ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
八十話 突撃! 魔王城! 3
「あなたが今回の勇者って所かしら。私もついてないみたいね……貴方みたいな化け物の時に当たるなんて。これも神様のおぼしめしって奴なのかしら?
でもこの場合導いたのはあなた達の崇めている神様かな? レイナ様? だったかしら? 
だとしたらずいぶんな性悪に違いないわ」

 神様は知らないが、予想だにしなかった事態に俺の方が動揺してしまった。

 てっきりとんでもない化け物でも出てくるかと思っていたので、これはこれでありである。

 ただし、確かに今までの魔族達とは一味違うらしい。

 もちろんキャラクターというわけではない……という事もないが、間違いなく俺の事に気が付いている。

 それはここにいるカワズさん同様、ちゃんと魔力を感じる技能を身につけているという事である。

 それだけで、ある程度の勤勉さを持っていると言えるだろう。

「安心していいわ、いきなり攻撃したりはしないから」

 しかし肝心の魔王様は、憂いを帯びた表情でため息交じりにそう言って、言葉通り、何か抵抗をするわけでもないようだった。

てっきりこれから第二形態にでも変身するかと思っていたが、そう言うわけでもないらしい。

「いきなりで申し訳ないんだけれど、ここで終わりというわけにはいかないかしら? 
必要なら私の首を持っていってもかまわないわ。もちろん一切の抵抗はしないし、その後、あなた達に危害を加えるようなことはさせないと約束しましょう。
代りに、この城にいる者には手を出さないでもらいたいの」

「?」

「断られるなら……残念だけど多少の抵抗はさせてもらわなきゃいけないけどね」

 だがいきなり切りだしてきた魔王様に、俺は心底首をかしげていた。

 いや、基本的に言っていることは、だいたい初対面の時に言われる事と大差はない。

 だが、ちょっとばかり違うのは俺の事を勇者と、そう呼んでいることだろう。

 俺が勇者に見えるとでも?

 セーラー戦士はこの場にいないし、俺の他にいるのは、妙にリアルなでっかい蛙と、コスプレ妖精だけなのに?

 未だかつて俺の事を勇者と誤認した人間は竜、妖精、魔獣含めて残念ながら一人もいないのである。

 俺は完全に予想外の事態に軽いパニックだった。

「な、なぁカワズさん? なんかすごい勘違いされてない?」

 何とか心の平静を取り繕おうとカワズさんに耳打ちしたら、カワズさんも肩をすくめていた。

「まぁ……こんな所に乗り込んでくるのは、勇者くらいのもんじゃろうからのう」

「た、確かに、言われてみればそうかもしれない」

 特に人間なんか、三人なんて少数で来ようものなら、魔獣のエサにされてしまうだろう。

 しかし俺の中で勇者のイメージは完全に美形枠である。

 それと勘違いされるとは……俺もなかなか捨てたものじゃないんじゃないか?

