◇立ち位置を低くする。他を受け入れる力を磨く。

私は一時期、実力主義の時代があった。
能力があれば立身出世できると信じていた。「オオカミは生きろ、ブタは死ね」と、ハードボイルドに生きていた。
他が12時間仕事をするのであれば、こっちは15時間。
他が15時間なら、こっちは休日を返上しても仕事をする。
「人一倍努力すれば勝てる」
そう思って、一切を仕事に投入した時期がある。
しかし、周囲にとって浮いた存在になることもあったように思う。
場合によっては、目立ちたがり屋に見られたこともあるし、大切な可愛らしさを失い、ギスギスして台風の目になったこともある。
ある日、上司に呼ばれ、アドバイスされた。
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菊川さん、山になってはいけないよ。海になりなさい。
高い山には草も生えない。誰も寄り付かない。
海は悪いものも流れてくるけれど、あらゆるものが寄ってくるよ。
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衝撃だった。大人の生き方を教えてもらった。
以来、素直に、海になって生きることを目標にするようになった。
他に勝ることより、他を立て、自らを低い位置に置くこと。
それは、組織で生きていく上で大事なことである。
相手を立てれば、相手も自分を立ててくれる。そこに協力関係が生まれる。
ただし、山になることは今もある。やるときにはやって、威厳を示す必要もあるからだ。過去の栄光だけで生きていけるほど世の中は甘くない。
さて、この話はあくまで方法論である。
実際には、理屈で分かることと、実践できることは別の話である。
真心から行動できないと付け焼刃でしかない。気付くと、元の自分になる。
修羅の命になったり、餓鬼の命になる。
そこで大事になるのが信心である。
悔しくて、腹立たしくて、眠れない夜もあった。
それを克服するために、どれほど御本尊様に祈ったことだろう。
克服するには境涯を変化させるしかない。祈り抜けば、怒りや腹立たしさも消えていく。やがて気付く。「相手ではない。自分の人間革命だ」と。
大事なことは、とどのつまり、努力と祈りということになる。
祈り、行動する。行動し、祈る。
その日々の積み重ねの中で、確固たる自分自身が築かれていく。
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