八十一話 突撃! 魔王城! 4
「……反省してますごめんなさい」
「見事な芋虫じゃな」
「そう言えばトンボならヤゴだよね。かわいそうだけど、もうちょっと落ち着くまでその恰好でいてもらおう。もう装備は封印するから、変な野望を企んだりしちゃダメだぞ?」
「……もう世界征服なんて考えませんごめんなさい」
「「野望でかいな!」」
「あはははは! あんた達やっぱり面白いわ。ごめんなさいね、狭い部屋で。プライベートスペースってここくらいしか取れなくって」
だが謙遜はしているものの案内された部屋は、毒々しい城の雰囲気とは全く違った部屋だった。
白い壁紙に、西洋のドールハウスの様なかわいい家具達が並べられている。
中でも天蓋付のベッドは特別大きく目についた。
俺達は三人掛けの大きなソファーに座って魔王様と向かい合っている。
目の前には魔王様が自ら入れたお茶があり、ティーカップから立ち上る湯気からは甘くとてもいい香りがして、ここが魔王の城ではなかったらさぞかしリラックス出来たことだろう。
もっとも変に緊張感があるのは、机の端っこにぐるぐる巻きで転がされていたトンボが、実に陰鬱な空気を発しているのが原因の様な気もしたが、これはまぁ仕方がない。
「さぁて、じゃぁ改めましてこんにちは。私は第五代魔王……」
「あーすいません。俺の翻訳魔法が不完全で、名前はちょっとわかんないんで、魔王様でいいですかね?」
「あらそうなの? 別にかまわないけど、貴方達ちゃんと名前で呼び合ってなかったかしら?」
「あれはあだ名ってやつです。みんなに付けているんですよ」
魔王様はそれを聞くと何やらほうほうと頷いている。
そしてにっこり笑って、なにやら上機嫌になって手を叩いていた。
「ああ、通りで変な名前だと思った。じゃぁ私にもお願い出来る? 出来れば可愛いのがいいわね!」
「可愛い」の所を嫌に強調していたのが気になったが、魔王様はさっそくちょっとしたお願いをしてきたのである。
相手が偉い人っぽい時はあまり変なあだ名は付けないようにと心がけていたのに、これはどうやらなかなかスリリングな命名になりそうだった。
「そのままズバリ魔王様にしようと思っていたんですけど、駄目ですか?」
「ダメね。かわいくないし。いつもはどうやってつけているの?」
「いつもは……そのものズバリ見た目とか、それか肩書とかをそのまま? 自己申告の場合は辞書に載ってそうな奴は比較的堅いです」
まったくもって変な縛りだと自分でも思う。
最近なんとなく、この複雑さは意図的なものなんじゃないかと疑っているくらいだった。
何せ名前だけピンポイントすぎる。
花や動物と同じ名前の人間はいないのだろうか?
何か別の要素も間違いなくありそうだが、それこそカワズさんしかわからない。
「へぇ、あだ名一つ考えるのも大変ねぇ」
「まぁあだ名や愛称なんて、普通は本名をもじって付けますからね。それが出来ないんじゃ苦労もしますよ」
人にはわからない悩みというやつは思いの他下らない所でも発生するものだと思う。
さていつも通りなら最優先で見た目という事になるが。
第一候補は「おねぇ」とか「あねさん」とかだったりする。
しかしそんな概念がこの世界に存在するかどうか? それが問題だった。
それをボツにすると、続いて第二候補に魔王様の特徴か。
ざっと確認すると、まずは白い長髪、吊り目の紫色の瞳、派手目のコートと衣装、耳は尖り気味だがエルフより大人しく、額のあたりに赤い石のようなものが見えると。
パッと見目に付くのはデコの石と長く白い髪だろうか?
