プロジェクト:国際医療協力・疫学調査

 
目的 メンバー 事業計画 活動報告

目的

チェルノブイリへの医療支援活動と学術共同研究やセミパラチンスク地域医療改善計画プロジェクトなどを基本として、世界の各地域で問題となっている「放射線による健康影響」について、海外拠点と連携し共同研究を推進することを目的とする。具体的には、

  1. 放射線被ばくヒト集団におけるデータや生体試料の収集管理とデータバンクの整備
  2. 放射線被ばくヒト集団の線量評価に基づく各種疾患のリスク評価
  3. 放射線被ばくヒト集団の各種がん組織の分子病理学的検索
  4. 放射線誘発遺伝子損傷ならびに修復分子機構の解析
  5. 放射線誘発がんに対する分子標的治療の開発と臨床応用
  6. 海外放射能汚染地域基幹病院との遠隔医療診断・医学教育ネットワークの構築運用
  7. 緊急被ばく医療に関する共同プログラム推進
などであり、甲状腺がん中心の研究から、現地フィールドワークの成果を生かしながら幅広く共同研究の輪を広げることを目的とする。

戻る



メンバー

山下 俊一* 分子診断研究分野教授
柴田 義貞 放射線疫学研究分野教授
関根 一郎 病態分子解析研究分野教授
難波 裕幸 分子診断研究分野助教授
大津留 晶 永井隆記念国際ヒバクシャ医療センター助教授
芦澤 潔人 分子診断研究分野助手
高村  昇 健康予防科学講座公衆衛生学助教授
中島 正洋 生体材料保存室講師
本田 純久 放射線疫学研究分野助手
横田 賢一 資料調査室技術専門職員
森下 真理子 分子診断研究分野助手
ウラジミール・サエンコ 国際放射線保健部門助手
ガビット・アリポフ 生体材料保存室助手
タチアナ・ログノヴィッチ 分子診断研究分野研究機関研究員

*プロジェクトリーダー、放射線被ばく医療・疫学コンソーシアム担当責任者
大津留 晶(医学部・歯学部附属病院)、高村 昇(大学院医歯薬学総合研究科)以外は全員、大学院医歯薬学総合研究科附属原爆後障害医療研究施設

戻る



事業計画

  1. チェルノブイリ周辺3ヶ国にある拠点研究機関との分子疫学調査の推進
  2. 海外拠点との共同研究による放射線リスク評価プロジェクトの推進
  3. Chernobyl Tissue Bankへの参画と共同研究の推進
  4. 各種ヒト癌組織などを用いた分子病理・分子細胞生物学的研究の推進
  5. 細胞培養、動物実験など基礎研究による分子標的治療法開発研究の推進
  6. WHO Health Telematicsその他海外遠隔医療支援プログラムの推進
  7. WHO-REMPAN活動への参画と国内緊急被ばく医療ネットワーク事業の推進
戻る



活動報告

長崎大学医学部からの直接的なチェルノブイリ現地支援は1991年5月から始まり、その後ソ連邦の崩壊に伴い、3ヶ国(ベラルーシ共和国、ロシア連邦、ウクライナ国)に拡がる放射能汚染地域の検診活動に参画してきた。とくに、チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトを主導し、1991年から1996年にかけて16万人の学童検診を終え、そのうち12万人のデータを集計している(1)。その結果、ベラルーシ州ゴメリ地区における甲状腺異常とくに小児甲状腺がんの頻度がきめて高いことが明らかとなった。

放射性ヨウ素は甲状腺に選択的に集積し、内部被ばくを引き起こす原因となり、現在では放射性ヨウ素による内部被ばくの場合も外部被ばくと同様のリスクが甲状腺がん発症に関してはあると考えられている。事故後の放射能汚染食物、とくに牛乳などの厳格な摂取制限の有無も定かではなく、当時汚染したミルクを摂取した乳幼児の甲状腺内部被ばくは相当なレベルであったと推測されている。その結果、新陳代謝の活発な若年者の甲状腺が被ばくし、とくに放射線感受性の高い乳幼児が事故後5年以降から小児甲状腺がんを発症してきたと考えられている。その証拠にチェルノブイリ周辺では事故当時0歳から10歳の子供たちに集中して甲状腺がんが多発し、その発症年齢が年を追うごとに高まり現在ではその大半は17歳以上の青年期にピークが移動している。一方、事故後に生まれた乳幼児には短半減期の放射性ヨウ素の影響は消滅していることが、現地の学校検診を通じて明らかにされている(2)。1997年からは特定の地域における検診活動継続といくつかの疫学調査を行い、2001年にその成果をまとめた(3)。

