数日後。 王宮、クラウディアの私室。 「よろしいですか、クラウディア様?」 ノックの音と共に、ドアの外から声が聞こえた。 その声の主を彼女が誤るはずがない。彼女の魔術の師、魔導長のピュラだ。 「そうぞ、入って下さい」 クラウディアが招じ入れると、ピュラは後ろ手に扉を閉めて頭を下げる。 「どうなされたのですか、先生?」 「はい。実は、例の正体不明の魔力についてですが……」 「ひょっとして、魔力の発生源に関して何かわかったのですか?」 ピュラが話を切り出すと、クラウディアは身を乗り出す。 だが、彼女の期待に反して、ピュラは力なく首を横に振るばかりだった。 例の魔力が、このところ王宮の近辺で頻繁に発せられていることはクラウディアも感知していた。 それも、日増しに大きくなっているようにすら感じられていた。 にもかかわらず、クラウディアにはその魔力を発している者が何者なのか探ることができない。 その属性すら感じ取ることができないのだ。 それでも、この国随一の魔導師であり、彼女の師であるピュラならば、魔力を発して何か企んでいる者の正体を見破ることができるかもしれない。 そんな淡い期待を抱いていたのだ。 「そうですか……」 申し訳なさそうな表情で頭を下げているだけの師の姿に、クラウディアは肩を落とす。 少しの沈黙の後、ピュラが再び口を開いた。 「ただ、この数日、王宮を中心にかなりの頻度で魔力が感知されています」 「ええ」 そのことはクラウディアも感知していた。だから、驚きはない。 「この魔力が感知されるようになって3ヶ月以上が過ぎました。はじめは、その発生源は主に教会とその近辺でしたが、それが次第に王宮の方に近づいています」 「それは、わたくしも把握しています」 「その魔力を出している者が何者かはわかりませんが、ここにいたっては、その者の標的はクラウディア様であると考えてよいでしょう。それも、その者がクラウディア様を狙って行動を起こす時は近いと私は判断いたします」 「それは、わたくしはこの国の女王ですから、この国に害を為そうとする者なら、わたくしを狙うのは当然ですわね」 「はい。ですから、クラウディア様におかれましては、くれぐれも警戒を怠りなきよう。私からも、親衛隊長には警護を厳重にするように依頼しておきます。魔導院からも優れた魔導師を王宮の警護に当たらせる手配をいたします。ただ、敵は、いつ、どこから襲ってくるかわかりません。クラウディア様の身にいつ危険が及ぶやもしれません」 「ええ。先生の忠告、肝に銘じておきます。それにしても、相手の正体の見当すらつかないというのですか?」 「はい。相手が魔導師なのか人外の者なのかも……。しかし、相手が魔導師だとしたら、魔導院に正体を悟られることなく、自由に行動できるような人間が存在するとはとても考えられません。そう考えると相手は魔物の類であると考えた方がよいかと」 「でも、都の結界の中で自由に活動できる魔物などいるはずが……」 「だからこそ、相手の力は相当のものだと考えるべきでしょう。都の結界をものともせず、魔導師たちに尻尾すら掴ませないのですから」 そう語るピュラの表情は、暗く、思い詰めた表情をしていた。 その事実が、得体の知れない敵の強大さをクラウディアに思い知らさせる。 「……どうか、先生も十分に気をつけて下さい」 「ありがとうございます。しかし、私などよりも、クラウディア様がこの国の要。たとえ私の身に代えてもクラウディア様はお守りしなくてはなりません」 「し、しかしっ!」 色をなして師を気遣うクラウディア。 そんな彼女の様子を見て、口許を綻ばせたピュラの表情は、彼女の家臣としての、魔導長としてのものではなく、愛弟子を見つめる師匠のそれだった。 「では、護衛代わりに、私にはリディアに側にいてもらうことにしましょう」 「……そうですね。リディアがついていてくれるのなら、わたくしも少しは安心です」 ピュラの提案に、クラウディアも譲歩する。 いや、彼女も親友であるリディアの実力はよく知っていた。 ピュラとリディアのふたりなら、たとえどんなに強大な相手でもそう簡単に遅れをとることはあるまい。 クラウディアにはそう思えた。 もし、そのふたりで手に負えないような敵ならば、それは人間の手に負える相手ではない。 仮に、敵にそれほどの力があるのなら、正面からこの国を潰すことができるはずだ。 正体を隠してこそこそと動いているところが、敵がこちらを圧倒する力を持っていないのではないのかとも思わせる。 もちろん、だからといって油断できるような相手ではないのはクラウディアも理解していた。 ただ、そこにこちらの勝機があるように思えた。 敵は、必ず自分を狙ってくる。 その時、相手にこちらの隙を突いたと思わせて、反対にピュラとリディアとの連携がとれれば返り討ちにできるはずだ。 問題は敵がいつ襲ってくるかわからないことだが、ピュラの予測が正しければ、それが明日でもおかしくはない。 そのためにも、自分がしっかりしていなければならない。 「何度も申し上げますが、敵の狙いはクラウディア様です。