九十七話 勇者カニカマの冒険 5
「……思っていた以上にやばいな」
こっちに来てトップレベルにそう感じる瞬間があったとしたら、今がまさにだろう。
主に部屋の中の空気が最悪だった。
部屋の中がまるで薄い氷か何かで満たされているような、少し動いただけで音を立てて崩れそうな均衡が危うい。
明るく楽しい我が家は、今、バルカン半島もかくやと言うぐらい、火種も火薬も満載に違いないだろう。
先ほどまでからまたいくつかレベルの跳ね上がった危険度に、辟易している俺の心中を察して欲しいものである。
話がしたいと言うから家に上げたまではよかったが、肝心のそのお話が曲者だったのだ。
いや……正確には俺達はまだ話とやらにすらたどり着いてはいない。
単純に自己紹介が終わっただけである。
しかし俺だってまさかそれだけで、この空間の危険度がここまで増すなんて思ってなかったんだ。
「えっと、まずは僕から自己紹介を。僕は雨野 隆星といいます。
ヴァナリアで召喚された勇者です」
……そうなのだ。
聞こえてきた久しぶりに異音じゃない耳触りのいい名前。
しかしそれはここにいるだれかさんの傷口に塩をすり込む自己紹介だったりするわけだ。
これで彼のあだ名は決まったな、『勇者君』。
ちなみに今俺達の目の前に座っている三人。
俺から見て右から『巫女さん』、真ん中に『勇者君』、最後に『ネコ耳』の順である。
決めかねていたあだ名が決まってよかったよかったとかそういう問題じゃない。
この間の悪さもまさしく勇者級だと言えるだろう。
(セーラー戦士も、間の悪さに懸けては相当だもんなぁ。……やっぱり持って生まれたものなのだろうか?)
ああ考えてみれば、美形枠が増えたという時点で気が付いておけばよかったんだ。
いや、でもこの度の勇者様は、割と背も低くい、どちらかと言えばかわいい系の美少年だったんだよ。
他にもまぁ髪の色なんかもこの辺りにしたらちょっと珍しい黒色だったとか、気付くべきポイントはあったんだけれども。
過去を悔やんでも仕方がないが、つまりセーラー戦士を召喚した後ついにもう一回やらかしてしまった生きた証拠が今ここにだ。
ざっと確認しても隷属の腕輪は見当たらないので、逃げて捕まったセーラー戦士とは違い、勇者君はそのまま丸め込まれたクチの様である。
つまり頭の痛い話だが、自分の意思で勇者をやっているという事に他ならない。
案の定、セーラー戦士の機嫌は悪化の一途をたどっていると。
分刻みで確認するたびに増える眉間の皺。
表面上には……しっかり出ているが。それ以上に内心はとんでもないことになっているに違いない。
そしてもう一人。
こっちはこっちでわくわくと万華鏡のようにキラキラ光る瞳を隠しもしていないのもどうかと思う。
だがしかし世の中でこれ以上ない最悪の取り合わせであることは間違いない。
はっきり言ってちょっと間違えただけで、天下分け目の一戦がいつ始まってしまってもおかしくない状況なのではないだろうか?
俺はこっそりと口の中にたまった唾液を飲み下すと、頑張って作り笑いを全開にしてみた。
「……これはご丁寧にどうも。災難でしたね、勇者だなんて。大変でしょう?」
俺の笑顔、自分評価で五十点。
たぶん後で見ることが叶うなら、笑顔に見える自信はない。
だけどその辺り勇者君は見逃してくれるらしく、全く気にした様子もなく爽やかな笑顔のままである。
「いや、そんなことはないですよ。すごく光栄な事だと思っています」
そしてこの勇者君は……ええー。そう言う事言っちゃうんだ。
見た目、どう見ても俺より年下のはずなのに、ずいぶんと出来た勇者様の台詞だった。
だけど今この時に限って言えば、この台詞はかなり危険なのだよ。
案の定背後のセーラー戦士の気配が微妙に変わった気がする。
きっとこれは同情の類ではない激情。
言葉こそ発してはいないが、何か抑えがたい感情が滲み出たに違いない。
「そ、そうなんだ? でも召喚って半分誘拐みたいなもんじゃない?」
俺だって多少ネガティブな本音の部分を聞き出そうと努力してはみたんだ。
しかし勇者君は、あくまでそんな部分はほとんどないかのように、綺麗な笑顔で言って下さるわけだ。
「僕も、最初は驚きましたけど。城の人達もよくしてくれましたし。悔いはありません」
「はぁ……そうなんだ」
騙されてる! 騙されてるぞ! 勇者様!
