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八十四話 魔女の森 2
 何気にパソコンを使いこなしているカワズさんはまずそっち方面から当たったらしいが、めぼしい方法を見つけることは出来なかったようだ。

 今では人間の方にも使い手が現れ始めた我がネットワークは、情報を仕入れるには役立つことも多々ある。

 例えば、人間側に流通するきっかけになった事件などは結構心温まることだろう。

 ある一つの村に、病気の子供が出て、両親が藁にもすがる思いでSOSを出したのだ。

 それを動画とチャット機能を駆使して病状を説明し、よく効く薬草を転送してもらって事なきを得たと言う。

 工夫次第ではなかなか便利なので、徐々に浸透していっているのは間違いないだろう。

 ただ、今回に限っては俺達の配った先の指針がネックになってしまったらしい。

 まずアルヘイム側には人間の体に詳しいものも少ないこと。

 そして人間側にも大きな街は避けていたので、医者はいても魔法による変調などわかる者がいなかったとか。

 しかもそもそもこの症状自体現れることが稀であり、放っておけば治る病気だけに、それ以外の治療法がなかなか存在しないのが現状だった。

「……こうなれば、仕方がないか」

 しかし匙を投げたと思われたカワズさんには思い当たる人物がいたらしい。

 ぼそりと漏らした台詞を聞かれ、あれよあれよと言う間に出発したはいいが、なぜかカワズさんの顔はすぐれなかった。

 ……だけどそれは俺も同じである。

 布団で簀巻きにされた状態で身動きも取れないのだから、どんな顔をしたらいいのか?

 教えてもらえるなら教えてもらいたい。

「……なぁ、なんで俺はぐるぐる巻きなんですか?」

「運びやすいからじゃない? どうせ動けないじゃん」

「じゃあ、さっきからぴらぴらウザったい額の札は何なんだよ?」

「魔法使用禁止って書いてあるよ?」

「俺に見えなきゃ意味ないだろう……」

「そう言えばそうだね」

 さっきから俺の話し相手は頭の上に乗ったトンボだった。

 簀巻きにされ、カワズさんバージョンの転移でやって来たのは、カワズさんの母国、ガーランド帝国の東にある深い森である。

 カワズさん曰く、目的の人物はこの森の奥深くに住んでいるという。

 俺達みたいな事をしている人が他にもいたんだなぁと妙な親近感がわいたが、俺達同様ユニークなのは間違いなく、すんなり仲良く出来るかどうかは疑問の余地があるだろう。

「変わり者の魔法使いでな。人が使わないものほどよく使う偏屈な奴じゃが、それでも腕は一流じゃった。まだ生きておるならここにおるはずだ」

 とはカワズさんが言っていた事だが、カワズさんをしてなお変わり者と言わしめるその事実だけでかなりの高レベルだと予想された。

 そして俺はと言えば、背負子に布団ごと体を固定され、半荷物としてナイトさんに背負われているわけだから、見た目通りのお荷物なのは間違いない。

 もうなんだか情けないやら、申し訳ないやら。

 出来ることと言えば、暴発しないようにしっかり集中していることくらいだった。

 それでも体は動きそうにないのだから、なんだか泣けてくる。

「窮屈でしょうが頑張ってください」

「……ほんとすんませんナイトさん」

「何のこれしき! この私にお任せください!」

 そして心なしかうれしそうなナイトさんは俺を担いでいる上、重さをまるで感じさせないのだ。

 それどころか現在、彼女はお気に入りのフルアーマーナイトさん状態だというのに、着こんでいる甲冑の重さすらも感じさせないのである。

 軽い足取りで森を進むナイトさんは常にリズミカルすぎた。

 なんというか……それもそれで泣けてくるから不思議である。

 そしてもう一人、やっぱり気分がブルーな人がいるらしい。

 どういうわけか今回の発案者が進むたびに足取りが重くなってゆくのはどう言う事だろう?

「……」

「カワズさん大丈夫? なんか森に近づくにつれていつにも増して顔色が悪いよ?」

「……はぁ」

 返事もため息が多くなっているのだからなかなか重症のようだ。

 露骨な態度にカワズさんにナイトさんが不思議そうに尋ねていた。

「何がそんなに気が進まないのですか?」

「……わかっとるんじゃ。これが最善じゃという事はちゃんとわかっておるんじゃよ。
だがのぅ……ここはなぁ」

 カワズさんにも何かしら行きたくない理由があるのだろう。

しかし今は緊急事態、そこは我慢してもらうしかない。

「なんか……悪い。は……は……」

 そして間の悪いタイミングで鼻がぐずりだす。

 すぐさま緊張が走り、カワズさんが鋭く叫んだ。

「トンボ!」

「あいよ!」

 スッパン!

