九十話 壺の中身は 3
「……どう言う事なの?」
「なに大したことではない。悪魔の得意な魔法はお前さん方と同じなんじゃよ。
奴らが使うのは強力な幻術なんじゃ。
悪魔の方が基本的に魔力が多いから、避けられるものはなかなかおらん。
だから大抵の奴は容易く幻術を掛けられて納得してしまうわけだ。
しかも質が悪いことに一つ目の願いを叶えられた時点で、精神は悪魔の術中、抗うことは難しかろう。
後はそれを繰り返せば契約執行。晴れて魂をいただいて、魔界に帰るとそう言うわけじゃな」
「いや……そっちじゃなくてブリッジの方」
「知らんがな! 悪魔なりの最上級の驚きの表し方なんじゃないか?」
「ああ、なるほどー。それで? でもそれじゃぁ王様になったりは出来ないじゃん」
「うむ……聞く気はあったんじゃな。
まぁ、本当に王にすることも出来ん事はあるまい?
小国の奴らを全員幻術で狂わせるとか、単純に戦にこっそり手をかすとか、方法は色々あろう?
実際悪魔などはそれだけでかなりの実力を持っておるからなぁ。可能ならば気まぐれで手段を考えるんじゃないかの?
そもそもそんなことをせずとも、契約者が満足すりゃええんじゃから。
先の方法ならある意味なんでも願いはかなうじゃろうよ。頭の中で」
「ほへー、でもそんなことよく知ってるね。悪魔なんてそんなにお目にかかれるようなもんじゃないでしょ?」
「そんなことはないぞ? 魔法使いの中では割と悪魔は知られておる。
弱い物なら使い魔にしたりとかな。
根拠になるかどうかはわからんが、強力な魔法使いの中にはかなり強力な悪魔を使役した者もいると聞くぞ。
本当になんでも願いを叶えられるような存在なら、使役など出来るわけもあるまい」
「た、確かに」
どうにも居心地が悪いのは、勢いよく起き上がり復活したデビニャンさんが両手をクロスさせた妙なポーズで固まっているからだと思う。
「な、なんだと? 我の魔法が効かない人間など! どうなっているのだ!」
「どうしましたか?」
そして俺が尋ねると、何かに気が付いたらしいデビニャンさんは顔色を真っ青にしていた。
「あ。今頃気が付いた」
「遅し。実に遅し」
だがすぐに気を取り直して高笑いし始めたデビニャンさんは精神的なあれやこれやに負けなかったようである。
「……なんというか、お前もなかなかやるようだな!」
「あ、開き直った」
しかしトンボの声が聞こえたのか、ぬぐぐと押し黙っていたが、めげずにすぐに怒りだすのは立派だった。
「人間のくせにずるいぞ! 我の魔法が効かぬではないか!」
そんなこと言われたって。
魔法が効かないことを怒られてもどうしようもない。
「はぁ、すいません」
だが素直に謝ると、デビニャンさんは何とも毒気を抜かれたような顔をしていた。
「……」
「……」
「え、えーっと。……怒っておらんのか?」
「何が怒ることがあるのですか?」
「わ、我はお前に幻術を掛けようとしたんだぞ? お前は……我よりも力があるのだろう? ならば我を滅ぼそうとは……思わんのか?」
デビニャンさんはしばらくこっちをじっと見つめてから、不思議そうに、だが恐る恐る尋ねてきた。
とんでもないことを言うデビニャンさんだが、そんなことをするはずがない。
むしろ俺は感謝しているくらいなのだから。
「何を言うんですか。貴女は俺の願いを叶えてくれようとしたんでしょう? なら怒ることなんて何もないですよ」
そう、すべては俺のためにしてくれたことだ。
つまりは善意!
それを咎める事など、俺に出来ようはずがないではないか!
しかし俺には笑顔にその気持ちを込めることしか出来ない。
『お前が笑顔だとなんかろくでもない事を考えていそうで怖い』と、あんまりな評価な俺の笑顔だが、きっとこの気持ちを伝えてくれると信じたい。
「……本当か? 嘘じゃないか?」
「もちろん。それよりもさっきから貴女にばかり気を遣わせてしまって申し訳ないと思っていたところです」
「い、いや、我は、その……気にするでない! その……なんというか我も不実な真似をした、許せ!」
両手を合わせて、指をいじっているデビニャンさんは顔を伏せるが、彼女が卑屈になるなどらしくないだろう。
何せ彼女はお客さんなのだから。
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ情けない限りです。ここは俺の家ですから、むしろおもてなしするのが家主の役目という物でしょう。
そうだ! せっかくだから俺も貴女の願いを叶えるって言うのはどうですか?」
だから俺は戯れにそんな提案をしてみたのである。
これに驚いたのはデビニャンさんの方だった。
「わ、我の? そ、そんなわけにはいくか! 我は悪魔の中の悪魔ぞ! 人間に願いを叶えてもらうなどあってはならぬ!」
「そんなこと言わずに。願いを叶えるというのは言葉のあやですよ。
ただのお土産みたいなものですから。何か欲しいものはありませんか?」
「ほ、欲しい物だと?……なら魂おくれ!」
……さっそく現金なお方だった。
だが魂なんてものはそう簡単にやり取りするものではないだろう。
命は尊いものなのだ。
だから俺はやんわりと窘めておいた。
「それはダメです」
「むぅ……冗談だ! 我とて契約も果たしておらんのに魂を持っていくなどプライドが許さんからな!」
だが彼女ももちろんそれはわかっていたらしい。
軽い冗談で笑い、話をしていると、さっき会ったばかりだというのにもう友人と言ってしまっていいとさえ思えた。
言葉を交わせば分かり合えるものなのだ。