「念のために言っておくが、状況だけで判断しとるのは間違いないぞい」

「……ですよね」

 なんて考えていた心を見透かされて、へこむ俺だった。

「……なんで今の話の流れで、そういう顔になるのか話を聞いてみたいわね」

 いや、魔王様にも不審がられているので、顔に出ていたようである。

「あーいやすいません」

 なんとなく気まずくなって謝ってみたが、話をする気があるというならここは方針を変更して、早速ここに来た要件を済ませてしまった方が賢明だろう。

 俺は言葉を続けようとしたのだが、いきなり俺の前に何かが飛び出してきて、それを止められたのである。

 彼女は俺の目の前で、羽を広げて飛んでいた。

「ちょっと……話を勝手に進めないでもらえませんこと?」

 割って入ったのは鈴のような声。

 魔王様は心持ち不愉快そうに、そして俺とカワズさんは驚いて声の主を見ていた。

「……トンボちゃん何してんの?」

「邪魔じゃぞ?」

「あなたは……彼の従者の妖精よね?」

 三人からほぼ同時に出てきたツッコミに、彼女。

 トンボは魔王様を前にしても一歩も引かずクワッと眼を開き、言ったのである。

「馬鹿言っちゃいけないですよ! 今現在世界最強の妖精を捕まえて! ちょっと態度を改めた方がいいんじゃなくて?!」

 悪いお嬢様の様に不敵に笑うトンボに、躊躇や謙虚なんて文字は微塵もありゃしない。

 その目は完全に陶酔していて、最高にハイって奴だった。

「あちゃぁ、ものすごく調子に乗ってるな」

「うむ、完全に暴走状態じゃな……新たな魔王の誕生じゃよ」

「あー、それ言えてるかも」

 どうやら、武装を強化しすぎてしまったらしい。

 今のトンボの気位だけは間違いなく魔王級の様だった。

「あのー、トンボちゃん? 話をしてくれそうだし……もうそのお願い事はおしまいでいいんじゃ……」

「あまい! メープルシロップ煮詰めたより甘いわ! わたしを差し置いて、王を名乗る者など許しておくわけにはいかないのよ!」

 ……放っておくわけにもいかないが、面倒臭すぎる。

 今の装備を進めた手前、なるべく下手に出てみたのだが、どうにもお気に召さないらしいトンボ様である。

 逆に勢いよく指を指されて、とんでもないことを宣言されてしまった。

「何を狙いだしたんじゃこの子は?」

 カワズさんも呆れていたが、これには俺も頭痛を覚えた。

「いやいや、トンボちゃん? さすがに魔王様の前でそう言う事言っちゃ……」

「魔王? それがなんぼのもんですか? すこし頭の位置が高いんじゃなくて!?」

 だんだんと困惑ムードが漂う中、トンボは全く気にした様子もなく絶好調である。

「ああもう、面倒なテンションになっちゃって」

 そろそろマジカル☆なトンボちゃんをどうにかしないといけないだろうと魔法の準備を整えていたら、魔王様が先に割って入って俺は少し焦りを覚えた。

 それはまずい。

 今の話の流れからして、完全にトンボのターゲットは魔王様なのだ。

 そして、今のトンボは台詞に見合う力を確かに持っているのである。

 だというのに魔王様ときたら遠慮も何もなく、それどころか涼しい顔でトンボを挑発してくれたのだ。

「ふぅん、面白いわね。でも私は、そこの人と話しているのよ。少し黙っていてもらえる?」

「ふっふん! 何時までそんな口が叩けるかしら!」

「ふぅ……じゃぁ少し相手をしてあげる」

 そう言ってぱちんと魔王様が指を鳴らすと、彼の後ろに火が灯った。

 そこには未使用の松明が二つあり、どうやら魔法で火をつけたらしい。

 それは開戦の合図のつもりなのか、増えた光源により魔王様を照らし出す松明の光は、その自信ありげな表情と相まって、一層不敵な彼の表情を引き立てている。

 しかし、いかに自信があろうが、自慢じゃないがマジカル☆トンボセットも正気の沙汰ではない代物である。