特に目についた髪は色素が薄いのか、一本一本が細くとてもふにゃふにゃで軟かそうだが、あえて言うなら……。
「……とろろ昆布?」
「……それは却下でお願いしたいわ」
「じゃあマオちゃんとか?」
「……お前さんのふてぶてしさにも磨きがかかって来たのぅ」
俺の安直すぎるネーミングにカワズさんがすごく馬鹿にしているのがひしひしと伝わるが、余計なお世話である。
俺としては頑張ってかわいいを追求した結果なんだ。
しかし魔王様は幸い次のあだ名をとても気に入ったようだった。
「それいいわ! マオちゃんでお願い!」
「本当に?」
「あなたが付けたんでしょう?」
「まぁそりゃそうですけどね。じゃぁマオちゃん、こっちもさっそく自己紹介を……」
「あ、ちょっと待って。実はこの城に入ってからずっと見ていたのよ。タローちゃんとカワズちゃんとトンボちゃんよね? でもこれってニックネームなんでしょう? 貴方が本名を知ることが出来ないというのなら、私も聞かないでおくことにするわ」
「そうですか?」
「うん。なんだかちょっとフェアーじゃないものね。それに、お互いあだ名で呼び合える間柄ってなんだかステキじゃない?」
俺の名前は限りなく本名に近いのだが……まぁ今更か。
あえて反論する理由も思い浮かばなかったので、それで納得しておくことにした。
何しろここからがお話の本番である。
「じゃぁお互いの呼び方も決まったし。さっそくお話をしようかしらね。
私達としては貴方達が何をしにここに来たのか、最低限その辺りの事情だけは確認しておきたい所だけど? いいかしら?」
さっそく姿勢を正し、あくまで穏やかに魔王様は尋ねてきたが、俺もそう言えばまだ肝心の目的を果たしていないことを思い出していた。
とりあえず第一目標だった魔王が実在するのかは確認した。
そしてもう一つ、ちゃんと話が出来そうだったらやろうと思っていた事があったのを忘れていたのだ。
「あー! そうだった! こいつを渡そうかなって!」
俺はとにかくまた忘れる前にと、がまぐちから包み紙で包装した四角い箱を取り出して、魔王様に差し出す。
すると魔王様はそれを見て、思い切り困惑顔をしていた。
「……なにこれ?」
「お菓子ですよ。ちょっと訳があって異世界から拉致されてきましたタローです。どうかよろしくお願いします。妖精郷に間借りをさせてもらってますんで、あの辺りは襲わないでくださいね?
後は……ちょっとこっちに来た時に、いくつか無茶しちゃいまして。魔族さん達にご迷惑かなーという噂が立ったのと、今回の事、まとめてごめんなさいって言う……気持ち?」
菓子折り渡してごめんなさいなんていうのは、日本人だけなのかもしれないが、こういうのは気持ちが大事だろう。
だけどそう言った俺に、魔王様は非常に難しい顔で菓子箱を受け取っていて、ちょっと待ってくれと話を切った。
「えっと……一応そんなふざけた感じの事じゃなくって、本当の所を聞きたいんだけど?」
「別に嘘なんてこれっぽっちもないですけど?」
それどころか真心と謝罪のたっぷり籠った手作りの一品と自負しているのだが?
だが残念ながら、相手にはそう捉えてはもらえなかったようである。
そうじゃなかったら、魔王様がこんなに戸惑うわけがない。
考えてみれば正当防衛とはいえ部下をボコボコにした直後ではあまりにも白々しいか?
これに関しては、不可抗力も多分にあるので許していただく他はない。
しかし思い悩む俺の思惑とは、多分全然違う所で悩んでいる魔王様は、まだ状況を整理しきれない口調で言った。
「でもじゃぁ……この島に来るだけでも相当に面倒な手順が必要だったでしょう?
