ま、内容はともかく携行食糧じゃなかったのが嬉しいね。
移動中の糧食って本当に味気ないんだよ。紙に包まれた軍用パンと冷たいソーセージと変な味のコーヒーとか。
そして戦闘食はもっと酷い。
ビスケットと缶入りチョコレートなんて、もはや飯じゃなくておやつじゃねぇか。
こっちに来て長らく経つけど、この世界の食糧事情がさっぱり分からない。
まともなメシが食えたのはハボック家にいた頃だけで、後はずっと軍隊生活を送ってるし。
都市部に行けば色々食えるかもしれないが、さてどれくらい期待していいものやら。
とりあえず分かっているのは、アメストリスは内陸にあるから新鮮な海産物は食えないだろうってこと。
保存食はどうだか知らんが、もう二度とマグロの刺身を食えないと思うと目の前が真っ暗になります。
カツオのたたきとかイカソーメンとかもはや妄想の産物ですよ……トホホ……。
……だがしかーし!
お米くらいなら何とかなるんじゃなかろうかと、そう思うのですよ俺は!
名前からして中国っぽいシンあたりでは作っていそうな気がしませんか。どうですか。
種籾さえ手に入れば育てる自信だってあるんだけど。
ふっふっふ。実は俺バケツで稲育てたことあるんだよ。
田舎の小学校ってそういうカリキュラムが組み込まれてるんだ。
近所で畑を借りて芋の栽培とか、やったことがある人って結構いるんじゃないかな。
おまけに実家が兼業農家だったから、風呂の浴槽の中に種籾沈めたりしてたもんさ。
嫌々やってた農作業の手伝いがまさかこんなところで役に立つとはお釈迦様でも思うまい。
本当にどうにかして米を手に入れられないものか。
もしもシンで稲作がされてるなら、輸出入制限さえなければ………いや、いっそ法を破ってでも……。
せっかくブラックウィドウという裏社会に通じてそうな人材がいるわけだし…………。
内乱終わったら米を密輸入しそうな自分が恐ろしい、今日この頃です。
◇◇◇
食べてすぐに動くと時々お腹が痛くなったりしませんか。
というわけで、毎度おなじみのしみったれた食事を摂った後はまったりとコーヒータイムです。
ついでに何人かは別の隊の友人知人のところへ顔出しに行ったり、情報収集に行ったり。
規模は違えども学生の昼休みと行動が変わらないところが笑える。
本当は隊を離れちゃいけないんだけど、そこはそれ。皆適当な理由をつけてうまく抜けてるんだ。
殺伐とした日々を送ってる兵士達のちょっとした息抜きって感じ?
俺は面倒だから動き回らないけどね!
「それにしてもこのコーヒーは本当にひでぇ味だな……」
カップを傾けて一口含むと、自然と眉間に皺が寄る。
ないよりマシとはいえ、なんかこう……ざらざらしない?
これって砂が入ったわけじゃないよなぁ。
「砂糖とミルクがあったらよかったんですけどね……」
クーガーがまっずいコーヒーをちびちび飲みながら言った。
兵隊って皆意外と甘いもの好きだけど、コイツも例に漏れず甘党だ。
「でもこれ、三分の一くらいに薄めて上澄みだけ飲んだらマシになるかもしれないですよ」
それはもう色のついた水だと思うぞ。
俺はどうせなら薄くても紅茶がいいよ。
本当に飲みたいのは緑茶なんだけど、さすがにそれは無理だからさ。
紅茶と緑茶は同じ葉っぱだってテレビで見たことがあるし、そのうちハボック家の畑で栽培できないかな。
幸い土地だけはめっぽう広いし。
「私は酒が飲みたいですね」
セントリーがカップを傾けつつ零すのを聞いて、とたんに緑茶よりもビールが恋しくなってきた。
風呂上りにキュッと一杯とか最高だよね。
つまみはホッケ……は無理だから枝豆で、それが駄目ならせめて軟骨揚げとか。
ああ、こんなこと考えてたらどんどん食いたいものが増えていく。
「おいしいお魚が食べたい」
この際川魚でいいや。アユの塩焼き食いてー。
「オムライスかハンバーグがいいです!」
お子様味覚?