くれぐれも用心をして下さい」 ピュラの言葉に、クラウディアは緊張の面持ちで頷く。 「それでは、私はこれで失礼いたします」 「あっ、少し待って下さい、先生」 ふと、クラウディアの胸に不安がわき上がって、一礼して退去しようとしたピュラを呼び止める。 「なんでしょうか?」 「この魔力が感知され始めたとき、その中心は主に教会でした。そして、教会のあの不祥事。それが、教会から王宮の周りに移ってきて、わたくしに危険が迫ってきているのはわかります。それで、あの、今、教会の方はどうなっていると先生は思いますか?」 「と、おっしゃりますと?」 「教会に敵の手が及んでいるということは、シンシアに、いえ、大主教代理はすでに敵の手に落ちていると……?」 クラウディアの問いかけに、ピュラは表情を曇らせる。 「わかりません。たしかに傍目にはシンシアは普段と変わりないように見えます。本当に何もないのか、実際には敵の手の内にあって、何事もないかのように装っているのか、そこまでは……」 「……そうですか」 歯切れの悪い返事に、クラウディアの表情も曇る。 「私も、そのようなことになっていないと願いたいのですが、状況から考えて、教会の関係者については警戒を解かない方がよろしいかと思います」 それだけ言うと、もう一度頭を下げてピュラは部屋を出ていく。 その姿を見送るクラウディアの表情は沈み、冴えないままだった。 魔導院、地下室。 「あふうううっ!いいっ、いいわ!」 「んくうううっ!ああっ、奥まで当たってるううっ!」 「んふ、えろ、あふう。ああ、おちんちん、おいしいれすぅ」 「うふふ、またこんなに大きくなって……ん、あむ」 「ああっ!んくうっ!」 「あはあぁん!」 薄暗い中で、20人ほどの男女が体を絡ませ合っている。 女たちは、リディアの能力の実験材料になって、肉欲だけを求めるだけの牝と化した者たち。 男は、そんな女を餌にしてシトリーの手駒にされた魔導院や教会、騎士団の人間。 最近では、その中に大臣や貴族たちの姿も数人混じるようになっていた。 「あくうううううっ!そんなっ、すごひいいいいぃ!」 濃厚な淫臭のたちこめる空間に、女たちの喘ぐ声と、男たちのくぐもった声だけが響いていた。 一方、こちらは教会、アンナの部屋。 「ん、んふ、あふ、えろ、ぺろ」 魔導師のローブを着た、淡いオレンジの髪の若い女が、シトリーの前に跪いてその肉棒に舌を這わせている。 その舌使いは、淫らな衝動に突き動かされただけというものではない。 確かに、淫靡な表情で美味しそうに肉棒を舐めているが、そこには愛おしげで、相手に尽くし、気持ちよくさせようとする意志が感じられた。 「あむ、えろろ、んふ。いかがですかぁ、シトリー様ぁ?」 そう言ってシトリーの顔を見上げる女。 その瞳は欲情して潤んではいたが、そこには狂気の光はみられない。 「うん、なかなかいい感じだ」 「ありがとうございます、シトリー様。ターニャは嬉しゅうございます。私の体は、シトリー様のものでございます。ですから、どうぞシトリー様のお好きなように。ん、んむ、ぺろ……」 シトリーに褒められると、ターニャと名乗った女は嬉しげに礼を述べて、また肉棒に舌を伸ばす、 「どうですか、おじさま?」 ふたりの様子を見ていたリディアがシトリーの顔を窺う。 「ああ、ようやくだな」 「はい。男の人と違って、女の人は難しくて」 シトリーから及第点を与えられて、リディアがほっとした表情を浮かべる。 自分が壊してしまった女たちを使って男をシトリーのために働かせるのは上手くいくのに、女を操り、下僕にしようとするといつも壊してしまう。 それで何度もシトリーに叱られていたのだから無理もないことだと言えよう。 それもひとえに、彼女の経験の少なさのゆえであった。 いや、経験が少ないというよりも、加減ができないのだ。 シトリーの手で初めての経験をしたときから、短期間のうちにシトリーやアンナたちによって過激な快感を与えられてきたリディアには、それが当たり前のことになっていた。 だから、精神世界で他の女を操るときには刺激を与えすぎて壊してしまう。 もちろん、普通の女が壊れてしまうほどの快感を当たり前のものだと感じているのは、リディア自身の素質によるものだろう。 それほどの強い刺激に耐えうるのは、彼女の精神力の強さのためなのか、魔族の因子のためなのかはわからないが、それで壊れてしまわなかったからこそ、今、こうしてリディアはシトリーの下僕になっているのだ。 だが、それほどの快感を他の女に与えても大丈夫だと思っていたのは、やはり経験の少なさによるものであった。 エミリアをはじめ、下僕仲間たちが皆そういった刺激に強く、強烈な快感を楽しむことができる者ばかりだったことも、リディアの認識を誤ったものにしていたといえる。 「で、おまえの出した答えはなんだ?」 「わたし、やっとわかったの。ただ快感を与え、快楽に溺れさせるのではなく、適度な刺激と、その快感に酔い、おじさまに全てを捧げたくなるような舞台設定を用意することが大事だって」 「なるほどな。だが、クラウディアはレベルの高い魔導師だ。