結界を解くカギになる道具も、今じゃ世界中に散らばっているって話だし。集めるのは簡単ではなかったはずよ。それだけの労力を使って挨拶だけって言うのは……」
「あー、入る時には〈女神のオーブ〉、〈虹のかけら〉、〈月影の瞳〉ってのが必要だってあれでしょ? 一応聞いてはいたんですけど。ぶっちゃけあんなの一々集めてられないですわ。だから魔法でちょちょっと……」
「力任せにぶち破っただけじゃん」
むむ! 失敗組の仲間を増やそうとしてるなトンボちゃん。
すかさず入ったトンボの余計な一言で、魔王様の表情が強張るのを感じて、俺は慌てて付け加えていた。
「いやいや、そんなことはないですとも! ちょっと手荒くはなったような、ならなかったようなですけど……。あー、ちゃんと直しておきましたんで」
結局気まずくなって言い訳にもなっていないことを呟いてみた俺である。
しかしそもそもそんなややっこしい結界を張った誰かが悪いのである。
話を聞いた時はまったく本格的にRPGのお使いだと呆れたものだ。
もう俺には関係ないので、今度訪れるはずのどこかの誰かさんにご苦労様と祈りを捧げておこう。
ちなみにその秘宝のうち、二つくらいは知り合いが持っていたりするから、面白いなと感心してしまう。
きっと大して必要じゃない人間ほど、大事なモノのすぐそばにいたりするのだ。
世の中はまったくままならないものだと悟らずにはいられなかった。
だけどその結界はやはり強力なものだったのは間違いない。
魔王様にもそれは例外ではなかったようで、存分に驚いていただけたようだった。
「力任せ!? ……いえ、ええっとじゃぁ私と話が出来ると思ってきたって事? 自分で言うのもどうかと思うけど、魔王なんて人間側からしたら化け物みたいなものでしょう?」
「こう言うのは何なんですけど、魔王なんていないかもっていうのが半分くらいでしたね。後は恥ずかしい話、だいたいとんでもない化け物がいると思っていました。ちょこっと話が通じたらいいなと、そっちが正解で助かりましたよ」
実際これは嘘偽りない本音で、本気でよかったと思う。
ただし、あまりにも低確率のコースだったものだから、逆に訪問の仕方が荒くなってしまったのが申し訳ない位だった。
「ちなみに……その想像通りの化け物だった場合はどうするつもりだったか聞いてみていいかしら?」
恐々聞いて来た魔王様だが、そんなことは愚問である。
考える間もなく俺は即答していた。
「逃亡一択ですね。駄目だったら適当に戦闘不能にして、お菓子だけ置いて帰るつもりでした。俺達としてみたら実際いるかどうかがわかればそれで十分なんで」
「……それで済む?」
「そのためのマジカル☆トンボスーツですよ。あれだけ理不尽な物、俺だったらもう関わり合いになりたくないです。それにあれほど説明に困るモノもないでしょ? だいたい魔王が妖精に負けたなんて質の悪い冗談の類でしょうし。……結局負けちゃいましたけどね」
「……それじゃぁダメじゃない」
「そうなったら……マジカル☆カワズタンが爆誕するだけですね」
「なんじゃいそれ! わし聞いとらんぞ!」
俺の暴露話に血相を変えて食いついたカワズさんだが、そりゃそうだ、だって言ってなかったし。
あくまで有志による補助計画の一部なので、出来れば需要のない映像は残しておくべきではないだろう。
「あはは。俺も出来れば避けたい事態だから。それともやっぱり扇風機ベルトかペンライトの方がよかった?」
「それでなにせぇちゅうんじゃい!」
叫ぶカワズさんは赤くなるほど怒っていたが、本当に実現しなかったのだから喜ばしい限りだった。
ここまで説明した時点で、魔王様が天井を見上げて、息を吐いているのに気が付く。
その目は脱力感と疲労で濁っていて、何とも哀愁が漂っていた。
「ええっと、じゃぁ本当に……貴方は挨拶しに来ただけだったと?」
「まぁ。それ以外になにか?」
「いえ……歴史上たぶんそんな理由でここまで来た人間はあなたが初めてなんだろうなーってね。
フフフッ、タローちゃんは本当にめちゃくちゃね。私より魔王の才能あるんじゃない?」
「……マオちゃん、そう言う冗談はマジで勘弁です。友人にもお前が魔王だろって散々言われているんで」
「あら、そうなんだ。確かにその魔力じゃ言われてもしょうがないわよね。ちなみのどれくらいのものなのかしら? 私の感覚じゃ正確に測りきれないのよ。確か人間には魔力を数値化する技術があるって聞いたんだけど……参考までに教えてもらっていいかしら?」