「ここはやはり血の滴るようなステーキでしょう」
ブルジョア?
ああああ考えただけで涎が出てくる……って、あれ?なんか一人分答えが足りないな。
いつも聞こえる掠れた声がない。
「ブラックウィドウは?」
「第一中隊の知人のところへ行くと言って先ほど離れましたが」
そういやあっちは先に帰ってきてたんだっけ。
にしても今この時期に隊を離れるってのは………。
「………取り立て?」
この間のポーカーで第一中隊の誰かから巻き上げてただろ。
相手が無一文になる前に止めに入ったのがまだ記憶に新しいぞ。
人は見かけによらないって言うけど、見た目がチンピラのブラックウィドウは予想を裏切らず中身も真っ当じゃないんだよな。
散々言い聞かせたからか備品等の横流しこそしちゃいないが、イシュバールまで来て博打で結構な荒稼ぎをしているし。
負けたところをほとんど見てないってのは、彼が天性のギャンブラーだからか、並外れて場数を踏んだプロだからか。
もしくは幸運の女神をたらしこんだとか……。
イカサマの可能性を故意に脳内から排除しようとする俺に、セントリーが張り付いたような笑顔で頷いた。
「の、ようですね」
なぜそこで微笑むんだね君は。
しかしそろそろ迎えに行ったほうがいいんじゃないか。
俺達はこの後移動だし、第一中隊も別の地区へ行くはずだ。
第一のほうが先に発つらしいから準備だってあるだろう。
賭博の負債を取り立てに行くのはいいがそれで他所の隊に迷惑かけるのはまずい。
一応本業は兵隊さんなんだから。
「ちと呼んでくるわ」
カップをその場に置いて立ち上がろうとしたら、セントリーに制された。
「クーガーでよいのでは?いえ、私が行きましょう」
名前を出して即座に否定するとは。
こいつ、クーガーが行ったら問題が起きると思ってるんだろうな。
………俺も思ってるよ。
「そ?んじゃ頼むわ。戻るまでにもう一杯コーヒー注いでおいてやるからさ」
お駄賃にしては安上がりっちゅーか、俺の懐が痛まないご褒美だけど。
「ありがとうございます。では、三分の一とは申しませんが薄めでよろしくお願いします」
遠慮するどころか上官に注文までつけるとは。
お前本当に神経太いね。
・
・
・
「…………隊長。軍曹、遅くないですか?」
クーガーに言われて無言で頷く。
確かにちょっと遅い。
そろそろアチラさんは出発時刻で、こっちも人が集まりだしてる。
コーヒーはとうに冷めちまってマズさは2割り増しだ。
居場所なんざその辺の奴に聞けば分かると思うんだが……。
まさか何かあったんじゃあるまいな。
「あの、ちょっと呼んできますね」
「いや!俺が行くからいい」
ごめんねごめんね。気持ちは嬉しいんだ。
でも君を行かせると何も起きてなくても何か事件を拾ってきそうな気がするから。
もちろん君に悪気がないのは分かってるんだ。
ただいつもちょっとタイミングが悪くて考えが足りないだけなんだよね。
「早めに戻ってくるつもりだけど、もし遅れたら中隊長に二人を探しに言ったって伝えてくれ」
「はい!隊長が軍曹と伍長を探しに行かれたって、中隊長にお伝えしておきます!」
「おう。んじゃ、行ってくるからこれ片付けといてくれ」
復唱したクーガーにカップを渡して立ち上がる。
セントリーが向かったのはあっちだったかな?
