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百九話 大人の嗜み的な。 1
 ……何で俺はこんなところで、転がっているのだろうか?

 身体から力の一切は消えうせ、嗅覚だけが異様に研ぎ澄まされていた。

 今ならば空気の臭いすら感じられそうだ。

 薄れゆく意識の中でそんな自分を鼻で笑った。

 どこまでも鈍くなっていく思考の海の中で、俺は波間に浮かぶゴミのように翻弄される。

 何時しか視界がまぶたにさえぎられ……暗転。

「……あー、時が見える」

 かと思われたのだが。

「!」

 今にも意識が飛ぼうかというその瞬間、何とも芳しい匂いが俺の意識を直撃してくれていた。



「がつがつ……もぐもぐ……っぷっはー! 生き返った! まじで生き返った! 君らは命の恩人だ!」

 ただただ目の前にある食物をかっくらう事のなんと素晴らしいことか。

 その姿に品など無く、俺は生の実感を噛みしめていた。

 噛めば噛むほどしみだしてくる、味のシンフォニー。

 ああ……生きているって素晴らしい。

 未だかつてないほど生きることにどん欲になっている男に、呆れ果てた視線を向けている命の恩人さえいなければ、さらにひどいことになっていただろう。

 ひょっとしたら泣いちゃったかもしれない。

「大げさだなぁ兄ちゃん」

「そうだよ」

「そんなことないって!」

 俺に食べ物を恵んでくれたのは十歳を少し超えたか超えないかくらいの少年少女達だった。

 仮に少年の方をA君 少女の方をBちゃんとしておこうか?

 短くつんつんした髪型の少年はくすんだ茶色い髪、そして少女の方はピンクのロングヘアーとなんともショッキングな色合いだが地毛のせいか違和感がない。

 しかし、この世界の人間の頭髪のバラエティ豊かさはいったいどういう事だろう?

 今更ではあるかもしれないが、疑問である。

 まぁそんな細かい事は正直どうだっていいのだが。だいたい魔法のせいで片付くし。

 そんな事よりお腹が満たされた今、この小さな命の恩人達にお礼を言わねば始まらないだろう。

「いやぁ、助かった! 悪かったね! ご馳走になっちゃって! 君らのお昼ご飯だったんだろう?」

「いえ、それはいいんですけど」

「ははは……全部なくなった」

 少年の方は半泣きでバスケットをひっくり返していたが、もうパンくずも出てこない。

 おいしくいただいてしまったのだから当然だ。

 今はすまない事をしてしまったと反省している。

「でもどうして、こんな所で行き倒れてたの?」

 しかし少女Bの方のもっともな質問に嫌な所を点かれて、俺としては呻くしかないわけだ。

「う! 行き倒れか」

 改めて他人から指摘されると、何とも嫌な言葉の響きだった。

「……うう、情けなし。この辺りに果物がおいしい村があるって聞いてきたんだけど。
あーどうせならお腹すかせた方がいいんじゃないかなー? って思って……」

 普段からオンにしている魔法による栄養供給をカットしたのだ。

 そして情けない話、長いこと空腹を感じていなかったからものだから、按配を間違えたのである。

「それっておなかをわざと減らしてたら、動けなくなっちゃったってこと?」

 信じられないという顔の少女Bちゃんの表情が自分に向けられていう事実が、地味に俺の心をえぐります。

「まぁ……そうですな。あともうチョイ辛抱すれば、あともうチョイ辛抱すればって具合に山道を歩いてたら目を回しちゃって。まったく……長いこと空腹を忘れてると感覚も鈍るね」

 そしてまったく言い訳にもなっていないことを俺がぼやくと、ちびっこ達もそう思ったようだった。

「うわー、かっこわりー」

「かっこ悪いとか言うなよ。まぁかっこ悪いけどさ」

 まったく反論の余地すらない。

 しかしストレートに嫌な所を狙ってくるちびっこは、本当に手加減を知らないのだから勘弁して欲しい。

 だがそれは甘んじて受け止めておこう。

 それよりもまずはやらなければならないこともあるのだし。

「……ん、じゃあ昼飯の礼に何かして欲しいことある?」

 俺はさっそく気分を変えると、この二人にお礼をすることにしたのである。

 これでも魔法使いの端くれ。一飯の恩を返すくらいはやぶさかではない。

 そんな俺の申し出に二人は見事なくらい真っ二つに割れた反応をしてくれたのだ。

「え? いいですよ別に」

「なんでもいいの!」

「もう!」

 目を輝かせる少年Aと、プンスカ怒る少女Bは本当に仲がいいらしい。

 俺は笑って、まあまぁと二人に割って入った。

 しかしこうなるとそもそも遠慮されたのではこっちの立つ瀬がないのだから、後押しすべきは少年Aの方だろう。

「あー、とりあえず言ってみ? 出来るだけ頑張ってみるから」

「うーん。じゃあ、お腹すいた」

「わお! 何とも今までの流れを根本からぶち壊す素敵なお願いだな! ん! でもそれでこそ子供ってもんだ!」

「子供って言うな!」

 どうでもいい所に食いついて少年Aは怒っているが、問題はそこではないのだ少年よ。

 空腹で倒れていた人間に、食い物を要求してどうするという話である。

 だけど俺には心当たりがあったりするのだから、何事も言ってみるものだと自分の事でもないのに、感心してしまった。

「うーむ……こいつは気まぐれで作ったアイテムなんだけど。まぁリクエストなら仕方ない」

 取り出だしたるは、おなじみのがまぐち。

 そしてさらにその中から引っ張り出し、広げられたのは一枚の布だ。

 もちろんそれはただの布ではない。

 防水のばっちり出来る、ビニール製のレジャーシートだったりするわけだ。

 ちなみに柄はピンクのハートだった。

「さて! お立合い!」

 俺がそう言い、シートを地面に広げた途端、ぼぼんと白い煙が飛び出だす。

 煙が晴れた時なんとそこには様々な料理が並んでいたのだ。

 しかもハンバーガーにオムライス。フルーツパフェにドーナッツと異世界ラインナップ目白押しである。

 理解不能な不可思議な現象に、ちびっこ達も目を輝かせている様だった。

「なんだこれ!」

「すごく綺麗! これ食べていいの?」

「どうぞ?」

 許可を出した途端、一も二もなくかぶりつくちびっ子達は口に入れた途端、広がる未知の味にしばらく唖然としていて、目が顔から零れ落ちそうだ。

 それはそうだろう。

 とても物流が完成しているとは言い難いこの世界で、彼らにとって香辛料をふんだんに効かせた近代的食事の数々は、さぞかし刺激的に違いない。

 気に入ったのか、次々口の中に入れていくが、少女Bちゃんの方が数口だけ料理を口に運んでから、不思議そうな顔で俺の方を見たのだ。

「でも……なんでこんなもの持ってるのに行き倒れたりするの?」

 ものすごく腑に落ちない様子の少女Bちゃん。

 そこに気付くとは、中々敏いちびっこである。

「んー、まぁ気が付いたらもう目が回ってて取り出す暇がなかったってのもあるんだけど……」

「だけど?」

「これってぶっちゃけ、何で出来てるのか俺にもさっぱりなんだよね。ちゃんと味もするけど、食ったことない料理は無味無臭になるし」

 まぁ毒ではないと思うんだけど。

 そう言ったとたん、ばふっと食べていた物を口から吐き出すちびっこ達は気味悪そうに自分の手元を見ている。

「……やっぱり駄目?」

「「ダメ!」」

 ああやっぱり。

 異世界人でも出所不明の食品には恐怖を感じますかそうですか。


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