ダニエル・スナイダー/Dan Sneider
日本人が知らない最高権カ者の素顔
小沢一郎という男
親友ダニエル・スナイダーがはじめて明かす
(週刊現代 2009年10月24日号)
「情報を出さない」
「突然、姿を消す」
−小沢一郎は最も力のある政治家でありながら、最もわかりにくい政治家だ。
小沢氏と家族ぐるみの付き合いというスタンフォード大学のD・スナイダー氏が、剛腕政治家についてはじめて口を開いた。
挑発して、反応を見る
−小沢氏の第一印象はどんなものでしたか?
スナイダー はじめて会ったのは、日本のレストランでした。1986年のことです。飲みながら政治や人生やいろいろなことについて話をしました。私の日本語はひどいので、日本語がしゃべれる妻のエリザベスが通訳をしてくれました。
小沢氏は英語をかなり理解できているようでしたが、自分では話しませんでした。これはいまでも変わりません。私の小沢氏に対する第一印象は、率直に何でも言う人だなというものです。非常に温か<、陽気で元気な人だと思いました。けっして口数が少ない人ではありません(笑)。
政治家として、皆さんがもっている彼のイメージとは違うかもしれません。ユーモアのセンスも抜群です。昔はアメリカ社会の恋愛事情についてよく私に聞いてきました。それを日本社会の男女関係と比較していました。
−あなたは、そもそもなぜ小沢氏に会うことになったのですか。
スナイダー 妻が、紹介してくれたからです。私は当時、日本で(アメリカの有力紙)『クリスチャン・サイエンス・モニター』の記者をやっていて、彼女も同時期『ロイター』、そして『ウォールストリート・ジャーナル』の記者をしていました。以来、我々一家と小沢家の家族ぐるみの付き合いが始まり、すでにこの関係は23年続いています。
実は、妻は6歳のときから、小沢氏のことを知っているのです。彼女は日本育ちで、母親が大学浪人時代の小沢氏とその姉の「則子さん」に英語を教えたことがあり、その縁で知り合いになりました。
妻の妹ルイサも小沢氏とはとても親しい関係にあります。現在は歴史家としてジョージタウン大学で教えていますが、我々が日本に住んでいるときに、ハーバード大学の博士号を取るために彼女も来日して、日本について研究していました。その際は、小沢氏のアシスタントとして働き、彼女は小沢氏の著書「日本改造計画」を英駅しました。
−小沢氏はときどき傲慢に思えることがありますね。
スナイダー たしかに、ときにはそう見えますね。それは彼の欠点でしょう。でも小沢氏は、日本にいる外国のメディアとは非常にいい関係を保っています。日本語が流暢な外国人を集めて定期的に会合をもっていました。小沢氏はアメリカ人の友人の意見によく耳を傾けます。私以外にも彼と長く関係を続けている人がいて、たとえば元駐日米国大使のマイケル・アマコスト氏も小沢氏と親しい一人です。
彼は意図的に挑発的な質問をすることがあります。最初はどうしてそんなことをするのかと思いましたが、あるときやっとそれが、「相手の反応をみるためである」ということがわかりました。議論をするのが好きな人ですから。
首相になりたかった
−小沢氏は日本で「剛腕」といわれている実力ある政治家です。にもかかわらず、首相にはなっていません。なぜでしょうか。
スナイダー もし、小沢氏が首相になって、権力だけを欲する人間だったら、自民党を出ることはなかったでしょう。また金丸(信)氏が彼を首相にしようとしたことがあったが、小沢氏が断ったと聞いたことがあります。彼の目的は必ずしも首相になることではありません。彼は権力だけを求めているのではないのです。彼にとって大事なのは政策立案です。
彼は歴史というものを深く研究している人です。しょっちゅう歴史の本を読んでいます。私たちが知り合った頃はよく歴史の話をしていました。それで彼は私と同じように大久保利通の大ファンだということがわかったのです。彼は日本を近代国家に作り上げた人です。そして小沢氏は伊藤博文と西郷隆盛も、大久保と同じように高く評価していました。彼らの目的は日本を変えることでした。そして小沢氏はいまを明治維新のような変革のときだと位置づけています。日本を変えるべきときだと捉えているのです。
