工作「DNA模型」(1)
最近、DNA鑑定の普及などで、誰でもDNAという言葉は知るようになりました。それと同時に、DNAが生物の遺伝に係わる物質であることも、何となく理解されるようになっています。DNA(デオキシリボ核酸)は、生命の発生から消滅に至るまでの間、生命に係わって、生命を守り育てることを目的とする、「生命の設計図書」とも言われる重要な物質で、DNAが担う、塩基配列という遺伝暗号の解析を通して、品種改良や医療分野への応用、生物の進化の解明などが進むと期待されています。
DNAという物質は、遺伝情報という側面が重視され、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という、4つの塩基の並び順を情報として取り出すこと(ゲノム解析)に注目が集まりがちですが、化学物質としてのDNAを見ると、2重らせん構造という、造形としてもみごとな美しさを持っています。そこで、高分子化学における優れた成果という観点から、ここでは、ノーベル医学賞を受賞した、Watson-CrickのDNAモデルの特徴を表現したDNA模型を作ります。
Watson-Crickモデルでは、以下のような特徴があります。
・1本の共通軸のまわりに巻いた二重らせん構造
・らせんは2本とも右巻き
・塩基はらせんの内側で、らせんの中心軸に対して垂直な平面内
・糖(デオキシリボース(D))とリン酸エステル基(P)はらせんの外側部分を交互に構成
・2本のらせんは、プリン塩基とピリミジン塩基が対になって水素結合で固定(アデニン(A)−チミン(T)対は2本の水素結合、シトシン(C)−グアニン(G)対は3本の水素結合)
・らせんの直径は200nm、塩基対平面の間隔は34nm
・らせんの1回転(360度)の軸距離は340nmで、1回転に10組の塩基対(塩基対は36度ごとに配置)
ここでは、これらの特徴に加えて、塩基対の間隔は約30nm、糖と糖の間隔は約110nm、という特徴を模型に反映させました。(参考文献:H.ハート著/秋葉欣也・奥彬共訳、基礎有機化学 改訂版、培風館)
工作「DNA模型」(2)
入手しやすく、加工も容易な素材と言えば、まず、木材でしょう。手づくりの素材としては、アクリルなどのプラスチックは高価であり、発泡スチロールは安価でも、丈夫さに欠けます。また、今回は、DNAからmRNA(メッセンジャーRNA)への転写を意識して、2重らせん構造から鎖状構造への展開が可能なように配慮しました。その結果、木材部品同士の結合には竹ヒゴを差し込むだけにして、分解・組立てや、構造の展開が可能になっています。
まず、らせん(ヘリックス)構造は、平面図的には、円に内接する正10角形とします。つまり、主として製作の都合から、らせん構造を等しい長さの10本の線分がつながった立体として近似することにしました。外接円の直径を20cmし、らせん構造の1回転の高さを34cmとすれば、この模型の倍率は、ちょうど100万倍となります。らせん構造の1回転には塩基対が10対あって、平面図的には、隣り合う塩基対の成す角度が36度となることから、平面図上での正10角形の1辺の長さは、
10cm×sin(36度/2)×2=6.18cm
となります。さらに、塩基対同士の面間隔が、34nm×1000000=3.4cmであることから、らせん構造を構成する線分が水平面と成す角度は、
arctan(3.4/6.18)=28.8(度)
となります。
木材は、幅30mm、厚さ14mmの板材です。試作品では、長方形の断面ではなく、長方形の角が丸くなったエゾマツの板材を使っています。塩基の構造は平板的なのが、その理由です。らせん構造も丸棒ではなく、同じ板材で統一します。丸棒は板材よりも高価で、平面部がないために加工や結合も面倒になります。板材の角が丸い場合は、丸棒に近い印象になる利点もあります。ただし、以下の説明では、便宜上、長方形断面の板材で説明します。結合部材は、直径3mmと1.8mmの、2種類の竹ヒゴを使います。直径3mmの竹ヒゴは、構造部分の結合に使い、直径1.8mmの竹ヒゴは、塩基対の水素結合を表現するものです。台には、直径200mm以上で厚さ9mm以上の木製または合板製円板を使用します。
工作「DNA模型」(3)
らせん構造の線分となる部品は、側面から見ると、高さが3.4cmで、尖った方の稜の成す角度が28.8度の菱形をしています。幅3cmの板材を使用すると、菱形の各辺の長さは、
3.4cm÷tan(28.8度)=6.18cm
となります。この菱形の上辺と下辺を水平に保持し、板材の外側面同士が成す正10角形が直径20cmの円に内接するためには、厚さ1.4cmの板材の中心線上で結合するとして、菱形の上辺、下辺とも、鈍角側から結合点までの距離は、平面図上で、外接円の中心より正10角形の各辺に下した垂線の長さ、
10cm×cos(36度/2)=9.51cm
と、この垂線の長さから板厚(1.4cm)の中心線までの距離0.7cmを減じて三角形の相似則を適用し、
(9.51-0.7)×(6.18/2)÷9.51=2.86(cm)
と求められます。
しかし、このままでは、菱形の鋭角側が交差して外接円の外側に突き出てしまうので、平面図的に正10角形となるように、交差部分を切断します。そのためには、上辺、下辺とも、鈍角側から、6.18/2=3.09(cm)の位置を起点に、平面図上で36度の角度で、垂直に切り落とすことになります。その際、らせん構造が右巻きであることを考慮して、菱形の上辺を右側、下辺を左側とした場合に、左右とも、手前側に切断面を見るようにします。