 鼻面に痛烈な一撃。

 トンボの手には俺の顔面サイズのハリセンが握られていた。

 俺がくしゃみをしそうになったら、こいつで一撃して止めるのである。

「フグッ! ……このくしゃみの止め方どうにかならないんだろうか?」

 理屈はわかるがもうちょっとマシな方法にして欲しいのだが。

 具体的には痛くない方法を模索してもらいたい。

「何言ってんの! くしゃみしたら危ないじゃん! このくらい当然でしょう!」

 トンボの言う通り、今の所暴発のきっかけはくしゃみらしいという事で緊急の措置だが、いい加減にしないと鼻の形が変わりそうだった。

「……まぁそりゃそうなんですけど」

「うむ、わかればよろしい」  

 やはり俺の頭の上でふんぞり返っていると思われるトンボのハリセンの冴えは、今後も衰えることはないようである。



 しかし進めば進むほどどんどん怪しい雰囲気を醸し出す森だった。

 奥に進むたびに薄暗くなるのはもちろん、生えている木々もうねうねと折れ曲がり、怪しげな雰囲気を醸し出している。

 俺じゃなくても気が滅入るだろう。

 だからと言うわけではないが、何かあるんじゃないかとは思ったんだ。

 案の定、森の中に何か動いているのを見つけて、ナイトさんが歩みを止めていた。

 相手は俺にでもわかる程に露骨である。

 チラチラと木の影から見えるそいつらは、動きこそ俊敏とは言えないがとても大きく、その上数が多いらしい。

 そんな奴らが自分達をグルリと取り囲んでいるのだから、他のメンバーもすでにさっきまでとは雰囲気が違ってきているようだった。

「……なんか来た?」

「おうおう手荒な歓迎じゃわい」

 カワズさんは不敵に呟き、トンボですら身構えていたが、当然のことながら今回俺は全くの役立たずである。

 何せ魔法を使えば暴発の恐れあり、その上身動きが取れないので逃げることすら出来ない。

 紛れもなく異世界に来てから、トップクラスの命の危機だろう。

 ゾクリと俺の背筋に寒気が走る。

 なんとも最初の頃にはいつもすぐそばに感じていたのに、ここにきて最大級のヤツを感じるのだから情けない。

 緊張して、じっとりと汗をかいていたら、森の奥から重い金属のこすれる音が幾重にも聞こえてきた。

 ガチャリガチャリと木々の闇から現れたのは、人よりも遙かに大きな鎧だった。

 しかし四天王にいた鎧男のように意志があるようにも見えない。

 ただ虚ろな鎧達は人形のように前に進み続けている。

「……自動人形(オートマトン)か? 凝ったものを作りよるわい」

「……オートマトン?」

「ああ、おおよその流れはゴーレムと同じもんじゃが。触媒を甲冑なんかにすることによってより滑らかな動きのゴーレムになる。
あれこれ色んな仕掛けも仕込めるビックリ人形じゃよ」

