根本が間違っている「外国人介護士」問題
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3月28日、36人の外国人「介護福祉士」が誕生した。経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアなどから来日している95人が初の国家試験に挑んだ結果である。合格者は今後、日本に永住して仕事を続けることが許される。
外国人受験者の合格率は38パーセントと、日本人を含む全体の合格率64パーセントと比べて低かった。来日から3年で試験に挑んだ彼らには、日本語が壁となったのは明らかだ。とはいえ、厚生労働省も「予想以上」と認める合格率である。やはり3月に発表された看護師国家試験では、同じくEPAで来日した外国人の合格率は、わずか11パーセントに過ぎなかった。
「予想以上」の合格率には理由がある。今回の介護福祉士の試験では、難しい漢字に平仮名が振られた。そして日本人の合格率も例年より15ポイントほど上がっている。つまり、試験自体の難易度が下がっていたのだ。2009年からEPA枠の外国人が受験している看護師試験では、ほとんど合格者が出ない状況にマスコミなどから批判が相次いだ。介護士までも大半が受験に失敗して強制帰国となれば、送り出し国からも不満が出かねない。そのことを恐れた厚労省が、難易度を操作した可能性が高い。合格者数十人は「誤差の範囲」
外国人介護士の受験結果は、マスコミでも大きな注目を集めた。合格発表翌日の29日から4月2日までに、全国紙5紙が揃って社説で取り上げたほどだ。「外国人介護士が活躍する国に」(日経)、「看護師・介護士 意欲ある外国人に門戸は広く」(読売)、「外国人介護士 春、さらに門戸を開け」(毎日)といった見出しからもわかるように、現行スキームでの受け入れ拡大を望むものばかりである。さらに合格者が増えるよう政府を挙げて日本語の学習支援も強化せよ、という論調も目立った。だが、それは全く的外れな主張でしかない。
EPAでの外国人介護士・看護師の受け入れが始まる前年の07年、筆者はフォーサイト誌で「2010年の開国 外国人労働者の現実と未来」という連載をスタートし、その中で繰り返し外国人介護士の問題をルポしてきた。そして09年には拙著「長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う」(新潮社)で、受け入れスキームの欠陥について指摘した。本で強調したのは、外国人介護士らの必要性について議論もなく受け入れを始めた結果、税金の無駄遣いと官僚利権の拡大を招いている点だ。現状での受け入れを歓迎している現場の声は皆無に近い。しかし新聞では、スキームの根本的な見直しを求めるような報道は全くなかった。
数十人の単位で外国人が国家試験に合格しようと、近い将来、数十万人単位の人手不足が見込まれる介護の現場にとっては誤差の範囲の話でしかないのだ。その裏で、外国人介護士・看護師の受け入れには今年度だけで約6億円の税金が投入される。大半が国家試験合格のための「対策費」だが、それでも過半数の介護士たちは試験に落ちて短期間で帰国してしまう。これを「税金の無駄遣い」と感じるのは筆者だけだろうか。ホステスの代わり?
そもそも、なぜ外国人介護士・看護師の受け入れは始まったのか。
介護士らの受け入れは2006年、当時の小泉純一郎首相とアロヨ・フィリピン大統領がEPAに合意して決まった。さらに翌年には、安倍晋三首相がインドネシアとの間で、同じくEPAを通じての受け入れを決める。ただし、当時から日本政府にビジョンなど全くなかった。介護や看護の現場のニーズとは無関係に、単にEPA交渉を有利に運ぶためだけに相手国が求める「出稼ぎ」を認めただけなのである。
日比両国がEPAに合意する前年の05年、日本はフィリピン人ホステスに対する興行ビザの発給を事実上停止した。米国などの人権団体から「人身売買の温床」との批判が出たからだ。その結果、ピーク時には10万人近くが来日していたフィリピン人女性が出稼ぎの手段を失った。そこでフィリピン側が交渉中だったEPAを通じ、ホステスの代わりとして介護士らの受け入れを求めたのだ。
慌てたのが、介護・看護行政を統括する厚労省である。外国人労働者の受け入れに消極的な同省としては、何とかして介護士らの就労長期化を阻止したい。そこで「来日から4年以内で国家試験に合格できなければ強制帰国」という極めて高いハードルを設けるのである。受け入れ施設が増えない理由
当時から厚労省は、外国人介護士らの受け入れは「労働力不足の解消とは無関係」というスタンスだ。しかし、日本人の人手不足が深刻化している介護の分野では、外国人介護士を切り札として期待する声も強い。また、中央省庁の間でも、厚労省とは違い経済産業省や外務省は受け入れに積極的だ。つまり、官民の間のみならず、省庁間でも意思統一がないのである。その結果、極めて中途半端な形で受け入れが始まってしまう。
計画では、当初の2年間でインドネシアとフィリピンからそれぞれ1000人ずつの介護士・看護師を受け入れるはずだった。だが、受け入れ開始から4年が経っても、その数は達成されていない。厚労省の定める条件が余りに厳しく、受け入れに手を上げる介護施設や病院が集まらないからだ。
外国人介護士らを受け入れる場合、施設は斡旋手数料や日本語研修費として1人につき60万円程度が必要になる。また、外国人に支払う賃金は、たとえ日本語が不自由でも日本人と同等以上と決まっている。そうした金銭的な負担をしても、国家試験に不合格になれば短期間で人材を失うことになる。これでは受け入れに二の足を踏むのも当然だ。厚労省は何とか受け入れ施設を増やそうと、日本語の学習支援という名目で介護士1人につき年23万5千円をバラまく愚策も始めているが、それでも受け入れ施設は増えていない。太るのは官僚ばかり
