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第三話
 魔法には六の属性が存在する。火、水、風、土、光そして闇この六属性が魔法の中心となっている。そして各属性には聖獣と呼ばれるものたちが居る。彼らは属性によって姿をとる生物が違い、自らが『王』と決めたものに付き従う。いつの時代も名君と呼ばれた王の傍らにはその聖獣たちがいた。
 彼らは災いを退け実りを与え、『王』とその一族に平穏を与え守護してきた。けれど、時を重ねるごとに人は幾多の争いを起こし幾多の血を流し汚れてしまった人の前からいつしか聖獣は姿を消していた。 
 聖獣の存在は現在に至るまで伝説めいたものとして語り継がれてきたが、聖獣に選ばれるほどの器を持つ『王』はまだ居ないとされていた。


 王城は王都シルスマリアの中心に位置する。大国に相応しい堂々としたそれは大きく、芸術的な意味でも機能的な意味でも充実している。勿論攻め込まれた時などの戦時中の機能も充実している。初めて王都を訪れる人々は整然と整備された町並みとその奥にある王城に圧倒されるのが常だった。
 ヴァンの家であるオールディス公爵家は代々王城に務めてきたのでその屋敷は王都内に存在する。行こうと思えば、王城まで歩いて行けないこともないのだ。けれど、一応ヴァンは皇太子の側室となるのだから徒歩で王城に行くわけにはいかない。面倒だ、と思いながらもヴァンとシェリルは僅かなその距離を馬車によって移動していた。
「うん、やっぱりこの国は圧倒的だね。国力も治世者の器も……まあ、聡明だからと言って名君だとは限らないけど馬鹿ではないよね」
 誰かが聞いていれば、不敬罪に問われそうな発言であった。が、流石と言うべきか乗り合わせている侍女はシェリル一人でしかもご丁寧に馬車に結界を張っていた。
「……興味あるんですね、一応自分の夫に」
 心底驚いたという顔をするシェリルに、苦笑いを返すヴァン。
 付き合いの長いシェリルにもヴァンが結婚に対して興味があるように見えなかったのだ。どうでも良さそうというか若干無関心にも見えていた。
「そりゃ、それなりにはね」

「てっきり男に興味ないんだと思ってました」
「……それは誤解を招くんじゃないか」
 ヴァンも一応女である。まあ、一応をつけなくてはならないというのはヴァンも自覚していたが。

「間違えました。ギルドに加入しない奴に、でしたね」
 ヴァンの一番の趣味は魔法開発で、次に人材発掘と金稼ぎだった。どれにしても貴族の令嬢がするものではなかったけれど、街に部屋を借りてそこにこもって熱中するくらいにははまっていた。町から町へと移動して埋もれている人材を連れて来てはギルドに引き込むということを続けていた。
「いやいや、男の友達も居るから」
「大抵が下僕志望になるじゃないですか」
「……」
 そんなことはない、とは少し言えなかった。


 王宮に着いたヴァン達はまず皇帝に謁見を申し込んだ。名ばかりでも国の最高権力者であり、父であるバーネット皇帝に挨拶をしなくてはならないからだった。
 どうやら王宮に来たのがヴァンが最後だったらしく、他の側室達はもう後宮入りしている。控えの間に居たヴァンの前に現れた侍従長は、ヴァンの傍に居た侍女がシェリル一人なのを見て驚いた顔をした。
「お連れになった侍女は一人だけですか?」
 顔に他の令嬢方は山ほど連れて来たのに、とかいてある。

「ええ。元々規定で後宮に連れて行けるのは一人だけだったと思いますし、何より私には気心の知れたシェリルが居れば充分ですわ」 にっこりと華やかだが若干儚げな笑みを浮かべてヴァンは答える。その姿は普段のやや気怠げで粗雑な態度とは打って変わって、少し身体の弱い優美な貴族令嬢だった。
 シェリルは内心思う、相変わらず素晴らしい演技能力だと。やらせれば、荒んだ孤児の少年や物腰柔らかな貴族の青年、笑顔の絶えない町娘から貴族令嬢までありとあらゆる人物になりきることができる。本人曰く「だって、その方が動きやすいでしょー。相手に好まれる人物なら色々と聞き出せるしねー」だそうだ。

 ヴァンの笑顔に見とれていた侍従長は咳払いをする。
「ですが、一人だと何かと不便が多いでしょう。こちらで幾人か手配しておきます。……お待たせしました、謁見の間にご案内いたします」

 はっきり言ってしまうとヴァンは別に皇帝に期待なんか初めからしていなかった。
 若い皇太子に実際は皇位を譲っているようなものである彼に、別に興味はなかった。初めて会った現皇帝のオースティンへの評価は可もなく不可もなく名君とは言われないけれど暗君とも言われないだろう。そんな感想だった。
 謁見はあっけなく終わった。皇帝の威厳に欠けた彼は玉座の上から、ただ一言
「息子をよろしく頼む」
と言っただけだった。


「まあー予想道理かなー」
「不躾ですね」
 病弱な公爵令嬢を演じたままヴァンは小声で呟く。それに同意するようにシェリルも僅かに頷いた。
 皇帝への謁見を終えたヴァン達は後宮へと入った。と同時に他の側室付きの侍女や側室からの不躾な視線に晒された。値踏みをするような視線に。
 見た目だけはか弱そうなヴァンを見て、大抵の側室は見下していた。こんなのに負けるわけがないと。実際はまったくか弱くないのだが……。

 ヴァンに与えられたのは、後宮の中心に近い日当りの良い部屋だった。おそらく病弱だということと公爵家の人間であることが考慮されているのだろう。
「うーん、良い部屋だー」
 そう叫ぶとヴァンは勢いよくベットへと飛び込んだ。それを横目で見たシェリルは呆れたようなため息を吐いた。
「誰か来たらどうするんですか……」
「もう簡易結界張ったー」
 ごろんと仰向けになりベットの寝心地を試していたヴァンは言った。
「向け目ないですね」

「よっ、と」
 しばらくベットを楽しんだヴァンは起き上がるとそのまま扉に向かった。
「じゃあ僕ちょっと後宮散策に言ってくるね」
 ついでに病弱アピールも、とひらひらと手を振りながら出て行こうとするヴァンにシェリルは声をかけた。
「お供しましょうか?」
「いや、いいよ。シェリルは片付けお願い、まずいもの結構あるからねー」
 巧妙に隠してはいるが、見つかると厄介なものが多少いや相当数あったのだ。
 それを知っているシェリルは大した反対もせずにヴァンを見送った。
「了解しました。気をつけてくださいね」
「うん、わかってるよー」


「ふぅ……」
 あれから部屋を出たヴァンは、庭へと出た。そして花に興味を示した令嬢を演じながら奥にある人の居ない庭園までやってきた。勿論その途中に立ちくらみを起こしたり、倒れかけたヴァンを心配した騎士の申し出をやんわりと断ったりと病弱な印象を強く残してきた。
「あー疲れたー」
 大きく伸びをしながら、庭園をゆったりと歩くヴァン。周りに人が居ないのは確認済みだ。
 この奥の庭園は薬草の育成場所となっている為によほどのことがない限り人は来ないらしい。(演技中に庭師のおじさんに聞いた)のんびりと庭園散策をしていたヴァンは次の瞬間
「は……!?」
固まった。

 綺麗に整えられた庭園の道に巨大な狼が悠々と横たわっていたのだ。


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