「マスター御命令を」 俺がしたかったのは、こんなことじゃない。命令をしたい訳でもなく、命令を聞いてほしい訳でもない。 俺は俺の隣にいてくれる人が居てくれれば良かった。そこにちょっとした負の要素、他の娘より可愛いとか、俺の初恋の相手だとか、そんな男なら誰もが抱く感情を取り入れただけだ。 それが、なんと未完成なことか。 俺は気付いた。『こいつ』は作り出してはいけなかった。世界は隙間だらけで、人の願いはなんと稀有なものかを垣間見てしまったから。 もう俺は生きていけない。『人の為』を想い、何十年を費やして完成させた第一号の商品が『偽』りなのだから。これだけじゃない。店頭に並ぶ全ての商品、きっと偽りなのだ。 (人の為……?自分の為だろ?) 誰かが私に呼び掛ける? 「誰だ?」 声の主に呼び掛ける? (自分の為に費やしたんだ?後悔はないだろう?だから――) ――俺と変われ 心臓が高鳴る。もう一人の自分が生まれて腸から破れて現れてくる衝動。 視界が赤く染まる。暗転する世界。真っ赤に染まる自分。私は、第三者として笑っているもう一人の自分を見た気がした。 ・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・ 「……マスター?」 一体きみは何を見た?俺は何をした?命尽きるその瞬間の出来事を、俺に教えてくれ。 「御命令を」 「ぅ……ぁ…………」 声にならない声を呟きながらも、俺は彼女との二人だけの状況に、生涯で初めてとなる幸福を見つけることが出来たのだ。 世界は継ぎ接ぎだらけ、人は不安だらけ。 所詮この社会は未完成。 生きているのも偽りで、死んでいるのが真なら、 所詮この世はゾンビ社会。 居ない者がいたところでおかしくない。 生きている者がいなくても不思議じゃない。 マンガ、アニメ、ゲーム、レンジャー、アンドロイド、 全てのものは生きている。現存している。 ならば悪魔がいた所で不思議じゃない。 お前が望めば私は生まれる。 私はココダ。おまえはワタシだ! ――全ての世界が共有する。 天国地獄も現存する新世界は此処に生まれた。 既に誰もいない空き倉庫。机やいすだけが淋しく転がっている。 もともとこの場所には会社があった。 会社の名前はエムシー販売店。俺が働いていた会社だ。……過去形だ。俺は会社を辞めた身だ。未練はないつもりだった。だが、俺が退職届を渡す前に会社はもぬけの殻になってしまった。手元には退職届が残り、そして今も退職届を握りしめている。 誰もいなくなった社内。俺は会社の整理を始めていた。 何故だろう、悪夢のような時間だったけど、最後は綺麗に彩りたかったからではないだろうか。 机を拭いて、椅子を起こし、引き出しの中のものを片付け、書類を紐で括る。 夢のような日々。温かい日の光。 気がつけば夕方。辺りが暗くなってきたから手を休める。 帰ろう。もう二度と来ることはないだろうなと思いながらドアノブに手をかけるが、視線の先になにかが光った。 扉がある。一年間働いて俺を含め誰も気付かなかった扉だ。 (なんだ、これは?) 埃が異常なほど溜まっていた。 扉を押すとガチャッと音を立てて開いた。中はゴミ山―ジャンクヤードーと化した室内。 息を呑んだ。足の踏み場のない部品の数々を避けながら、俺は鎮座する機械人形―ガラクタ―がいた。 パンフレットに載っていたのを見ただけで、実際あるのか定かじゃなかった。 グノー商品『アンドロイド』。 まさかお目にかかれるとは思えなかった。 ――ウイィィィィィィン 何かが起動した音が聞こえた。光を浴びたアンドロイドはそのガラクタの身体を起こすと、見る見るうちに姿を形成していく。 機械の身体を肌色の皮膚に。 接続部分を骨に 部品を耳鼻に。 まるで命を宿らしたように、『アンドロイド』は人へと姿を変えた。 「由香!!?」 先程までの機械人形は、俺の彼女、高橋由香へ姿を変えた。 「あなたにとって私が彼女に見えるでしょうが、それは違います。私は『アンドロイド』です」 片言の機械音声のまま、『アンドロイド』は話しだす。 「アンドロイド?」 俺は聞き返す。 「私はあなたの理想。だから誰にだってなれる。私を通した時に見る姿は、おそらく全員違う姿に見えるはずです。それが私です」 ――曰く、人類が人型のアンドロイドを作り出すことは理想である。 