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九十四話 勇者カニカマの冒険 2
「もっちゃもっちゃ……だからこれはカニじゃろ? それ以外のなんだというんじゃ?」

「もっちゃもっちゃ……だから違うってば。これはカニカマ。カニじゃないけどカニなのさ。元は魚。加工してあんの」

「……おう、なんという神秘。
人の英知は魔法を使わずにここまでのものまで作り出したというのか?
確かにうまいがのぅ……しかしそれに何の意味が?」

「……カワズさんがわかりやすく日本人の食へのこだわりがわかるもんが見たいって言うから、頑張ったんじゃん? まぁ定番ですよ」

「まぁ確かに並々ならぬこだわりは感じるがなぁ。……もう一本欲しいのぅ」

「ならちょいまち」

 俺はキッチンからたまたま目に付いた麺棒を持って来て、魔法を掛けてみた。

 麺棒は魔法陣に包まれ再構成されてゆく、そして光の中から現れたのは、麺棒サイズのカニカマだった。

 しかし作ってみたはいいけれど、ちょっと大迫力すぎるカニカマである。

「こいつはでけーなおい。……だけどこれもある意味カニカマなのか?」

 プルンと、ちょっと生臭いカニ以外の材料で作られたカニっぽい何か。

 まぁ間違っちゃいない。

「いや、せめて食品を加工して欲しいのぅ」

「味は大丈夫だろ?」

「……わしちょっとでいいから、おぬし全部食えよ?」

「マジでか……。一本は一本じゃないか?」

 俺達の朝の風景は一本のカニカマから始まった。

 暇だったので食べ物の話はそれなりに盛り上がるだろうとやってみたのだが、朝からカニカマをむさぼり喰っているのだ、たぶん爽やかな朝ではない。

 だが穏やかな朝ではあったはずなのだ。

 だというのに、何もかもが突然にそれは始まったのである。

 結界に走る異常は、すぐさま管理者である俺達の元に伝えられた。

 森の動物達は逃げまどい、魔獣達すら息を飲む異常事態。

 結界が巨大な異物の侵入に、未だかつてない規模で揺れていた。

「いったい何が起こった!」

 カワズさんの叫びが、この状況の異常性を物語る。

 慌ててテレビのスイッチを入れると、ゴーレムが一体、また一体と破壊されてゆき。

 我が家のテレビがノイズだらけになった頃、俺達は外に飛び出していた。

 かなり強力ははずの防御網をものともしない存在。

 事態の元凶は堂々と正面から、俺達の前に現れた。

 それは……。

「ヤッホー! 遊びに来ちゃった!」

「……」

 ひらひらと手を振っている男が、にこやかに挨拶してきたね。

 革製の衣装に、すごい毛皮のコートがおしゃれな、言わずとしれた魔王様。

「何事! マオちゃん! もうびっくりするじゃん!」

「ごめんなさいねー。 なんだか唐突に思い立っちゃって。 はいこれお土産ー」

「あー。こりゃどうも」

 ……マオちゃんがなぜかここにいると。

 なにこれどういう状況?