 悪ふざけの成分を抽出して固めたような装備は、文字通り効果だけ見れば大魔王級の代物だろう。

 どんなに真面目に戦おうと、すべてはギャグになる。

 そんな反則な物に戦いを挑むのが、まずは正気とは思えない。

 だけど案の定、その提案を嬉々として受け入れたのはトンボだった。

 トンボはその手に持ったマジカル☆トンボソードを掲げて見せ、すでに勝ち誇った表情で魔王様の前に立ちふさがったのである。

「ふっふっふ! じゃぁその余裕、すぐに崩してあげちゃおうかな!」

 やる気満々でソードの柄を握ったトンボに、魔王様は再び指を鳴らした。

 一瞬、小さな魔法陣が弾けて消えたのが見えたが、効果まではわからない。

 その速度は松明の時同様、かなりのスピードだったが、魔法陣の大きさから考えても、大した魔法だとは思えなかった。

「……対処法その一」

「それじゃあ覚悟! ふっ!……アレ? フンヌ! ア、アレ?」

 がちんと音がして。トンボの頭に疑問符が乱れ飛ぶ。

 続けてトンボは本気で力を入れて柄から剣を抜こうとしていたが、まったく抜ける気配がなかったのだ。

「その剣は抜かなきゃ何の意味もないんでしょ?」

 あっさりとそう告げる魔王の言葉で、ようやくさっきの魔法正体がわかる。

 マジカル☆トンボソードの鞘の一部分がいつの間にか凍らされていたのだ。

 それは力に自信がある者なら容易く引き抜く事が出来ただろうが、非力なトンボでは到底抜けそうにない絶妙な加減だった。

「それにその結界、攻撃かそうじゃないかを勝手に見分けているでしょう? そのギリギリのラインを見極められれば、魔法は通るみたいね。物には触れられるようだから、直接攻撃も工夫次第で入るかもしれないわ」

 それは何とも鮮やかな手際だった。

 トンボも頑張っていたようだったが、結局あきらめたらしい。

 どうやら抜けなかったようである。

 だがその目にはまだ野望の火が消えたわけではないようだった。

「え、えへへ。で、でも! こっちにはまだほかにも沢山すごいのがあるんだから!」

「対処法その二」

「ふへ?」

 続いて踵を打ち合わせようとしたトンボは、なぜか突然動きを止める。

 よく見てみると、トンボはいつの間にか伸びていた黒いものに絡めとられているらしい。

 しかし攻撃的な魔法ならトンボスーツが反応しないわけがないのだが?

 不思議に思ってよく観察してみて、気がついた。

 拘束は結界を標的にしていたのである。

 謎の魔法は、結界ごとトンボの動きを制限していた。

 それでも物理攻撃力を備えた結界はそうたやすく抑えられるものではないはずだが、食らいついている所を見ると、相当に強力な魔法の様だった。

「か、体が動かないだとぅ!」

 今更ながらに驚愕するトンボだが、それはもう手遅れだ。

 魔王様はトンボに近づいてきて身をかがめると、にこやかに言った。

「魔王のオリジナル魔法、影の魔法よ。私の方にもちょっと珍しい魔法はあるの、驚いてもらえた?」

 魔王様がちょいちょいと影を指差すと、黒い影がぐるぐると動いている。

 これが拘束の正体らしい。

 ちょっと解析してみると、自らの影を操り、様々なことが出来る魔法の様である。

 なるほど、最初の松明はただの演出というわけではなく最初からこの魔法を狙っていたのは間違いなさそうだ。

「ごめんなさいね、拘束する魔法ってこれしか持ってなくって。
貴女の結界はずいぶん固いようだけど、案外楽に動きを止められる気はしたのよね。
それとその技、何かやる時、一々ポーズとっていたのはアレ、勝手に体が動いていたでしょ? 
……そういうこだわりは嫌いじゃないんだけど、ポーズも含めて魔法の一部だから、体の動きが封じられちゃうと、魔法も使えなくなるわよね?」