そして全面肯定は止めてあげて!
さっきからカチカチと一定のテンポで鳴る、鍔の音が気が気じゃない。
テンパって俺の言葉が途切れると、今度は勇者君の方から不意打ち気味に質問が飛んできた。
「えっと貴方が……なんでも願いを叶える魔法使いですか?」
「いいえ違います。ごく普通の魔法使いです」
だけど即答してしまいましたね。
なんだかまたとんでもない事を言い出す勇者君は無理だとわかってはいるものの、ちょっとは空気を読んでほしい物である。
そしてこの質問で、俺にとっても歓迎出来ない人間であることが半分ほど確定してしまったのは彼らにとって不都合だろうなとそう思えた。
「最初に言っておくけど、俺ほど小心者で普通の人はいないよ? 縁あってこんな所で世話になっておりますが」
「本気で言ってるんならもう少しましな言い訳を考えて欲しいです。
貴方は……向こうから来た人なんでしょう?」
ずずいと真顔で顔を寄せてくる勇者君に、俺は笑顔のままなぜか押されていた。
「……参考までに何を根拠に?」
「行く先々で変な格好の魔法使いがいるって噂になっていましたよ? それに今着ている服も……というか隠す気ありませんよね?」
「おおう。まぁ鋭いご指摘」
もっとも格好云々に関しては向こうの人間にわかりやすくしているつもりですからね。
同郷の方に少しでもコンタクトがとれればとは考えていたが、それはそれなりに機能してくれたようだ。
「……決定的だったのはジャックの豆の木です。アレから辿ってここまで来たんですが」
「あー……」
それでも俺としては住処を特定されるというのはいささか不本意だったりはするのです。
ああいうわかりやすいものを置いていたら、何かと異世界の話も飛び出しやすいだろう。
そしてその辺りから漏れ出た噂なりなんなりを情報収集の手管でキャッチして、こちらから顔を見に行くくらいの遠大な計画だったのだ。
まったく……そんなに俺の恥部が気になるかね?
本当に最初の方にやらかしたうっかりは足を引っ張ってくれるらしい。
俺は深々とため息を吐くと、観念して勇者君に改めて向き直った。
「……じゃあ君らは俺に会いに来てくれたわけだ。
もう隠さず言っちゃうけど、俺はまぁ異世界人の魔法使いでだいたいあってる」
「それじゃぁあなたも勇者……でいいんですよね?」
俺が観念すると、しかし勇者君が何とも半信半疑を絵に描いたみたいな顔で聞いて来た。
何だね? その疑問形は?
確かに俺は君らの様に美形枠ではないですけどね。
もちろん全然勇者でもなんでもないわけだが。
「いや、勇者じゃないよ。そんな立派なもんじゃもちろんない。
俺は……まぁちょっとばかり魔法使いの素養があったもんで、ギリギリこっちで暮らしていけてる一般人って所かな?」
そう言ったとたん、周囲からの『おいおいどの口が言うんだ』という視線が突き刺さっている気がしたが、これくらいの嘘は見逃してくれ。
俺のウソがばれたわけではないようだったが、しかし勇者君はしばらく間を置いて、さっそく本題を切り出してきたのだ。
「いや、勇者かそうじゃないかはあまり問題ではないですが。
貴方が異世界から来たというのなら……貴方も魔王の討伐に手を貸して欲しいんです」
だからそう言う事言うのやめてください! 後ろにいるんですから!
どっと脂汗が滲み出し、ちらりとマオちゃんを確認すると、眉のあたりがぴくぴく震えていた。
あれは笑いを堪えてるな! こんちくしょう!