 相手が相手なだけに俺も驚くばかりである。

 そして差し出されたお菓子の包みを受け取っては見たものの、実はマオちゃんのすぐ横が気になって中身を気にする余裕はなかったりする。

「きゅぅ……」

「アウ……」

「……で? ナイトさんもクマ衛門もなにやってるのさ?」

 俺が顔を引きつらせていたら、マオちゃんは見るからに気まずげに視線を逸らす。

 どうやらやらかしたのはマオちゃんの様である。

「なんかごめんね? 貴方のお友達だって言っても信じてもらえなかったものだから、ちょっと静かにしてもらったのよ。こっちも突然だったから悪いことしちゃった」

 フフフと口元を抑えて笑っていらっしゃるが、この二人相手に逃げる間も与えないとは、流石魔王。

 俺としては冗談じゃないよと言いたい所ではあったが、ふとこの間の自分達を思い出すと……人の事をどうこう言える立場ではないな。うん。

 二人に怪我も無いようなので、魔王が相手をしたにしては、十分穏和な部類に入ることだろう。

 故に今回はマオちゃんの顔を立てる。

 後でナイトさんとクマ衛門にはあやまっておくとしよう。

「あー、いや、お互い様かな? なんて思ったりもしますが。
怪我させないでくれて感謝……でいいのかな?」

「そ、そう言ってくれると助かるわー」

 そういうわけでしばらく俺達の乾いた笑いが入口で響くことになった。



 しかし何はともあれせっかく訪ねて来てくれたんだから、いつまでも立ち話もなんだろう。

 さっそく俺は我が家に案内しようとしたのだが、その時、計ったようなタイミングで俺達は呼び止められていた。

「待て……。そのような勝手が通ると思っているのか?」

 声がしたと思ったらモリモリと地面が割れて、桜の花が咲き乱れる。

 しかしなに故ソメイヨシノ(?)的な花なのだろうか?

 その答えは存外早くわかった……と言うか俺には分かっていたわけだが。

 なぜならば、目の前には桜の柄も艶やかな純和風の着物を着流す女王様の姿が現れていたんだから。

 ああ、鮮やかに舞い散る花弁のなんと美しい事か。

 着物はちなみに俺の手作りである。

 最近だんだんと、趣味の範疇を逸脱して来ているなーと思わずにはいられないが、本気で今さらのような気もしないでもない。

「……この聖域に侵入してきたその力は認めよう。だがそこから先、通ることまかりならん! 
さぁ侵入者よ! その綺麗な顔が二度と見れぬものになる前に疾く立ち去るが良かろう!」

 そして女王様は比較的テンション高めでマオちゃんの前に立ちはだかったのだ。

 さぞや気合いの入っているであろう女王様は目を爛々と輝かせていて、おそらく自分の衣装を見せつけられるこのチャンスに酔っているに違いない。

「まぁこわい」

「あー、女王様この人は……」

 ただこのまま話を進めるわけにもいかないだろうと、説得を試みようとした俺を、しかしさっと手を出して止めたのはマオちゃんである。

「まぁちょっと待ってて」

「?」

 彼は意味ありげな台詞を残し、おもむろに女王様に歩み寄ると、二人は鋭い目つきで睨み合っていた。

 一触即発なそんな雰囲気の中、本当に大丈夫なのかと冷や冷やしていたのだが、しかし飛び出したのは攻撃などではなく、マオちゃんのクスリと小さな含み笑いだったのだ。

「……さっそくその着物、着てみたのね。昨日自慢していたけど、本当に綺麗だわ。
私も一目見たくってね。ついお邪魔しちゃった」

「……! 貴様なぜその事を……! ま、まさか! 君は!」

「ええ。初めまして、クイーンさん!」

「……ああ! よく来てくれたなマオちゃんさん!」

 ガシリ。

 気が付けば固く握手をする二人に、すでにわだかまりなど存在しない。

「ははは……なんだかなぁ」

 緊張感が一気になくなり、俺もガクリと力が抜けた。

 美女と美男子のツーショットという構図は実に絵になるが、そんな色っぽい物じゃなく色々と分かり合った末の熱い友情の類だと理解出来てしまう。

 ファッション掲示板で一際精力的に意見を交わしあう二人。

 ちなみに女の子っぽいかわいらしい服装が好きな二人は、路線こそ少し異なるものの、よく話が合っている。

 なんでそんなことを知っているのかって? 

 それはほぼ女性専用版になっているその場所に、こっそり潜入しているからさ。

 そしてこの間バレて、こうやって着物を作らされたわけさ。

 まだ広まりきっていない顔文字を使ったのが裏目に出てしまった、そんな痛ましい事件だった。

 やはり情報管理は大切である。


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