3話
「今日のおやつは何だろな~」
前世ではそこまで進んで食べなかった甘いものが、女になった今では大大大好物となっていた。
鼻歌交じりに下駄箱の戸を開けると、何か薄っぺらい白いものが入れられていた。
「これは…封筒?」
見ると、それはピンク色のハート型のシール以外、全く装飾の無い簡素な白の封筒だった。
「まさか。これって、漫画とかで見る定番のやつなんじゃないか……?」
俺は封筒を握り締めると、2人の姉妹に相談するため急いで家に帰ることにした。
「へえ~。莉那、ラブレター貰ったんだぁ」
「…世の中には、物好きな男が居たもんだな」
家に着いて早速見せると、2人の考えも俺が思い至った考えと同じものだった。
やはりこの白い封筒は、俗に言う『ラブレター』らしい。
「どうだ? 伊織。モテる姉が羨ましいか?」
「いや、全く。むしろアホなお前を好きになった男の頭が心配だ。どれ、どんな内容か見てやろう」
伊織は俺の手から便箋をひったくると、封を開け中の手紙を取り出した。
「え~と、『突然の手紙で驚かせてゴメン。出会った時からいつも、元気で賑やかに過ごす桜を目で追っている自分に気が付きました。良かったら、放課後の屋上でゆっくりと話をしたいです。 3組 塩瀬』、だって。なんとも恥ずかしいやつだな」
「うわあ、最近の中学生ってこういうこと書くんだ…」
2人とも顔を赤らめながら、何度も手紙の内容を反芻している。
「ねえ、それで『塩瀬くん』ってどんな人なの?」
「ん~と、同じクラスのバレー部の人、だったかな。次期キャプテン候補だったと思う」
中学2年の最初の自己紹介で確かそんな事を言っていた気がする。
「それで…背がそこそこ高くて…顔も悪くない。むしろ美形の部類に入るかも…」
「ふ~ん、あんまりそういう恋愛ごとに興味が無い莉那がそこまで言うんだから、カッコいい人なんだろうね」
「いや、別にね、『興味が無い』って訳じゃないんだけど……」
前にも言った通り、今の俺の心の内訳は、前世の”男の心”と現世の”女の心”がせめぎ合い、どちらにもピンと来ない微妙な状態なのだ。
しかし、この事を美春たちに言ってもどうしようもないので、そのまま『莉那は恋愛に疎い』という勘違いをさせておく。
「…それで、あたしは一体どうするべき?」
そして、俺はこの後の対応の仕方を2人に尋ねる。
帰る途中に色々と考えたのだが、どうも気持ちが落ち着かずうまく考えられなかったからだ。
「どうする、って言われても…。それは莉那が貰ったんだから、ちゃんと返事をしてあげるべきよ」
予想通り、美春はいかにも優等生らしい答えだった。普通すぎて逆に何も言えなくなる。
「…待ってください、美春姉さま。これは罠かもしれません」
「え? 罠?」
しかし、伊織の答えは少し違った。
さっきまでの頬の赤らみは消え、真剣な面持ちになっている。
「まず最初の、『元気で賑やかに』という部分。これは『お前最近調子乗って目障りだ』と解読することができます」
「?」
「ああ、伊織も”そっち”だと思ったか…」
心優しき美春は伊織の言っていることの意味が分からないといった顔をしているが、俺には何となくその考えが理解できた。
「同様に、『放課後の屋上で』という部分は『生徒も教師も誰も見ていないところで』、『ゆっくりと話し合いたい』は『気が済むまで時間たっぷりやり合おう』という風になるのです」
「???」
美春はもはや訳がわからないといった表情だが、俺はこれで全てを理解した。
これは『ラブレター』など甘酸っぱいものではなく、
「やっぱりこれは、あたしに対する『挑戦状』ということか!?」
「そうだ、莉那!! そうと分かれば今すぐ出陣しろっ!」
「よし、行ってきます! お館様っ!」
俺はふんぞり返って腕組みをする伊織に見送られながらリビングを飛び出した。
○SIDE 塩瀬
「手紙、見てくれたかな…」
日が暮れて地面が赤く染まっている屋上のフェンスにもたれ掛かって、俺はある人を待っていた。
桜 莉那。 いつも元気で明るい同じクラスの女の子だ。
中学2年の自己紹介の時の、彼女の屈託のない笑顔を見て俺は一瞬で恋に落ちてしまったのだ。
あまり、誰かと付き合ってるとか浮ついた話は聞かなかった桜だが、美少女であの話しかけやすい雰囲気だったら、他の奴らも桜のことを好きになるかも知れないと思った俺は、一大決心をして素早く手紙を書く事にしたのだ。
「それにしても遅いな…。無視して帰っちゃたのかな…」
さっきから、いくら待っても桜の姿は見あたらず、もう諦めて帰ろうとした時だった。
「塩瀬~!! 塩瀬は居るか~~っ!?」
「っ! さ、桜…!?」
「お? まだ居たのか。良かった良かった」
いきなり屋上のドアを蹴破って現れた桜の姿に、俺の心臓は激しく脈打ち呼吸が乱れそうになる。
「あれ? 大丈夫か、塩瀬?」
「あ、うん。平気だよ…」
心配そうな顔をしていた桜だったが、俺の言葉に「ん、そうか」と頷いた。
「ああそうだ。塩瀬から貰ったあの手紙、読ませてもらったよ」
「!」
再び心臓が破裂しそうなぐらいに暴れ始める。
今度は心配をかけさせないように平静を装うと、桜の言葉を待つ。
「それでさ、ここに来る間に色々と考えたんだけど…、あたしはお前と『争う』気はないんだよ」
「……え? 争う?」
桜の口から出てきた、強烈に違和感のある単語に俺は引っ掛かった。
俺が書いたものは、そんな物騒な内容じゃなかったはずなんだけどな…。
「だから、これからは平和的に仲良くしていこうじゃないかっ! この時間であたしたちは友達になったよな?」
「え? う、うん?」
「よし! これで全て円満に解決だな。これからよろしくな」
桜は一方的に話して俺には少しも話す時間も与えることもなく、そのまま来た道を帰っていってしまった。
「……これは、桜と友達になって喜ぶべきか? それとも自分の思いを伝えられず悲しむべきか?」
そして俺はこの微妙な結果に対して、これから桜とどうにかしてもっと仲良くなろうと、新たに心に決めたのだった。
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