やはり言い出したことはろくでもないモノでした。
だがそれは彼の仲間内でも同じだったらしい。
ものすごく驚いた風の巫女ちゃんは若干の怒りも込めて、テーブルを強打していたよ。
我が家の。
「んな! どう言う事ですかそれは! わたくしはそんなこと聞いていません!」
よほど気に入らないのか、力強く主張していたが、こちらとしては願ったり叶ったりだ。頑張れ巫女ちゃん。
だけどそんな主張も勇者君にはあまり効果がないようだった。
「いや、前々から考えていたんだ。あんなすごい事が出来るなら協力してもらえたらなって」
「だからと言って、こんなどこの馬の骨ともしれない者を!」
あんまりな言い草だが、まぁ確かに不審者レベルには定評がある俺である。
このまま本格的な言い合いが始まりそうだったが、俺は無理矢理彼らの言い合いに割りこんでいた。
「……あーちょっと待って。えっと君は元の世界に帰る方法が知りたいんじゃないの?」
この質問だけは、俺なりのけじめみたいなものなので。
異世界人が尋ねて来たら、やっぱり聞いておかねばならないだろう。
ヒートアップ寸前だった巫女ちゃんは俺を睨んでいたが、勇者君は素直に答えてくれた。
「気にならないわけではないですけど違います。そうではなくて、こっちの世界に来て頼まれたんです。
この世界を助けて欲しいって。
僕も最初は驚きましたけど、旅を始めて魔獣のせいで色んな人達がひどい目に合っているのを知りました。
だから今は……僕自身がこの世界の人達の力になりたいんです。
だけどそれには少しでも強い仲間が沢山欲しいとも思っています」
「あーなるほどね」
そしてこの時点でほぼ100パーセント俺にとって彼らは招かれざる客となったのだ。
はい、個人的にはもう話すことなどございません。
しかし勇者君の瞳は静かに燃えていて、どうやらすでに正義の使命に目覚めてしまっているようである。
「はぁ……貴方、光栄に思いなさい。これはまたとないチャンスですのよ?」
そして何をどう納得したのかは知らないが、巫女ちゃんもその使命とやらに俺を巻き込むという事で意見の一致をみていたようだが、そんなの本気で止めて欲しい。
「いやいやいや……ちょっと待とう」
だいたいそのお誘い、俺が仮に全世界を平和に導こうとする救世主の様な人格者だとしても、今の状況でOKなどと言えるはずもない。
後ろに魔王様もいるのに。
いや、まぁ誰もいなくても答えはノーなのだが。
「貴方もこちらで過ごしたならわかると思います。だから僕達と一緒に来てほしい」
締めくくる勇者君はまるで子犬のような目をしていて、いたたまれないが、それはそれ。
「……いやーまぁこう言ってはなんだけど」
むしろ放っておく気満々です。
隠す必要もマイルドに言う必要も感じなかったので俺は、この際きっぱりと言った。
「答えはノーで。どうぞ御引きお取りください。そういう方向性なら今後一切協力はしないので」
「え?」
「何ですって!」
だけどなぜか俺の答えは予想していなかったのか、勇者君は狼狽え気味でした。
いや、俺としても元の世界に帰りたいというのなら、同じ被害者として協力してあげようかとも思えるのだが、自分から厄介ごとに首を突っ込もうとしている所に巻き込まれるのはまっぴらごめんである。
それは最初から俺が一貫して守っているルールの一つなのだから。
「どう言う事ですの! 勇者様の誘いを断るなんて!」
「いやでも……君ら要するに俺に戦えって言いに来たんでしょ? 冗談じゃないですよ」
だけどそう言い切った俺に、怒りをあらわにするのは白い巫女ちゃんだった。
さっきまで俺を仲間に入れるのを大反対だったくせに、何がそんなに気に入らないのか白い顔を真っ赤にして、大声を張り上げる。
「貴方は!……魔王に世界が滅ぼされてもいいというのですか!」
「大丈夫じゃない? そんなに簡単に世界なんて滅びやしないよ」
「なんですって!」
悪気はなかったのだが、面倒臭さのあまり間髪入れずに反論してしまった。
しかもほんのりむかつく感じで。
これはまずいと思ったがもう手遅れだったようである。
「我々は世界に混沌として溢れる魔獣を駆逐し、世界を救済しようというのですよ!
そしてここにいる勇者様は人間を良き方向に導ける唯一の人です!
そんな彼に力を貸すのは当然の事ではないですか! 人として!」
何やら今度は演説が始まってしまいました。
ああ、なんという誇大広告。
これが切羽詰まった状況という物なのだろうか?
