沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中両国のにらみ合いが新たな段階を迎えた。中国海軍の艦艇が海上自衛隊の護衛艦に射撃管制用レーダーを照射したためで、武力行使を意図した危険な挑発行為といえる。海自の現場隊員には緊張が走っただろうが、挑発に乗ることもなく、レーダー電波など揺るがぬ証拠の収集に成功。冷静な対応を振り返ると、レーダー照射を予期していたかのような防衛省幹部の言葉が重みを増す。
■「空」の攻防も激化
年明けから中国の挑発は新たなステージを迎えたとの兆候はあった。複数の政府高官が、東シナ海上空で中国軍機の活動が活発化していると指摘していたからだ。
「中国軍機が日本領空付近に頻繁に飛行してくるようになった」「空の攻防は激化している」
まず昨年9月11日の政府による尖閣国有化以降、中国軍は「Y8」を頻繁に送り込み始めた。
Y8は日中中間線のガス田付近に飛行してくるケースが多い。日本領空の外側に設けられた防空識別圏にも侵入してくるため、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)し対処している。
中国公船による領海侵入が常態化した「海」ばかりでなく、「空」でも攻勢を強めてきたわけだ。
これを受け安倍晋三政権は年明け早々、自衛隊の対抗措置を強化する検討に入った。領空侵犯機が無線での警告に従わない場合、空自戦闘機が曳光(えいこう)弾を使い警告射撃を行うことが検討の柱となる。
こうした事実関係を産経新聞が報じたのは1月9日の朝刊。その日のうちに中国側も対日圧力を急遽(きゅうきょ)検討したのかもしれない。翌10日、新たな挑発に出てきた。
尖閣諸島北方の東シナ海上空に中国軍の戦闘機数機が飛来し、防空識別圏にも入った。戦闘機は少なくとも2種類を送り込んできたとされる。
■過激なスクランブル
中国側の威嚇はこれにとどまらなかった。スクランブルでも対応をエスカレートさせた。
これはどういうことか。海上自衛隊や空自の航空機も中国軍の情報を収集するため、東シナ海上空で一定程度、中国側に近づき飛行することがある。これに中国側もスクランブルの措置をとるが、その対応がこれまで以上に過激になったというのだ。
中国側は自衛隊機を執拗(しつよう)に追い回したり、距離を詰めたりしているとみられる。自衛隊のパイロットにプレッシャーをかける狙いがあるのは明白だ。
東シナ海上空は「一触即発」の状態で、ある政府高官はこう口にした。
「中国側は先に警告射撃を行うつもりだろう」
ここで強調しておきたいのは「警告射撃」だ。つまり、中国側が日本の対抗措置強化に先んじ、自衛隊機への対抗措置を引き上げる算段だと分析していたわけだ。
中国海軍艦艇のレーダー照射は、日本側が検討している警告射撃にアレンジを加え、レーダー照射という手段を選んだと考えても的外れではなかろう。
中国海軍艦艇のレーダー照射が確実に特定されたのは1月30日の海自艦艇への事例だが、1月19日にも海自のヘリコプターに照射をしたと疑われている。
おさらいすると、日本政府の警告射撃の検討が判明したのが1月9日で、最初とみられるレーダー照射はその10日後。指揮命令系統は不明だが、挑発の手段と計画を練り、実行に移すには十分な時間だ。
■求められる胆力
中国の挑発に自衛隊が厳正な対処を続けることはもちろんだが、中国側の揺さぶりにも警戒する必要がある。今度は別の手段で日本側を挑発し、その行為を正当化することに躍起となるに違いない。
自衛隊の警戒監視について「挑発」だと声高に主張してくる可能性もある。
これには前例がある。
日中中間線付近のガス田開発をめぐり日中間の対立が深刻化していた平成19年ごろのことだ。海自のP3C哨戒機がガス田付近を飛行していることについて、中国側は「不当な挑発」と日本側に繰り返し抗議してきたことがある。
外務省の一部に中国側の要求に配慮すべきだとの意見があり、P3Cの飛行を自粛するよう防衛省に検討を求めた幹部もいた。
だが、当時の防衛省・自衛隊幹部はこれを突っぱね、中国側にも弱腰な対応は一切みせなかった。
今も防衛省内で語り継がれるエピソードがある。中国軍との意見交換の場で、P3Cと同様に空自のスクランブルを批判された際、当時の空自の最高幹部は次の言葉で中国側を沈黙させたという。
「われわれは貴国の賓客(航空機)を丁重にお迎えしているだけだ」
中国の挑発に対処するには胆力が求められることを示す好例といえる。(半沢尚久)