精神力の強さも抵抗力も相当なものだろう。そんなやつを、どう相手にする?」 「うん、クラウディア様はわたしの大切なお友達ですもの、もちろん丁重におもてなしをするつもりよ。クラウディア様をわたしたちの仲間にして、おじさまの下僕にさせる最高の舞台を用意するわ」 ふたりの会話をよそにシトリーの肉棒を丁寧にしゃぶっているターニャの様子を、笑みを浮かべて眺めながらリディアが答える。 「よし、クラウディアを堕とす趣向はおまえに任せる。もちろん、僕も立ち会わせてもらうけどな」 「もちろんよ。クラウディア様をおじさまの下僕にするんですもの、おじさまにいてもらわないと困るわ」 そう言って笑みを交わし合うシトリーとリディア。 その時、ドアをノックする音が聞こえた。 だが、シトリーは慌てる様子はない。 教会のほぼ全てが自分の言いなりとなった今では、アンナの部屋を訪ねる者は自分の手の内にある人間に決まっているからだ。 「入れ」 落ち着き払った様子でシトリーが促すと、ドアを開けて顔を覗かせたのはフレデガンドだった。 「来たか」 「はい、シトリー様。さあ、あなたもこちらにいらっしゃい」 フレデガンドがそう言って招き寄せて姿を現したのは、親衛隊の制服を着た赤毛の若い女だった。 「あ、あの、隊長。……あっ!」 少し戸惑いながら部屋に入ってきた女は、その中で繰り広げられている行為に気づき、驚いたように立ちすくんだ。 教会の、女性聖職者の居住棟の中に男がいる。 それだけでもありえないことなのに、ベッドに腰掛けた男の股間に顔を埋めるようにして、魔導師のローブを着た女が剥き出しの男のものにしゃぶりついている。 目の前の光景に半ば茫然として、彼女はまじまじとシトリーを見つめる。 そして、シトリーと目が合ったその時。 「あ、うう……」 シトリーの目を見つめたまま、女の体が固まった。 「おまえの名前は?」 「……ジゼル、です」 シトリーに名を訊ねられると、虚ろな表情のまま、彼女は自分の名前を名乗った。 そんな彼女の姿を眺めているうちに、シトリーはふっと口許を綻ばせる。 「おい、ターニャ」 「はい、何でしょうか、シトリー様」 名を呼ばれて、肉棒をしゃぶっていた女魔導師が顔を上げる。 「おまえに仕事を与えてやる。今日一日、おまえは、このジゼルの教官だ。こいつに、僕への奉仕の仕方をしっかりと教え込んでやれ」 そう言うと、シトリーは顎をしゃくって、ぼんやりと突っ立っているジゼルを指す。 「私が、ですか?」 「ああ、そうだ。どうすれば僕を気持ちよくすることができるか、そして、僕に奉仕することがいかに楽しく、素晴らしいことなのかをおまえがこいつに教えるんだ。できるな?」 「もちろんですとも。シトリー様にご奉仕するのは私たち奴隷の務めです。私が、シトリー様の奴隷としてのあるべき姿をこの方に教えて差し上げましょう」 「頼むぞ、ターニャ」 「かしこまりました」 ターニャは跪いたまま、頭を下げる。 続けて、シトリーは突っ立ったまま、虚ろな表情でシトリーを見ているジゼルの両目を見つめ、瞳に力を込める。 すると、ジゼルが短く呻いて体を震わせた。 「いいか、ジゼル。今日はこれからおまえが親衛隊として主人に仕えるための訓練を行う」 「親衛隊として、主人に仕える、訓練……」 「そうだ。おまえたち親衛隊にとって、上官の指示に従うのは当然のことだな」 「はい……」 「よろしい。おまえは、親衛隊長であるフレデガンドの言葉に従うのはもちろんだが、今日の訓練ではここにいるターニャがおまえの教官だ」 「この人が、私の、教官……」 「そうだ、訓練において、教官の言葉には従わなければならない。それも当然のことだな」 「はい……」 「では、今日はこれからターニャの指導に従って、主人に仕える正しい方法を身につけるんだ」 「わかりました……」 シトリーはそこまで言うと、今度はフレデガンドに声をかける。 「たしか、親衛隊の女はこいつで最後だったな」 「はい」 「よし。じゃあ、こいつを終わらせると次はクラウディアを跪かせるぞ」 「はっ、いよいよですね、シトリー様」 「そして、この国を手に入れる」 「シトリー様がこの国を手に入れられるのは、私たち全員の望みであります」 「うむ、結構」 恭しく頭を下げたフレデガンドに向かって頷くと、再びシトリーはジゼルの方を向く。 「それじゃあ、とりあえず目を覚ますんだ、ジゼル。ただし、さっき僕が言ったことはおまえの中で生きているからな」 「はい……。はっ、あ、あら、私?あっ、これは!?」 意識の戻ったジゼルは、さっき部屋の中に入った時の続きで、驚いたようにシトリーを見つめる。 「さあ、こちらにいらっしゃい、ジゼル」 男の前に膝をついていた若い女魔導師が自分を呼び寄せた。 「あ、あの……。私は」 「あなたは今日、訓練のためにここに来たのでしょう?」 「訓練?そうよ、私は訓練のために来たんです」 でも、何の訓練だったかしら? 自分は今日、訓練のためにここに来た。 それは、目の前の女魔導師が言うとおりなのだが、何の訓練をしに来たのかがジゼルには思い出せない。 「だから、こちらにいらっしゃい。