■戦時国際法講義 第二卷 信夫淳平 丸善株式会社 1941年 P14〜15
戰鬪手段の中には、成文の交戰法規の上に規定するに至らざりしものも多々あり、その當然違法行爲を以て論ずべきもの
にして、明文の上には特に禁止又は制限されてないものも少なくない。然しながら、その規定が無いからとて、違法が化して
適法となるに非ざるの理は銘記するを要する。陸戰法規慣例條約の前文には、『實際二起ル一切ノ場合二普ク適用スベキ規定ハ
此ノ際之ヲ協定シ置クコト能ハザリシト雖、明文ナキノ故ヲ以テ規定セラレザル總テノ場合ヲ軍隊指揮官ノ擅斷二委スルハ亦
締結國ノ意思二非ザリシナリ。』又、『締約國ハ其ノ採用シタル條規二含マレザル場合ニ於テモ、人民及交戰者ガ依然文明國ノ
間二存立スル慣習、人道ノ法規、及公共良心ノ要求ヨリ生ズル國際法ノ原則ノ保護及支配ノ下二立ツコトヲ確認スルヲ以テ適當ト
認ム』と特に宣言した。即ち苟も文明國間の慣例に反し、將た人道に悖戻すること明白なる行爲は、たとひ法規に明文なしと雖も、
之を戒飭すべきは當然である。第二囘海牙平和會議に於て、追て海戰編にて述ぶる無?維自動觸發水雷問題の討議の際、各國代表
の意見殊に英獨のそれが容易に妥協せざるや、英國代表は『幸にして一條約の締結に到達するにもせよ、將た不幸にして之に到達
するを得ざるにもせよ、人道的要求は之を無視するを許されない。特定條約が禁止せずとの單なる理由に於て或行動を適法なりと
論ずるは當らず。』と云へるに、独逸代表も勿論なりと述べて之を肯定した。曾ては海牙諸條約を以て單に徳義的拘束力を有する
に過ぎずと放言したる独逸のその代表者ですら尚ほ且之を肯定せるに於て、この理の何人も反論を容れ得ざる當然のことたること
以て知るべきである。ただ成文法規の上に何等規定なく、而して國際法の原則に違反せず、人道上の要求に悖戻せざる行爲たる
限りは、適法の手段として交戰國の之に訴ふるに妨げなきこと勿論で、軍隊指揮官はその裁量にて適當に之を取捨すべきである。
軍隊指揮官の裁量で判断してかまわないということですから、明文規定で明確に禁止されていない非人道的行為が例外なく
マルテンス条項違反ということにはならないでしょう。
もちろん軍隊指揮者の擅断は許されませんが、これを書いた信夫淳平自身が違法な民衆軍の即決処刑を認めていますし、かなり柔軟な対応が可能と考えられます。
■国際法講座 第三卷 【第二節 陸戦 信夫淳平】 国際法学会・編 有斐閣 1954年 P139
戰鬪手段の中には、成文の交戰法規の上に規定されてないものが少なからずあり、當然違法行爲として論ずべきもの
で禁止または制限されてないものもある。けれども、その規定がないからとて、違法が化して適法となるわけではない。
陸戰法規慣例條約の前文には、『實際に起る一切の場合に普く適用すべき規定は、この際これを協定し置くこと能わざりしと雖も、
明文なきの故を以て規定せられざる總ての場合を軍隊指揮官の擅斷に委するは締結國の意思にあらざるなり』、また『締約國はその
採用したる條規に含まれざる場合に於ても、人民及び交戰者が依然文明國の間に存立する慣習、人道の法規、及び公共良心の要求より
生ずる國際法の原則の保護及び支配の下に立つことを確認するを以て適當と認む』と特に宣言した。すなわち苟も文明國間の慣例に反し、
また人道に戻ること明白たる行爲は、たとい法規に明文なしとするも、これを戒むべきは當然である。ただ成文法規の上に何等規定なく、
そして國際法の原則に違反せず、人道上の要求に戻らざる行爲である限りは、適法の手段として交戰國の之を利用するに妨げないこと言を俟たずで、
軍隊指揮官はその正しき裁量にて正しく取捨すべきである。
これは、戦後書かれた文献ですが、ここでも軍隊指揮官の裁量を認めています。