だがしかし、ある説で人型のアンドロイドが生まれることは不可能とされている。人の姿の先に、本当の人間を見てしまうから。ロボット工学三原則の前に、ロボットへの命令を人が躊躇ってしまうから。 だから、ア〇モのようにロボットの原型を留める。必ず人とロボットの区別をさせる。 目の前に立つのが『アンドロイド』だろうが、俺も彼女の先に、本物の由香を見てしまう。 その時、『アンドロイド』に命令など出来るだろうか不安である。 命令ができないアンドロイドなどいらないのだ。大切にする以前に機能を果たしていない。役に立たない。 ドラ○もんはネコ型がお似合いで、H○X−12は試作機で、ボー○ロイドは歌うだけ。 人より劣るように作られる。人より優れることはない。つまり『アンドロイド』は人の理想を叶えられない。 理想は理想のまま、幻想に消える。 「……握出も、彼女―りそう―を欲しがったのか」 「はい。握出―マスター―が私を作りました」 「何故それで満足できなかったんだよ!?」 俺は怒りを露わにした。 理想が叶えば満足するだろう?何故理想を封印してまでグノー商品を作り出したのか、俺には理解できなかった。 「それは違います。マスターは私を作り出しましたが、決して私で満足出来なかった――」 アンドロイドは俺を必死に諭す。 「――理想という夢は追い求めた瞬間から現実になるのです」 理想は理想であり、現実においての理想は決して思い描いた理想にはならない。 いかに理想に近づけて、 いかに理想に見せるよう偽装させて、 いかに時間をかけたかで、 理想は完成される。 故に理想とは永遠の未完成であり、完成に決して追いつかない。時間をかけるだけ蛇足になる。 『アンドロイド』を作ろうと考えた瞬間から机上の空論である。 「マスターの思い描いた私には絶対にならない。当然、あなたの思い描いた彼女にも私はなっていないでしょう」 「それはそうだ……」 由香はこんな機械的じゃない。もっと感情があるし、感性もある。 つまり、『彼女』は偽物だ。 「でも、いいじゃないか。きみが擬似彼女になったって誰も文句言わない。彼女の居ない奴がきみを見つけたら喜ぶと思うよ?理想と付き合えるんだ。悪い話じゃない。きみがそう悲観することはないと思う」 「いえ。私は理想。皆が喜ぶようにと生まれた私が、悲しませてはいけない」 俺の楽観的とは対称に、アンドロイドが悲しそうな顔をする。 「特に、私を作ってくれたマスターならなおさら……」 『彼女』は泣いていた。握出を喜ばせられない『彼女』にとって、生きている意味がないのだ。 「――どうして私を産んだの……?」 それに答えられるのは世界にたった一人だけ。 「――役目を果たせなくてごめんなさい」 どのグノー商品よりも未完成の試作品。発売延期の廃棄物。 『アンドロイド』の涙の意味。 握出は気付いてしまったのだ。 人の幸せ、人の理想。それが全て未完成で偽物であることに。どんなに良い物を作っても、年月が経てば過去の栄光として風化される。新商品だろうが流行だろうが、一時のもの。永遠に愛される商品など何処にもない。 握出は『アンドロイド』を作ってしまった。 罪を犯してしまった。 だから、消えたのだ。罰を恐れて逃げ出したのだ。『アンドロイド』を封印し、夢も理想も閉鎖した。 壊れてしまった。 だから『彼女』が悲しむことはない。俺が救わないといけない。『彼女』を苦しめる悲しみの連鎖から。 「握出はもういない」 『彼女』は真っ直ぐな目で俺を見た。 「何も信じられなくて、誰も信じられなくて、一人で死んだ。それがきみのマスターだったんだ。自分は悪くないと言って社会を批評した独占欲の強い暴挙課長。それだけの男だ」 一年供に歩んだ男の姿を思い浮かべる。もう罪悪感はない。エムシー販売店がないのなら赤の他人。俺は握出を厳しく批判した。 その意味を察してくれるだろうか。アンドロイドはしばらく茫然としていたが、ふと表情を緩め、唇が小さく動く。 「――あなたが私のマスターなら」 『あーあー。テステス。マイクのテスト中』 ――ドックン 何故だろうか。突如聞こえた忘れもしない声が俺の心臓を震え上がらせた。ここにはアンドロイド以外に誰もいないはずだ。だが、 『えー、神保市に暮らす住民に伝えます。私はエムシー販売店営業課長、握出紋です』 今度ははっきりと、マイクで話す握出の声が市内に響いた。