七十九話 突撃! 魔王城! 2
「きーてない! 聞いてない! 無理無理無理! 無理だから! あんたらばかじゃないの!
か弱い妖精をあんな化け物共に差し出すなんて食ってくれって言ってるようなもんじゃない! わたし死にたくないってば!」
「大丈夫だって。あいつ口無いし」
「そういう問題じゃない! 死因は正直どうでもいい! やっぱよくないけど!」
「それに、俺だってまさかこのまま放りだしたりはしないさ。はい、プレゼント。これ付けて頑張ってきて!」
俺が激励と共にトンボに押し付けたのはビー玉くらいの小さな宝石だが、もちろんただの宝石ではない。
綺麗に磨き上げられ、高級なイースターエッグの様に飾り付けられたそれは、誰が見ても相当のこだわりの見える一品だろう。
手渡された瞬間、トンボも喚くのを忘れてぽかんとしていたくらいである。
しかしすぐに我に返ると、トンボはすぐにまたプンスカと怒り始めた。
「嫌だから! それってやっぱりわたしが戦うんじゃん! 根本的に間違ってるから!」
「そんなことないって。身の安全だけは保障出来ると思うし。ほら! この後お菓子も沢山用意するから……ね?」
そしてダメ押しとばかりに贈賄に打って出る。
そこまで聞いてぴたりと動きを止めるトンボは、何かぶつぶつ言っていた。
「……むー、タロの事だから常識なんてどこかで置き去りにしてきたようなものを用意してきているんだろうし、ここまでごり押ししてくるとなると危ないなりにも身の安全は確保されているとみるべき? となると……もうちょっとごねてみる? いや、これ以上は場の空気が持たないか。となると、この辺りが潮時かもしれない……」
「心の声がもれてる、もれてる……」
熟考した後、トンボは結局ものすごく渋い顔で頷いて、俺から宝石を受け取った。
「……ケーキがいい。イチゴの乗ったやつ」
「OK! わかった! それじゃぁ頑張って!」
「うう……死んだら絶対化けて出てやる」
さて少々手間取ってしまったが、説得は成功した。
待ちぼうけを食らわされていた鎧の人は、すごく嫌そうな顔をしているトンボを前に、ようやく出番が巡ってきたのがうれしいのか少し喜んでいるようだった。
しかしここまで律儀に待っていてくれるとは、流石四天王と言うだけのことはある。
話しかけるまで戦闘は始まらない。基本だが実行するのは難しかろう。
もっとも問答無用で攻撃してくるような無作法者は容赦なく魔力800万の恐怖を知ることになっただろうが、そんな事態に発展しなくて俺としても喜ばしい限りだった。
「よくわからんが!……魔王様に会いたいというのならこの四天王を倒してからにするのだな!」
彼はさっそく仕切り直して威勢よく大な棘付鉄球をぐるぐると振り回す。
しかし巨大な鉄球を振り回せるからと言ってなんだというのか、トンボの持っている切り札に比べればそんなもの、ただの硬い球にすぎないだろう。
「ふっ……あまいな。これがトンボちゃんの完全体だと思われては困る! トンボちゃんはまだ一つ変身を残しているんだからな!」
「なに!? 変身って!」
「今こそ叫べ! 変身と!」
「あーもう! 何なのこの展開!」
泣こうが喚こうが、目の前の鎧さん相手に生き延びる方法など限られているだろう。
トンボは追い詰められながら、叫ぶしかないわけだ。
「こうなったらやったるわよ!」
手に握りしめた宝石を掲げ力強く叫ぶトンボ。
「変身!」
とたん虹色の光がトンボを包みこみ、部屋中を覆い尽くした。
「な! なんだこれは!」
鎧さんもあまりの眩さにその手を止めざるを得ない。
立ち昇るまばゆい光の柱に浮かぶトンボは、ゆっくりと回りながら変身する。
彼女の体を、下からせり上がってきた虹色の円盤が通過すると、彼女の着ている服をある衣装へと変化させた。
フリフリの衣装に大きな宝石のブレスレッド、最後に胸の中心に輝くブローチ。
きゃるん! ポヨン! とよくわからないけどかわいい効果音に合わせ、光の中に舞うトンボは全自動で振り付けも完璧であった。
最後にしっかり決めポーズを決めて変身を遂げたトンボちゃん。
それは……ミニスカートのゴスロリだった。
「見たか! これが俺達の秘密兵器! マジカル☆トンボちゃんセットだ!」
「馬鹿じゃ……馬鹿がおる」
あいたたたとカワズさんが顔を覆っていたが、その手にはしっかりと録画用の機器が握られていた。
「な、なななにこれ! 全然強そうじゃない!」
トンボちゃんは変身が終わると、さっそく不安そうに叫んでいたが。
確かに戦闘的に見れば、機能性など皆無のデザインなのは間違いない。
それはむしろかわいい系である。
その姿は間違いなく見た目の事しか考えていないのは間違いなかった。
あれでも極細のミスリル銀の糸を素材に織り込んでいると言っていたが、実際見てみると完全にコスプレの領域だと断言できた。
感想をあえて口にするなら職人が素材とクオリティに糸目をつけずに実現した完成度と、トンボ自身のかわいらしさも合わせて「クオリティたけぇな、おい!」と言ったところだろうか?
