(娘もすっかり年頃だな……)
私・青木龍太郎は、そんなことを思いながら慣れない手つきで包丁を握っていた。
今日は娘・里紗の誕生日。
養護教諭をしている妻は、泊まりがけの研修で家を空けている。
仕事の一貫でやむを得ないとはいえ、ひとり娘の誕生日に母親がいないというのは、娘も一抹の寂しさを感じずにはいられないだろう。
そこで私は、普段はあまりしない料理などをして、娘の誕生日を暖かみのあるものにしようとしているのだ。
(話が続かなくなったな、娘と……)
思春期まっただ中の娘が、男親とそうそう会話が弾むはずもない。
そんなことは承知している。
私も教師なのだから。
(しかし、もう少し会話があってもいいと思うんだが……)
正直なところ、私は娘との心理的な距離をつかみかねていた。
嫌われているというわけでもなさそうだが、どうしても会話が続かない。
どう接したものか分からないし、教師である自分がそれを他人に相談するのははばかられる。
なので、娘の相手は妻にまかせがちだ。
(今日はどうしようか……)
などと迷っていると、娘が帰ってきた。
「お、おかえり……」
「ただいま……」
娘の返答は素っ気ない。
「今日は母さんがいないけれど、俺が誕生日を祝ってやるからな」
「うん」
「出かけたりするなよ」
「わかっているって」
「この料理、俺が頑張って作ったんだぞ」
「……そう」
やはり会話は弾まない。
二人きりで料理を食べるが、やはり会話は途切れがちとなる。
折を見てプレゼントを渡した。
「母さんには内緒だぞ」
考えに考えた末、私がプレゼントに選んだのは服。
人気ブランドのそれは、学生にとっては手が届きにくい値段の代物だ。
「ありがとう……」
そうは言ってくれたものの、里紗の顔は晴れない。
(プレゼント選び……間違えたかな?)
楽しませてやらなければと思って果敢に話しかけるが、空回りするばかりだ。
やはり、年頃の娘としては男親よりも女親の方が色々と話しやすいのかもしれない。
(どこもそんなものだ)
わかってはいるのだが、ひとりの男親としては寂しい。
(にしても里紗のやつ、いつも以上に素っ気ないな……)
何か別のことを考えている……といった風に感じられる。
どこか微妙でぎこちない雰囲気のまま食事が終わった。
普段は娘にやってもらっている後片づけを、今日は私が買って出る。
私が皿洗いをしている間、里紗は風呂へ入っていた。
食事の後片づけが終わっても、娘はまだ風呂から上がらない。
(いつもより長いな……)
私の方も別に急ぐ訳ではないので、リビングで酒を飲み始めた。
あまり酒に強い方ではないので、普段はほとんど飲まないのだが……。
里紗との微妙な距離感に寂しさを覚えて、つい手を出してしまったのだ。
テレビを眺めながら酒を飲んでいると、次第に眠気が襲ってきた……。
慣れない料理や、空回りする会話で気疲れしたからだろうか……。
(んっ……?)
ふと下半身に違和感を覚えて、私は目を覚ました。
正確には、『目を覚ました』と思った。
夢とうつつとを行き来しているような状態なのかもしれない。
重いまぶたを上げると、信じられないようなことが起こっていた。