「若者奴隷時代」のウソ ~高齢者の犯罪は増えているか~
2011/06/16 23:19:00

[info]メカAG
これまでは去年の暮あたりに書いた記事の転載だったが、このエントリは新作。高齢者の犯罪の話。もともと同時期(去年の暮)に書きかけた話題なのだが、その時は「自分の中でもう少し熟成させる必要がある」と思って躊躇している間にモチベーションが低下し、結局エントリとしては書かなかった。今回ひろゆきのこの記事

  経済の豊かな国は、治安もいい。で、日本は? : ひろゆき@オープンSNS
  http://hiro.asks.jp/79014.html

のおかげでモチベーションが復活したので(笑)書いてみる。

   *   *   *

「若者奴隷時代」のp.152には「戦後の少年犯罪の推移」というグラフが載っている。ほぼ同じ内容のグラフが下記で見ることができる。

  少年犯罪は急増しているか(平成19年度版)
  http://kogoroy.tripod.com/hanzai-h19.html

  凶悪犯罪罪状別
  http://kogoroy.tripod.com/hanzai-19/kyouaku-zaijou.jpg

上記のグラフは強盗や放火の統計も載っているが、若者奴隷時代は殺人と強姦のグラフだけだ。しかし以降の話を進めるのにこの点はさほど問題ではない。

若者奴隷時代では1960年辺りの(強姦)犯罪数の急激なピークを示し、

  | 「そして重要な事実がある」
  | 「そもそも高齢者が若者だった時代は実は少年犯罪が多かったんだよ」
  | 「…!!」
  | 「つまり高齢者になって暴走するようになったのではなく」
  | 「若いころも暴走していたのか!!」

と述べている。50年前に少年だった現在の60代後半ぐらいの高齢者を念頭に置いているのだろう。この直前には「キレやすい高齢者」「暴走老人」などの罵詈雑言が並んでいる。

人間、高齢になると大なり小なり偏屈になるのは今に始まったことではない。頑固ジジイという言葉は昔からある。問題はこの本が「最近はその傾向が極度に高まった」と主張している点にある。俺はそういった傾向を裏付けるデータはないと思っている。

この本が挙げている例は「たまたま町でこういう高齢者を目撃した」という主観に左右されやすい狭い体験談を列挙しているだけだ。このような方法では何十年にも渡るゆっくりした社会の変化を捉えることはできない。そもそも物心ついて、たかだか10年か20年しか経っていない若者に、どうして最近の老人の傾向が昔と違うと判断できるのだろうか(笑)。

そんな中で客観的データとして唯一上げられているのが、このグラフだ。

   *   *   *

1960年(昭和35年)頃は、戦後の混乱もそろそろ収束を見せ、日本が新たな近代国家として再出発しつつある時期だ。1964年(昭和39年)には東京オリンピックが開催されている。東海道新幹線が開業したのもこの年だ。この頃の日本は社会全体が東京オリンピックの成功のために突き進んでいた。それが戦後日本の復興の象徴である、と信じて。

その時期に少年犯罪(強姦)が異常に増加しているのは考えてみれば不思議な話だ。それ以前からずっと多かったのではなく、この前後に急に増加し、再び減少している。それまでおとなしかった少年が、この時期だけ急に性犯罪を犯すようになったのだろうか?

もちろん違う。前述のようにこの頃の日本は近代国家として生まれ変わるためにさまざまな整備が行なわれた。法律も例外ではない。1958年に売春防止法が施行され、それまで半ば公認だった売春「赤線」が廃止された。集団強姦罪も非親告罪化された。すなわち被害者の申告がなくても犯罪として取り締まれるようになった。