とりあえず俺も一枚写真に収めておくとしよう。
「うーん……しかし改めてみると、やっぱ趣味に走ったなぁクイーンって感じだよね」
「しかも女王様作ぅ!」
絶望的に顔を青ざめさせているトンボに対して、勝ち誇ったように笑ったのは鎧さんだ。
無理もない。あれだけ派手な演出をしておいて、出てきたのがコスプレした妖精じゃ笑いの一つも出るだろう。
「ふはははは! 何事かと思えば着替えか! ならば綺麗な衣装であの世にいけぃ!」
鉄球の回転が再び加速し、唸りを上げる。
そしてついに飛んできた鉄球は、まっすぐにトンボに向かって飛んできた。
「ひぃ!」
トンボは怯えた声を出し、頭を押さえて小さくなる。
だがガツンと鈍い音がした後、トンボが頭を押さえたまま恐る恐る顔を上げると。
「なんだとぉ!」
驚愕していたのは鎧さんの方だったのだ。
俺は思惑通りの性能に、満足げに一度頷く。
トンボの周囲には砕け散った鉄球の破片がぱらぱらと砕け落ちていた。
「な、なになに?」
自分の体を触りながら無事を確かめているトンボに、俺は製作者サイドの義務としてその装備を解説していた。
「安心していいぞトンボ! その服はマジカル☆トンボバリアーによって守られている! 効果は『たいていの攻撃は効かない』だ! そのままの意味で大抵の攻撃は効かない! さらにそのままパンチだ! トンボ!」
「お、おうよ!」
「ちぃ! 妖精ごときが頭に乗りおって!」
言われるがままにぎゅっと眼を瞑って突っ込むトンボを、首なし鎧は受け止めようとしているようだがその判断は間違いだ。
「とうりゃ!」
割と必死なトンボの掛け声と共にパンチが繰り出されと。
「……ぶるおあああああ!!!」
「ふへ?」
トンボのパンチが触れた瞬間、鉄の塊の悲鳴が背後へと流れていった。
まるでダンプにでもはねられたみたいに鎧さんは錐もみして吹き飛ぶ。
それはもう事故である。
数秒して、がちゃんと落っこちてきた鎧さんはベコベコに変形していた。
「まぁこのように……物理攻撃力も多少備えている」
「……多少?」
トンボの疑問に満ちた声が聞こえたが、多少だ。
「えっと、ちなみに大抵の攻撃ってどんなのなら防げないとかあるの?」
「……さぁ? スケさん十人くらい連れてきて、全員でブレスを本気で打ち込んでもらえば日焼けくらいはするんじゃない?」
「……ありえねー」
呆れ果てているトンボだが、本当はちょっと控えめに言ったことを彼女はまだ知らない。
これで安全性は保障されたと満足している俺に、今度はカワズさんがぼそりと耳打ちしてきた。
「……しかし、あれは本当にお前さんが考えたんじゃないのか? あの恰好はちょっと……特殊すぎると思うんじゃが」
「俺が考えたら納得出来るってのかカワズさん……? だけど、それは察してあげてくれ。
最近女王様、長老のブログにランキングで負けて、結構必死に新ジャンルを開拓してるんだよ。
アレ「世界の名酒達」。
最近人間サイドやらドワーフさんやらが入ったから男性票が流れてさ。
こないだなんてハイピクシーの方々から泣きが入ったからね。
今日だって撮影頼まれちゃって……」
すでに数枚のシャッターチャンスを納めている水晶をカワズさんに見せる。
最悪撮り逃すと、女王様からなんと言われたものかわからない。
あの人は最近はまりすぎだと思う。
「……なんたる裏事情」
「トンボちゃん、はいチーズ!」
「なんかわからんけどブイ!」
ピースするトンボに水晶を向けて笑顔で一枚。
俺の旅日記? あんなのただの日記ですよ。
続いて目の前にあった階段を登ると、次の階にもやはり誰かが待ち構えていた。
基本に忠実な安心設計の魔王城。素晴らしい。
しかし次の階に待ち受けていたのは、大柄だが見紛うことなき美女だったのだ。