私がシトリー様へのご奉仕のやり方を教えてあげるわ」 「ええ?シトリー様って……」 「この方がシトリー様。私たちがお仕えするご主人様よ。今日あなたはこの方にご奉仕する訓練に来たのだから」 「そんな。隊長っ、これは!?」 いくら訓練だと言われても、さすがに目の前の男を主人と認めることはジゼルにはできなかった。 戸惑いながらフレデガンドの方を窺うジゼル。 だが、彼女に向かって、指示を仰ぐべき上官は力強く頷いたのだった。 「彼女の言うとおりよ、ジゼル。あの方は私たちが仕えるべきご主人様なのですから。あなたはこれからシトリー様に仕える訓練を受けなければならないの」 「でも、隊長……」 彼女にとって、上官であるフレデガンドの言葉は絶対だ。 しかし、親衛隊として仕えるべき主人は、この国の女王であるクラウディアのはずであって、この男ではない。 「いい、ジゼル?彼女、ターニャは今日の訓練の教官なのよ。あなたは訓練にあたって教官の言葉に従うことができないというの?」 なおも逡巡しているジゼルに、フレデガンドがきつい口調で問い詰めてきた。 「い、いいえ」 厳しい表情のフレデガンドに気圧されて、ジゼルは異を唱えることができない。 「だったら、ちゃんと彼女の言うことに従いなさい。」 「は、はい。わかりました、隊長」 まだ、納得していない様子ながらも、ジゼルはフレデガンドの言葉に従い、男とターニャの方に近づいていく。 「さあ、では、ご主人様にご奉仕する訓練を始めるわよ、ジゼル」 「は、はい……」 ジゼルが頷くと、ターニャはさっきまでしゃぶっていたシトリーの肉棒に手を添えて持ち上げてみせる。 「ジゼル、これが何かわかる?」 「は、はい……」 ターニャの問いに、戸惑いながらも返事をするジゼル。 さすがに彼女も、それが何であるかはわかった。 しかし、それをどうしようというのかは全くわからない。 「さあ、軽く握ってみなさい」 「え、ええ?」 相手の言葉にジゼルは戸惑う。 いきなり男のものを握れと言われて、彼女が戸惑うのも当然だった。 「どうしたのかしら、ジゼル?早く握りなさい」 「で、でも?」 「これは訓練なのよ、ジゼル。あなたは教官の言葉に従えないというの?」 戸惑ったままで手を伸ばそうとしないジゼルを、ターニャはきつい口調で咎める。 「は、はい……」 訓練と言われて、反射的にジゼルは目の前のものに向かって手を伸ばした。 親衛隊にしても、騎士団にしても、何か有事の際には状況を正確に把握し、その状況に即してどのような対応をすればよいか各自で判断して行動することが求められる。 もちろん、それができるのは相応の訓練と経験を積んだ者であって、未熟な者は、課題として与えられた状況においてどのような行動をとればよいのかという訓練を受けなければならない。 だから、初歩の訓練においては教官の言葉や指示には絶対に従わなければならないし、そこに疑問を挟むことも許されない。 そうでなければ、軍隊としての規律を保つことができない。 だから、その指示にどれだけ違和感があっても、ジゼルはターニャの指示に従う他にない。 ましてや、今回の訓練は初めてのものなんですもの、戸惑いや違和感があっても当然かもしれないわね。 そう自分に言い聞かせて、ジゼルは目の前の肉棒をそっと握る。 もちろん、彼女がターニャの指示に従ってしまうのは、シトリーに仕込まれた暗示のせいなのだが、彼女自身は、訓練において教官に従わなければならないという、軍人としての義務感からそうしているのだと思い込んでいる。 「どう?温かいでしょ?」 「はい」 握ってみると、それは温かくて、ドクンドクンと脈打っているのが伝わってくる。 「その温かさを感じていると、心地よくなってくるでしょう?」 「は、はい」 口では、はいと返事はしたものの、ジゼルにはとてもそうとは思えない。 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、彼女をさらに戸惑わせることをターニャは言い出した。 「じゃあ、ちょっと匂いを嗅いでみなさい」 「ええっ!?」 「どうしたの?」 「いえ、でも、それは……」 「何度も言わせないで。これは訓練なのよ」 「は、はい」 ジゼルはターニャのことを教官と思い込んでいる。 その教官にそう言われては、彼女は逆らうことができない。 ジゼルは、目の前の肉棒にそっと顔を寄せ、くん、とその匂いを嗅いでみる。 すると、もわっ、噎せ返るような臭気が鼻を突いた。 「どう?」 「は、はい。なんだか臭くて、おかしな匂いがします」 「ふふっ、正直なのね。でも、それがあなたのご主人様の匂いなの。そのうち、その匂いも気にならなくなるわ」 「そ、そうでしょうか?」 「そのための訓練をあなたはしているんじゃないの。そのうち、この匂いを嗅いで心地良いと思うようになるのよ」 「は、はい。がんばります」 ジゼルは、ターニャの言っている言葉の内容をよく咀嚼しもせずに返事を返す。 自分が今やっているのは訓練で、その目標とするところまで到達しなければならない。 