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八十五話 魔女の森 3
「おおおおおお!!」

 もう数度目になる方向転換を繰り返し、ランスを繰り出すナイトさんの突撃はいささかの衰えも見せてはいない。

 あの鎧は加速の最中、強力な結界が展開されるが、それでもかかる負荷はきっついはずである。

 それを意にも解さないナイトさんが異常なのだ。

 ナイトさんが圧倒的力技で叩き潰していくのに対して、カワズさんは滑らかに敵を打倒していた。

「ほ! は! や!」

 なんとも華麗な動きで見事に立ち回るカワズさんの動きは、円を描くように力を流していて無駄がない。

 もちろんナイトさんの方が圧倒的に戦果を挙げ、その上ド派手だが、身一つでカンフーアクションやっているカワズさんもインパクトはなかなかである。

 俺とトンボはそんな渦中で何とかまだ無事だった。

 とりあえず出来る限り布団に首をひっこめ、外の様子を伺うが、何か食らったら一発なのは間違いないだろう。

「ひょほほほ! その程度の力でわしを倒そうと言うのか! 片腹痛いわ!」

 だが、かなり調子に乗り始めたカワズさんはそんなことを叫び始めていた。

 これはやられる方からしてみたらかなり腹の立つことだろう。

 今にして思えば……これがよくなかったのかもしれない。

 調子に乗って、相手を馬鹿にし始めたら基本的に死亡フラグである。

 それなりの数、オートマトンの残骸が積み上がっていたそんな時、異変は起こった。

 突然空が赤く燃え上がり、炎の槍が降り注いだのだ。

 神様は見ていたのか、天から落ちてきた炎の槍がカワズさん目がけて殺到するまでにそう時間はかからなかった。

「! なにぃ……! ばかなぁぁぁ!」

「カワズさぁん!!」

「……ああ調子に乗るから」

 俺達の叫びもむなしく、カワズさんは悪役みたいな叫びを残して、炎の槍の群れに飲み込まれてしまった。

 それはまさに一瞬の出来事だった。

 瞬く間に出来上がった炎柱は消える気配を見せない所をみると魔法の様で、かなりの威力があるのが窺える。

 少なくてもセーラー戦士以上。

 それは人類で言うならトップクラスの位置にあるという事だろう。

「その辺りでおとなしくしてもらうよ!」

 続いて響き渡った怒声に、この場の全員が反応して動きを止めていた。

 それは襲いかかってきていたオートマトンも例外ではない。

 しかし、感情がないはずのオートマトンが動きを止めるという事は、それは少なくてもこの声の主はこいつらに命令出来る立場にあるという事である。

 静かになったのを確認して、俺は布団の中に半ば引っ込めていた頭をひょこり出して周囲を見回してみると、トンボは木の上を見ていた。

 声の主は上にいるらしい。

 なるほど魔法も声も上から飛んできたのだから道理である。

「まったく……森が騒がしいからと来てみたら、とんでもないのがいたもんだ」

「何者だ!」

 声に向かってナイトさんが鋭く叫ぶと、木の葉が散り、真上から何かが降ってきた。

 その瞬間つむじ風が巻き起こり、霧散すると、魔法を起こしたであろう魔法使いがその場に着地する。

 大きなつばのとんがり帽子から燃える様な鮮やかな赤い髪がのぞいていた。

 帽子と同じ色のマントこそ羽織っていたが、短パンとチューブトップの衣装の露出はかなり高い。

 ただ衣装がすべて黒で統一してあるためか、ツインテールの赤い髪とそれ以上に鋭い赤い瞳がいっそう際立っていて、なんとも勝気そうなお子様である。

 そう、現れたのは女の子だった。

 ただ……彼女をあえて一言で形容する言葉があるとしたら一つだろう。

 ―――魔女。

 いや、ちびっこなので魔女っ娘だろうか?

 この間魔法少女ネタはやったのだけれども、似合っているのだから仕方がない。

 彼女は腕を組み、俺達に向かって鼻を鳴らすと、威圧するような鋭い表情で睨みつけてきた。

「なんだもなにもあるか! 人の土地に無断で入ってきやがって! そっちこそ何者だ!」

 威勢の良い彼女の主張は実に真っ当で、ナイトさんは一度ランスを納めて敵対の意思を引っ込めると、丁寧に言っていた。

「……これは申し訳ありません。しかしこの森に魔法使いの病気に詳しいお医者様がいると聞きました。何か心当たりはないでしょうか?」

「ああん? 知らないね! 聞きたいなら力づくで聞いてみるかい?」

「……いいのですか? 私としてはそっちの方が好みですが」

「ふん、小娘が。なんだかごっつい鎧を着ているようだが。そんな程度で勝った気になっているのかい! かわいいもんだ! こいつらの修理代、あんたの鎧を売りさばいて補填してやろうかね!」