だがそれは上半身だけの話、彼女の下半身は大蛇のそれである。
そしてややケバ目の印象があるのは、メイクのせいだと思いたい。
「……お前達四天王の一角を落とすとはやるわね! だけど彼は四天王最弱! この四天王が一人! 氷結の***様が極寒の死へ誘ってあげるわ!」
あの人最弱だったのか……いい人だったのに。
さっそくこの蛇女さんも四天王だと判明したので、サクサク先に進ませてもらうとしよう。
相手が女の子なら、装備2がおすすめである。
「そんじゃ次は、腰のあたりにステッキがあるからそれもって」
「了解っす!」
だんだん抵抗もなくなってきたようで、トンボは言われた通りに腰のステッキを取り出すとシャキンと伸ばした。
頭の所にでっかいハートと天使の羽のあしらわれたステッキは、夜店で売っていそうだが、よく見れば、妖精達の手でこれでもかと装飾を施された珠玉の一品である。
もちろんトンボに内緒で進められたプロジェクトは女王様の差し金だった。
「さて、準備が出来たら敵をよく見て叫ぶんだ! マジカル☆トンボビームと!」
「ぬぬぬ! やっぱり明らかにわたしにターゲットを絞っている! ちくしょうあいつら! 絶対文句言ってやる! ええっと……それじゃぁ食らえ! マジカル☆トンボビィィィム!」
叫びと同時にステッキを大きく空に掲げて一回転するモーションは仕様だった。
ぶっちゃけ俺的には技ごとのモーションを考える方が、魔法より時間をかけているような気がするのは楽屋ネタだろう。
「くっ!」
ステッキの先から光がズビビビビと飛び出すが、蛇女さんはその光を受けても火傷一つ負ってはいない。
すぐにそれに気が付くと、彼女は高らかに笑っていた。
「何事かと思ったら見かけ倒しのようだね! そんなものでどうしようって言うんだい! かわいいおじょうちゃん! 観念して氷づけにおなり! ホホホホ……ホ……ホ?」
だが蛇女の笑い声は尻すぼみになって消えてゆく。
きっと今、彼女の視点はとても低いに違いない。
いつの間にかトンボにすら見下ろされている事に気が付いた彼女は、まるで二頭身のお人形さんの様だった。
蛇女さんも自分の現状に気が付いたらしく、自分の小さくなった両手を見ながら激しく動揺しているようである。
「にゃ、にゃによこれぇ!」
「マジカル☆トンボビームは相手をマスコット的な何かに変えてしまうのだー」
小さくなった蛇女さんに叫ぶのもためらわれたので、ちょっとだけ優しく言ってみた。
わけがわからない蛇女さんも未知の魔法に完全に混乱中の様だった。
「どういうことよしょれ!」
随分とかわいくなってしまった蛇女さんはつぶらな瞳と舌ったらずな声で叫んでいたが、こっちに詰め寄ろうとしてすっ転ぶ。
なにこれ可愛い。
何はともあれ戦闘不能は確実だった。
トンボはなぜかわなわなと振るえながら、自分の両手を見て吼えているようだったが。
「うおおお! なんじゃこりゃ! これがわたしの隠された真の力だというのかしら!」
「いやいやステッキの力だから……。女の子が雄たけびなんて上げないの。そのステッキは妖精作でね、ボタンを押すと光って……」
「なんかやれる! わたしやれそうな気がしてきた!」
「……きいてねぇや」
「まぁ無理もないがの」
明らかに格上の相手をあっさり下したことで、テンションが上がって来たらしい。
四天王というくらいだから後二人である。
続いて三階。
「たのもう!!」
テンション高めのトンボが大きな扉をぶち破ると、天井が高い部屋に一人の鷲頭の魔族が待ち構えていた。
大きな翼にライオンにも似た二足歩行の体を持つそいつは体格もよく、なかなか強そうである。
そして先の二人同様やる気も自信も満ち溢れているようだった。