一度も戻ってきてないから方向はあってるんだろう。
ちょっと時間が心配だけど人を呼びに行くだけなんだしきっとすぐ戻れるさ。
と、そこでふと頭に浮かんだお約束のセリフを呟いてみる。
「その時はまさかこんな事になろうとは思ってもみなかったのです………」
―――――ヤバイ。これ、死にフラグだ。
◇◇◇
曲がり角を曲がろうとした時に不穏な言葉を耳にしたら貴方はどうしますか?
ちなみに、俺なら立ち止まって様子を伺います。
そして聞こえてきたのはこんな言葉。
「相手を倒したとき、『当たった!よし!』と自分の腕前に自惚れ仕事に達成感を感じる瞬間が少しでもないと言い切れますか?狙撃手さん」
………なんて嫌味な語り口なんだ。
しかし随分と物騒な話をしてるな。
せっかくのんびり出来る時間に誰だよこんな暗い話題持ち出したの。
真昼間の休憩中に話すことじゃないだろうに。
きっとココに来て日が浅いんだろうな。軍歴が長い奴は休める時に却って疲れるような真似はするまい。
俺も正直このまま回れ右して別の場所へ行きたいよ。
部下二人がこの先にいなけりゃね。
(クーガーを行かせればよかったぁぁぁあああ!!!)
アイツならきっと空気を読まずに突っ込んでいって二人を連れ戻してくれたのに!
しかし繊細でデリケートな神経を持つ俺はとてもそんな真似できません。
物陰で悶えているうちに話は勝手に進んでいくし、もうどうしたらいいんだ。
いいかげんに戻らないと置いていかれるぞお前ら。
「………それ以上言うな!!」
怒鳴り声。
これはマスタング氏の声だな。しかも凄く怒ってる。
なんだかいつも怒ってるなこの人は。疳の虫か?
ひょいと曲がり角の向こうを覗き込んでみる。
車座になって休んでる連中の中にはいくつか見知った顔があった。
マスタング氏もそうだけど、そのほとんどが野戦倉庫時代に知り合ったメンツだ。
新米が騒いでるのかと思ったら結構古株がいる。
そしてそこには俺がわざわざ捜しにきてやった二人もばっちり混じっていた。
この馬鹿野郎共早く帰って来い。
(………あ)
いかつい男達の中に可憐なお嬢さん発見。
相変わらずホークアイ嬢は可愛い……けど、なんか妙に強張った表情だ。
具合が悪いって様子じゃないのに、ぎゅっと銃を抱え込んで小さくなっている。
でかい銃だなぁ。そういえば彼女って狙撃手だっけ?
てことはもしかして、たった今嫌味言われてたのは彼女か。
そらマスタング氏が怒っても仕方ないやね。
彼にとっては後々副官になるんだし、なにより女の子は大事にしなきゃ。
「私からすればあなたがたの方が理解できない。戦場という特殊な場に正当性を求めるほうがおかしい」
発言は最初の嫌味と同じ声。
さっきのアレも同一人物が言ったんだろう。
声の主を観察してみると、見た目は中隊長と同年代かちょっと年上な感じの兄ちゃんだった。
中肉中背、黒髪ロンゲ。細目のいかにもスカしたツラの男だ。
この位置からだと、彼に掴みかかっているマスタング氏のものらしき背中が邪魔で階級が分からない。
が、長髪だ。しかも軍人が戦場で。
そんな風体がこの若さで許されるってのは…………国家錬金術師ぐらいしか思いつかねぇんだよなぁこれが。
階級を確かめたいような確かめたくないような微妙な気持ちで眺めていると、長髪兄ちゃんが演説を始めた。
「錬金術で殺したら外道か?銃で殺したなら上等か?それとも一人二人なら殺す覚悟はあったが何千何万は耐えられないと?」
…………うむ。なんかワケもなくムカつくな!!
ご意見にはまったくもって同感だが、コイツのことは絶対好きになれない自信があるぞ。
爬虫類系の雰囲気とイヤミったらしい話し方が物凄く不愉快だ。
最終的には顔か。顔が気に入らないのか。
それとも耳の形か?