そのためには、自分の戸惑いや疑問を差し挟む余地はない。 ただ、教官の指示に従って、与えられた課題をこなすだけだ。 「いい返事ね。じゃあ、今度はそれを舐めてみましょうか」 ターニャの指示がさらにエスカレートしていく。 「ええっ!?」 新たな指示が出されるたびに、ジゼルは狼狽えて教官の顔を見つめる。 だが、ターニャは彼女の視線を真っ正面から受けとめると、笑顔で頷いた。 「ああ、そうか。はじめてのことでやり方がわからないのね。いいわ、まず私がやってみせるから、よく見ていなさい」 そう言うと、ターニャは肉棒に顔を近づけてそっと口づけすると、ゆっくりと舌を伸ばす。 「ぺろ、えろっ、ぴちゃ、れろっ、えろろ」 舌先をゆっくりと這わせていくと、肉棒がピクンと小さく震えたのが間近で見ていたジゼルにもわかった。 時々流し目で彼女の様子を眺めながら、ターニャはぴちゃぴちゃと湿った音を立てて肉棒を丁寧に舐めあげていく。 「ぴちゃっ、れろろっ、ぺろっ、んふ、ふうう、ん、あふ、あむ」 ひとしきり舐める終え、いったん上目遣いにジゼルを見つめると、ターニャは口を開いて肉棒を頬張った。 「んふ、んむ、んっ、じゅる、ん、む、むふううう、んん、んく」 ジゼルの見ている前で、ターニャは時おり鼻から息をゆっくりと吐きながら、口に含んだ肉棒を転がすように弄んでいる。 頭を動かしてゆっくりと肉棒を出し入れさせているその目は軽く閉じられ、うっとりとした表情でとても心地よさそうなものに見えた。 「んっ、んっ、んふ、ちゅるる、んむ、んっ、ふううううう」 大きく息を吐いてようやくターニャが肉棒から口を離すと唾液の糸が引いた。 「はあ、ふうう。ほら、こんな感じよ」 「は、はい……」 「じゃあ、今度はあなたの番ね」 「ええ?で、でも……」 「なにを躊躇っているの?これができないと訓練にならないでしょ?」 「そ、それはそうですが……」 そうは言われても、さすがに、今目の前でターニャがやって見せたことをやるのは躊躇われた。 ジゼルは、救いを求めるように背後で見つめる上官の方を振り向く。 だが、腕を組んで彼女を見つめるフレデガンドは、ターニャの言葉に従いなさいとても言うかのように力強く頷いて見せたのだった。 「さあ、何度も言わせないで、ジゼル。これは訓練なのよ」 「は、はい。わかりました」 さらに、追い討ちをかけるようにターニャに催促されて、ジゼルは覚悟を決める。 彼女の言うとおり、これは訓練なのだ。ならば、教官の言葉に従わないといけない。 ジゼルは、ぎゅっと目を瞑ると、おそるおそる肉棒へと舌を伸ばした。 「ん、んん……」 温かくて弾力のある堅さを持ったものが舌先に当たった。 さっきの、鼻を突く饐えたような臭いをすぐ近くで感じる。 「ん、ぺろ……」 ゆっくりと舌を動かしてみると、それは生臭い妙な味がした。 ヌラヌラした感触がするのは、それがもとからそういうものであるのか、それともターニャの唾液で湿っているからなのか。 「む、んん……。きゃ!」 不意に、舌先のそれがぴくんと動いたので、ジゼルは思わず小さな叫びをあげてしまう。 「ふふっ、大丈夫よ、ジゼル」 吃驚して肉棒を見つめているジゼルの表情に、ターニャが笑みを見せた。 「さあ、訓練を続けなさい」 「あ、はい。ん、ぺろ、ぴちゃ」 促されるままに、再びジゼルは肉棒に向かって舌を伸ばす。 「ぴちゃ、ちゅるる。んっ!んく!」 ターニャのやったように肉棒の先を吸うと、生臭い、どろりとした汁が舌先にまとわりついてジゼルは顔を顰めた。 「どうしたのかしら、ジゼル?ひょっとして気持ち悪いの?だめよ、この訓練は、自分のやっていることの全てを気持ちいいと思うことが第一歩なのよ」 「ん、んふ、ふ、ふぁい、ん、えろ、ぺろ」 眉を顰めながらも、ジゼルは言われるままに肉棒を舐め続ける。 「そうそう。そうやっていると、きっと心地いいと感じるようになるわ。そうすると訓練は次のステップに進むことができるわよ」 そんな。本当にこれを気持ちいいと感じることができるようになるの? そう言われても、彼女にはそれを心地いいと感じるようになれるとはとても思えない。 しかし、そうならないと訓練は次の段階に進むことはできない。 だから、ジゼルは肉棒を舐めながら、必死の思いでそれを気持ちいいと思い込もうとする。 それが行動にも表れて、端から見ていると熱心に肉棒をしゃぶっているようにすら見えた。 「んふ、ぺろ、ちゅっ、ふっ、えろ、れろ」 「そう。いいわよ、ジゼル。ああ、そうやっているのを見てると、私もしたくなっちゃったわ。いい?ジゼル?」 「ん、んん、ふぁい、あふ、えろ」 「ありがとう、ジゼル」 肉棒をしゃぶるのに集中しながらもジゼルが頷くと、ターニャもその隣に腰を屈めて、肉棒に舌を伸ばしていく。 「んふ、えろ、れろろ」 「んちゅ、ちゅるっ、ぺろ、あふ」 ちろちろと舌を伸ばして肉棒を舐めるふたり。 ジゼルは、肉棒に舌を伸ばしながら横目でターニャの様子を窺ってみる。 すると、彼女はうっとりと目を閉じて、いかにも美味しそうに肉棒を舌で舐め回していた。 本当に心地よさそう。さすが教官だわ。 