この春、政治献金をめぐるスキャンダルが表面化する前まで、小沢氏は純粋に首相になりたいと考えていたと思います。そして自分こそが民主党を総選挙で勝利に導ける唯一の人間だと信じていたでしょう。
−小沢氏の健康面について、心配していますか。
スナイダー ええ、非常に心配です。彼は心臓が悪いですからね。本人もそのことをとても気にしています。渡米した小沢氏と食事をしているときに、彼が自分の健康のために食生活を変えないといけないと話していたことを覚えています。でも最近は健康そうに見えます。
−あなたは日本の変化、政権交代を早くから予測していましたが、外国人の日本研究者の多<ば「日本社会は変わらない、変わることができない」と主張してきました。
スナイダー たしかに人々は急激な変化を望みません。日本には、いくつかの変化に対して抵抗があります。小沢氏が好きな言葉は"We must change to remain the same."(同じ状態であるために我々は変化しなければならない)ですが、これは非常に興味深い、意味のある箴言です。
というのもこの言葉の真意は、「我々には変化が必要である、グローバリゼーションの影響に対処することも含めて、変化が必要であるが、その目的は我々を別のものに変えることではない」というものです。日本がアメリカのような国になるべきだと言っているわけではありません。変化の目的は、日本祉会の価値観を維持することにあります。それがこの箴言の本当の意味なのです。
−日本のことをあまり知らない人は、この政権交代を大転換といいますが、あなたは時間を掛けて起きた変化と捉えているのですね。
スナイダー これは大転換ですが、私は、「静かな革命」と呼んでいます。長い間蓄積されたものが形になったのです。どこからともなくいきなり起こったわけではありません。
−小沢氏はこの変化の中心にいつもいたのですね。
スナイダー 彼こそが細川内閣のときに小選挙区制度導入を推し進めた人です。この選挙制度が政権交代を実現させたのです。私は2007年8月に「小沢氏は二大政党制を作ることを追求してきた人物で、その能カを遇小評価するのは浅はかだ」と書きました。
−小沢氏は政権交代の言わばエンジンに当たりますね。
スナイダー 彼一人だけがエンジンなのではないでしょう。たしかに彼は、自分が何をしたいか、明確なビジョンをもっていました。しかしそれは細川護煕氏も菅直人氏ももっていました。
重要なのは「忠誠心」
−鳩山氏が首相にな.っても、小沢氏が民主党を仕切っているように見えます。
スナイダー 鳩山(由紀夫)、小沢、管、岡田(克也)、こういう人たちはかつて民主党の代表を務めていますが、率直に言えば、みんなリーダーとして失敗しました。だから、現在、民主党にはこの人こそがすべてを仕切っているという存在はありません。
鳩山氏は明らかに、人間的な魅力がある。日本の有権者は彼が首相であることに満足しています。一方、小沢氏は信じられないほどの戦略家です。彼はビジョンをもった政治リーダーですが、人間としてそれほど魅力がありません。
日本人のほとんどは、小沢氏を古いシステムの権化とみています。彼は皮肉な存在です。というのも彼は様々な意味で、自分が破壊しようとしているシステムの一部だからです。そのことが彼を興味深い人間にしています。
そもそも彼は古いシステムから出てきた政治家です。自分の父親から議席を譲り受けて、自民党という器械の一部になっていました。彼は田中角栄、金丸、竹下(登)というような人から政治を学んだのです。彼らはみんな小沢氏の恩師です。
自民党は、このような組織的政治をするのがうまく、派閥を作ったり、後援会を組織したり、利益団体と組んだりして日本を長年支配してきました。そして小沢氏は民主党の選挙体制を整えるのにそのような「道具」を使ったのです。と同時に彼はそのシステムを破壊するための「道具」でもあったのです。
個人的に思うのですが、彼は「黒幕」(日本語で)として党を操作していることに満足していると思います。彼は戦略家であるだけではなく、アイデアや政策、どうやったら有権者にアピールできるかを考えているのです。
−民主党内にリーダーが多数いて、争いが始まる可能性はないですか。