「……というと?」

 恐る恐る半泣きで魔王様を見上げるトンボに、魔王様はにやっと不吉な笑顔で笑っていた。

「……さてどうしようかしら? さっき言った物理攻撃を通す方法、せっかくだし試してみるのもいいわね?」

「ひぃぃぃぃ! ごめんなさい!」

 一転して涙目になるトンボだったが、その点については大丈夫である。

 魔王様はトンボをしばらく見下ろしていたが、優しく結界の上からトンボの頭の辺りに軽く手を置いたのだ。

「なんてね。おふざけはこれでおしまいって事よ。本当は私でも動きを止めるのが精いっぱいだし。
この服、本当によく出来てるわ」

「ウニャー! バカなぁ!!」

 謀られたことに気が付いて顔を真っ赤にするトンボはじたばた暴れていたが、もうどうする事も出来ないらしかった。

 しかしまさか結界ごとモーションを封じられるとは、こだわりが逆に仇になってしまったか。

 これはどう考えても不覚である。

 だけど、それ以上に魔王様に手放しで賞賛を送りたい気分だった。

 まさかあの短時間で弱点を的確に見極めるとは恐れ入った。

「すげぇ魔王様。こんなのに勇者勝てるの?」

「……さぁのう、わしからはノーコメントとしておいてくれ。しかし確かにうまい」

「そうでもないわよ。最小の労力で最大の効果を狙うのは誰だって考える事、今回はたまたまうまくいっただけだしね」

 そう言う魔王様だが、それが出来ないから苦労するのもまた確かである。

 そして大きな力を持っていれば、力任せになりがちなのは俺にもよくわかった。

 典型的な悪い例は、目の前でもがいているし。

 しかしトンボちゃんもここまで見事に暴走してくれるとは思わなかった。

 反省すべき点があるとしたら、むしろそっちの方だろう。

「とにかく……この装備は封印決定だな。うん」

 さっそく魔王様から暴走娘を引き取っておく。

 可愛そうだがトンボを紐で吊るしていると、魔王様がさっきとは少しだけ違った、砕けた様子で話し掛けてきた。

「是非そうして頂戴。なんだかんだ言って悪ふざけが過ぎた代物よね、それ。
私でも初見ならやられていたでしょうし。でもいくらなんでも冗談みたいにやられるのは嫌」

「いやまったく」

 確かにこの装備でだけはやられたくないのは同感である。

 魔王様は俺の様子を見て肩をすくめると、何とも楽しげに言った。

「さて、牽制のつもりで戦ってみたけど無駄だったみたいね。でも、なんというか……私はなにか重大な勘違いをしていると感じたんだけど。ひょっとして貴方達は勇者じゃない?」

 曖昧に笑う魔王様に、俺達は特に返す返事も思い浮かばずにコクリと頷くと、魔王様はあーっと頭を掻いて、思いっきり脱力していた。

「そうなんだ……気張って損しちゃったわ。まぁ非常事態って言うのは変わらないんだけど。刺客にしては雰囲気がゆるいし。
……OKわかった。ぐだぐだになっちゃったけどちゃんとお話を伺いましょう」

 気分を切り替えるべくパンと一回手を叩いた魔王様だが、その適応力にむしろこちらの反応が遅れてしまった。

 実力は今まさに見せてもらったが、魔王というには反応が軽いというか?

 そういう意味では人の事をどうこう言えた義理ではないが、この魔王様はどこまでも予想外だと思える。

「俺達がこういうのもなんなんですけど、そんなんでいいんですか? ずいぶん派手にやっちゃいましたけど?」

 しかし興味本位で尋ねてしまった後、その表情を見て俺はさっそく認識を改めた。

「ああ、四天王のことね? いいの、いいの。あの子達は戦うのがお仕事だから。それに死んだわけでもないんでしょう? 魔族にとって闘争は日常よ。だいたいあの子達を倒せない実力なら、この場で『魔王』と話す資格すらないでしょうね」

 闘争を日常と言い切る魔王様はまったく今までと変わりない。

 それは、本気でそう思っている表情なのは間違いないらしい。

「まぁ、開き直りもないわけじゃないけど。とりあえず私の部屋に案内するわね。
もっともお客様を招待するなんてことはほとんどない場所だから、あまり期待してもらっても困るけど」

 そう言って案内してくれる魔王様に俺達は顔を見合わせて、結局おとなしく付いて行くことにした。



「……ううう、魔王様。さすがでございます」

 ただ問題があるとすれば、後に残された四天王達だけだろうが。

 彼らには、せっかくなのでトンボが残した薬を置いておくことにしよう。



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。