私も気持ちよく感じないと。 でないと、訓練は次に進めない。 ジゼルは、ターニャを見習うように、今自分がしていることを気持ちいいんだと自分に言い聞かせる。 「じゅるる、えろ、ぺろろ、ちゅ、れるっ、むふう」 ひとしきり肉棒を舐め、その先から滲み出る汁を吸う。 あれ?もしかしたら、気持ちいいかも……。 最初は、臭くて変だと思った、肉棒の匂いも、いつの間にか気にならなくなっていた。 それは、決してその匂いの性質が変わったのではない。 その匂い自体は最初に嗅いだときと変わらないように思えるのに、それに慣れたのか、不快な思いは全くしなくなっていた。 それどころか、はじめはおかしな匂いだと思ったその香りを、心地よいとすら思えるようになっている自分がいた。 「あふ、じゅるるる!」 ジゼルが口をすぼめて吸うと、肉棒の先から出てきたとろりとした汁が吸い込まれてくる。 その生臭い味もさっきまでと全く変わらない。 しかし、さっきと違って、その味には全然嫌な感じはしなくなっていた。 「んっふ、あふ、えろ、れろろ、ちゅぱ」 「ちゅ、ぺろ、ん、ぺろろ、じゅる」 いつしか、ジゼルはターニャと同じように、うっとりと目を閉じて肉棒を舐めあげていた。 ふたりの頭が動き、肉棒の根元から先まで舐めあげていく。 その度に、オレンジと赤の髪がふわふわと揺れていた。 ああ、教官の言うとおりだわ。 これ、とっても気持ちいい。 これで、次のステップに行くことができるのね。 ターニャの言葉通り、肉棒をしゃぶる行為を心地よいと感じ始めているジゼル。 時おり、うっすらと開く瞳は涙で潤み、目尻がとろんと下がっていた。 女の本能的な行動なのか、気持ちよいと感じるほどにその股間がもぞもぞと摺り合わされ始めている。 「あふっ、んっ、えろ、ぺろっ!」 「ぺろろっ、んふう、ちゅっ、じゅるる!」 頭を上下に振りながら肉棒を舐めていくふたりの動きが次第に激しくなっていく。 肉棒も、はじめの時よりもはるかに固くそそり立っていた。 そして、それがびくびくっと大きく震えるのが舌まで伝わってきた。 「んふううっ、ふああああっ!」 「んちゅっ!きゃあああっ!」 肉棒の先から、顔面に熱い液体を注がれ、ターニャの喉からは歓喜の、ジゼルの口からは驚きの叫びが上がる。 「あああ、こんなにいっぱい……」 ターニャは、瞳を潤ませながら顔面にこびりついた白濁液を指ですくっては口に運んでいる。 ジゼルもそれに習って顔に付いたその熱い液体を指ですくい取って口に入れてみた。 その液体は、さっき肉棒の先から滲み出た液体と同じ、生臭い香りと味がした。 だが、その数倍は濃厚な感じだ。 でも、この味、クセになりそう。 その液体の味は、嫌な感じは全くせず、むしろ好ましいものに思えて、顔や髪にこびりついたのをすくっては舐める動作を止めることができない。 「どう?きもちいいでしょう?」 「はい」 ぼーっと頬を上気させ、半ば蕩けたとした瞳でジゼルはターニャに頷き返す。 「でも、まだやることが残っているわよ、ジゼル」 ターニャのその声に、ジゼルは我に返る。 訓練において教官の言葉は絶対だ。その彼女がやり残したことがあると言うのだから、まだ、次の段階に進む前にやらなければならないことがあるのだ。 「ほら、これを口できれいにしなくてはいけないわよ」 そう言ってターニャが指さした先には、白濁液のこびりついている肉棒があった。 それは、心なしかさっきよりもすこし萎んでいるように見える。 ああ、こんなにいっぱい残ってる。 今のジゼルには、肉棒にまとわりついた白濁液がむしろ魅力的なものに見える。 それを口できれいにすることに、全く躊躇いはなかった。 「ん、あむ、んむ」 おもむろに肉棒に顔を寄せ、口いっぱいに頬張ると、濃厚な味が口の中に広がった。 「んく、んむ、むふうう」 鼻で息をすると、その何とも表現のしがたい香りが鼻腔をくすぐっていく。 「あむ、あふ、ちゅる、んむ、むふ、んく、こくん、ん、んむ、んんっ」 舌先で口の中の肉棒を浚うと、どろりと濃い味が舌に絡みつく。 それを、よく味わうようにして口の中で転がしてから飲み込むと、また舌を肉棒に絡ませ、弄ぶ。 恍惚として目を閉じているその表情はいかにも心地よさげで、先ほどまでの戸惑い、躊躇っていた様子はもはや微塵も見られない。 湿った音を立てて肉棒を深く口に咥え込み、赤毛を揺らしながら熱心にしゃぶっている。 「んむっ、んっ、んっ、んくっ、んんっ……ふあっ!」 いきなり、股間を撫でられて、ジゼルは驚いて肉棒から口を離した。 振り向くと、そこに手を伸ばしたままのターニャと目が合った。 「きょ、教官?あっ、ふああっ!」 ジゼルが狼狽えていると、ターニャはぐいと股間に指を押しつけてにっこりと微笑んだ。 「いいわよ、ジゼル。こんなに湿らせて。次の段階への準備は大丈夫なようね」 彼女の言うとおり、ジゼルのそこは、親衛隊のズボンの上からでもそれとわかるほどにしっとりと湿っていた。 「次の段階の、準備ですか?」 「そうよ。今、たっぷりと味わったでしょ。