直接口をきいたわけでもないのに温厚な俺がここまで嫌悪感を覚える奴も珍しいぞ。
「自らの意思で軍服を着た時にすでに覚悟があったはずではないか?嫌なら最初からこんなもの着なければいい。自ら進んだ道で何を今更被害者ぶるのか」
ふーん。一兵卒では覚悟がある奴のほうが珍しいと思うがなぁ。
皆わりと流されてるぞ?かく言う俺もその一人だ。
まぁ、これがコイツが言ったんでなければ素直にその通りだと認めますけどね。
「自分を哀れむくらいなら最初から人を殺すな」
殺さなくちゃ自分が殺されるじゃん。
逃げたところで敵前逃亡で味方に撃たれるのは真っ平だもん。
「死から目を背けるな。前を見ろ。貴方が殺す人々のその姿を正面から見ろ」
うっさいわい。
目ぐらいそむけたっていいだろ。そうしなきゃ正気を保てない奴だっているんだよ。
「そして忘れるな。忘れるな」
マスタング少佐に言い募る一見無表情なその顔から、僅かな愉悦を読み取って嫌悪感が更に募る。
逐一発言に茶々を入れるも、結局はその意見に同意せざるを得ない。
それにまた腹が立って気分が悪くなる。
これって世に言う同属嫌悪なんだよな、きっと。
実際、コイツの発言は正しいと思うんだよ。
少なくとも俺はね。
ここは戦場で、殺し合いをする場所だ。
そんなの皆分かってるんだから改めて自分の罪深さを喧伝しなくたっていいじゃないか。
錬金術だろうが銃だろうが竹槍だろうが豆腐の角だろうが、殺人は殺人。
何を使ったってやることは一緒だ。
一人殺せば殺人犯で千人殺せば英雄って聞いたことあるけど結局は人殺しだしさ。
『戦場は大いなる牢獄である。
いかにもがいても焦っても、この大いなる牢獄から脱することはできぬ。』
…………と、昔の人は言いました。
でもこの国の兵隊は徴兵で連れてこられたわけでもないし、多少のリスクさえ許容できるなら抜け出す方法はある。
軍法会議覚悟で命令に逆らってみるとか、わざと死なない程度に怪我をしてみるとかな。
たしかに牢獄ではあるけども、有る程度の犠牲を払えば出られない檻じゃないわけだ。
にも関わらず残ってるんなら、そりゃもう嫌々ながらでも人を殺して生きる覚悟を決めたってことだろう。
悩むのは大いに結構だしむしろ悩まないような奴に上にいて欲しくはないが、態度に出すのはどうかと思う。
一度決めたんならまずはそれを真っ当して生き残ってくれよ、やることはたくさんあるんだし。
無事に生きて帰ってからぐちぐち文句を言うなり落ち込むなり、気がすまなければ自殺するなりすればいい。
「やだなぁ……」
このいけすかない兄ちゃんと俺って本当によく似てるわ。
ものの見方とか思考回路とかすげーそっくり。
まったくもって気に入らないけどさ。
「忘れるな。彼らも貴方のことを忘れない」
ケッ。
忘れてたまるか!!
―――――ここで終わってれば本当に良かったんですよ。ムカつくけど。
「どうも気に入らねぇな」
緊張しきった場の流れをいきなりぶった切ったのはよりにもよって部下の声だった。
「貴方は?」
しゃしゃりでて来たのは我が隊のチンピラ、取立てに来てたはずのブラックウィドウだ。
「しがない一兵卒ってやつでさぁ。イシュバールじゃ古参に入るでしょうがね」
言いながら長髪兄ちゃんの前に進み出る。
うわーっうわーっ!ちょ、バッ、やめろよ!!
こんな場面で何を言う気だお前!
どうして絡んじゃいけない相手に絡もうとするのさ!!
