あなたの氏名と勤務先or家族や恋人の連絡先を教えてくれたら私も教えます。私もあなたの勤務先や家族恋人友人等に、あなたが「私の周辺の人々に私がやっていることを明かした」ということを明かします。という条件の下でなら、つまり対等な条件下なら、いくらでも教えます。
なぜ私が一方的に情報開示しなければいけないのでしょうか?ただでさえもここまで開示しているのに、これ以上何が望みなのでしょうか?あるいは、私に直接会いに来てくださって、氏名勤務先を教えてくださり、動物虐待や児童虐待やその他部下へのパワハラ等々「弱い者いじめ」について個人的な体験談をお話ししてくださる方なら(加害者・被害者・傍観者立場は問いません)、あなたの勤務先家族恋人等への通知はなしで、私の勤務先家族の連絡先を教えます。身元を明かさずに家族や勤務先に、相手が迷惑・畏怖する程度までに連絡する人は、訪問した警察署の担当者の方が気にかけてくださっていますので、通報して警告を入れてもらいます。場合によっては脅迫罪に該当することもあり得ます。
私は犯罪者・動物虐待者の顔、氏名、都道府県~市区町村レベルの居住地、勤務先は、本人が懲りて二度と同じことをする気にならないと思うようになるまで、公開すべきだと思います。アメリカでも性犯罪者の個人情報を一般市民が閲覧できるシステムが整備されています。懲りて更生した後も、氏名と大よその居住地は、場合によっては顔写真も、積極的に公開する必要もないけれども、話題に上る際は「特段伏せる配慮をする必要もない」と考えています。逮捕された動物虐待者の顔写真はこのブログでは掲載しませんが、実名は「晒す目的はありませんが」「伏せる必要性も感じない」ので、「話題に上る際は」そのまま書こうと考えています。ただしこげんた事件の犯人については、十分に社会的制裁を受けて今後同じことはしないだろうと思われることと、私自身が彼の名前を騙り彼に対して悪いことをしたので、実名は伏せてイニシャル表記にします。
犯罪者への「嫌がらせ」「誹謗中傷」を肯定しているわけではありません。「抗議」「非難」が必要だと考えています。それを多数の人が行うと「社会的制裁」になると考えています。それは必要です。そして「嫌がらせ」「誹謗中傷」も、それだけのことをしたということだからある程度までは「甘受すべき」と考えます。
以前の記事で社会的制裁を「私刑と言ってもよい」と書いたのは不適切でしたので取り消します。「抗議」「非難」の集大成が社会的制裁であり、私刑との違いは「相手の自由を奪わないこと」だと思います。単なる非難や抗議なら相手側にもカウンターとして反論する自由があります。誹謗中傷や嫌がらせも、それが暴力的な方法によって行われない限りはそうです。暴力的な手段によって相手の反駁する手段を奪ってしまっていたら、それは私刑になると思います。これは私の個人的な考えであって、正確には社会学や法学の分野でいろいろと違いは説明されているそうですが、後ほど調べてからお伝えします。
また、犯罪者の家族や勤務先など周辺の人に対しても「抗議」「非難」をするのは当然~やむを得ないことと思います。育てた責任・雇う責任があるからです。それを「すべきだ」と煽動したいのではない、「されて当然~仕方ない」と言っているのです。周辺の人々に対する「嫌がらせ」「誹謗中傷」は論外ですが、「ある程度はされても仕方ない」と思います。それだけのことをしたということですから。
箇条書きにします。
動物虐待に限定した話とは思わないでください。
「肉体的社会的に弱い立場にある者への理不尽な暴力」全般に通用する話ととらえてください。
①法的制裁だけではなく社会的制裁も必要。
②特に、動物を法律で守ることは困難であるため(なぜなら動物は法律を守れないから)、法律で動物への暴力を裁くことには限界があり、その分を社会的制裁で補う必要がある。
③絶対に社会的制裁があってはならないというなら法律による処罰を極めて重くする必要がある。社会的制裁も含めて量刑が決定されているのだから。
④すべて警察と司法に委ねたら税金がいくらあっても足りないし、(法律で強制されなくても)個人の心の持ち方が変わることこそが根本的な解決であるので、可能な限り私人・民間で解決すべき。
⑤④の意味では動物の駆除も、苦痛を最小限にする方法が確立されているならば、行政ではなく個人がやってもいい(個人がやったほうがいい)。であるので、猟友会や屠殺業者などの職業人がその役割を果たしている。素人がやると結局虐待を容認する結果になるのでそれは許されない。
⑥肉体的社会的弱者への暴力を奮った者は、顔写真・氏名・大よその居住地を、本人が「こんなに自分の地位を貶めることになるなら割に合わないから今後二度としない」と誓うまで、公開し続ける必要があります。その後同様の罪を犯す人間が現れるのを防ぐためでもあります。
⑦加害者虐めがしたいわけではない。そのような「行い」「心」がなくなることが目的であって加害者への制裁は飽くまでそのための手段です。加害者が二度と同じことはできないと思うようになったら、加害者の情報公開はストップするべきだと思います。
⑧しかしその後も、実名は特に伏せる必要もないと思います。積極的に晒す必要があるといっているのではない、話題に上った時に隠す配慮をする必要を感じられないというだけです。
⑨加害者への「嫌がらせ」「誹謗中傷」は「するべきではない」ですが、「されても仕方ない」と思います。そういうことを諸々考慮した上で法的処罰が下されるのですから。
⑩加害者の家族や職場の人も「抗議」「非難」されるのは仕方ないと思います。いいことだとは思いませんが、それぐらいはされて当然~やむを得ないです。「嫌がらせ」「誹謗中傷」は「するべきではない」ですが、されても「やむを得ない」と思います。それが育てることの責任・雇うことの責任だと思うからです。
⑪更生して社会復帰しようという人を応援する環境は整備するべきだし、そのような人の過去をほじくり返してかえって更生の意欲を削ぐようなことをすることは、結局社会全体にとって損失になるので、すべきでないと考えます。