よく覚えておきなさい、これが、あなたがお仕えするご主人様」 「私がお仕えする、ご主人様……」 ジゼルは、ぼんやりと顔を上げる。 すると、笑みを浮かべて自分を見下ろしている金色の瞳と目が合った。 「そうよ。最初に言ったでしょう。この方がシトリー様。私たちがお仕えするご主人様よ。今あなたがしたのは、お口でシトリー様にご奉仕する訓練。そして、次の段階は、お口ではなくて、あなたの体でご奉仕する訓練なの」 「私の、体で?あっ、あああっ!」 「そうよ、ジゼル。あなたの大切なところ、この、敏感なところでシトリー様にご奉仕するの」 「ああっ、あうんっ!」 ズボン越しに敏感な部分をまさぐられて、ジゼルは身をよじらせて短く喘ぐ。 「ふふふ、素敵よ、ジゼル。これなら、立派にご奉仕ができるわ。さあ、立って」 「は、はい……」 言われるままに立ち上がると、ターニャはジゼルのベルトに手をかけてズボンをずり下ろしていく。 そして、ついに下半身を露わにした格好になると、頬を赤らめて奉仕すべき相手の前に立つ。 恥ずかしそうに、もじもじとふとももを擦り合わせるように動かしているジゼル。 ももが動く度にくちゅくちゅと音が漏れ、その足を秘部から溢れた蜜がとろりと滴り落ちていた。 ベッドに腰掛けた金色の瞳の男を見下ろして、ジゼルはごくりと唾を飲み込む。 男は、涼しげな笑みを浮かべて彼女を見つめていた。 その笑顔からは、嫌な印象を全く感じない。 むしろ、好ましいものとすら思える。 なにしろ、この方は自分が奉仕すべき主人なのだ。 それに。 ああ、こんなに大きくなってる。 ご主人様に、私の体でご奉仕しないといけない。 いや、ご奉仕したい……。 たった今、自分が口でしゃぶっていたために再び大きく膨れ上がった肉棒に視線が釘付けになり、心が高ぶってくる。 「さあ、シトリー様にご奉仕の許可をいただくのよ、ジゼル」 そんな彼女の肩を背後から抱いて、ターニャが耳元で囁く。 ジゼルは、小さく頷くと、相手の金色の瞳を見つめる。 自分を見つめるその顔は柔らかに微笑み、その瞳で見つめられるだけで胸がドキドキと高鳴る。 もし、許可していただけなかったらどうしよう……。 もはや、ジゼルの不安は、訓練への疑問や戸惑いではなく、目の前の主人に奉仕を拒まれることへとなっていた。 でも、訓練なんだからやらないと。 「シトリー様。どうか私のこのいやしい体で、シトリー様にご奉仕することをお許し下さい」 ジゼルは、覚悟を決めて、言葉を選びながら奉仕の許可を請う。 緊張に張りつめた表情で主人の反応を窺うジゼル。 心臓がばくばくと破裂しそうなほどに鳴っていた。 だが、その緊張さえもが倒錯した興奮をもたらし、剥き出しになった敏感な部分から愛液が溢れ出してくる。 「いいだろう」 ベッドに腰掛けた主人の口がゆっくりと開いた。 思えば、初めて聞くご主人様の声だ。 それもそのはずで、ご主人様にご奉仕するのはこれが初めてで、それも、まだ訓練の段階なのだから。 しかし、彼女にとってそんなことはもうどうでもよかった。 「ありがとうございます!」 ぱっと表情を輝かせてジゼルは頭を下げる。 「よかったわね、ジゼル。さあ、始めましょう」 ターニャが、背後から体を支えて一歩前に踏み出させる。 肌が触れ合うほどの距離で、主人の足を跨ぐ姿勢で向き合う。 「じゃあ、準備はいいかしら?」 「はい、教官」 後から支えられながら、ジゼルが体をゆっくりと沈ませる。 「あっ、あはあああんっ!」 太く固い肉棒がジゼルの体を貫いた。 「んふうっ!ふあああああっ!」 そのまま、ご主人様の体をぎゅうっと抱きしめるジゼル。 「どんな感じだ、ジゼル?」 その耳元でご主人様の声が聞こえた。 「ああっ、はいいっ、気持ちっ、いいですっ、ご主人様!」 ジゼルは、蕩けた声で快楽を口にする。 これまでの”訓練”が、彼女の体をごく自然に快楽を受け入れるものにさせていた。 「僕も気持ちいいよ、ジゼル。おまえはいい体をしている」 「おっ、お褒めいただいてっ、ありがとうございます!」 「じゃあ、動いてごらん」 「はっ、はいっ!あっ、ふああっ、あっ、あんっ!」 甘く鼻にかかった喘ぎ声と共に、ジゼルがゆっくりと体を上下に動かし始めた。 「そうそう、いい感じよ、ジゼル」 「はいっ、教官!あっ、ああんっ、はんっ、あんっ!」 背後からかけられるターニャの声に応じるようにジゼルの動きが激しくなっていく。 「あっ、ああっ、すごいですっ、ご主人様っ!あっ、ああーっ、はんっ!」 自分にしがみついて夢中で腰を揺らせているジゼルの肩越しに、シトリーとフレデガンドがにやにやと目を見合わせる。 これで、親衛隊も完全にシトリーの手の内に落ちたのだった。 翌朝、クラウディアの執務室 「クラウディア様、そろそろお時間です」 ノックの音がして、ドアの向こうからフレデガンドの声が聞こえた。 もうすぐ御前会議の時間だ。 おそらく、広間ではもう大臣や高官たちがクラウディアの出座を待っているはずだった。 「すぐ行くわ、フレダ。もう少し待ってちょうだい」 クラウディアは、ドア越しに言葉を返すと、机の抽出しを開いた。 抽出しの中には、厳重に封印された宝石箱。 