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九十五話 勇者カニカマの冒険 3
「それにしてもいい所ね、ここ。陰気な私の城ととりかえて欲しいくらいだわ」

「だろう? それにしてもマオちゃんさんが男とは思わなかったが」

「そう? まぁ些細な事よ。あの場で性別なんて」

「まぁな。妾もそういったことを気にするのは無粋だと理解はしているつもりだ。
今日は現実の事は一切気にしない。素性もあえて問うまいよ。なぁマオちゃんさん?」

「なんだかずっとさん付も変な感じね。リアルではマオちゃんでいいわよ」

「ならば妾もそれでよい。マオちゃん?」

「ええクイーン。だけど私だけ素性をはっきり教えてもらっているのが少しだけ気がかりだけど構わないの?」

「もちろんだとも。それは妾が自らそうしたにすぎんさ」

「そう……。なら私も気にしないことにしましょう。そうよね、せっかくなんだか今日と言う日を楽しむべきよね!」

「ああ、まったくその通りだ!」

 我が家で、まるで貴婦人のごとく優雅に語りあう二人に俺達もほっとする。

 何が起こるのかと思ったが。取り越し苦労の様で何よりだった。

「マオちゃん、女王様の着物見に来たんだ……大丈夫なもんなの? 抜けだしてきて?」

 そしてマオちゃん訪問の理由がまさか女王様の着物のせいだとは。

 こういうのも身から出た錆と言うのかは分からないが、心臓に悪いのでやっぱり来るなら来るで、前もって連絡して欲しい所である。

 それにあっさりここまで来てしまう魔王様というのも問題がないのだろうかと思うのだが、続くマオちゃんの台詞は何とも深かった。

「大丈夫よ。今日は完全にオフってことにしてきたから」

 そうか……そう言う事にしちゃったのか。魔王様が言うなら仕方がない。

「そんな事よりも今日は色々と見せたいものがあるのよ」

「ほぅ。何か持ってきたのか?」

 さっそくマオちゃんの台詞に食いつく女王様。

 二人は不敵に笑いあい、マオちゃんはおもむろにコートの中に手を突っ込んむとごそごそと何かを探っていた。

「ふっふっふ……それはね? これよ!」

 そう言って、マオちゃんが懐から取り出したのは小さな黒い小箱である。

 小箱には複雑な魔法の文様が描かれていて、何か特殊な一品のようだった。

 マオちゃんはその箱についていた宝石の一つに魔力を少量流すと、なんとあっと言う間に色とりどりのドレスが詰まったクローゼットが飛び出したのである。

 これには女王様も、ちょっと俺も、興奮気味にそれらをじっくり見回してしまった。

「ほぉーすごいなこれは!」

「ふふん、私の自信作よ! 貴方達に影響されて色々作ってみたのよね!」

 楽しそうにマオちゃんは言うが、この量を一人で作ったのだとしたら、相当のものだと思う。

「……影響されて作るってすごいな」

 思わず俺が漏らすと、マオちゃんは照れ笑いをしていた。

「昔からこっそり小物を作ったりはしてたのよね。私の部屋見たでしょ? ああいうのが好きでね。
最近はあんまりやってなかったんだけど、久しぶりに火が付いちゃってー」

 なるほど、元々素養はあったわけだ。

 そしてそれを証明するように、このドレス群はマオちゃんの情熱が垣間見える。

 つまりどれもこれも凝っているのだ。

 大人っぽく落ち着いたデザインのドレスが多い所はマオちゃんの趣味が反映されているのだろうが、しかし比較的新しい物はかわいらしいデザインも多く、女王様との交流の結果だと思われる。

 だが気になるのはそのラインナップの偏りだった。

「……なんで女物しかないんだろ?」

 それは口をついた素朴な疑問だった。

「……ひょっとしてこれって自分で着ちゃう……とか?」

 いや個人の趣味にとやかく言うなんてのは野暮だとは思うのだけれど、ただ俺の心配は取り越し苦労だったようだ。

「いやね。そんなことしないわよ。やっぱりこういうのってかわいい子が着てこそじゃない?」

「は、はは。そうだよね!」

「そうよ? 男物より女物の方が華やかでかわいいし!」

 どこまで本当かは知らないが、ちなみに真実が知りたいというわけではないので。

 内心ほっとしてしまったのは口に出さないでおこうと思う。

「今日はせっかく妖精郷に来るから、ついつい持ってきちゃったのよー。
ピクシーって女の子しかいないんでしょう? 着させ放題じゃない!」

 ドレスを掴み興奮するマオちゃんだったが、女王様はしかし残念そうに付け加えていた。

「それはまぁ、素晴らしい提案なんだが、これは人間サイズが基本なのだな……。
とすると、里の者達には少し大きいかもしれないぞ? いや、ハイピクシー達なら何とかなるか?」

