2/11 訂正・追記 今後も考えを整理してまた推敲・追記していきます。
司法や警察の力で完全に管理するのは無理です。
財源にも限りがあるし、人間社会を律するための装置だから動物虐待の対処には馴染みません。
法的制裁は現状以上に重くしなくてもいい(感情的には厳しくして欲しいけどリソースに限界があるから、虐待を許せない人たちが納得いくほどの罰を加えることはできないと諦めています。)から、社会的制裁を徹底して厳しく加えて欲しいのです。罰金刑の強化なら税金を消費しなくて済ますが動物虐待するような奴は大抵経済力ありませんから踏み倒して逃げ得になります。
自ら警察に出頭するかあるいは既に捕まっているなら重い量刑を自ら願い出るまで顔と名前と住所を宣伝し、勤め先や家族にもこの人は虐待者だと告知し、チラシやビラも配布し、随時行動の様子を撮影して公開する。一番良いのは額に「私は動物虐待者でした」と刻むことです。
一生動物虐待者という評価を下される=社会的制裁は死ぬまで続きますが、本人の更正を妨げることになるのも良くないので、今後同じ過ちを繰り返さないと判断できたら、それ以上に個人情報を晒すことはしなくていいと思います。
追記:
とは言え、動物虐待事件で発覚するのはごく一部です。発覚した一部の者だけでも見せしめとして徹底的に社会的制裁を加えることで、未だ露見していない虐待者へのプレッシャー、抑止になればよいと思います。
訂正:
本文「社会的制裁を厳しく加えて欲しいのです。私刑と言ってもいいですね。」
→後半は削除しておきました。
私刑というと個人の感情に基づく一方的な報復(という名目の暴力)という意味であって、義憤に基づく社会的制裁とは意味合いが異なる、同列に並べるのは不適切と考え直しました。
私刑と社会的制裁がどう違うかというと、私刑は相手の自由を奪うのに対し、社会的制裁はそうではない点だと思います。
事実を公開した結果、当人にとって不利益が生じるなら、それを結果として社会的制裁とみなせる、ということだと思います。