「少佐殿の言うこたぁ正しい。オレみたいな下っ端だって分かりますぜ」
この世界にギルドチャットやパーティーチャットがあれば俺は、この瞬間軽く10を超える罵倒の言葉を並べられたと思う。
奥様聞きました?少佐殿だそうでしてよ。
ということはやっぱり錬金術師だあの兄ちゃん。
いやはや最悪です。
「それはありがとう。貴方は自分の仕事の本分を理解しているようですね」
言葉遣いに頓着せず満足そうな顔で微笑む兄ちゃんに対して、ブラックウィドウもまたうっそりと笑った。
癖がある笑顔というか、正直どう見ても犯行が上手くいった強盗の笑みだ。
これだけで済むなら友好的なやり取りなのに……。
「そりゃモチロン。ですから、ねぇ少佐殿。アンタにも士官の本分とやらを理解して貰いてぇんですよ」
あああ…………案の定喧嘩売る気だコイツ……!
「というと?」
微笑をそのままに目つきだけが鋭くなる兄ちゃんを見て、俺は悲鳴を上げそうになった。
ノミ並みに小さな我が心臓が爆発寸前だ。
怒ってる。絶対怒ってるよ。
にも関わらずニヤリ笑いのブラックウィドウは偉そうに講釈を垂れ始める。
「士官ってのは下っ端を不安にさせるモンじゃねぇ。迷わず突っ込んで行けるようにするモンだ。」
バカのもったいぶった台詞にその場の全員が聞き入っている。
さっきまで怒っていたマスタング氏もホークアイ准尉も同様だ。
俺も、聞きたくないが聞かざるを得ない。
……後で長髪兄ちゃんに部下の無礼を謝りに行かないといけないもんな。
覚えてろよコノヤロウ。
「錬金術師っつったって隊を率いているなら指揮官じゃねえか。アンタが言うことは正しいが、それなら最初に言ったようなこたぁ口にするべきじゃねえ」
最初に言ったことって、何さ。
「国民を殺すのも兵士の任務だと言ったことが気に入らないと?」
またそんな暗い話を。俺はその辺聞いてなかったぞ。
でも、それっくらいでブラックウィドウがいちゃもんつけるかねぇ。
「いいや、そりゃ少佐殿に賛成でさぁ。問題はその後だ」
「……狙撃手の話か?」
黙っていたマスタング氏がふと口にした。
む。なんか沈んだ顔してるな。
………ブラックウィドウがさっき言った『下っ端を不安に〜』とかいくだりが耳に痛かったのか?
傍で見てて悩んでるのが一目瞭然だったし。
でもマスタング少佐、そんな落ち込むほど酷い上官じゃありませんでしたよ。
「そう、その話ですよ。戦場を語ろうってぇお人が狙撃の達成感と殺人の快楽を一緒くたにしちゃあいけねえな」
俺が最初に聞いたあの嫌味が引っかかったのか。
なるほど、言いたいことが分かった。
確かに前線で戦ってる兵士としちゃあ一言物申したいことがあるセリフだったわ。
ブラックウィドウも狙撃手の端くれだから尚更だろう。
「………何が言いたいのですか」
分かんないかなぁ。
「不肖の部下に代わりまして、小官がお応えいたしましょう」
いや、お前は出てくんな。
せっかく大人しくしてると思ったのに。
しゃしゃり出たセントリーにこっそり突っ込みを入れてみるが、ちょっと安心もした。
少なくともこいつなら口の利き方は知っているだろう。
ブラックウィドウみたいな怪しい敬語は使わないし、見た目が裏街道でもない。
ちょっと何考えてるか分からないとこもあるが、そこは愛嬌ってことで。
「先ほど少佐が仰られましたことに対して、この男が述べたかったことを代弁いたしますと……」
なるべく穏便に頼むぞ、セントリーよ。
もはや止めはしないがせめて表現に気をつけてくれ。
「困難な仕事を成し遂げたことに満足するのであって、人を殺して満足しているのではないのだと言いたいのでしょう」
長髪兄ちゃんの片眉がピクリと上がる。
