ここ一週間、なぜか、ギャンブル依存症がらみのニュースに触れる機会が多かった。

まず第一は218日号の『タイム』。巻末に、米国で人気のバイオリニスト、ジョシュア・ベルのインタビューが載っていたのだが、なんと、自他ともに認めるギャンブル狂だという。ベルは、「演奏時に『アドレナリン・ハイ』になるので、演奏をしないときにも類似の『ハイ』を求めるようになった」と説明していたが、実際、歴史的名バイオリニストにはギャンブル狂が多いそうである。

第二は元サンディエゴ市長、モーリーン・オコーナーが10億ドル以上をギャンブルに投じていたという話。亡くなった夫は大手ファースト・フード・チェイン「ジャック・イン・ザ・ボックス」の創始者。夫が残した莫大な遺産を使い果たした後、管轄する慈善団体の資金に手をつけて「ご用」となり、214日連邦ロサンゼルス地裁で裁判が始まったのである。

第三は、サッカーの八百長絡みであるが、24日、ユーロポール(欧州警察機構)が、UEFAチャンピオンズリーグ、FIFAワールドカップ予選などを含む680試合で八百長が行われていた疑いがあると発表したことは読者もよくご存知だろう。実は、この大がかりな八百長スキャンダルが暴露されたきっかけは、ある人物のギャンブル依存症にあったので説明しよう。

ユーロポールの発表が行われる前から、サッカー界が八百長に根深く汚染されていることは周知の事実だった。韓国、イタリア、ドイツなどで、司直がサッカー界の八百長を摘発、関係者が大量検挙される事態となったことは、いまさら触れるまでもないだろう。以下、日本で報じられているかどうか知らないが、八百長の悪質度(あるいは「クリエイティビティ」)の高い事例を三つ紹介する。

1)201097日、バーレーンで行われたバーレーン対トーゴーの親善試合。バーレーンが30で勝ったのだが、後日、トーゴーサッカー協会が「代表チームを派遣した事実はない」と発表。八百長シンジケートが「代表チーム」をでっちあげた上でお膳立てした親善試合であったことが判明した。

2)201129日トルコのアンタルヤで行われた国際親善2試合。結果は、ボリビア対ラトビア:21、エストニア対ブルガリア:22だったが、問題は、7ゴールすべてがペナルティ・キックによるものだったことである。しかも、そのうち1ゴールは、キッカーが失敗した後、審判が再キックを命じた上で得点させたものだった。両試合とも、試合中、オンラインで「ゴール数は3を越える」とするベッティングが大量に申し込まれた。

3)2012116日、トルクメニスタン対モルジブのU21 親善試合はモルジブが32で勝ったことになっているが、実は,この試合、オンライン・ベッティング用に仕組まれた「架空」の試合だった。八百長シンジケートが、試合結果を伝える「記録員」を買収、世界中の胴元をだまして金をまきあげたのだった。

ユーロポールによると、今回発表された八百長疑惑は、シンガポールに本拠を置く犯罪組織が仕組んだものであるという。さらに、その背後には中国の犯罪組織「三合会」があり、「シンガポール組織は英語が上手な上に、国際的活動に慣れている」という理由で、提携関係が結ばれたという。

実際の八百長工作はシンガポール組織が担当。選手・審判・サッカー協会関係者を買収することで八百長をお膳立てした。シンガポール組織が特に得意としたのは、国際親善試合を舞台にした八百長であった(上記3事例もすべて国際親善試合)が、貧しい国の関係者は、買収が著しく容易であったからである。プロモーターを装って主催国となる協会に親善試合開催を持ちかけ、買収済みの選手・審判を送り込んで筋書き通りの八百長を実施させるのである。さらに、ヨーロッパでは東欧等の犯罪組織と提携、元選手等を「交渉役・伝達役」として八百長のお膳立てをした。

試合当日になると、アジアに散らばるオンライン賭場を利用。試合中のリアルタイムのベッティングで、ゴール数、レッドカード数、点差等に賭けるのだが、末端の「兵隊」を多数利用、胴元に拒否されない「小額」を広く薄く賭けさせることで利益を上げるのである。

シンガポール組織で八百長のお膳立てを担当した中心人物がウィルソン・ラジ・ペルマルである。20112月、フィンランドで逮捕されて1年服役した後ハンガリーに移送され、現在同国官憲の取り調べを受けている。ヨーロッパだけでなく世界中を飛び回って八百長をお膳立てしたのであるが、「シンガポール組織が裏切って警察に売ったせいで逮捕された」と恨んでいるため、捜査に協力的という。今回、ユーロポールが大がかりな八百長疑惑を摘発するにいたったのも、ペルマルがぺらぺらしゃべったことで捜査が進んだからだった。

では、なぜ、シンガポール組織がペルマルを警察に「売った」かだが、その理由は、ペルマルが組織の金を着服したことにあった。さらに、上に挙げた事例の(2)「7ゴールすべてがペナルティ・キック」のケースにFIFAが試合前から調査に入っていた(実は、ラトビアの協会関係者が審判の人選に疑問ありと事前にFIFAに通報していた)ことがペルマルに対する組織の疑念を強める結果となり、フィンランド警察に密告することで逮捕させたのだった。

ここで、話を最初に戻すと、そもそも、ペルマルが組織の金に手を出すようになった理由は、そのギャンブル依存症にあった。ずっと、世界中で八百長工作を担当してきたものの、「あまりに簡単に八百長が成功するので、スリルがなかった。だから、スリルを求めて他の試合に賭けるようになった」というのだが、賭けに勝つのは八百長を仕組むよりはるかに難しかったようで、負けが込む度に組織の金を着服するようになったのだった(3ヶ月の間に1000万ドルすったこともあったという)。

というわけで、今回、サッカー八百長シンジケートが摘発されたのは、中心人物のギャンブル依存症のおかげだったのだが、それにしても、「八百長工作は簡単すぎて退屈になった」という主犯の言い分を聞くと、サッカー界の将来が心配にならざるを得ない。

野球の場合、1919年のブラックソックス事件以後、賭博関与は厳しい処罰の対象となるなど、八百長対策が非常にしっかりと根付いているのだが、野球の厳格さと比べたとき、サッカー界はギャンブルに対する姿勢が非常に甘いという印象は否めない。たとえば、英プレミアリーグ、ストーク・シティのオーナーは、オンライン賭け屋「Bet365」の創設者であるし、チャンピオンシップリーグ(2部リーグに相当)、ブライトン&ホーブ・アルビオンのオーナーはプロのギャンブラーであり、賭博関係者の関与を禁止していないどころか奨励しているようにさえ見える。

現在、スポーツ賭博は年商1兆ドルの市場といわれ、うち、70%がサッカー関連とされている。「八百長は胴元が損するだけで、『被害者』のいない犯罪」とする向きがあるかも知れないが、サッカー界の八百長は、中国マフィアに始まって各国犯罪組織の資金源となっているだけに、看過できる問題ではない。はたして、サッカー界は、「八百長工作は簡単すぎて退屈」という現状を打破することができるのだろうか?

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