「いいですよ? そうですね、あなたの魔力をだいたい5000だとすると……」
「すると?」
「800くらいですかね?」
「800?」
「はい。800万」
「マン! バカじゃないの!」
驚愕する魔王様がこれまでにないほど目を見開いて机を叩くが、馬鹿とはひどい話だった。
「……馬鹿とか言われても」
とりあえず俺は目の前に置いてあった紅茶に手を伸ばして、一口飲む。
腰を浮かせていた魔王様はそれを見て我に返ったのか、椅子に座り直して、咳払いしていた。
「……失礼。でもいくらなんでもそれはちょっと……ねぇ? あなた神様かなんかなのかしら?」
魔王様の質問は半信半疑の不安定な思考をまとめるためのものだったのだろうが、俺は何ともいつの間にか神にされそうな質問に、首を横に振って淡々と事実を述べるだけだ。
これ以上妙な二つ名がつくのは御免こうむりたい。
「いや? ごくごく普通の大学生でしたけどね。向こうにいる時はごく普通の一般人でしたとも。おかしくなったのはこっちに来てからですわ。そこの蛙に呼ばれて」
じっとカワズさんを見る俺。
「……この蛙。とんでもないことするわね」
「ええまったく」
魔王様もすべての元凶であるカワズさんを、正気を疑う表情で見ていたが、カワズさんはそれに大いに慌てていた。
「わしのせい! いや、まぁおおよその原因はわしにあるのは間違いないんじゃが!」
必要以上に慌てて見えるカワズさんだが、そりゃそうだ。
この魔王様、何気に今まであった中では世界最強に近い。
出来ればそんな相手の顰蹙を買うのは避けたいんだろう。
気持ちはわかるが、そんなもの、今更手遅れだ。
「まぁカワズさんも呼び出す時は悪気しかなかったみたいですけど。死に際の悪あがきみたいなもんなので、許してあげてください」
だけどなんとなく気が向いたので、フォローらしきものを口にすると、いよいよ何か大事なものを諦めたらしい魔王様は大きく肩をすくめていた。
「はぁ……もう敬語じゃなくていいわよ。むしろ私の方がちょっとふてぶてしく感じて来たわ」
「いえいえ、俺なんて人様に敬われるような人間じゃないんで、むしろ尊敬しますよ」
「……そう言ってくれると助かるわね。それに私を殺す気がないって言うのも感謝しないと。
だけど、もうこの際言っちゃうけど、たぶん私が今殺されてもあまり意味がないんだけどね」
「あー、まぁ最初からそんなつもりはさらさらないので。でも意味がないというと?」
「うーん、そうね。その辺りを話すと長くなっちゃうんだけど構わない?」
「別にかまいませんよ」
むしろ魔王の裏事情などちょっとだけ興味がある。
断りを入れた魔王様は椅子に座り直すと、その理由とやらを話し始めた。
「じゃぁまず魔王って言うのは実は唯の魔族の長ではなくて……もっと直接的な意味があるの。
具体的に言うと魔獣が異常繁殖した時に魔王って言うのは選ばれる仕組みなのよね」
「ほっほう。それはまた恐ろしい……」
しかしその台詞を聞いた途端、カワズさんがピクリと反応するのが目の端に見えた。
その顔はいつも以上に真剣だったが、魔王様は構わず続ける。
「でしょ? だから魔王は魔王継承と同時にある魔法を使うことになるの」
魔王様は当然の様に話してたのだが、逆にそれに不思議そうなのはトンボだった。
「ちっこい魔獣が増えたからって何か困るの? そんなに強いのに?」
その身を以て魔王の強さを体感したトンボだからこその疑問なんだろうが、魔王様はすぐに頷いていた。
「もちろん。単純に増えすぎると食料を食いつくしちゃうし、おなかが減ると凶暴になっちゃうでしょ? そうなるともう手当たり次第になっちゃうわけ。魔獣はもともと好戦的だからその辺り極端でね。一匹一匹が弱くても、集団となると手に負えなくなるのよ。
それに私達は魔獣を味方として保護する立場にあるわけなんだけど、襲いかかってくる奴ら相手にまで、そんな事をするわけにはいかない」
「ふむ、すると魔王という存在は何かの……魔法儀式的なものに必要不可欠な存在なのかの?」
どこか重い口を開くカワズさんの問いに、返って来たのは肯定だった。
「まぁそう言う事ね。ズバリ言っちゃうと私達の先祖は魔獣を制御する魔法を用意したのよ。
私は魔人族って種族なんだけど……って言ってもわからないかしら?