ここまできっぱり言い切られると、それなりに説得力がありそうな気がして困ってしまう。
だけどそんな風に必死に語られても、俺にはその発言からしてもろもろの事情で信憑性も薄かったりするのだし。
まず魔王様は世界を滅ぼすつもりもないのは間違いないとして。
人間の方も、世紀末並に荒廃している……っというほどでもない。
むしろ最近ネットで聞く噂だと、昔よりもむしろ今の方が平和だったりするようだし。
偉い人は魔獣が暴れていると騒いでいるが、実際は武器や防具が売れるので経済が潤っているとか。
共通の敵が出来たことで、人々の団結はより強固になっているとか。
市街では魔獣の肉が出回り始め、食糧事情はむしろ改善されているとか。
もちろん戦いは苛烈になる一方なのだが、魔獣がいなくても、どうせ人間どうして戦っているのだから、あんまり変わんないとか……。
ファンタジー世界超こわいです。殺伐です。
流石剣と魔法の世界だけあって、戦いとか大好きですので。
もちろん俺のソースとて偏りがある以上、現状の一側面にすぎないのだろうが、考慮する材料くらいにはなるだろう。
もっともそのほとんどを彼らに話すわけにはいかないが。
ちらりと今度はマオちゃんの方を確認すると、やはり楽しそうに話に耳を傾けているだけで、別段何か言うそぶりは全くない。
むしろその瞳の色は、どうするのと逆に問い返されている気がして、俺は頭を抱える。
「あー、いや……魔王様にだってなにか事情があるのかもしれないしさ。
……魔獣も魔王もぶっ殺せって言うのは、感心しないよ? 僕は」
「そんな悠長なことを言っている時ではないのです! あなたも強い魔力を持っているならその責任と義務を自覚すべきですわ!」
だから、暴力の虚しさを訴えてみたのだが、逆に噛みつかんばかりの勢いで怒鳴られてしまった。
「……いや、そんなこと言われても」
察するに、よほど勇者様の誘いをバッサリ断ったのが腹に据えかねたのだろう。
しかし結局の所、どんな状態だろうがこの子とは話が平行線になりそうな気がした。
それを察したのか、今度は勇者君が自分で俺に尋ねてきた。
「……なら貴方は、僕達は戦うべきじゃないとそう言うんですか?」
「いや? いいんじゃないの? 誰かのために剣をとって戦う。いいと思うよ、熱くて。
降りかかる火の粉を払うのは当たり前だし」
心底不審顔で尋ねてきた勇者君だが、別に俺とて絶対戦わない方がいいというわけじゃない。
「なら!」
「でも俺はやらないよと。そんだけで。
まぁ……もし仮に手を貸すとして、本当にそれでいいのかとも思うし」
「どういう意味ですか?」
それはもう、様々な事情が色々ありますが、そこは割愛させていただこう。
「正直君らの話はさ、どうにも終わりが見えないんだ。
俺は具体的にどこまで力を貸せばいいの?」
「それは……」
「魔獣って、魔王様を倒したら全部灰になっちゃうとかそういう映画みたいに都合のいい存在じゃないでしょ? なら魔王を倒しに行ったって何にも変わらないじゃない?
俺の所は今の所平和にやれているし。世界を救うより、俺としては自分の生活圏を安定させる方が大事というか……?」
まぁ事実、魔王様さえいなくなれば人間側の被害を軽減出来ると知っている身としては、ひどいことを言っている自覚はあるが。
俺個人としては魔獣さんは俺の生活圏内には頼んだって入ってきてくれないくらいの臆病な生命体ですし。
「……全部人任せってことですか?」
「いやいや。本当なら降りかかる火の粉なんてのは自分じゃないと払えないでしょ。
色んな所に行ったけど、みんなそれなりに魔物に対抗する方法は考えているようだったよ? 俺は俺で襲ってきた奴はどうにかしますし」
勇者君の言葉にも若干棘が見え隠れしていたが、こちらもすべて話せないのだ甘んじて受けよう。
だけど俺の内向的な姿勢はどうやら勇者ご一行にはお気に召さないようだった。
「……僕達はどうにか出来る力を持っているのにですか?」
「気のせいじゃないの? 一匹二匹魔獣を狩れたってどうなるもんでもないでしょうに」
「違います! 魔王を倒せば!」
「でも問題は魔獣なんでしょう?」
だいたい出来ればいいという話でもないのだし。
俺にしても世界中から魔獣を根絶させるなんて、やらかしてしまう度胸はない。