「まさか四天王の内、二人までがやられるとは思わなかったぜ! だがそれもここまでだ! この疾風の****様が、てめぇらを全員切り刻んでやるぜ!」
ひゃっはっは! と下品に笑う鷲頭さんは鋭利な爪をむき出しにしにして、戦闘準備は万全だった。
だが戦闘準備が万全なのはここにいるトンボも同じである。
話半分に鷲頭さんの台詞を聞き流しながら、トンボぐっと拳を握って鼻息を荒くしていた。
「他になんかないの!」
やる気十分でそう聞いてくるトンボちゃんは、明らかにわくわくしていてるようである。
「……手を三回叩いてくるっと回ってから、両足の踵を一回打ち合わせると」
「まかせなさい!」
今回は無駄に華麗なステップで自主的にくるくる踊り、かつんと音が響く。
すると音に合わせてブレスレットの宝石からぽこぽこと丸い何かが飛び出してトンボの手に収まった。
それは真黒な球体で、中心に髑髏マークが描かれている、見るからに怪しい一品である。
そして中心の出っ張りから伸びているのはどう見ても導火線だ。
「なんだ! その如何にもな物体は!」
流石に見とがめた鷲頭さんはツッコミ属性の人だったらしい。
一番人間離れした格好だけど、感性は割と普通だった。
しかし折角初の質問なので、ちゃんと答えてあげることにしよう。
「マジカル☆トンボボムだけど?」
「だからなんなんだよそれは!」
そんな風に言われても、マジカル☆トンボボムはマジカル☆トンボボム以外の何物でもないから、マジカル☆トンボボムなのだ。
トンボは出てきた毒々しいデザインのそれを甚く気に入ったようで、目をキラキラさせていた。
「なんかいけそうなんじゃない! これはやれそうなんじゃない!」
うずうずして、じりじりと鷲頭さんににじり寄るトンボと、不吉なものを感じて後ずさる鷲頭さん。
気の毒だが、些か鋭い鷲頭さんには早々に退場願うとしよう。
「敵を指差して、いけ! と元気に叫ぶ。すると……」
「いっけー! マジカルー☆トンボボム!」
俺の言葉など待たずにトンボの叫びでポイポイと放たれるトンボボムの群れは、恐ろしいスピードで敵に向かっていったのだ。
「! 甘いわぁ!!」
しかしなかなか鋭い鷲頭さんは、動きも俊敏だった。
華麗に大きな翼を広げ、力強く宙へと舞い上がる鷲頭さんは速かったが、そんなモノ問題ではない。
マジカル☆トンボボムが『マジカル』な所以はちゃんとある。
そのまま放物線から軌道を変えて、鋭角に鷲頭に殺到したのだ。
「は?」
いくらなんでも羽で直角に曲がることは不可能だった。
チチチと導火線の燃える音が響く。
そして鷲頭の間抜けな声は。
「みぎゃあああ!」
そのまま爆音にかき消され、彼は宙で散ったのだった。
どうっとアフロヘアーで目を回しながら落ちてきたのが、マジカル☆トンボボムの犠牲者である何よりの証明である。
俺はかき消されてしまった解説を、一応続けておいた。
「まぁこんな風にだいたい当たるね。アフロのまま一日くらいはまともに動けないと思うよ」
当然のようにこんな解説など誰も聞いていないけど。
「……」
横では文句は言うものの、とても楽しそうににやにやしたカワズさんが無言で写真を撮っているだけだった。
そして肝心のトンボは言わずもがな。
「なんと……史上ここまで無双した妖精が未だかつていただろうか? いや……いるはずがない!」
得意の絶頂らしいトンボはやっぱり全く聞いていないけど、いよいよ最後の一人である。
「ふん……よくぞここまで来たものだ。だがいい気になってもらっては困る。
この程度の奴らをいくら倒そうが問題ではない。四天王などと呼ばれてはいるが、すべては俺一人いれば事足りるのだからな……」
……それは負けフラグじゃないか?