魔人族って言うのはね、魔族の中でも少し特殊な種族なんだけど、結構強い力を持ってるの。
でも竜以上に数が少ない。
昔、いくら個が強力でもあまりに少ない私達は、繁栄への限界を感じていたらしいのね。
だから他の、自分達と同じように少数の種族や、他所の種族のはぐれ者達を束ねて魔族を名乗ったわけ。
そしてさらに自分達の陣営を強力にするために魔獣達も取り込んだ。
そのための基本となるのが魔王の儀式ってわけ。
魔獣を操って見せた魔人族の長は、束ねた種族達から確固たる信頼を得て王を名乗るようになる。
それが魔王の成り立ちよ」
「それはすごい。魔獣を制御ですか?」
俺の場合は姿を見た瞬間逃げ出されているわけだから、実にうらやましい。
それに何度も魔獣が戦っている所は見ている。
どこにでもいるそいつらを、全て統括しているとしたら、それはすごい魔法だと思う。
だけど、魔王様はそんな俺の言葉に苦笑いで答えていた。
「まぁ実際はそんなに便利な物ではないんだけどね。
ここからは秘密なんだけど、確かに魔獣達は魔族に属するものを襲わなくなった。
だけど完全に言う事を聞かせられるわけでもないのよ。
魔王に出来るのは魔獣達に方向性を与える事だけなのよね」
「なんですそれ?」
「凶暴性を向ける相手を狭くするって事。そしてそれも完璧とはとても言えないものなのよ。
効果は距離が遠くなればなるほど小さくなっていくわ。
その上魔力を馬鹿食いする、すごく燃費の悪い魔法なものだから、初代魔王以降は魔獣の異常繁殖って事態にしか選ばれなくなるように細工もされたわけ。
一応魔王継承の儀式っていうのには特典があって、今までの魔王の魔力を引き継ぐ事が出来るんだけど、それでもかなりしんどいのよ」
最後の方は愚痴っぽく話す魔王様は、どこかうんざりしているようにも見えた。
「それで、その魔獣達に与えた方向性と言うのが人間という事ですかの?」
ぽつりと呟くようにカワズさんが言った台詞を聞いて驚く俺。
カワズさんの目は細められていて、どこか怒っているようにも見えた。
それに対して俺の方はいまいち感情の起伏について行けずに戸惑っていたが、魔王様の方はいたって普通に頷いていた。
「そう。よくわかったわね。主にその対象は人間ってことになるわ」
「あちゃぁ。そんな人間を目の敵にしなくても」
いくらなんでもあんまりな話だと思ったのだが、魔王様はゆっくりと頭を振ってた。
「いやねぇ、別に私個人としては目の敵にしてるわけじゃないのよ? でもそもそもこれに関しては消去法って所なんじゃないかしら?」
「消去法ですと?」
「そうよ。まず魔族に被害を出すわけにはいかないのは絶対条件。妖精はそもそも数が少ない。竜も同じくそう。それなりに強くて、数が多い種族。それが人間だっただけ。
結局魔獣が増え続ければ、どっちにしても困る事になるわけだし、数は減らさなきゃならないでしょ? それに人間自体が魔物と同じ脅威を抱えているわ。
もっともそれはただの建前で、実際は魔族を一番目の敵にしているって所が理由だけどね」
魔獣と人間、厄介者がお互いに潰しあって数を減らしあってくれれば魔族にとっては悪いことなしという事か。
まったく人間には迷惑以外の何物でもない話だった。
「えげつない……」
「まぁそうね。それは認めるわよ。だから極力私達が直接手を出すようなことはしないわけ。魔王がたまにしか現れないのも、だんだんとこの魔法の意味自体が失われたって所が多いしね」
たまにならいいという問題でもない気がするが、実際他所の世界の人間である俺が、とやかく言えるようなものではないらしい。
何か色々と歴史的背景なんかもあるのだろうなと察することが出来たが、一人間としては非常に複雑だった。
カワズさんもそれは同じなのか、目を閉じて色々と考えているようだったが、最後に付け加えて言った。
「だが、人間から見たら魔獣をけし掛けて、操っている魔王はどう考えても悪だと?」
カワズさんの台詞には確認だけでなくそれなりの感情を含んでいる。だがそれは魔王様の方も同じで理解はしているようだった。
「そう言う事。だから勇者なんて暗殺者をけし掛けてくるんでしょ?
