出版され、電子出版までタイムラグがある場合も多く、「電子出版権設定契約」が結ばれる前に違法な電子書籍が出回って電子化の阻害要因となりうる事態も考えられる。それら文書又は図画を出所とする違法な電子書籍、すなわち「出版権者により出版された出版物を用いた公衆送信行為」については、出版権の侵害とみなす旨の規定を、著作権法第113条に追加するという対応も追加の手当てとして検討の余地がある。
- 著作物を利用・流通するためには著作物を伝達・媒介する者が必要である。そこで著作権法は、実演家・レコード製作者・放送事業者・有線放送事業者の四者につき、著作隣接権という特殊な権利を与えて保護している(89条1項~4項)。
- 動画や音声等の情報も入った、付加価値の高い電子書籍の登場を想定。
- サブライセンスの範囲等については今後具体的な制度設計の中での議論を期待したい。
- 権利集中処理機構の設立が提案されているが、法的担保が無く実効性に疑問がある。