これがこの時期に急激に強姦件数が増えている理由だ。実際に強姦が増えたのではなく、それまでは犯罪としてあまり取り締まられていなかったから、数字に現れなかったのだ。

   *   *   *

そもそも時代の背景として強姦=犯罪という認識が希薄だったこともあるだろう。それを象徴する事件がある。

  恐るべし「おっとい嫁じょ」 - 俊平の雑学研究所 - Yahoo!ブログ
  http://blogs.yahoo.co.jp/hoshiyandajp/25307278.html
  | 著名な判例誌である判例時報190号21頁には、昭和34年6月19日の鹿児島地裁が出した特異な判決が紹介されている。

  | この事件は鹿児島のある村の青年が16歳の女性に結婚を申し込んで拒絶されたが、諦め切れず、従兄と叔父に謀議した結果、女性を誘拐して、結婚を承諾させることにした。そして、通学中の女性を計画通り拉致し、従兄と叔父も加わって三人で馬小屋において無理やり姦淫した。それを知った青年の両親は、青年と一緒になって喜んだという。

  | 当然、青年は警察に逮捕され誘拐と強姦の罪で裁判にかけられるが、弁護人はこの地方には婚姻に同意しない婦女を承諾させるため、その婦女を強いて姦淫する「おっとい嫁じょ」と呼ばれる慣習があり、被告人はこの慣習に従って行為に及んだもので、違法性の認識を欠き故意がないと、無罪を主張したのである。また、村も全村民の署名を集め彼の無罪を嘆願したのである。

  | 青年の母親もまた家族と食事中に青年の父親に拉致され強姦されそのまま結婚したのだった。

1959年に鹿児島のある村で起きた事件で、この村ではもともと強姦して成功すれば妻にしてよいという風習があったらしい。このように古い価値観が残る社会と、新たな社会に生まれ変わろうという動きの狭間で、事件の件数が見かけ上急上昇しているのだ。

   *   *   *

こうしたことは現代も同じだ。それまで児童ポルノを所持していても問題なかったのが、急にそれは犯罪だとする法律ができた。社会がその新たな価値観に適応できるようになる間、児童ポルノ所持の犯罪が増え続けるのだ。やがて社会が新たな価値観に慣れてくると、再び犯罪件数は減り始める。

未成年にタバコを売ったぐらいで逮捕されるというのも、ちょっと前までは考えられない事だった。法律ができても人々の認識はそう直ぐには変わらない。「これぐらいいいだろう」という旧来の認識で行動するので、警察に取り締まられることになる。

ある時期に急激に特定の犯罪が増え、その後再び急減少しているようなパターンは、おそらくすべて同じだろう。ある時期に犯罪が急激に増えたのではない。それまでは犯罪とされなかったものが犯罪とされるようになったので、見かけ上増えて見えるだけなのだ。

   *   *   *

再びこのグラフを見てみる。

  凶悪犯罪罪状別
  http://kogoroy.tripod.com/hanzai-19/kyouaku-zaijou.jpg

1997年頃に強盗の件数の上昇が見られる。これも同じでこの時期に実際に強盗が増えたわけではない。それまで窃盗に分類されていた犯罪が、相手に傷を負わせた場合には強盗に分類されるようになったためだ。ひったくりや万引きで逃げる時に店員や相手を突き飛ばして転ばせれば、窃盗ではなく強盗になったのだ。

このように特定の犯罪だけの増減の傾向を見ただけでは、実態の犯罪の増減は捉えにくい。特定の時代の治安を推し量るなら、特定の犯罪ではなく、トータルの犯罪数を見たほうが、比較的このような「犯罪基準の変更」に影響されることは少ないと思われる。もしくは殺人のようにあまり主観が入り込む余地がない犯罪件数を選ぶべきだろう。殺人件数は戦後数年を除き、一貫して減少傾向にある。

   *   *   *

ひろゆきの記事では万引きの件数が話題とされていた。万引きの長期的な統計が下記に載っている。

  「高齢者万引き数増加」の話をグラフ化してみる:Garbagenews.com
  http://www.garbagenews.net/archives/1664645.html

  全国の万引き検挙・補導人員数の該当年齢階層人口に占める比率(一万人に対する人数)
  http://www.garbagenews.com/img11/gn-20110128-07.gif