 いや、どうやらさっそくナイトさんはやる気は満々の様である。

 魔女っ娘はどこからともなく大きな金属製の杖を取り出すと、曲芸のように振り回して、ナイトさんに突き付けていた。

 実力差とかは全くわからないが、険悪なムードだという事はわかる。

 緊張感が高まっていき、手に汗握る空気が立ち込めていたが。

 ここでトンボが焦り気味に手を上げた。

「えぇ~……いやちょいまち! カワズさん! アレ! 燃えてる!」

 ああ確かに、カワズさんが燃えている。

 それはもう盛大なものだ。

「……いやそんな雰囲気じゃなかっただろ?」

「雰囲気関係ないでしょ! アレはさすがに助けないと!」

 そう言って未だに消えていない炎を指差すトンボである。

 俺は熱でボーっとする頭で炎を眺めると、確かに恐ろしく熱そうだった。

「……まだわかってないのかいトンボちゃん。カワズさんが一体どれだけの魔法を手に入れたと思ってるんだ?」

「む? なんかこの流れは知ってる。でも前の時はただの虚勢だったじゃん」

 前の時とは多分、妖精郷に初めて来た時の事だろう。

 ふむ、ちょっと懐かしいが、あの時とはすでに事情が違うのだ。

「まぁそうなんだけど……カワズさん、そろそろ出てきなよ。トンボが心配してる」

「ふむ……もうチョイタイミングを見計らいたかったんじゃが」

 あっさりと返事が返って来たと思ったら、とたんに炎が消えていた。

 正確には消えたのではなく、一か所に集まって凝縮したのだ。

 それはカエルの手のひらの上。

 逆巻く炎は電球ほどの大きさで纏まると、パッと掻き消えてしまった。

 俺は当たり前にその光景を眺めていたが、周囲の視線は思いのほか驚きの色が強い。

 しかし俺から言わせればこのくらいは当然である。

 カワズさんは俺を介していくつもの魔法を習得しているのだ。

 その習得数は、世の魔法使いの比ではないだろう。

 その中には世に知られていない結界の数々も存在する。

 俺などは軽々しくお守り感覚で色んな結界を使っているが、そもそも結界の魔法など、ごくまれに残っている程度で、個人で使っている魔法使いなどよほどの手練れくらいだろう。