スナイダー 党内に緊張関係が生じるかもしれません。というのも野心的な大物がたくさんいるからです。首相になりたいと思っている人が他にもいます。
日本のメディアには、小沢氏と鳩山氏の関係について多くの憶測が飛び交っています。ここで一つ念頭に置くべきことは、彼らは長い間同じ立ち位置にいたということです。鳩山氏はずいぶん前から小沢氏に、民主党に入ってほしいと思っていました。小沢氏は、最初は断りましたが、結果的に入党しました。彼らはその後もいい関係を保っています。
小沢氏が秘書の問題で非難の失面に立ったとき、鳩山氏が彼の味方になったことは非常に重要です。味方にならなかった人もいますが、鳩山氏はなりました。
小沢氏にとって人間関係でもっとも重要なのは、個人的な忠誠心です。どの国でも政界では個人的な忠誠心は非常に重要です。アメリカでもぞうで、大統領がまず閣僚やスタッフに求めるのは忠誠心です。政策上の同意は、それに比べれば重要ではありません。
彼こそが日米の裏ルート
−9月下旬、鳩山首相が渡米してオバマ大統領と会談しました。このなかで、日本のメディアが重要課題と位置づけている海上自衛隊によるインド洋での給油活動延長や日本の米軍基地再編についは触れられることばありませんでした。
スナイダー 私は9月中旬に短期間、日本に行き、民主党やアメリカ政府関係者と話しましたが、こういった問題をいま日米で論議すべきだと思っている人は誰もいませんでした。今回の日米首脳会談では日本の首相とアメリカの大統領がいい関係を築くことが重要だったのです。
−小沢氏は、日米関係を変えていこうとしていると思いませんか。
スナイダー この3月、小沢氏に会ったとき、「あなたはアメリカともっと同等の関係を持ちたいと言っているが、それはどういう意味か」と聞きました。その答えは「これはアメリカに対する批判ではなく、日本政府に対する批判の意味で言っている。個人個人は、独自の人間であり、一人一人異なった能力がある。しかし、個人個人は人間としてみんな平等だ。それなのに日米が対等になれないのは)日本政府にグローパルな政策がないことである」というものでした。
小沢氏が言いたいのは、日本も自分の頭で考えて政策を立案すべきだということだと、私は解釈しました。アメリカとの同盟関係ありきで政策を考え始めるのではなく、日本の安金保障にとって何が必要なのか、それが同盟国と共有できる部分はどこか、またできない部分はどこかを、自分で分析して結論を導く必要があるということです。これが本当の同盟のあるべき姿です。
−米国防総省の日本部長を務めたことがあるジム・アワー氏は「小沢氏は日和見主義で、日米関係を悪化させる可能性がある」と言っています。小沢氏はぶれていますか。
スナイダー 戦略国際問題研究所上級顧問・日本部長のマイケル・グリーン氏もアワー氏と似た主張を口にしていました。ここで指摘しておきたいのは、彼らはプッシュ政権を支持した人だということです。彼らはみんな小沢氏のことを日和見主義だと言います。でも彼はそうではありません。
−アメリカの日米関係の専門家のなかにも「民主党が政権を取れば、日米同盟か終わりに向かい、摩擦が起こる」と話す人がいます。
スナイダー 1980年代の後半ほど日米関係が緊張したことはありません。貿易摩擦、日米安保、FSX(次期支援戦闘機)など問題が山積みになっていました。このときに問題を解決しようとして、舞台裏でもっとも中心的に動いた人が小沢氏です。官僚が拒否したことを彼はやらなければならなかったのです。彼が問題を解決する裏ルートでした。彼こそが最も親米の政治家でした。そのことは変わっていないでしょう。
ダニエル・スナイダー
1951年生まれ。コロンピア大卒。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京特派員などを経て、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長としてアジアにおけるアメリカ外交及ぴ国家安全保障政策を研究中。
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