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九十二話 悩める戦士の葛藤
 私は不本意ながら現在、セーラー戦士などと呼ばれている。

 今あえて呼び名をつけるとするなら冒険者という事になるのだろうが、それはあまりにもあだ名としては無骨すぎるだろう。

 かといって過去の経歴から、異世界からやってきた元勇者と呼ばれるのも、聞こえはいいが個人的には印象最悪なので、やめてもらいたい。

 結局、今のあだ名が呼び方としては気に入ってはいないまでも、すっかり慣れてしまって違和感が薄れつつある昨今だった。

 そんな私は、たまに太郎の家に休憩しに戻ってきて、思うことがあるわけだ。

 ちなみに、ここまでの前ふりはそんなに関係はないので念のため。

 そう、それは目の前の料理についてだ。

「……むぅ」

 私はおいしそうに湯気を立てている料理にスプーンを突っ込むと、さっそく口に運んだ。

 メニューはトロトロ卵のオムライスに、シチュー。

 しかしこれがかなり……おいしい。

 特にこの卵の焼き加減ときたら、お店で出ていてもおかしくないだろう。

 そしてこの料理を作ったのは、今目の前でせわしなく手元を動かしている年上の男の人だったりするわけなのだ。

「……太郎って何気に女子力高いよね」

 食べた料理を存分に味わいつつ、ぼそりと呟く私に太郎は素早く反応した。

「馬鹿を言うなよ。知っているぞ? セーラー戦士よ。女子力っていやあれだろ? 卵がかわいそうだからってオムライスを食べられないアピールしてみたり、女の子が男を攻略するために設定された、謎の力の事だろう? 
俺は断じてそんなものを高くした覚えはないし、卵も食べる」

「いや……そうじゃなくて。なんていうかな……この料理とか。……何やってるの?」

「パッチワークだけど? テーブルクロスにするんだ」

「それ! そう言うのとか! 
裁縫得意だろ? たまにお菓子も作っているみたいだし。もっと言うなら家事全般をそつなくこなすそう言う感じだよ!」

 私は日ごろから疑問だった家事能力全般に対してツッコミを入れると、逆に心持ち腹立たしく見える、とても不思議そうな顔をされてしまった。

「そりゃ仕方ないだろう。俺に関して言えば、元の世界でもやってたわけだし。家の母さん、家事が苦手だったんだよ。
それに俺だってたまに魔法使って終わらせちゃうこともあるよ? 別におかしいことはないだろう?」

 おかしいかどうかと聞かれたら、もちろんそんなことは全然ないわけで。

 むしろ筋が通り過ぎていて、反論する気も起きないくらいだった。

 私は思わず口ごもる。

「いや……別にどうってわけじゃないんだけど。……なんとなく負けた感じがするかなと」

 そして敗北を認めて呟いた。

 思いのほか常識的な風に返されてしまったが、これは私的にはどうなのだろうか?

 世間一般的に女の子は家事が得意であるという風潮が今時であっても、少しくらいは残っている可能性があるとは感じていたのだが……やはり最近はみんな家事くらい出来るものなのだろうか?