鳴神町だけではない、金井理恵もいた神岸町をも含む距離まで響いているのだ。 「握出!!?」 俺は外に駆け出す。その間にも握出は喋り続ける。 『君達には大変お世話になりました。どれだけお礼を言っても足りないくらい、我が社、エムシー販売店は急成長をしました。今ここに一つの結果を告げたいと思い、ここに参上した次第であります』 「握出!何処だ!!?」 外に飛び出した瞬間、俺の目には信じられない光景が映っていた。 空が紫色に染まっていた。雲は黒く、太陽は赤い。この世の終焉を彷彿とさせた。 「なんだ、これは……?」 『今私の居る所は、市のシンボルでもある神保スカイタワーの最上階です。そこからの眺めを見ているのですが、いやいや、これは絶景。グノー商品が住民を虜にし、グノーグレイヴが市内を包んでおります。ほらっ、見えますでしょう?どす黒いオーラの様な靄が?』 握出の楽しそうな声が耳触りだ。俺は社内に戻ると『アンドロイド』へ声をかける。 「きみが俺の理想を叶えてくれるなら、握出の元へ俺を連れてってくれ」 「……はい」 『アンドロイド』は小さく頷いた。 『グノーグレイヴとは人に住まう闇の心。今、あなた方の思うことは、『人を操りたい』ということだけでしょう?グノー商品で遊んでいたんです。そんなことを考えるのは自然なことなんです。……いいですよ。ならば私があなたの望みを叶えましょう。あなたを国の王へと誘おうではありませんか』 握出の目にどす黒いオーラがさらに濃く市内を包みこんだのを感じた。二重、三重……四重に包まれた市内を見て握出は満足気に喜んだ。 『いま、神保市に一つの国家を形成しました。そしてまた一つ、鳴神町に国家を作りました。そこに住まう住民一人ひとりが王様の独占国家です。国に住まうは王と愚民のみです。王様の言うことは絶対です。さあ、隣にいる愚民に命令をしなさい。あなたの言うことはすべて受け入れますよ』 冗談に聞こえる握出の声に、耳を傾ける住民が一人でもいたら、 ――平和は崩壊する。 「あくでええええ!!!!」 そこに『アンドロイド』と供に瞬間移動の如く表れた俺の姿を見て握出は驚く。 「おや、千村くん……でしたっけ?」 覚えているのかどうかも怪しい素ぶりだが俺は構わない。 「そんな裸の王様の言うことなど聞くはずがないだろう?人を馬鹿にするな!!」 「人は馬鹿ですよ。人ではない私の言うことに耳を貸すのですから。んー、人でないから人でなし、なんてちょっと面白いじゃないですか」 愉快に嗤う握出に吐き気がする。 「どうですか?人の飽くなき果ての理想郷―エムシースクウェア―へ辿り着いた感想は?全員を連れていく必要はありません。一人だけ理想郷に辿りつくのなら簡単なんですよ。嫌なことに目をつぶり、見たい物だけを見続けて死んでいければ、それは幸せな人生だと思いませんか? ――噂 ――嘘 ――汚物 見なければ良いのに見ちゃうのが最近の風流なんでしょうか?箱の中で猫が生きていようが死んでいようがどうでもいいのに、見なくちゃ満足できない。死体を見て悲しんだり、死臭をかいで涙ぐんだりして、本当に馬鹿ですよ」 シュレディンガーの猫の話なんてどうでもいい。並行世界があろうとなかろうと、知ったことじゃない。 「救える命を救おうとするから箱を開ける。結果じゃない。過程が重要なんだよ。お前の理想郷は俺たちの望んでいる理想郷じゃない」 「主語のでかい人ですね。『俺たち』?『俺』の間違いでしょう?あなたの意見なんて今やマイノリティーなんですよ。マジョリティーは私の意見。何故なら、エムシー販売店が大企業にのしあがったから。ケキャキャキャ!もうすぐ見られますよ。グノーグレイヴによって包まれた社会の成れの果てが!王が愚民を操り、やがて 王が王を操るようになる。戦争と闘争を飛ばし、勝者が世界を支配し、拒絶不可能の『絶対の王―ガストラドゥーダ―』が誕生します!楽しみですねえ。一体誰がなるのでしょうかねえ!」 握出の未来は自分が楽しむために人の思考を操っている。争いを生むのは人の意志だ。握出の意志は其処にはない。うたかたな人生を退屈しないため、束の間の娯楽―ぶたい―を用意しただけ。それを高みの見物して歓声をあげたいのだ。 そんなもののために、住民すべての人生をめちゃくちゃにされるのかよ!! 「マスター……」 『アンドロイド』にはどう映っているのだろうか?