 そんなカワズさんがあの程度の魔法でどうこうなるはずがない。

 カワズさんはさっそく炎から出てくるなり、なぜだかすごく嫌そうに少女を見て、非常にうんざりとした口調で呟く。

「お前さんもケチくさいこと言うなよ。どうせ戦わせるつもりで作ったもんじゃろうが」

 そんな台詞は静まりかえっていた、この場において必要以上によく響いていた。

「……なんだあんたは?」

 カワズさんに気が付いた魔女っ娘はナイトさんから視線だけをずらして確認していたが、場の空気なんて一切関係なくカワズさんはさらに毒づく。

「はぁ……相変わらず若づくりしおって、このババアは……」

「ああん? わたしゃ亜人の蛙風情にババア呼ばわりされる筋合いはないよ! まったくなんなんだ! いや待て……んん? あんたは? ……んー?」

 だが何かに気が付いたらしい魔女っ娘はナイトさんすらほぼ無視してカワズさんの方に寄って行くと、不可解そうにじっとカワズさんを見つめていた。

 対照的に一歩引いたカワズさんは一々顔を逸らしながら、どことなくきまりが悪そうだ。

「……ぐっ」

「その雰囲気、そしてその声……どこかで覚えがあるねぇ。それにその魔力は……あんたまさか! ***のくそじじいかい!?」

 カワズさんの肩を掴む魔女っ娘は驚愕していたが、どこか嬉しそうに叫ぶ。

 そして肝心のカワズさんは本当に嫌そうに数秒口を尖らせたまま黙り込んでいたが、ついに観念したのか自分でそれを肯定していた。

「…………そうじゃよ」

 そう言ったとたん、魔女っ娘は大爆笑だった。

「あはははははは! 死んだと聞いていたんだが! 何だってそんな面白いことに!」

「ぐぅ……! 笑い過ぎじゃ! クソ! だから来たくなかったんじゃ!」

 カワズさんは額に手を当て最悪の事態だと嘆いていた。

 先ほどまでの殺伐とした空気はどこへやら。

 腹を抱えて大笑いする魔女っ娘と、テンションを下げ続けているカワズさんに俺達は呆気にとられて置いてけぼりだった。

「ええと……? カワズさん? この娘は?」

「この娘なんてかわいいもんじゃないわい! わしと十しか変わらんのだぞこのババア!……ブロフッ!」

 うっかり口を滑らせたカワズさんに強烈なボディブローが突き刺さる。

 カワズさんは当然の結果として体をくの字に曲げて悶絶していたが、先の衝撃発言は俺にとっても驚愕だった。

 カワズさんと十しか違わないってどれだけ若作りって話である。

 魔女っ娘改め、それが事実だとしたら完全な魔女の称号は彼女の物だと俺は確信していた。

「女の歳をばらすもんじゃないよ、このガマ顔」

 氷のように冷たい表情で、地に這いつくばるカワズさんを見下ろす彼女はますます魔女っぽい。

 ダメージから回復したカワズさんはよろよろとよろめきながら身を起こし、顔を真っ赤にして抗議していた。

「ぬぐぅ……このクソババアめ。だからってボディブローは止めろ! カエルの内臓は人間の時以上にデリケートなんじゃぞ!」

「ふん! 知るか! だいたいあんたはここに何しに来たんだい?」

「そ、そうだった! 実はこいつを見てもらいたいんじゃよ」

 さっそく本題とばかりに簀巻きのまま差し出される俺。

 それを見た魔女さんは、何とも訝しげに俺を眺めて、嫌そうにしゃがみこんだ。

「……なんとも、見た目と中身のギャップの激しい子だねぇ」

「……すんません、お手数かけます」

 魔女さんはさっそく俺の顔を確認して眉を顰める。

 そして何かに納得したように頷くと、俺の額に張ってある札をポンと撫でた。

「……ははん。なるほどねぇ」

 さすがカワズさんが一目置くだけのことはあるらしく、一目でだいたいのわけを察したらしい。

 魔女さんはカワズさんに再び向き乗ると、とてもいい笑顔できっぱり告げた。

「嫌だね」

「なんでじゃ! お前もわかるじゃろ?」

 驚くカワズさんを魔女さんはハッと笑い飛ばす。

 その動作は様になりすぎていた。

「あんたこそわかるだろう? 私が無償で治療をするような安い女じゃないってね?」

 ニヤニヤ笑いの絶えない彼女を前に、カワズさんは呻いて歯ぎしりする。

「むむ……何が望みじゃ?」

 それでも粘り強く交渉してくれるカワズさんには感謝だが、魔女さんはカワズさんの申し出に少しだけ考えたそぶりを見せてから、クスリと笑うとこう言ったのだ。

「とりあえず……お前さん、私に頼め」

「た、頼んでおるじゃろう?」

 心底訳が分からないという顔のカワズさんだったが、魔女さんはそんなカワズさんにわかっていないと指を振る。

「ただ頼んだだけでいいわけないだろう? 私を敬い、心を籠めて、尊敬とスペシャルな私へ対する感謝をこれでもかと詰め込んで、褒め称えろと言っているんだ!」

 そして振っていた指をものすごく楽しそうにカワズさんに突き付けると、カワズさんは顔を引きつらせていた。

「……相変わらず趣味が悪い」

「なんか言ったか?」

「いいえ、やらせていただきますとも! この世に並ぶものがない美貌と英知を極めし大魔女******よ! 貴女のお美しく広い御心を持って、その大いなる慈悲をこの者にお貸しくださいますよう。この願い、どうかお聞き届けくださいませんでしょうか!」

 随分と大仰に、しかしどこかやけっぱち気味にそう言ったカワズさんの台詞は、予想以上に効果テキメンの様である。

 聞いていた魔女さんはポカンとすると、今度は心底胡散臭そうな顔で言った。

「やっぱりお前……あいつじゃないのか?」

「喧嘩売っとるのかお前は!」

 頭から湯気を出すカワズさんだったが、確かにあんまりと言えばあんまりである。

 自分でもそう思ったのか、魔女さんも頬をポリポリと掻きながら、ちょっとだけきまりが悪そうだった。

「えーいやなぁ……そんなあっさり言う事を聞くとは思わなかったから。
お前もずいぶんと安くなったなぁ……」

「それだけ非常事態だと言うとるだろうが! わからんお前じゃあるまいに!」

「……」

 興奮してカワズさんがパンパンと人の頭をカスタネット位の感覚で叩くと、目の前の俺の札がぴらぴら揺れる。

 魔女さんはそんなカワズさんにやれやれと苦笑していた。

「相変わらず固い奴だ。まぁ、わかってはいるよ? ちょっとしたお茶目だろうに。治療はちゃんとしてやる。そら早く私の家に……」

「くしゅん!」

「あ、しまった」

 くしゃみの瞬間額の札が弾け飛ぶ。

 ついつい二人の会話に意識を集中しすぎて、俺の事を気にしていなかったトンボのうっかり声が響くと、カワズさんとナイトさんがぎくりと固まった。

 チュボン!

 次の瞬間、空から妙なものが落っこちてきて、間髪入れずに遙か遠くで土柱が上がると、ここまで地面が震えたのだ。

「……あちゃぁ」

 俺も思わず空を仰ぐ。

 どうやら……空から隕石が落っこちて来たらしい。

 驚いていない者などここには存在していなかったが、魔女さんも顔を引きつらせて呟いていた。

「……確かに、ちょっと急いだ方がいいかもだね」

「だからそう言っとるだろうが!」

「ほんとすんません……」

 俺は鼻水をすすり上げながら、とにかく謝るしかない。

 ある意味ここが人里離れた場所で本当によかった。


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