「へー、なんか凄そう……う!」

 感心していたら、突然背負子から降ろされて、俺は地面に置かれた。

「申し訳ありません。しばらく降ろさせてもらいますね」

 低くなった視点から見上げると、ナイトさんはオートマトンから目を離さずに簡潔に謝ってきた。

 だが声をかけてきたナイトさんはどこまでもやる気に満ちている。

 もっとも表情は見えないのだが、声の端々から気合いの様なものが感じられて、俺にはこう言う以外に思い浮かばなかった。

「……うん、頼りにさせてもらいます」

「……! 任せてください!」

 ブルリと一度震えた鎧が、はっきりそう言って一歩前に進み出る。

 ナイトさんの気配に気を取られたのかオートマトン達も一斉に動きを止めて、彼女を見ていた。

 お互いを敵と認識して数秒、ナイトさんは一見してとても強そうなオートマトン達に何のためらいもなく言い放った。

「申し訳ないが時間が惜しい。押し通らせていただきます!」

 とたんナイトさんの言葉を合図にガチャンと森から出てきた以上の音を立てて大きな鎧達が飛び上がる。

 一斉に襲いかかってきたそいつらを冷静に眺めて息を吐くフルアーマーナイトさんは、無造作に巨大なランスを構え、一薙ぎに振り払った。

 金属同士の擦れる音が不快に響き、オートマトンは三体ほどまとめてひしゃげて金属の塊へと姿を変える。

 ナイトさんのパワーと、新装備の強度が合わさればこの程度の事は造作もないだろう。

「まだまだ!」

 しかしこんな程度は今のフルアーマーナイトさんには序の口だった。

 続いて敵の一番多い方に向き直ると、ランスを正面に構える。

 そして体を前傾に倒すとバックリ背中のアーマーが開き、青白い光を伴って魔法陣が光りだし甲高い音が響かせていた。

「行きます!」

 ナイトさんが言った瞬間、高まった音が絶頂を迎えると魔法炎が尾を引き殺到していたオートマトンをすべて蹴散らした。

 鎧の背面に仕込まれたバーニアが魔法金属の塊であるナイトさんを一個の弾丸として加速させたのだ。

 立ちはだかっていたオートマトンはなすすべもなく、まるでボーリングのピンみたいに跳ね飛ばされる。

直線上にある、あらゆる物を巻き込んで吹き飛ばす突進を止められるものなど存在せず、ナイトさんの通った後に残った抉れた地面がその威力を物語っていた。

「この加速……止められるものなら止めてみなさい!」

 そんなナイトさんにカワズさんとトンボはこっそり囁き合う。

「なんだかナイトさん楽しそうじゃない?」

「そりゃそうじゃろ? こんな状況滅多にないしなぁ」

 カワズさんはにんまりと気持ちの悪い顔で笑っていたが、確かに俺の目にも戦い始めたナイトさんはどこか生き生きして見えた。

 もっとも顔は見えないわけだが。

 勇猛な戦いぶりに感心した風のトンボとカワズさんだったが、そんなことを言っている場合でもないようだった。

 オートマトンの数が予想よりも多く、一度に対処出来る数には限りがある。

「やれやれ……わしもやらんといかんなこりゃ」

 コキコキと肩を鳴らすカワズさんはバッと上着を脱ぎ捨てて、珍しくやる気を出していた。

「よし! わたしは応援する!」

「……あー、そこは戦わないんだ」

「当たり前でしょ! 適材適所!」

 それにしても張り切って応援に徹するトンボの割り切りっぷりは、見習うべき所があるだろう。

 しかし気になるのはカワズさんである。

 なぜに上着を脱ぎ捨てたカワズさん?

 あんたは曲がりなりにも魔法使いのはずだろう?

 だというのに、カワズさんの行為は守り固めるどころか薄くする蛮行である。

 もちろんそんなことなどお構いなしにオートマトンの集団は、進み出たカワズさんに狙いを定めたらしい。

 オートマトンの一体が拳を振り上げてカワズさんに向かってきていたが、カワズさんはそれを待ち受けているようだった。

「コー……ホー……」

 結界を張るんだろうと思っていたのに、カワズさんにその様子はなかった。

 あわや潰れたカエルが出来上がるというその瞬間、カワズさんは動く。

「ふん!」

「!」

 カワズさんは巨大な鉄拳をすんでの所でいなし、力強く地面を踏みぬくと、ほとんどゼロ距離から掌打を叩き込んだのだ。

 とたん衝撃が鎧を打ち抜き、オートマトンは派手にひしゃげて数歩後ずさると、糸が切れたように崩れ落ちた。

 俺もさすがにこれには度肝を抜かれていた。

 なんだろうこれ? ちょっとふざけ過ぎじゃないだろうか?

「ふぉっふぉ! さぁかかってくるがいい! 伊達に上級編をこなしておったわけではないわ! もっとも健康体操から実践向けにアレンジは加えさせてもらったがのぅ!」

 カワズさんは会心の一撃に十分すぎるほどの手ごたえを感じているらしい。

 なんという事だろう。

 まさかあのDVDがこんなことになろうとは。

 と言うか、……カワズさんの凝り性ここに極まれりである。

「うおおお! カワズさんかっこいい!」

「ふふん! 当然じゃろ!」

 興奮するトンボの声援を受けて気をよくしたカワズさんは、オートマトン相手に手のひらを突きだしクイっと指を立てて挑発して見せるのである。


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