お。反論があるのかな。
「それは詭弁です。どう取り繕おうが、行為もそれによってもたらされる結果も同じでしょう」
確かにそらそうだがね、今話してんのは殺される側についてじゃなくて、殺してる俺達の気持ちの問題だろうに。
『人を殺して喜んでるんじゃなくて、敵を倒して誇ってるんだ』
そう思わないと戦えない奴は意外と多いんだよ。
最近イシュバール人を人間扱いしない兵士もいるけど、それだって殺人の禁忌からの逃避って側面があるんじゃないか。
俺が殺してるのは人じゃない。だから俺は人殺しじゃない、ってわけだ。
自己暗示の一種だな。
戦場に限っては、『敵』は『人間』ではないんだ。
そして、その思い込みを継続するには兄ちゃんの言葉は百害あって一利なし。
国家錬金術師としての特例とはいえ士官であるならあんな事は言うべきじゃない。
戦場で戦ってる間は我に返らせちゃいけない。
そうしないと死んじゃうなら、誤魔化しでも欺瞞でも使えるものは使うべきだ。
「迷わず引鉄を引くために必要なら詭弁も有効でしょう」
そのとおりそのとおり。
新兵訓練でもそういう認識を助長してるような節があったじゃん。
人って弱い生き物なんだし、気がつかないですむならそのほうが幸せだよ。
……つってもこの錬金術師はきっと分からないっつーか、分かろうとしないんだろうなぁ。
「理解しがたいお話ですね。自分の行いを誤魔化してまで罪の意識から逃れたいのですか?」
やっぱり。
罪の意識なんか感じてもいなさそうなのによく言うぜ。
「そうですね、少佐殿に分かるように一言でまとめるなら。………そう、私達の上官ならば」
ん?
なんでそこで上司を出すんだ。
「『ソレとコレとは話が違うだろうが。一緒にすんなこのタワケが』……と、言うでしょう」
言わねえよそんなことぉ――――!!
思ったって口に出したりしないよ、小心者なんだから!
しかもこんな目つきの危なそうな奴に………。
二人の言ったことはまさしく現在の俺の気持ちだけどね、どうして発言の責任を他人へと押し付けるの?!
実はお前達俺のこと嫌いなんだろ!!
「………なるほど、貴方達の上官はユニークな方のようですね」
いや、フツーですから!
おかしいのはコイツらだけです!!
と否定しても物陰に隠れてこそこそ呟いてるんだから聞こえるはずがない。
かと言って今更出て行く勇気もないわけで。
ああっ自らのチキンさが仇に……。
「実に面白い意見でした。名前を伺っておきましょうか」
やーめーてーぇぇぇ………
「私はセントリー軍曹。こちらはブラックウィドウと申します。第二中隊の、ハボック小隊に所属しております」
セントリーは自分の所属を述べると綺麗に敬礼した。
横に控えていたブラック・ウィドウが倣うが、こっちの敬礼は少々崩れている。
浮かぶ表情は俺達に向けるのよりも剣呑な、嘲笑ともとれる笑顔だ。
二人の名乗りに対し兄ちゃんもまた口を開く。
そして何かを口にしようとしたとき、突然響いた鐘の音がそれを遮った。
カー…ン…… カー…ン…… カー…ン……
妙に軽い音が三つ。ここの時鐘だ。
崩れかけた鐘塔に他所から持ってきた鐘を無理矢理吊るしたというインスタントな代物だが、意外と遠くまで聞こえるもんだ。
これが鳴ったってことは俺がここにきてまだ10分くらいしか経っていなかったのか……。
体感時間としちゃ1時間は経過していたように思えるよ。
「おっと、時間ですよ。仕事に行かなければ」
鐘の鳴った方角を一瞥してから、兄ちゃんが踵を返した。
結局彼は自分のことについて何も言わなかったな。
国家錬金術師であることは確実だろうし、あの若さからして調べようとしなくとも自然と噂が聞こえてきそうだ。