チェルノブイリの教訓としては、吸入と経口摂取による放射能汚染物の体内移行を防止することの重要性が示されており、とくに晩発性放射線誘発甲状腺がんのリスクから守られるべき対象者が乳幼児や若年者であることが再確認されている。現在、日本でも原子力災害時の緊急被ばく医療対策として防災指針の中にこれらの教訓が生かされ、安定ヨウ素剤の詳細が取り入れられているが、長崎大学は国内の緊急被ばく医療ネットワークへ参画するとともに、WHOの緊急被ばく医療事業(Radiation Emergency Medical Preparedness and Assistance Network: WHO−REMPAN)にも積極的に参画している。
http://www.who.int/ionizing_radiation/a_e/rempan/en/

これらチェルノブイリ周辺に居住している被ばく集団は低線量ながら一度の被ばく歴で生涯にわたり甲状腺がんのリスクを背負う、すなわちリスク集団であることが予想される。同時にすでに甲状腺がんを手術されたものの局所浸潤やリンパ節転移、遠隔転移を有する子供たちが多数生存している(現在2500例近くが手術され、その約40%に問題がある)。今後ともがんの早期診断、早期発見は重要課題であり、同時にこれら患者の高度先端治療の開発は急務である。一方骨髄被ばく線量ははるかに低く、白血病などの血液疾患のリスク増加はこれら放射線降下物の影響を受けた周辺住民では観察されていない。研究面では、これらの貴重な患者データや手術サンプルについて、国際機関との共同でChernobyl Tissue Bank (http://www.chernobyltissuebank.com/) を設立運用している(4)。

チェルノブイリの分子疫学調査はフィールド活動を中心に展開されているが、同様の放射能汚染地域は旧ソ連全体に広く見出され、とくにカザフスタン共和国セミパラチンスク核実験場周辺では大きな問題となっている。1999年以降これら放射能汚染地域の中核病院と長崎大学との間に衛星通信を活用した遠隔医療 (Telemedicine) を開通させ、1000例近い症例の診断支援や相談に応じている(5、6)。本プロジェクトは、現在WHOにおけるモデルケースとなっている(http://www.who.int/ionizing_radiation/research/children/en/)。

さらに、長崎大学は、1995年以降カザフスタン共和国セミパラチンスク核実験場周辺への調査を開始し、現在ではJICAセミパラチンスク地域医療改善計画プロジェクトを遂行しながら関係機関との共同研究を種々展開中である。個々の研究活動とその関連実績は長崎大学の各教室ホームページに掲載されている。

参考文献
1) Yamashita S and Shibata Y, eds. Chernobyl: a decade. Amsterdam: Elsevier, ICS 1156, 1997.
2) Shibata Y, Yamashita S, Masyakin VB, et al. 15 years after Chernobyl: new evidence of thyroid cancer. Lancet 2001; 358: 1965-1966.
3) Yamashita S, Shibata Y, Hoshi M, Fujimura K, eds. Chernobyl: message for the 21st century. Amsterdam: Elsevier, ICS 1234, 2002.
4) Thomas GA, Willimas D, Becker DV, et al. Thyroid tumor banks. Science 2000; 289: 2283.
5) Takamura N, Nakashima M, Ito M, et al. A new century of international telemedicine for radiation-exposed victims in the world. J Clin Endocrinol Metab 2001; 86: 4000.
6) Yokota K, Takamura N, Shibata Y, et al. Evaluation of a telemedicine system for supporting thyroid disease diagnosis. In: Patel V, ed. Medinfo 2001. Amsterdam: IOS Press, 2001: 866-869.

戻る