そうは思ったが、いい感じに雰囲気を出しているのに水を差す必要もないだろう。
最後のマントを羽織った男は、頭に二本の角の生えた長髪の美丈夫だ。
だが彼はマントを脱ぎ棄てると、すぐさまその姿を異形へと変化させたのである。
身体が膨れ上がり、頑強な鱗に覆われた体は、深い紫。
首は長く伸び、ずらりと並んだ牙が見える。
黄金の瞳は鋭くって言うか、ぶっちゃけ竜である。
「この烈火の*****様が、貴様らを焼き滅ぼしてくれよう!」
だけど三回目ぐらいの変身だと、大分なれてきていて割と落ち着いた。
ぶっちゃけちょっと和んでしまいましたとも。
「竜じゃん、珍しくもない」
「スケさんの友達かなんかかな? ちょっと小さいけど」
「そうじゃな……色も微妙に黒じゃないというか……パーポー? 迫力が微妙ーじゃな」
俺達の感想を聞きプルプル震えている竜の人は思ったより傷つきやすいらしい。
なんだか悪いことをしてしまった。
「……貴様ら! 俺を舐めているだろう! もういい! すぐにあの世に送ってやる!」
あー、やっぱり怒ってる。素直な感想はどうやら直球過ぎたようだ。
しかし相手が竜となれば、俺もスケさんのブレスを見て反省したのだ。
竜はすごい! そのあたりを忘れるわけにもいかないだろう。
俺はさっそく最後の手段をトンボに指示したのである。
「よし! こいつはとっておきの装備だ! トンボ! 胸のブローチを押せ!」
「おっしゃ! まかせろい!」
トンボはさっそくハイテンションで自分のブローチを勢い良く叩く。
そのままくるりと一回転して星が舞うとウインク。ブローチからはピンクのハートと一緒に一本の短剣が姿を現した。
くるくる回るそれをがっちりつかみ取ったトンボは、ムフフと笑って竜を見る。
「こいつで戦えばいいんだね!」
「いや……戦う必要もないね」
トンボが柄に手をかけて引き抜いたその瞬間。
ドウ!
崩れ落ちる竜がいた。
「……なんだこれはぁぁぁ」
その姿を前にポカンとするトンボの頭には無数のクエスチョンマークが浮いていることだろう。
「え? ええっと……勝ち! なのかな? でもわたし……なにかしたっけ?」
しかし分からないなりに勝ち誇るトンボはさすがだった。
だがそれも無理もない。
不条理を形にしたような剣。これこそマジカル☆トンボスーツの切り札なのだから。
「この剣こそ『抜いたら勝てる剣』マジカル☆トンボソードだ! 効果は抜いたら勝つ!」
「それって今までの全部意味なくない!?」
「馬鹿言うな。必殺技ってのはここぞって時に炸裂するからすごく見えるの!」
流石にあんまりな効果に叫ぶトンボだが、自分で作っておいてこう言うのもあれだが俺もこれはないと思う。
それは『必殺技とは往々にして理不尽なもの』というコンセプトの下に製作された鬼畜兵器だった。
勝利という結果を先に持ってきて、過程をすっ飛ばす因果律の逆転魔法である。
今回の場合勝利条件が、戦闘不能なものだからこうなったという事だろう。
もうわけがわからない。
今回の全体のテーマは安全第一。
そのため、ナイトさんの時に制限で没になった魔法を、惜しみなく投入している。
おかげで敵さんにはこれ以上ないほどの極悪武装になっていると思う。
「しっかし容赦ないのぅ……。下手したら死ぬんじゃないか?」
「馬鹿言うなよ。当然のことながらどれもこれも非殺傷設定だ」
「……なんじゃよそれ?」
「……忘れてくれ。この武器じゃ早々死なないって事」
何度も言うが安全第一。
それは敵にも該当するのである。
四天王の皆さんは今でこそ動けないが、決して死ぬこともない。
それはそれで極悪武装には違いない魔法だと思うがどうだろう?