 しかし戸惑う私に、やはり太郎は心持ち皮肉の利いているように見える真顔で、不思議そうに言ったのだ。

「負けたもなにも、セーラー戦士だって一人旅が多いだろうに。家事くらい出来るだろう?」

 そしてさらりと指摘された内容は、あまりにも的確に嫌な所だったわけだ。

 私はやはり押し黙って項垂れた。

「う……それがあんまり」

「は? じゃあいつも食事は?」

「携帯食料が……多いかな? 干し肉とかチーズとか。町にいる時は宿で食べるし」

「……じゃあ洗濯は?」

「いつも魔法でだいたい終わらせちゃう……かも?」

「ちょっと待てよ? あれだけ派手に動いたら、繕いものくらい出来なきゃまずいだろう?」

「や、宿屋の人にやってもらったり。親切な村の人に頼んだり……」

 そこまで答えたあたりで、太郎の質問がピタリと止む。

 すいすい縫われていたパッチワークの手も止めて、彼は半眼で顔を上げると、今度こそたぶん気のせいじゃない呆れた顔をしていた。

「はぁ……もうほんと戦士属性だなぁセーラー戦士は。そのうちセーラー戦士のセーラー部分も消えちゃうんじゃないか?」

「なんだよそれ! 女だからって家事全般得意だと思ったら大間違いの幻想だ!」

 台詞自体は反応に困るのに、言いたい事だけはものすごくよくわかって悲嘆にくれる私。

 そんな支離滅裂な私に向けられるのはやはり呆れ顔なのだ。

「……なら気にする必要なんて欠片もないやん」

「そうなんだけど! ……なんかこう……あるだろ?」

「知らないよ」

 きっぱり言った太郎の視線はもうすでにパッチワークに戻っている。

 太郎を見る目が恨みがましいものになっているのを自覚しつつ、私は愚かにも自分を慰めるべくある質問をしてしまったのだ。

「~で、でもさ。別に私だけが特別家事が出来ないわけじゃないと思うんだよ……」

 これは禁断の質問だった。

 残されるのは自己嫌悪だけだという事はわかっているのに、自分を慰めずにはいられない。

 すなわち仲間探しである。

 太郎はそんな質問に、適当な口調で相槌を打っていた。

「あー、ねぇ。……さー? 考えたこともなかったけど、うーんどうだろう?」

「……あのやっぱり無理に考えなくても」

 しかし勿体つける太郎にちょっとだけ正気に戻って、やはり止めようとしたが、太郎の言葉はもう止まらない。

「いや。でもここにいる男性陣は割と器用な奴が多いから結構無難にこなすよ。うん。
カワズさんとか何気に世界中の家庭料理とか作れるし。こっちのだけど」

「世界中! ……本当に?」

 まずはカワズさんだが、思いのほかスケールの大きな話をされて驚いてしまった。

 そう言えばカワズさんは長く生きていると聞いたことがあったし、そう言う事もあるのかもしれない。

「あー。なんか昔、世界中旅してたんだってさ。その時教えてもらったとかなんとか。
いつもなんだか怪しげな調合とかしてるのは、知っているだろ? 
そのせいってわけじゃないだろうけど、汁物系は隙がないな」

 例えからの得意料理への流れが地味に嫌だなと言う感想はあったが、それは本題とは関係ないのでこの際口に出すべきではないだろう。

 しかし、カワズさんに関してはそうダメージがあるわけではない私だったりする。

「……そうなんだ。でもその辺りは私も読んでいたよ。うん、カワズさんは器用そうだ」

 むしろ逆に何も出来ない方がおかしい。

 年長の方は私の様な若輩者では及びもつかない特技があるという事も理解しているのである。

 心持ちワンクッション置いたことで落ち着きを取り戻しつつあった私だったが、続いて予想外の名前が出て来てさっそく動揺した。

「まぁそうだよねぇ。次にクマ衛門なんだけど」

「う、うん」

 クマ衛門。

 ナイトさんと一緒に暮らしている、でっかいクマの様なダークエルフの人である。

 異世界出身の私としては彼をダークエルフと言い張るのは若干の抵抗を感じるが。

 むしろあの人はもっと別の、マスコット的何かだと感じているのはたぶん私だけではあるまい。

 しかし、あのずんぐりむっくりした巨大ぬいぐるみの様な彼が、料理を出来るとも思えなかった。

 その他の技能については言わずもがな、これは安パイだと内心思っていた私だったが、太郎から飛び出した情報は、確実に私の心を裏切ってくれた。

「何気にナンバーワンだったりする。あれは和鉄だな。
古き良き時代の日本食を完全再現だ。なんでも先祖からの秘伝らしいよ。
あのでっかい手でどうやっているかは知らないけど、笹切りとか飾り切りまで使いこなすからね。ちょっと薄味だけどすごくおいしい」

「……そんな馬鹿な」

 これは……ひょっとすると男性陣には完全敗北ではなかろうか?

 とたん心の底深くに眠っていた感情が目を覚ましてしまった気がする。

 これを人は焦燥感と呼ぶのだろう。

 乙女のプライド的な何かが、かなりのダメージだった。

 私とて、たぶんそのうち誰かに料理を作ってあげたりしたいと思う事もあるのではないだろうか?

 なんて脳裏を過ぎったそんな思考を、私はすぐさま振り払った。

 いや……何も慌てる必要なんてないじゃないか、落ち着こう私。

 今は男女平等の時代なんだから。

 男と比べて劣っている、などと言う考えがそもそも間違いなんだ。

 しかし私も、やはり男女に違いがあることは理解している。

 同性。

 そう同性ならあるいは私の行き場のない気持ちを共感出来る人がいるかもしれないじゃないか。

「そ、それで、他の人は?」

 気が付けば私はごくりと生唾を飲み込んで、太郎に続きを促していた。

「そうだなぁ……。ナイトさんとかは」

 ぼんやりと思い浮かべている太郎から出た名前に、私は手に汗握る。

 彼女はここにいる面子の中で、唯一の戦士属性の人だ。

 私ともかなり共通する部分があるため、期待を込めてしまうのも致し方ないだろう。

「まぁ、料理に関しては、ワイルドだな。うん、なんか焼いたのとか多い気がする」

「そ、そうなんだ!」

 それはまさしく私が求めていた情報である。

 これはと思い、身を乗り出したのも束の間、しかしすぐに私の腰は落ちた。

「あー。でも朝食にサンドウィッチを作ってきたりしてくれるし。
たぶん料理が出来ないとかではないかも。
単にああいう味付けが好きなんだろうな。うん。
掃除はすごくうまいな。俺が動けなかった時はいつもより家の中はきれいだった気がする……記憶があいまいだけど」