そしてそれはきっと悪い噂に違いない。
だって最初部下の無礼を謝ろうと思っていたのに、そんな気持ちが消えうせるくらいヤな奴なんだもん。
で、そんなヤな奴にセントリーはバッチリ顔を覚えられたわけだ。
襟元を調えつつ悠々と遠ざかる背中を見送ると、俺は両手両足を大地についてガックリと項垂れた。
このまま地面に懐いてしまいたい。
せめて。
せめて第一小隊と言ってくれればよかったものを、よりにもよってハボック小隊と名乗りやがった。
両手両足を大地についてガックリと項垂れる。
あの錬金術師の兄ちゃんがセントリーの言う上官を中隊長のことだと思ってくれりゃいいが、それは楽観的に過ぎるだろう。
セントリーの階級からいえば、その言葉が指すのは直接命令を下す小隊長だ。
そしてセントリーの野郎は無意識にか、あるいは故意にか、所属の中に隊長名を混ぜた。
『ハボック』小隊と。
こっちに来てこの方俺と同じ名字は見たことも聞いたこともない。まあ珍しい名前なわけだ。
これでも顔が広いつもりでいるから、多分この地区ではハボックという姓の人間はいないんだろう。
つまり、調べようと思えば大した苦労もせずに俺の名前を見つけることが出来るんだ。あの兄ちゃんは。
ああ、どうか彼がセントリーの上官に興味を持ちませんように。
…………鐘、もうちょっと早く鳴ってほしかったよ……。
◇◇◇
軍用車の荷台でガクガク揺られながらクーガーに語る。
遅れてきた二人は別の車両に放り込まれているから、茶々をいれられる心配もない。
ずっと隠れてたせいで色々言いたいことも溜まってるし、悪いが付き合ってくれよ。
「だからね、クーガーや」
理解しているかどうかは別として、コイツは真面目に話を聞いてくれるからな。
「罪がどうとか気持ちが云々とか言う前に、まず一般人の感覚を維持してないと内乱終った後でえらいことになると思うのよ」
「えらいこと?」
うむ。えらいことだ。
ちなみに偉いことではないぞ。
「この紛争終結後には大量の退役兵が出るでしょ。そいつらが皆人殺しをなんとも思わないような人間だったら大変じゃないのさ」
「はあ」
「社会情勢からしてただでさえ犯罪が増加するだろうところに、そんな奴らが職にあぶれて街をうろついてたら目も当てられないよ」
増加する犯罪は凶悪化の一途を辿り強盗誘拐殺人強姦とまさに悪事の見本市。
そのうち戦場から流れて来た麻薬が出回り始め、治安はますます悪くなる。
そして気がつけばセントラルはゴッサムシティみたいな犯罪都市になっちゃうんだ。間違いない。
「なんだか難しいですね。軍曹なら分かると思うんですけど」
うん?
「……セントリー?」
「あ、はい……隊長なんだか顔が……」
気にしないでくれたまいクーガー君。
そうだ、丁度いいから相談にのっておくれ。
「相談ですか?」
うん。
次の第17区の戦闘が終ったらセントリーとブラックウィドウに罰を受けて貰おうと思ってね。
さっきちょっと色々あったから。
「下半身素っ裸に靴下ブーツレギンスだけ履いて一人で一晩歩哨と」
「えっ!」
「尻をバンバン叩き白目を剥いて『ビックリするほどユートピア!ビックリするほどユートピア!』と叫びながら踏台昇降するのと、どっちが辛い罰かなぁ」
ちなみに俺的には後者がおすすめなんだけど。
ほら、下半身が無防備だともし戦闘が始まったら危ないし。
「ど……どっちもツラいですよ!」
「じゃあどっちもやってもらおうかな!」
なんでそこでお前が泣きそうになるんだクーガー。
「俺、絶対集合時間に遅れたりしません……」
いや、それが理由じゃないんだけどさ。
トラウマ植えつけるつもりじゃなかったんだ。そんな顔すんな。