第五話
「さて、シェリルさん。おはよう」
「……一体どうしたんですか」
アシュレイとの一件から数日後、シェリルがいつものようにヴァンを起こす為に部屋の扉を開けると何故か広い天蓋付きベットの上に正座をしているヴァンがいた。やけに真面目な顔をしている。シェリルには嫌な予感しかしない。
「ちょっとお話があるんですよー」
「……何でしょうか」
嫌な予感しかしなくとも、ヴァンはシェリルの主。お願い、つまりは命令を聞かないわけにはいかなかった。
「僕、ここに来てから珍しく大人しくしてたよね?」
「そうですね」
確かに王城に来てからヴァンは、大人しく病弱少女生活を過ごしていた。基本的には部屋から出ずに過ごすが、時々側室達のお茶会という名の腹の探り合いに参加する。が、途中で体調不良を理由に退室する。さらにはラディラスが部屋を訪れるという先触れを受け、懸命に準備するが慣れない作業により発熱、医者に安静を言い渡されラディラスと会うことは叶わなかった。ということまで行ったヴァレンティナは王城中の人に病弱な令嬢の印象を強く抱かせた。そして現在ではヴァレンティナが部屋から一歩も出てこなくともなんの違和感もない存在となっていた。
「もう僕が出て来なくても、あれこれ言われないよね……だから」
思わずシェリルですら赤面するような甘い笑みを浮かべたヴァンは爆弾を落とした。
「ちょっと街に行ってくるねー」
「はぁ……」
シェリルは疲れたようにため息を吐いた。最近は大人しかったのでヴァンの放浪癖は落ち着いたのだと勝手に思っていた。しかし、違ったのだ。大人しくしていたのは、自分が居なくとも違和感のない存在にする為。しかも、ご丁寧に巡回兵士に見つかりにくい城下までのルートもしっかりと調べていたようだ。爆弾を落とした後のヴァンの行動は速かった。あっという間に、準備をすると城下町へと下りていった。
「ちょっとって、どれくらいですかね……」
ちょっとと言っていたが、そんな一、二時間で戻ってくるような人では絶対にない。シェリルは難しい顔で考え込むと、三日で足りるかしらと呟いた。前回ヴァンがちょっと行ってくると言って帰って来たのが三日後だった。何でも強い人が王都から少し離れた小さな村に居ると聞いて勝負を仕掛けにいったのだ。
ここは屋敷ではないんですよ、王城なんですよ……と自分の主に悪態をつくが答える声はない。
「取り敢えず、ストレスによって寝込んだことにしますか」
ヴァンがこれ使ってねーと言って作り出したヴァンそっくりな熱に魘された姿の人形をベットへと寝かせながら、そう考えをまとめた。ちなみにヴァンの部屋に居る侍女はシェリルひとりである。侍従長が用意すると言ったのだがヴァンが断ったのだ。慣れない人が居ると気を使って発熱するとシェリルを通して。
「全くしょうがないですね」
口ではそう言っていてもシェリルは楽しそうだった。なんだかんだ言っても、結局シェリルはヴァンのことが好きなのだ。あの自由で何にも縛られることのない人が。
そして、そんな彼女に仕えられることがシェリルの誇りだった。この国の最も強い力が皇帝であったとしても、シェリルが本当の意味で頭を垂れるのは、ヴァンだけだ。
「さて、私の王のお願いを叶えましょうか」
晴れやかな顔でシェリルは仕事を開始した。
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