実にすばらしい事だと思う。
「そうですよ、命は尊い物なのです。簡単に粗末にしてはいけません。では他には何かありますか?」
俺はさっそく続きを促してみると、デビニャンさんはしばらく眉間に皺を寄せて考えていたようだが、少しだけ恥ずかしそうに、しかし力強く言った。
「……じゃ、じゃぁぬいぐるみをよこせ!」
「ぬいぐるみですか?」
なんとも予想していなかったリクエストだったので、きょとんとしてしまった。
思わず聞き返すと、デビニャンさんはしまった!っという顔をしたまま硬直して、うっすらと頬を赤く染めていた。
どうやら照れているらしい。
「わ、悪いか! 我は人間界の物を集めるのが趣味なのだ!」
だけど照れる必要なんてどこにもないと思う。
むしろぬいぐるみほどかわいらしさを突き詰めたものもないだろう。
でなければ、古くから愛され続けることなどなどあるわけがない。
まして、俺などは一昔前に自作まで経験しているのだ。
そんな俺が間違っても馬鹿に出来ようはずがないだろう。
「いえ。とても可愛らしい趣味だと思いますよ? かく言う俺は裁縫が趣味なのです」
「……ほ、本当か!」
思わぬ同士を見つけて瞳を輝かせる彼女もまた同士である。
そんな彼女のために、まずは一つ贈り物をするとしよう。
「はい。じゃあお近づきの印に俺の世界のぬいぐるみを一つ」
目の前の悪魔さんに喜んでもらえたらと、俺はテディベアのぬいぐるみを魔法で作り出した。
一度は作ったことがあったので、再現は容易い。
まぁ方法としては邪道極まりないが、まさか一から作っているのを待ってもらっているわけにもいかないだろう。
そして仕上げにひと手間だ。
俺は懐から取り出したソーイングセットからおもむろに針を取り出し、どこからともなく取り出したリボンを構える。
「は!」
そして目にも止まらない動きで針を走らせ、糸を噛み切った。
これでクマのぬいぐるみリボン付の出来上がりである。
目の前で完成したクマのぬいぐるみを前にして、デビニャンさんはこれ以上ないほど目を輝かせていた。
「今のはどうやったのだ! 我も初めて見る魔法だったぞ!」
「いえ大したことはありません。次は何がいいですか?」
「次もいいのか! ならばトラだ! トラがいい! 我はトラが好きなのだ!」
「はいわかりました」
続いてデフォルメされたトラのぬいぐるみを作ってみたが中々にうまく出来ている。
これも気に入っていただけたらしく、デビニャンさんはクマとトラを胸に抱きしめてそわそわしていた。
どうやら次を考えているらしいが、なかなか思いつかない様だった。
「次は……」
視線を彷徨わせキョロキョロし始めたデビニャンさんは、カワズさんの所でピタリと視線を止めると、指さして言った。
「な、何じゃね?」
「カエルだ! 我はカエルが欲しい! でもそこのでかい奴のようにグロイのは嫌だ! かわいいのにしてくれ!」
「……」
「わかりました。……すいませんカワズさん、彼女も悪気があるわけではないと思うので許してあげてください」
「なんという細やかな気遣い……奴の性能は化け物か?」
「でもおかしくなって普段より評価が上がるってどうなんだろう? しかし悪魔っ娘天然系我様美女とはなかなか濃いキャラがここにきて現れたものだわ」
「と言うと?」
「ふむ……わたしが見た所、『こんなキャラ、実際目の前にいたら引くしー』なんて思えないのは彼女が悪魔と言う属性を持っているせいだね! 種族が違うと言うだけで、年齢その他もろもろは気にする必要すらなくなる。そして一見すると美女なのに、子供の様な天然で無邪気な反応、これもまたミステリアスな悪魔と言う名の眼鏡をかけることで緩和出来てしまう……なんとも奥の深いものよね」
「語り寄るのぅトンボちゃん。しかしおぬしもそのカテゴリーには当てはまりそうじゃが?」
「や、別にわたしは普通だし」
「……それ本気で言っとるか?」
「……違うとでも?」
二人の愉快な会話が聞こえた気がしたが、楽しそうなのでそっとしておこう。
「では次だな!」
「おや? もう三つお願いは叶えてしまいましたよ?」
俺は冗談めかして言うと、彼女はプーっと頬を膨らませしていた。
「む! いいではないか? 意地悪だぞ!」
「まさか、そんなことはありませんよ」
少々心苦しいが、しかしこれにも理由有っての事なのだ。
三つのぬいぐるみを上機嫌で抱きしめていたデビニャンさんは実に微笑ましいのだが、この辺りでやめておいた方がいいだろう。
「それ以上ぬいぐるみがあっても持てないでしょう? そうなると持って帰る時において行かれる子達がかわいそうです」
まぁ置いて行っても飾っておくという選択肢はあるのだが、贈り物でなければ魔法で作る意味はあまりない。
それにぬいぐるみと言う性質上、バックにも入れずに持ち運べば異様に目立ってしまうので、精々三つくらいが適当だろうと思う。
「……確かに貴様の言う事も一理ある! うむ、我はこれだけで我慢するぞ!」
「それがいいですよ。さすがデビニャンさんです」
「そうであろう? 大公爵たる我の器の深さはこんなものではないのだ! まだ全力の半分も見せておらん、いや四分の一かも」
「そうでしょうとも……ところでランチはどうしますか?」
「もらおう! 良きに計らえ!」
「ええ、ゆっくりしていってください」
デビニャンさんはふんぞり返って鼻を鳴らしていたが、そこはやっぱりテーブルの上だった。
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