クラウディアは呪文を唱えると、その封印を解く。 そこに入っていたのは、いくつかの淡い青色の宝石。 それは、ヘルウェティアの王家に代々伝わってきた秘宝だった。 いや、それこそがヘルウェティアの王家を形作ってきたのだと言ってもいい。 その宝石は、あらゆる魔や霊的なものをその中に封印し、術者の中に取り込むことができる効果を持っていた。 その効果に最初に気づいたのはヘルウェティア初代の王となる人物であった。 かれ自身、非常に優れた魔導師であったと言われている。 後のヘルウェティアの都となる地に近いとある洞窟で、かれはこの宝石を発見した。 その洞窟の周囲には、ミイラ化した妖魔や魔獣の骸が転がり、死の洞窟として怖れられていた。 その中で彼は青い宝石の鉱脈を発見した。そして、その宝石は、気を抜くとすべての魔力と生命力を吸い取られそうな不思議な力を持っていた。 かれ自身も、害のある力を逸らす特殊な能力を持ったローブを身につけ、かつ、外部からの干渉を遮断するシールド魔法を併用していなければ、魔力と生命力を吸い取られてミイラと化していただろう。 かれはその宝石の欠片を持ち帰った。 そして調べた結果、それが魔力的な存在をまるごと吸収する性質があることを明らかにした。その量はほぼ無限。おそらくは、神をも封印することすらできるのではと思えるほどだった。 かれは研究の末に、その宝石を普段は無害な状態にし、呪文によって任意の対象を宝石の中に封印して取り込むことができるように加工することに成功した。 それを使ってかれはその地で猛威を振るっていた強大な魔神を封印してその力を取り込み、ヘルウェティアを建国したのだ。 あの洞窟の宝石はすべて彼によって持ち去られて加工され、門外不出の秘宝として王家に伝えられてきた。 ヘルウェティアの魔法は、太古の時代に神から授けられたと一般には信じられているがそれは事実ではない。 それは、歴代の王がその宝石を使って取り込んだ強力な魔物の能力に由来するものなのだ。 宝石を使用する呪文は代々の王位継承者のみに伝えられ、歴代の王たちは国を脅かす強力な魔物が現れたときにはそれを使って封印してきた。 そうやって、宝石を使って魔物を封印し、その力を取り込むことを繰り返すうちに、王家の者にも次第に変化が生じていた。 はじめの数代は濃い茶色であった王の髪の色は、宝石と同じような淡い青色へと変わり、王家の人間は生まれつき常人離れした量の魔力をその身に宿すようになっていた。 それは、現女王であるクラウディアがそうであるように。 そうやって、代々の王によって使われて、クラウディアに伝えられた頃には、その数は10個に満たないまでに減っていた。 でも、きっとこの宝石が必要になる。 今、都で蠢いている謎の敵。それが、それ程までに強大であることを直感的にクラウディアは悟っていた。 「クラウディア様。もうお出にならないと、皆様がお待ちになっておられますよ」 「ええ。もう行くわ」 クラウディアは封印の宝石を手に取ると、腰の袋にしまい込んだ。 その後、宝石箱に再び封印をする。 だが、部屋を出ようとしたところで立ち止まり、しばし考え込む。 そして、おもむろに短く呪文を唱えはじめた。 「ごめんなさい、フレダ。では、行きましょうか」 「はい、クラウディア様」 執務室を出るとクラウディアはフレデガンドを従えて広間へと向かう。 そして。 「ええ?これは?」 広間に入るやいなや、クラウディアは戸惑いの声をあげる。 いつもなら、玉座の前に並んでいるはずの大臣や高官たちがいない。 そこにいるのは、リディアを従えた魔導長のピュラと、大主教代理のシンシアのみ。 「これは、いったいどういうことなの?」 クラウディアが訊ねても、ピュラもシンシアも困ったように顔を見合わせるばかりだ。 その時。 「皆さんにはお休みいただいています。今日の会議には邪魔なだけですから」 広間の入り口から声が聞こえた。 「なんですって?」 振り向くと、黒髪に金色の瞳の若い男が、エメラルドグリーンの髪の女を従えて広間に入ってくるのが目に飛び込んできた。 ……!これは、人間ではないですわね!? 見た目はふたりとも人間だが、これだけの近さだと、その強力な魔力がいやでも伝わってくる。 しかも、この禍々しさ。 黒髪の男とそれに従う女は、うなじの毛が逆立つほどの邪気を隠そうともしない。 しかし、これは? クラウディアには、このふたりから感じる魔力にこれまで何度も感じてきた正体不明の魔力と通じるものが感じられた。 間違いないわ。 いよいよ正体を現したというわけですわね。 目の前に近づいてくる男からひしひしと感じる威圧感に、冷や汗が出てくる。 そして、クラウディアの正面、20歩ほど離れたところで立ち止まると、男が口を開いた。 「お初にお目にかかります、女王様。僕の名はシトリー。しがない悪魔です。本日はこの国をいただきに参上しました」 そして、男はわざとらしいほどに恭しく頭を下げた。
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