このグラフもこれまで見てきたのと同じ傾向を示している。少年の万引きの件数が1998年頃に急激に増加し、短い期間で再び下降している。これもまた少年の万引きの実態がこの時期に増えたのではなく、警察の取締り強化によって見かけ上増えたのだと推測できる。

前述のように1997年には窃盗→強盗の厳罰化が行なわれているし、1998年には「万引きGメン・二階堂雪」というテレビ番組が放送されている。それまで警察に通報されることなく大目に見られていた10代の万引きが、警察の取り締まり強化やそれに呼応した世間の目の万引きに対する厳しさの変化が、万引事件の増加となって表れたのだろう。

さらにグラフを注視すれば全体的な減少傾向の途中の2002年~2005年辺りにも小さな山があることが分る。この時期の出来事を見ると、2003年に東京都万引対策協議会が設立されている。2005年には全国万引犯罪防止機構が設立されている。他にも各自治体や業界団体によって万引きに対する取り組みが活発化している。この様な流れの中で以前よりも万引きを積極的に警察に通報するようになった。これがこの時期に万引き件数が増えている理由だろう。

もっとさかのぼれば1996年にガーディアンエンジェルスが上陸し、日本支部が設立されている。この辺りに青少年を犯罪から守ろう、積極的に取り締まろうという風潮の発端があるのかもしれない。日本ガーディアンエンジェルス設立のきっかけは1995年のオウム真理教のサリン事件だ。

   *   *   *

俺はこのように警察主導で犯罪に対する世論が形成されるのは危険だと思う。最近では相撲八百長事件があった。これも警察によって世論が変化した事例だろう。それ以前に八百長を暴こうとしたジャーナリストはいたが、結局は相撲に八百長は付きものだという風潮を変えることはなかった。

俺は今もその古来からの風潮を変える必要があったとは思わないが、もし変わる時が来るならば、それはボトムアップの世論によるものであるべきだと思っていた。しかし実際に世論を変えたのは警察だった。警察という密室の中で一部の人間によって社会全体の価値観や方向性が決まるのが民主主義国家として正しいのか。警察はあくまで社会の価値観の執行者でなければならない。警察自身が社会の価値観を誘導してはいけない。

   *   *   *

なにはともあれ特定の事柄の顕著な傾向だけに注目すると、全体の傾向を見誤る事が少なくない。ひろゆきは過去にも似たようなことを繰り返している。

  公認会計士の就職難

上記では公認会計士の就職難というかなり特殊な事例をもって、その時代の傾向「優秀な人間が就職できない」を読み取ろうとして失敗している。

  日本は4.3%の高度経済成長?

上記ではサブプライムローンによる景気の急減速という特殊な事象を無視して、単純に前年比で比較して誤った結論を導いてしまっている。

まあ、ひろゆきの癖として、こういう話が好きなのだろうな、と思う。「今までの常識を覆す」話が好きなのだ。それ自体は別に悪い事ではないと思う。俺も好きだ(笑)。しかしなぜその事例が今までとは違う傾向を示すのか?を分析し考察しなければ、意味がない

ただ事実をそのまま無批判に肯定するだけでは、意味がないどころかすでに述べたように特殊性を見落とし、誤った結論に陥る危険性が大なのだ。


参考サイト:
あなたの知らない児童ポルノの真実
http://homepage3.nifty.com/hirorin/loli03.htm

関連記事:
SPA!の高齢者いじめがひどい件
結局、高齢者の犯罪は増えているか?
「若者奴隷時代」のウソ ~高齢者は消費しないのか~


[info]sajima 2011/06/18 17:13:37 (UTC) 

児童ポルノ犯罪もまさに「見かけ上増えた」例だね。
提供目的所持と単純製造が違法化された時点から、件数が倍増していて非常に分かり安い
でもマスコミはみんな「児童ポルノ犯罪が増えた増えた」とうるさい。

■本当に児童ポルノ事件は増えているのか
http://toriaezumitekitayo.blog88.fc2.com/blog-entry-35.html

http://blog-imgs-36.fc2.com/t/o/r/toriaezumitekitayo/jipokennkyokennsuu.jpg

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