「イケダハヤトは仕事ができない」という面白い論評をいただいたので、「仕事ができる/できない」について考えてみました。
20世紀
ちょうどフォードの量産技術が象徴するような、20世紀型の労働を考えてみましょう。
こうした労働においては、「仕事ができる上司」は「部下を正確にコントロールできる上司」であり、「仕事ができない部下」は「上司の言うとおりに動けない部下」となります。
上司が「ここのネジを今日中に締めておけ」と言われたら、駒のごとく、その命令を忠実かつ正確に実行できることが、労働者に求められていることです。
部下には、上司の命令以上の活躍は期待されていません。もし仮に、部下が頼んでもないのに「よかれと思って」別のネジを締めてしまったら、彼はクビになる可能性すらあるでしょう。
こうした上下関係が有効なのは、「計画通りに実行していけば業績が伸びていく」という前提がある場合です。経営者は計画を打ち立て、労働者はそれに沿って働いていれば、十分価値が出せる、という条件です。
21世紀
しかしながら、様々な論者が指摘しているように、21世紀においては、事前に綿密な計画を立てるよりも「走りながら考える」ことが重要になってきています。
地図を捨ててコンパスを頼りに進め(伊藤譲一)
やってはいけないことを素晴らしい効率で行うことほど無駄なことは無い(ドラッカー)
未来は不確実なので、事前の計画は役に立ちません。上司がどれだけ正確に命令を出し、部下がどれだけ忠実にこなそうが、間違った努力をしてしまう可能性があるわけです。
先の読めない21世紀型の労働においては「仕事のできる/できない」の判断基準は変わり、計画に縛られない「創造性」と「柔軟性」が求められるようになります。
上司に求められるのは、部下の創造性を最大限に発揮させること、「データを見ながら柔軟に計画を舵取りし、最適化していく能力」です。
部下に求められることは、創造性を発揮すること、つまり「外部、内部の環境を鑑みて、言われたこと以外も提案、実行する能力」です。
こうした時代の変化は、何よりも上司のマインドセットの変容を強制します。上司には、部下を劣った「駒」として認識し「命令を忠実にこなさせる」のではなく、部下を創造性を持った「クリエイター」として尊重し、「提案させ、吸い上げる」ことが求められます。
権限を委譲された部下には、自分をアーティストのような人間だと認識し、まったく新しい価値を生み出す努力が求められます。
そのリーダーシップのすばらしい実例は、先日紹介したライフネット生命、出口社長に見いだすことができます。こうした権限委譲こそが、21世紀型の「仕事ができる上司」だとぼくは確信しています。
ただ、コミュニケーション、とりわけウェブでのコミュニケーションは、その舞台での中心が20代30代です。だったら彼ら彼女らの文法に従うのが筋、というものです。以来、私は、ライフネット生命に関するウェブ・コミュニケーションやPR、宣伝戦略については、20代社員の言う通りにする、と決めました。
「仕事ができる/できない」というのは、時代によって変わっていきます。グローバリゼーションとテクノロジーの進歩によって、ぼくら日本人が「途上国の人材でもできる仕事」や「機械でもできる仕事」をやるのは危険な道です。
命令を出すのではなく権限を委譲する、命令を盲目的に受け入れるのではなく、創造性を発揮して新しい価値を生み出す、それが21世紀の「仕事ができる人間」です。
関連本。こういうテーマを考えるなら必読の一冊です。「2025年の働き方」について語られています(ブックレビュー)。
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