小競り合いも何度あったことか。
実際魔王が倒れれば、魔獣の方向性が散漫になるわけだから人間への被害は減るでしょうけど。
でも今みたいに、新しい魔王が生まれてすぐに魔王が死んだりすると、魔獣の数が減っているわけでもないし、また新たな魔王を選別する魔法が発動しちゃうわけね。
今度は私の魔力も取り込んで、もっと強い奴になるけど。
もっとも魔獣の話がある前から人間とは争ってはいたんだけどね。
魔族自体も負け越しているといっていいわ、事実大陸の半分を支配しているのは人間なわけだし」
そして魔王自体が常に人間に恨まれ、狙われ続けて、死んでももっと強い魔王がいつか現れるという負のループが続くわけだ。
ただどちらにしても魔獣の異常繁殖は起こるので、もはや天災に近い現象なのだなと漠然と思った。
「ふっ……。だから自分を殺さない方がいいと? 随分簡単に重要なことを話すとは思いましたが、わかりやすいことをなさいますな魔王殿」
そしてカワズさんが不敵に笑うと、魔王様もまた同じような顔で笑っていた。
「やっぱりばれちゃった? そりゃそうよ。魔王になったって言っても、そんなに早く死にたいわけじゃないしね。でも話自体は嘘じゃないわよ。これは純然たる事実。それを加味して理性的に判断してくれることを願っているわ」
魔王様はそう話を締めくくったわけだが、俺としては殺さない方が自分に降りかかる火の粉が少なくなると理解した。
最もどちらにしても手を出す気はなかったが、それよりも今の話、魔獣云々よりも引っかかる所があったのだ。
「……ふぅん、でマオちゃん? ちょっと気になったんだけど、その魔力を受け渡す魔法って簡単に使えるようなものなの?」
俺がそう尋ねると、魔王様は意表を突かれたようだった。
「? いいえ、そんなわけないわよ。そもそもこの魔法は魔人族の秘奥だし。
死の瞬間に魂から魔力の部分を引きはがして、代々の魔王に受け継がせるわけだけど、これも厄介な魔法でね。確かに魔力の絶対量を底上げすることは出来るんだけど、リスクが高いのよ。
魂は色んな情報が集まって出来ていてね、すごくデリケートなの。まず魂の器があって、その器の中に無理矢理歴代魔王の魔力を詰め込むわけだから……死んでもおかしくないくらいのハードな魔法ね。
私も死ぬかと思ったんだから」
「……へぇ」
実に興味深い意見だった。
ふとカワズさんの方に視線を移すと、あからさまに汗をかいていた。
やはり過去のこととはいえ、思い当たる節があったようだ。
「そ、そうかのぅ……こ、こんな魔法ありふれたもんじゃろ? それにそんなに危ないものでもないと思うんじゃ!」
さっきの真剣な表情はどこへやら、きょどり気味に言い訳を始めたが、詳しい人が近くにいるので無駄だった。
「そんなことないわよ! 魂を扱う魔法はどんなものでも危険だって聞いてるわ……って注目して欲しい所はむしろ魔獣を操れるって方だったんだけどなぁ、で? どうしたの? タローちゃん? そんなに怖い顔して?」
「いや、余罪がまた出てきたもので。……今度カワズさんが使った魔法、ちゃんと調べてみようかな?」
「……! いや! それは! やめた方がいいと、思うんじゃよ? うん! 終わった事じゃし!」
「……俺もそう思っていたんだけどね」
余罪の追及なんて家の中が気まずくなるだけだと思っていたが、知ってしまってはやはり気になってしまうのが世の常だろう。
「? まぁ楽しそうで何よりだけど。私の話はこんな所ね。命乞いもこれで終わり。後は貴方達に任せるわ」
きっとこの任せるは、自分の扱い含めての任せたなのだろう。
なんだかんだ言って、なんとも疑り深い魔王様は、どこまでも慎重なお人だった。