「そこはちゃんとトンボちゃんくらいの大きさのも用意してきちゃった! 
他のはちょっと残念だけど……まぁ見せたかっただけだし」

 その辺りは予想していたらしいマオちゃんはそんなに気にした風ではなかったが、むしろ不満そうに口を尖らせていたのは女王様の方である。

「まぁそれなら大丈夫だが……しかしどうせならこっちの方も誰かに着せてみたいものだがなぁ。
……そうだ! あのダークエルフはどうだ!」

 名案だと閃いた女王様に、俺とマオちゃんは苦笑いするしかない。

「うーん。それはちょっと無理かな? 今日一日は戦闘不能だと思う」

「ああ、そうだったな……とすると」

 その後も話し合いは続く。

 ああ、どんどん話が盛り上がっていく。

 徐々に練り上げられてゆくお楽しみタイムの予定は、きっと周りのことなどまったく配慮に入っていないことだろう。

「なぁカワズさん?」

「なんじゃね?」

 話についていけないと早々に判断して、茶を啜っていたカワズさんに、俺は話しかける。

「……この流れは、俺も何か披露しなきゃいけない流れだと思う?」

「いやいや。これ以上場を荒らすべきではないと思うが? しまいにゃモデルを出せとか言われかねんぞ?」

「そりゃ困る。さすがに恥ずかしいな」

「……いや、お前さんにやれとは言わんだろうが」

 わかってますよ冗談です。

 盛り上がっている女性陣? の会話を平和だなと無責任に眺めていると、その時何ともいいタイミングで玄関のベルが鳴ったのだ。

「おや? 今日は客の多い日だな」

「や! あれ? 誰か来ているの?」

 入って来た声には聞き覚えがあって、声には出さずにあーあと俺は心の中で合掌していた。

 なんというか……色々とタイミングがいいのか悪いのか。

 顔を出した金髪の女の子の顔を確認して、俺は心ばかりの慰めを含んだ挨拶だけしておいた。

「よく来たね、セーラー戦士。先に言っておくけど……まぁ頑張れ!」

「え? なに? 何かあるの?」

 今一意味が分かっていないセーラー戦士の横を、俺とカワズさんは軽く荷物をまとめて通り過ぎる。

「そんじゃ俺は外に出てるわ」

「あ、わしも行くわい。DVD持っていくかのぅ」

「DVDか……世の中はたぶんブルーレイの時代なんだろうけど」

「ほぅ。まだ他に何かあるのかの? ええのぅぶるーれい」

「意味も分からず言ってなさんな」

「え? なんで? だからいったい……」

 俺達を困惑顔で呼び止めようとするセーラー戦士の肩を次の瞬間、がっちりと別の二人が呼び止めた。

 恐らくは妖気でも感じたのだろう。

 びくりと身をすくませるセーラー戦士がゆっくりと振り返ると、そこには趣味の鬼達が手ぐすね引いて待ち構えていたのである。

「……本当にいいタイミングで来たものだ。歓迎するぞ?」

「……この子、素晴らしいじゃない? 実に素晴らしいんじゃない?」

「え? なんなのこれ? ……ちょ! ちょっと! なんですかその手は!」

「いいから大人しくするのだ! せっかく新作を着せてやろうと言うのだから! 大丈夫だ! 試着室は用意しよう!」

「ねぇ最初はこれなんかいいんじゃない!?」

「うむ! いいじゃないか! さすがだな!」

「ちょっと! その人、男の人じゃないか!」

「この場で男だ女だなどと無粋な事を言うんじゃない! 我らは純粋に美という物を追い求める探究者だ! もっと芸術的な感性に身を任せないか!」

「意味が分からないよ! なに? これ? ちょっと! 太郎!」

 助けを求める声に後ろ髪を引かれたが、戻った所で俺にはどうすることも出来ないだろう。

 引きずり込まれていくセーラー戦士の様はまるで出来の悪いホラー映画の様だった。

「おい! タロー! 更衣室!」

「いえっさー……」

 そして指を鳴らす女王様の指令に従い、簡易更衣室を用意して、後俺が出来ることと言えば、せめてもの礼儀としてさっさとその場を去るのみだった。


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