ついに四天王を倒した俺達は上の階へと進もうかと思案していた。
次はなんと言っても相手は魔王だろう。
顔も知らないだけにどんなとんでも魔人が飛び出してもおかしくはない。
だけどその前にともかくやることがあった。
「これを食って体力を回復するんだ。セーブも忘れるなよ?」
「……セーブってなんじゃよ?」
カワズさんがさっそく指摘してくれたが、ここまでテンプレートをなぞってくれた魔王城の弊害というやつだ、意味はない。
だけどトンボは俺の差し出したいかにもな薬の数々に、顔をしかめていた。
「えぇー、それって薬かなんか? 嫌だよそんなのー、まずそうだし。タロが魔法使ってくれたらどんな怪我でも一発でしょ?」
「馬鹿野郎! 魔王を前に魔法を使えなんて正気か! 直前はアイテムで回復! フルパワーで会いに行くのがマナーだろうが!」
「……だからなんのマナーなんじゃよ?」
ヤッパリちゃんと指摘するカワズさんは律儀だった。
だけどこの薬達も俺の魔法で無理矢理作り出された、神秘の霊薬ばかりなのだから泣けてくる。
怪我人病人がこいつの効力を知ったら、泣いて土下座をするような代物もトンボにとってはただの不味い薬でしかないらしい。
「ああもう! 何が起こるかわからないんだから、少しでも疲れを取って魔王に会いくのが普通だろ? それをやらないで泣きを見た奴が全国でどれだけいると思ってるんだ!」
「全国に魔王っておるんかの?」
それはもう割とひんぱんに!というのはあまりにも妄言すぎるのでさすがに言うのは止めておいたが、こいつはセーブを忘れたうっかりさん達の心の叫びだと思うのだが。
知らず知らずに興奮しすぎていた俺を止めたのは予想外にトンボだった。
だけど冷静にという事でもない。なんとなく俺が止まったのは、トンボが俺以上に熱かったからだった。
「まぁでもついに魔王様とご対面って所だね! さぁさっそく行こうよ! わたしもなんだか燃えてきちゃった!」
四天王の連戦で今まで眠っていた闘争本能をこれ以上ないほど刺激されたトンボは燃えていた。
「その必要はないわよ……」
だがその時、凛とした声が聞こえて、俺達はびくりと肩をすくめる。
突然響いた知らない声の主に、その場にいる全員の視線が注がれていた。
足音は思ったよりもずっと軽い。
ゆっくりと優雅に、階段の中央を降りてくる人物は二足歩行である。
いや、それどころかすらりと伸びた足はモデルのようだし、歩き方は優雅そのもので所作の端々に気品が溢れている。
「そこまでにしてもらおうかしら? 私の城でこれ以上の狼藉は、見て見ぬ振りとはいかないわ。用事があるというなら聞きましょう?……もっとも」
床を叩くブーツの音がよく響き、俺はその音が一歩一歩近づいてくるたびに、気が付くとごくりと生唾を飲みこんでいた。
その人物は黒い毛皮のコートに身を包み、その下に着こんでいる革製の服が黒光りしている。
「ここに来る人間の用事なんて限られているでしょうけど」
そこにいたのは悩ましく白い髪を掻き上げる―――男。
その男は微笑みを称えて俺達を悠然と眺めている。
俺はここにきて一番の驚きに目をむき、逆に驚かされたことに歯噛みする。
……魔王オネェ系だ!
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