それはそれで何かしら悪影響を与えそうではないか。
後で責任をとれと言われても、どうこう出来る問題でもないのである。
適当に間引くとかも勘弁して欲しいです。
最近では世界も滅ぼせる魔法使いとして定評のあるわたくしですが。神様でもあるまいし。
基本的に虫を殺すのにも若干の抵抗を感じる現代人故。
でも絶滅させるくらいの事が恐らく『俺の出来る限りで魔物の討伐に手を貸す』の最大値だと思うと、うかつに手も出せんでしょう。
「……納得いきませんわ! 先ほどから聞いていればはぐれの魔法使いのくせに勇者様を軽んじる発言ばかり! 貴方は勇者様の実力を全く理解していないんですわ!」
「いや……まぁそこそこわかるけどね」
「いいえわかっていません! いいでしょう! そこまで言うのなら私達と勝負なさい! 格の違いを教えてさし上げてよ! そして負けたら勇者様の提案を飲むのです!」
ゴクリと俺は生唾を飲んだ。
こわいわー。ほんと何も知らないって怖い。
気前よく啖呵を切る巫女さんに俺が何と言って止めようかと言葉を選んでいたら、その時やけに存在感のある声が部屋に響いたのだ。
「……さっきから聞いていれば、いい加減にしてくれないかな?」
それはほんの囁き声だったはずなのに、どこか魂を鷲掴みにされるようなそんな迫力があった。
巫女さんもそれは同じだったようで、若干怯んではいたもののじろりと声の主を睨みつけていた。
「……なんですの? 貴女は?」
「……誰だっていいだろう? それに君は私を知らなくても、私は君を知ってるよ。巫女の妹。
なんだい? 新しい勇者の監視でもお偉いお姉様に頼まれたのかい? 箱入り娘がそんなこと出来るのかな?」
「……んな!」
「だいたい自分の実力も弁えずによく吠えたものだよね?……それと」
続いてセーラー戦士はぬるりと視線を勇者君に移して彼に矛先を向けた。
「気に入らないのが君だ。勇者、勇者と持ち上げられて、いい気分かい?
少しは疑問を持ったらどうなんだ?」
「……え?」
勇者君にも容赦ないが、逆に勇者君を罵倒されて正気に戻った巫女さんは調子を取り戻して、セーラー戦士に食って掛かっていた。
「いい加減になさい!」
「どっちがだ! 今度はうまく丸め込めたようだけど……魂胆は同じだろう!」
息もかかりそうな距離で睨み合う美少女二人。
その視線は、おそらく間に入ったら死ぬレベルだと思われた。
「……ふん! どこのだれだかは知りませんが、身の程知らずもここまで来ると笑えますわね。その軽口、今に後悔することになりますわよ?」
「……はぁ、愚か者ここに極まれりだ。本当に身の程をわからせないといけないみたいだな。
いいだろう……君の言う決闘、受けて立とうじゃないか。」
売り言葉に買い言葉なのか、リミット限界だったセーラー戦士が恐ろしくどすの利いた声でそう宣言すると。
巫女ちゃんもハンと鼻を鳴らして、セーラー戦士を嘲り笑う。
「そんなことを言ってしまっていいのかしら? 泣いても知らないですわよ?」
「どっちがかな?」
俺はおっかない女の戦いを一歩引いて傍観することしか出来なかったよ。
こちらの陣営は、なんだかニヤニヤと楽しそうな奴ばっかりだし。
勇者君が辛うじて困っていて、今なら少し言葉が通じそうだ。
そう言えば、最初は元気そうだったネコ耳ちゃんが一言も言葉を発していないが、なんだか彼女も顔を強張らせているように見える。
この雰囲気をうんざり出来る所を見ると、見た目の割に一番常識人は彼女かもしれない。
「勇者様! こいつらに我らの力見せつけてやりましょう!」
巫女ちゃんがいきなり勇者君に呼びかけると、一瞬急に振られてびくっとした勇者君だったが、すぐに表情を引き締め直して頷いていた。
「……そうだね、まず僕達の力を認めてもらわないと」
なんて言っちゃっています。
そして勇者君が同意した瞬間。
この場の主という事になっている俺に、何故か視線が集まってくるわけだ。
「太郎……」
俺はこの場にいる全員の視線を独り占めして、瞳をそっと閉じる。
そして、頃合いを見計らって目を見開くと、比較的軽めに返答した。
「あー。……嫌だけど?」
まぁ、きっぱり断りましたけどね。
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