狂気に溺れたマスターの成れの果ては。 握出紋―マスター―そっくりに映る擬似新人類は、『アンドロイド』を見てせせら笑った。 「理想なんて最初からいらなかったんです。何故なら理想は見るものではない。理想は掴むものですから。一生懸命足掻いて、ようやく手が届くか届かないかのものが理想なんです。おまえが生きていることが矛盾。だから∸―」 「っ!!」 握出が何かを告げようとしている。俺は察して『アンドロイド』の耳を塞ごうと駆け寄った、が、 「『――おまえなど消えてしまえ』」 触ろうとした瞬間、握出の声の方が俺よりも『アンドロイド』の耳に入ってしまった。まるで解像度の悪い映像のように『アンドロイド』の姿が歪む。テレビはないのに、まるで『アンドロイド』はブラウン管に映し出されたように触れなくなっていた。 「人の欲、人の望み、人の願い。人の理想を叶えられるモノこそ正義です。テレビの中の怪獣は、人が平和を壊してほしいという願望。正義の戦隊は人の想い描く平和の象徴。どちらも『同じ』でありながら、『対称』に位置づけられる。それこそが人の闇なのです。 ――さて、人の業を完璧に叶えられる私と、人の夢を中途半端にしか叶えられない出来損ない。いったいどちらが悪でしょうかね?」 「マ、マス――」 プツンと、主電源が切れてブラックアウトした瞬間、アンドロイドの姿は最初からいなかったように跡かたもなくなった。 「偽りなどいらない。おまえは『アンドロイド』。生まれることのない我楽多だったのだ。――さようなら。……く、くくくくく……。マスターだって!そう呼べば鼻の下を伸ばすと思っているのでしょうかね!?アヒャヒャヒャヒャ、アーヒャヒャヒャヒャ!!!!!」 握出の声など聞こえない。 伸ばした手は空を切る。何も触れない。 聞こえるのは一定に響く耳鳴り。 カチッ……カチッ…… 由香の姿が消えた。 俺の理想が、消えた。 目の前の悪魔が消した。 世界が黒く、汚く、血塗られていく。 何も映らない。 俺の目は死んだ。脳は死んだ。感覚は死んだ。 何も感じないとは、いないと同じ。 アツイ、アツイ…… 胸が震える。 カツン、カツン…… 左右の肺に滾った血が流れていく。 カチッ、カチッ…… 大きな針と小さな針が心臓をズタボロにしていく。 アツイアツイアツイアツイ…… アセガトマラナイ。 「…………何故殺した?」 「殺した?おかしなことを言いますね?奴はアンドロイド、鉄のポンコツですよ?それとも、理想を見たのですか?くくく……、騙し、騙され、本当に人は面白さが尽きませんよ!商品に踊られ!道具に魅了され!社会は催眠に堕ちている!!」 「催眠など、無い」 「五月蠅いんですよ!!!アンドロイドに出会った瞬間から千村くんは催眠にかかっているんですよ!!グノー商品を否定しながら『アンドロイド』は肯定するんですか!?……ほらっ、矛盾した。あなたの発言に説得力なんてないんですよ!!」 握出は確かに俺の信念を完膚なきまでに破壊した。 催眠を否定してきた俺が一番グノー商品で遊んでいたのも事実だ。 姉と『鏡』をはさんで向かい合った時、 『人形』が妹に姿を変えた時、 『名刺』が美人OLを呼び寄せた時、 『電話』が俺を女性へと姿を変えた時、 俺を残して『時』が止まった時、 『粘土』が彼女を狂わした時、 そして『アンドロイド』と一緒に瞬間移動した時、 普通じゃありえないことを体験してきた。それを不思議と思わなくなった。 催眠を肯定してしまう行為に他ならない。 グノー商品を否定するために、エムシー販売店を光のもとにさらけ出す筈が、その行為こそ営業成績に他ならない。俺が公にすれば催眠を使いたい人の欲は加速し、エムシー販売店を誰も止められなくなってしまう。 握出の思い描く最高のシナリオだ。握出は上機嫌に嗤っている。握出を否定すること。それは催眠を否定すること。グノー商品を否定すること―― ――人の理想―『アンドロイド』―を否定することだ。人類の夢。神保市の人口二万人の夢を否定することなど出来やしない。 なんだよ、それ?負け犬の俺が世界を滅ぼす悪かよ?……俺の行動が、今後の世界に影響するなど考えた事もなかった。 握出一人ぐらい野放しに出来るものならやっていたい。しかし、握出を含めたエムシー販売店は今ここで断ち切っておかなければならないんだ。 でも、それは……………………… 堂々巡りだ。 