「だから……最初から血なまぐさい話をするつもりなんてないんですよこっちは。でもちょっともう一個ぐらい訊いてみたいかも?」
「なに?」
「聞いていたら、今一魔王になりたかった様子でもないのに、よく命まで懸けられるなぁと」
俺からしたら到底信じられない話だ。
初対面でいきなり提案したのは自分の命を引き替えにして城の仲間を助けてくれという物だった。
そんな真似、下手すると肉親にだって出来るかどうかわからない。
それをあっさりやってのけた魔王様が単純に不思議だったのだ。
魔王様はしばらく自分の手に紅茶のカップを手にとって黙って揺らしていたが、突然思い出したように笑いだして言った。
「フフフそうねぇ。勝ち目ないのは一目見てわかっちゃったけど、これでも魔王様だし。
それならとっとと目的を達成してもらって、部下を温存して魔獣の対処に当たらせた方がいくらか建設的かなと。それに次の魔王に戦力を沢山残してあげられるでしょう?」
秘密を聞いた今なら合理的だと思える事を言う魔王様だったが、しかしその後にもう少しだけ付け加える。
「まぁ個人的には逃げ出したいのはやまやまなんだけどね。
でも勝ち目がないならないなりに出来る事を考えるのが王様ってものなのよ。
私は望んで魔王になったわけじゃないけど、魔王がただの魔法装置じゃないって事も残念ながら理解しちゃっているのよね。
ヤッパリ魔王は魔族の長になっちゃってるの。
今の所ちゃんと部下の子達も命を懸けて私を王様だって言ってくれているわけだし、なら私もいざって時に必要なら命くらい懸けられないと釣り合いってものが取れないでしょう?」
ごく当然のように言ってのける魔王様は、はっきり言ってさっきの話に出てきた魂の器とやらが俺より小さいとか絶対嘘だろうと思えた。
最後まで理想の魔王象をこれでもかというほど裏切ってくれるマオちゃんは、どこまでも姉御肌なイケメンだった。
これなら……アレを渡してもいいかな?
俺はなんとなく気まぐれで提案する。
「せっかくですから……これもらってみませんか?」
「へ? またお菓子かしら?」
「いやいや、こいつも手作りには変わりないですけど……」
そして俺はがまぐちに手を突っ込んだのだ。
side カワズ
話し合いが終わり、部屋を出ていく。
その時、最後尾にいたわしは呼び止められて、動きを止めたのは気まぐれだった。
「ところでカワズちゃん? ちょっと変な話をしてもいい?」
呼び止めたのは魔王その人だ。
「……なんですかな?」
わしは世間話でもするように、にこやかに振り向くと魔王様は続けた。
「私の前の魔王様……かつて人間蔑視の強い彼は、今、私達の間でとてもバカにされている魔王なの。
それは歴代の魔王の中で初めて普通の人間の魔法使いに敗れたから。
その魔法使いは、魔王の城からいくつか魔法に関する書物も奪って行ったんですって。
もっとも魔法使いも、その時結構な深手を負ったらしいけど……カワズちゃんどうなったか知っている?」
魔王様は、探るような眼こそしていたが、計略というよりも悪巧みといった方がしっくりくる顔で、好奇心が強くうかがえる。
そんな彼に、わしはあっさり言った。
「いいえ。わしはしがない亜人の魔法使いですからの。なんの事やらさっぱりわかりませんわい」
「そう。ならいいのよ。変な事を聞いてごめんなさいね」
「いえいえ、ではこれで」
全く本当に面白い魔王様じゃなぁ。
そんな事を思って、わしはマオちゃんににやりと笑い顔を残してその場を立ち去る。
もうその後にわしを呼び止める者はいなかった。
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