◇一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず。

責任者の言動は重い。
その言葉1つで組織は元気にもなるし、意気消沈もする。
駆け出しの責任者だったころ、会社の経営者から教えられたことを話そう。
組織が思うように動かないことに悩んで相談に行った。
経営者は、私に問いかけた。
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三方から敵に攻められ周囲は火の海だ。
一方向は海で、その向こうに島がある。
船はあるが、全員乗り切れない。子供や家族などの市民もいる。
皆が、あなたに詰め寄って、あなたの言葉を待っている。
さあ、あなたは何を言うか。
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難問である。ビックリするような話である。
思案し、「私はここに残る。そして、ここで死ぬ覚悟の者は残ってくれと言って、敵と戦います」というと、「あなたは死んではいけない。なぜなら、あなたを失ったら、結局、皆も滅ぶ」とのこと。
無い知恵でしばらく考えたが、道は見えない。
「分かりません」と申し上げた。
経営者は言った。
「あなたは、かなたの島を指さし、“あの島に全員で渡るぞ!”と言うべきだ。そうすれば、あるものは海から水をくみ火を消すだろう。あるものは敵と戦うだろう。ある者たちは船にあなたを乗せ、島に向かうだろう。そして、あなたは再び、この紛争地に戻り、残りの人たちを船に乗せる‥」
帝王学という中国書籍にある話だという。
これ以上の答えはないと思った。
学んだことは、誰人も見捨てないという愛情であり決意であった。
私は、この指導から生き方そのものを教わったと思う。
さて、これは信心の話ではない。でも、どうだろうか。
まさに「みやづかいを法華経とおぼしめせ」(1295頁)、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」(同頁)ではないか。
私は30歳から40歳の10年間、信心をしていない。
毎日仕事だけをしたが、確かに仕事の中に法華経はあったし、その道理は仏法と反することはなかったのである。
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