塩基(+糖の一部)の部分の板材の長さは、水素結合の長さを、30nm×1000000=3cmとして、正10角形の辺に下した垂線の長さから、水素結合の半長3/2cmとらせん構造の部分の板厚1.4cmを減じた、
9.51-1.4-3/2=6.61(cm)
となります。今回は、糖の大きさや向きは考慮しないので、らせん構造を構成する菱形部品の中央部に水平方向に1cm間隔で、直径3mmの貫通孔を2個用意し、塩基(+糖の一部)を構成する部品には、対応する深さ1.4cmの孔を2個、板厚の中心線に沿って、1cm間隔で用意して、直径3mm×長さ2.8cmに切断した竹ヒゴを挿し込んで結合することによって、塩基が水平に保持されるようにしました。
この部分は接着剤で固定しても構いませんが、竹ヒゴで結合した方が丈夫にできます。
塩基(+糖の一部)を構成する部品の水素結合側には、塩基対の種類に応じて、アデニン(A)−チミン(T)対には2本、シトシン(C)−グアニン(G)対には3本の竹ヒゴで結合するように、直径1.8mm×深さ1cmの孔を、それぞれ、2個と3個を、各1cm間隔で用意し、直径1.8mm×長さ4.5cmに切断した竹ヒゴで結合するようにします。
工作「DNA模型」(4)
二重らせん構造にするためには、一方のらせん構造の1段目の底部にある結合孔と、他のらせん構造の対応する結合孔との間隔を、
(9.51-0.7)×10×2÷9.51=18.5(cm)
にします。(なお、試作品ではこの間隔を20cmにしたので、試作品の部品寸法は比例的に大きくなっています。)また、この模型では、実際のDNAには存在する、メジャー・グルーブとマイナー・グルーブを表現できます。メジャー・グルーブとマイナー・グルーブができるのは、要するにらせん構造の位相のズレなので、上に述べた結合孔を、直径18.5cmの円周上で、大円以外に設定すれば、それを表現することができますが、この模型では、変形の余裕が水素結合部分にしかないので、せいぜい1塩基対分の位相差(36度)が表現できる程度です。その場合、メジャー・グルーブとマイナー・グルーブの間隔の差は、3.4cm程度となります。
さて、DNA模型と言うからには、塩基対を表す何らかの表現が必要です。試作品では、各塩基の頭文字を、ポスターカラーで手描きしました。文字に意味があるので、黒一色でも構いませんが、多色の方が親しみやすいので、色分けをしてあります。アデニン(A)は赤、チミン(T)は緑、シトシン(C)は黄、グアニン(G)は青、ついでに、糖(D)は橙、リン酸エステル基(P)は白で表記し、全体をクリア・ニスで仕上げたので、積み木のような柔らかな印象にできあがりました。塩基対の並びに特別なルールはないので、文字の並びは何でも構わない訳ですが、何か、面白い並びはないかと考えて、A,T,G,Cの組み合わせでできる英単語を探して、TACTAGAGACT(つまり、TACT,(T)AG,GAG,ACT)の11文字としてみました。この文字の並びは、mRNAに転写されたコドンとしては、AUGAUCUCUGAとなっていて、開始コドンのAUGで始まり、終止コドンの一つであるUGAで終わる形になっています。塩基対の反対側は、当然、対応から、ATGATCTCTGADとなります。
模型の組立て方は、らせん構造を構成する菱形部品と、塩基(+糖の一部)の部分を構成する長方形部品同士を竹ヒゴ2本で結合しておいて、最初に、台にあけた結合孔に竹ヒゴ(ここだけは、直径3mm×長さ2cm)を挿し込んで、各1段目を結合した後に、水素結合を構成する竹ヒゴを挿し込んで1段目を完成させ、下から順に積み上げていきます。らせん構造から鎖状構造にするには、らせん構造を完成させた後、上から順に水素結合を構成する竹ヒゴを外していけば直鎖的に変形できます。その後、菱形部品を結合している竹ヒゴを外して、全てを分解することも、再組立てすることも可能です。今回は、らせん構造に最小限必要な11段にしましたが、このままでらせん構造1.5回転の16段程度は可能と思われます。
工作「DNA模型」(5)
製作に必要な工具は、細工鋸、ピンバイス、ドリル刃(φ3.0とφ1.8)、カッター、カッテイング・マットなど。積み木風に、彩色はポスターカラー(三菱鉛筆製ポスカ)で、塗装は水性のつやだしニスにしました。塗装にはハケも要ります。同じ形状の部品や工程が多くあるので、冶具を自作した方がよいでしょう。下の写真は、今回使用した切断用の冶具です。
製作上の注意点は、木材の場合、年輪があるので、年輪の硬い部分の加工は難しく、往々にして孔あけの精度が悪くなることです。ボール盤を使用しても、ドリル刃が細い場合はたわみで曲がってしまうので、事情は変りません。年輪の幅くらいのズレは仕方がないと割り切ります。それで不都合がある場合は、作り直すしかありません。また、ハンド・ドリルで垂直に孔をあけるのは困難なので、試作品では、比較的硬い木材にボール盤で孔をあけておいた冶具を使用して、孔加工をしました。冶具が木材なので、徐々に孔が拡がって精度は低下しますが、ないよりはマシに仕上がります。
構造上、上からの力には比較的耐えますが、上に引っ張ると、竹ヒゴが抜けてしまい、バラバラになります。そのため、展示用には、ケースか、支柱が必要になります。試作品では、台に2本のステンレス被覆鋼管を立て、それに横棒を渡して、らせん構造の上端部を横棒にタイラップで固定しました。
添付ファイルは、DNA模型の組立図と木工作の部品図です。その他の部品としては、1段(2ユニット)に付き、直径3mm×28mmの竹ヒゴが6本、直径1.8mm×45mmの竹ヒゴが、A-T対では2本、C-G対では3本必要になります。
添付ファイル:
*組立図(DNAview.pdf)
*部品図(DNAparts.pdf)