「綺麗事はやめたらどうです?考えることもないでしょう。私は生き残る。欲のままに生き続ける。私は最高の人生を過ごすのです。私に願えばいいのです、二次元に連れて行ってくれ。チュッチュしたいよ、と。く、くくく……アヒャヒャヒャヒャヒャ……」 欲―グレイヴ―に塗れた握出の姿こそ悪魔のように下卑た不快なものだ。だが、その気持ち悪さを否定できない。握出を認めざるを得ない。 矛盾と笑うか、馬鹿と罵るか? 真っ赤に染まる視界。血が外に飛び出して青ざめていく表情。 それでも、 ――世界はこんなにも汚れている。 『彼女―理想―』は誰よりも美しいから。 偽物でもない、本物でもない、 片思いの憧れを抱いた。 アイドルに憧れた、俳優に憧れた、声優に憧れた。 俺の持てる全てを賭けても手の届かない『理想』に憧れた。 現実を否定した俺に居場所はないなら、せめて一つの物語だけは幸せな結末にしなければ示しが付かない。 悪なら悪の正義を貫こう。 たとえ俺の命が尽きようと、覚悟を決めれば死は決して怖くない。 一夜の真夏の世の夢。まるで夢のような幸福な時間 カツンカツンカツンカツン…… イッテイノリズムガシダイニハヤマル。 カチカチカチカチカチカチ…… カラダカラナニカガトビダシテクル。 ボーン!!! ケタタマシイカネガゼンシンヲカケメグル。 ――勝負の時が訪れた。 「あくでえええええええ!!!!!」 俺の叫びが服を破り、上半身を露わにする。 アツイ……アツイ…… マダ、アツイ…… 皮膚を破り、胸に突き刺さるモノを引っ張りだす。血に濡れた大きな振り子時計が取り出されると、さすがの握出も目を丸くしていた。 「なんですか、これは……『時計』?」 グノー商品『時計』より大きい心臓の根本。動脈、静脈すら取り込んだ俺の道具。 カツン……カツン……と、規則的に左右に振れる『振り子時計』。耳にすんなり聞き入ってくる和音。当然、握出の耳にも入っていく。 右へ、左へ。 ゆっくりだが握出の身体も振り子と同じように左右に揺れだした。握出は気付いていなかった。振り子時計が左右に動いているのは当然だと言う先入観に囚われ、 「『もっと左右に揺れろ』」 という俺の命令に頷くこともなく左右に大きく揺れ始めた。握出は気付くはずがない。無意識を操られているのだ。意識をしないのにどうやって動かすことが出来ようか。動かせるのは、他人だけ。今の握出は俺の操り人形。 ――熱い、熱い。 壊れてしまえ。奴の理想郷―エムシースクウェア―と供に、ぶち壊す。 俺が望めば、握出はこの社会にいてはいけない。 おまえが生きているのは俺のサジ加減一つ。 俺の望むように世界は変わる。 「『さあ、蘇れアンドロイド。俺の命ずるままに、元の姿を取り戻せ』」 俺の声は次元を超越した。居るとか居ないでもなく、直すとか壊すでもない。 ――多重世界に干渉し、強制的に俺の見る現実に引き戻す。 世界は決して一つではない。俺の知らない所で違った世界があるはずだ。ただ、俺は俺の生きる、俺の見る世界を信じているにすぎない。故に俺の理想郷は全てのものを呼び寄せる。 学園美少女だろうが、魔法使いだろうが、エルフの戦士だろうが、正義の使者だろうが、 次々と俺の前に『アンドロイド』が集結していく。 ――『ただの線を描く画家―レプリカント・ツアー・コンダクター』― それが俺の『力』、存在を許す力。人の数多持つ理想郷は全て成就する力。 「なんなんですか、これは……ハーレム、ですか?……うわあ!!一国の王に仕えるキャラクター三昧。いいな、いいなあ。私もそちらへ行きたいです」 今更猫なで声を出して干渉してくるか?悪いが俺は、握出に向ける意識を零にする。 意識しないということは、消えると言うこと。 世界から脱落すると言うこと。 擦り寄ってくる足を払うと言うこと。 空間ごと時を止めると言うこと。 安定も、安心も、平和も、理想もいらない。 ――カツン……カツン…… 『振り子時計』の音だけを聞けばいい。握出を『新世界―トラディスカンティア―』へ誘ってくれる。 永遠をも封印する魔封波。握出を次のステージへぶっ飛ばそう。――3,2,1, 「なにをするんです!!?やめ――」 握出の最後の声が木霊する。 「『――時よ、止まれ』」 ――カツン……カツッ 『振り子時計』が静かに止まった。 世界は崩壊し、新世界の幕があがる。 < 続く >
|