「そう……なんだ」

 私は最終防衛ラインを突破されて撃沈した。

 はは、結局私が一番そう言った技能に乏しいと、そう言うわけか。

 これはそのうち、トンボちゃんあたりと家事と言う概念について、はちみつでも舐めながら愚痴っているのが私にはお似合いなのかもしれない。

 そもそも昔からなんとなく男っぽいと言われていたし。

 中学でも高校でも、フォークダンスは男の子側だったじゃないか。

 ちなみに高校は女子高である。

 いっそ突き抜けてやれと、少しばかり意固地になっていた時だってあった。

 内心うっすらと落ち込んでいた私に、太郎はしかし。

「あーっとそれと……」

 続きを口にし始めたのである。

 ……何という事だろう。

 すでに満身創痍の私に追い打ちとは、血も涙もない。

 本当の地獄はここからだったのだ。

「後はトンボだな。うん」

 思いがけない人物の名前が飛び出して私は慌てて顔を上げた。

 まさか比較対象外だと思っていた妖精さんの名前がこの場で上がるとはさすがの私も思っていなかったのである。

「ちょ、ちょっと待ってよ。妖精ってご飯食べなくてもいいんだろう?」

「うん。でも食べなくてもいいだけで、食べられないわけじゃないよ。トンボはたまに食べてるじゃん」

 知っているだろうと言う太郎の物言いに確かに記憶をたどると、物を食べているトンボちゃんの顔は容易に頭に浮かんできた。

「そういえば食べてましたけど……だけど家事なんかはサイズ的に困難と思われ」

 及び腰の私は完全に混乱の極みだった。

「なんで急に、敬語になった? まぁ掃除とか洗濯とかはさすがにね。魔法を使えばどうにかって感じだろうし」

 だけど太郎から出た言葉は、何とも願っていた通りのもので、私の心配は杞憂に過ぎなかったようだった。

 安堵感が胸いっぱい広がってゆくのがわかる。

 これで私はまだ大丈夫だ。

「だ、だろう! うん、いくらなんでもトンボちゃんにやらせるのはかわいそうだよ! 私もそうだろうと思っていたんだ!」

「まぁ、そうかも?」

「だよね!」

 テンポよく続く会話で私の心は平常心を取り戻しつつあった。

 だけど、そんな折、不吉な一言が太郎の口から漏れたのだ。

「だけど……」

「え?」

 だけど? なんだというのだろう?

 そんな前振り聞きたくなかった。

 上げて落とすという、何とも巧みな演出に、私の精神的ダメージは、すでに半ばを大きく過ぎていることだろう。

「トンボはおかし作りは相当うまいよ。今じゃ教えた俺なんて足元にも及ばないよね。
自分で飴細工とか出来るもんあの妖精」

「……教えちゃったんだ」

「うん」

 私は呆然自失で天井を仰ぎ見た。

 深い穴の奥に落ちてゆくような、脱力感で精神が暗いどこかに落ちてゆく。

 きっと終点はどん底だろう。

 お菓子作りだって? それは、なんて女子力が高い事をやっているんだあの妖精……。

 そして私はホットケーキすら危ういレベルである。

 と言うか……元の世界では黒焦げにしてしまった。

「うう……なんてことを!」

 残された選択肢など、もはや数えるほどしか残ってはいないだろう。

 気が付くと私は焦燥感に駆られて駆け出していた。

 もはや負け犬に言葉はない。

 私はこの敗北感を噛み締めて、何も出来ずに逃げ出したのだ。



「あー。なにこれ?」

 ぽつんとリビングに残された太郎は何が起こったのかわからずにしばらく呆けていたが、セーラー戦士はちゃんと扉も閉めていってくれたし、ご飯も完食しているので、栄養もばっちりのはずである。

 色々と鑑みて、結局太郎は割と大丈夫だろうと結論付けた。

「……まぁ青春の、発露?」

 よくわからないが、話の流れからしてたいした事ではあるまい。

 時にはお腹一杯になって、走り出したくなることだってあるのだろう。

 なんにせよ元気ならば問題なし。

 太郎はしばらく考えてから、パッチワークの続きに戻ることにした。



 後日大量の材料を携えた、セーラー戦士が突撃してきたが、その時に作った目玉焼きには自分の分にカラが入っていたらしく、撃沈していたのは、ちょっとした笑い話だと思う。
お久しぶりですくずもちです。
にじファンでの騒動で色々と大騒ぎではありますが、オリジナルに関しては引き続き小説家になろう様で執筆していこうと思います。
今後ともよろしくお願いします^^


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