唯一、現行スキームに満足しているのが官僚機構だ。厚労省の天下り先である社団法人「国際厚生事業団(JICWELS)」は介護士らの斡旋を独占し、施設から1人につき約16万円の「手数料」を徴収している。経産省や外務省の関連機関は介護士らの日本語研修を担い、厚労省と「受け入れ利権」を分け合っている。
一方、介護士らの受け入れに費やされた税金は、08年からの合計で約80億円にも上る。その一部は、日本語研修を担う官僚の天下り機関に還元された。ただし、税金を遣って教育しても、国家試験に不合格となれば無駄な投資となる。これまでの合格者は看護師と介護士を合わせて104人。つまり、1人を合格させるために8000万円近くかかった計算だ。
小宮山洋子厚労相は先日、国家試験で全ての漢字に平仮名を振り、外国人に限って試験時間を延長するように指示した。マスコミや世論を意識しての発言である。だが、外国人介護士・看護師の必要性を真正面から議論することを避け、小手先ばかりの対策を講じても全く無意味なことだ。
いま必要なのは、10-20年後を見越した議論である。介護や看護の分野に外国人は必要なのか。そうだとすれば、どれだけの数を、どこの国から受け入れ、どんな役割を担ってもらうのか。そこを固めたうえで、どうすれば優秀な人材が確保できるのかという話を始めるべきである。スキームの見直しを
多額の税金を遣わなくても、優秀な人材を集める方法はある。例えば、日本語研修のやり方だ。現在は来日前後に半年間、介護士らに日本語研修を課した後、語学レベルに関係なく一斉に施設や病院で仕事を始めることになる。だが、語学は個人差が大きい。来日前に一定レベルの日本語習得を義務づけ、基準に達した者だけに来日を許可すべきだ。日本語研修は天下り機関が担うのではなく、現地の看護学校や大学と連携して進める。
その点だけでも改めれば、たとえ税金を遣っても費用は格段に安くすむ。外国人だけ試験時間を延長するといった姑息な措置を講じなくても、国家試験に合格する可能性もずっと高くなるだろう。加えて、JICWELSによる法外な斡旋手数料もなくせば、受け入れを希望する施設も増えることは間違いない。
インドネシアとフィリピンに加え、日本はベトナムからの介護士・看護師の受け入れにも合意している。今後も外国人の受け入れは拡大することが見込まれる。手遅れになる前にスキームの見直しが必要である。
民主党は「税金の無駄遣い」や「官僚支配」の見直しを掲げ、政権交代を果たしたはずだ。外国人介護士らの受け入れ問題でも、原点に戻って抜本的な改革を望みたい。
執筆者:出井康博
1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリストに。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新潮新書)がある。最新刊は『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)。
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筆者より
筆者の出井です。多くの反響をありがとうございます。「せっかく日本に来てがんばっている外国人に難しい日本語の試験を課し、追い返すのはかわいそう」という新聞・テレビの論調は本質を捉えていません。本当に「かわいそう」なのは、長期的戦略のない介護・看護行政のもと、税金を無駄に遣われている私たち日本人の方ではないでしょうか。厚労省は外国人介護士らの受け入れを「国際貢献」だと言います。しかし、それは「おためごかし」。日本に憧れてやってきた外国人の若者たちの多くが、国家試験に落ちた後、日本を嫌いになって帰国していきます。国益にも全く反した制度であり、「試験時間の延長」などでお茶を濁している場合ではないと思います。本誌連載時から指摘してきた通り、このテーマは移民受け入れの問題とも深く関係します。引き続き追い続けてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。(出井康博)あるべきスキームとは……
読ませていただいて、「こんなからくりがあるとは」と驚いてしまった。看護師、介護士の不足している日本では労働意欲の高い外国人の人たちの雇用を増やす必要がある。そのため不必要に難しい試験を課す必要はないとさえ思っていた。そしてこれがアジアへの貢献となると……。しかし、そのようなきちんとした考えを持って行われている制度ではないのだ。すべては「政治」から始まり、結局迷惑を受けているのは現場の医療機関、そして来日して職を得ようとしているアジアの人たちである。税金の無駄遣いはやめていただきたい。そのうえできちんとした考えの下でこの制度を続けていただきたい。出井さんはずっと主張されてきましたね
出井さんの以前の連載からずっと見ていたから、本当に当時予測された通りの失敗になっていると、常々思っています。最後の「スキームの見直しを」のところも、当時から主張されていたことですね。
日本に呼んでから高い人件費かけて天下り機関を肥やさせて日本語教えるのではなく、現地で安く日本語教えて、一定レベルに達した人だけ日本に来させろと。こんなの、どう考えても合理的で、当たり前な指摘ですよね。
民主主義国家のマスメディアの役割りという観点から言えば、いまだに問題の根幹を書けない新聞等のレベルの低さこそが、この問題が解決できない大きな原因なのかもしれませんね。休眠看護師を活用する方が合理的
当方中規模総合病院勤務の外科医です.医療現場からの考察です.
看護師を増やしたいのであれば,出産や育児のために家庭に入っている看護師の就労支援(子育て環境の改善)が最も効果的と考えます.
実際に女性人口の約1%が看護師資格を持っておられますが,社会的な制約のため働きたいのに働くことをあきらめている方々が多くおられます.政治的な理由で外国人看護師の受け入れを行うのは,マクロでは国益にマイナスです.
国同士の親交を深めるなら違う分野でやっていただきたいものです.もっと見る
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