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七十八話 突撃! 魔王城! 1
「うむ! なかなか雰囲気あるのぅ!」

「うん! こういう旅行にはもってこいだろう!」

 大陸の北に位置する島がある。

 その場所は数々の強力な結界に守られ、常に潮が渦を巻く絶海の孤島だった。

 空には暗雲が立ち込め、無数の魔獣が飛び交い、近づけるものは皆無。

 しかしその島に魔王城は存在する。

 なぜそんな場所に城を造ったのか?

 ひょっとしたら守りに有利だからかもしれないし、魔王が住んでいるからこそこんな場所になったのかはわからないが、少なくてもあまりレジャー向きの島というわけではなさそうだった。

「ねぇねぇ……どう考えてもわたし場違いじゃない?」

 そして戸惑い声を上げる妖精が一人。

 彼女は俺の頭の上で困惑顔を浮かべていた。

「そんなことないない! むしろトンボちゃんの協力は不可欠って言うか?」

「へ? そう?」

「そうそう……っと」

 さっきからビクビクしているトンボが俺の頭から離れないが、しかしトンボにはこんな所でビビっていてもらっては困る。

 俺は努めて平静を装って気楽に話しかけた。

「まぁあんまり気にしない方がいいんじゃない? どうとでもなるよ」

「……そりゃそうだよねー。ビクビクするだけ無駄なのかも? タロがいればおかしなことにはなっても、危ないことにはならなさそうだし!」

「……ん! まぁそう言う事でいいよ!」

 その認識には修正個所が多々あったが、トンボが安心してくれるなら安い物である。

 俺は手の中にあるメモを覗き込み、続いて今現在正面に見える禍々しい外観の城を眺めていた。

 魔王城という言葉がぴったりくる城は、是非改装工事をお勧めしたい。

 マグマの掘りに、大きな悪魔型石像というオブジェの付いた城門は相当に趣味が悪かった。

 いや、自らのイメージを理解しているなら、とてもいい趣味をしているという事か?

 さらには重厚な雰囲気溢れる城自体も今にも何か出そうな気配満載で、魔王城という看板が刺さっているかのようである。

 ただまぁ、入るのが躊躇われる場所だとしても、このまま突っ立っているわけにもいかないだろう。

 俺は誰もいない城門に向かってとりあえず大声で呼んでみた。

「おじゃましまーす。誰かいませんかー?」

 俺の声は壁の様な門に阻まれて跳ね返る。

 しかし返事はなく、結局聞こえたかどうかもわからなかったが、どうやらそれも全くの無駄と言うわけではなかったらしかった。

「……うお! なんか出た!」

「こいつらが門番じゃったか。ホッホッホ! なかなかオシャレじゃな」

「とてもじゃないけど賛同できない!」

 三者三様の感想を漏らす。

 俺の声に反応したのか、城門の両脇にあったでっかい悪魔型の石像が二体、同時に動き出したのである。

 如何にも強そうなそいつらは、いつかカワズさんに見せてもらったゴーレムのでっかいバージョンの様だった。

「うわ……トンボに賛成だな俺は。えっと……こういう場合は」

「さっきから何を見とるんじゃよ?」

 俺がやっぱり手元のメモを確認すると、ついに見とがめられてしまった。

「ん? いや大したもんじゃないけど」

 別に隠すようなものではないのでそのメモを差し出すと、カワズさんはとんでもなく胡散臭そうな顔をしていた。

「何んじゃよこれ?」

「魔王さん家訪問マニュアル」

「マニュアルってお前……」

「いやさ、さすがに相手が相手だし無策はまずいかなって。
でも肝心なことが書いてないんだよ。礼儀作法とかさ。ヤッパリ握手ぐらい求めた方がいいかな?」

 渋い、とても渋い顔をしていたカワズさんだったが、何とか色々なものを飲み込むことに成功したらしい。

 二の句が告げられなかった可能性もあるが、カワズさんは非常に重たいため息を吐いた。

「……適当でええんじゃないかの? つーかいったいマニュアルにはなんと書いとるんじゃ?」

「あ、興味ある? えーっとだね。まず相手が手を出してくるまでは決して手を出さない事。
手を出してきた場合は防いでもいいが、タローは絶対手出しない事。
注意 *魔力は隠さない(雑魚が寄ってこないので)」

「なんというか……すさまじくおおざっぱじゃな」

 カワズさんは眉間に皺を寄せていたが、それには俺もすごく同感だった。

「ちょ、ちょっと! 来た! 来てるってば!」

 おっといけない。

 雑談に集中しすぎてせっかく出てきた門番の事をすっかり忘れていた。

 トンボの言う通り巨大なゴーレムはもう目の前まで迫っている。

 だがそんなにびくつくこともないだろう。

 今日は場所が場所だけに防御の魔法にはいつも以上に気合が入っているのである。

「大丈夫、大丈夫……って言ってる俺もすごいな。大分非常事態になれてきたもん……」

『ムアアアア!!』

「うひゃぁ!」

 雄叫びと共に振り下ろされる鉄拳をすんでの所で飛び退いてかわす。

 ちらりと確認すると目の前の床は粉々に砕けていて、迫力に負けず劣らずの威力があるらしかった。

「……やっぱ怖いね」

「わたしはもっと怖かった!」

しかしすぐ横に突き刺さったでっかい拳を見て、うっかり逃げてしまった俺なのだった。

やっぱりいくら大丈夫でもあんなのが降ってきたら怖いですね。

ただ完全にでっかい拳は空振りに過ぎなかったが、攻撃は攻撃。

マニュアルはフェイズ2に移行する。

「えー、攻撃された場合はなんとなく強そうに振る舞いましょう。弱腰は厳禁です。
タローは魔力もありますし、行動で威厳を示せば無駄な戦いを避けられます……ほんとか? これ?」

「そ、そんな事より、また動き出してるってば!」

「おおう、このまま放置ってわけにもいかないよな。……ええっとこの魔法が、じゃなくてこっちか? ええっと攻撃ぃーじゃなくて、こかす? いやいや素材ももろくしたりとか?」

「なんでもいいから早く!」

「いたいって! 髪を引っ張るなよ!」

 はわわと慌て俺の髪を引っ張るトンボに涙目の俺。

 その時スタスタと散歩みたいに歩いて行ったカワズさんがあっさりゴーレムへと触れると、ゴーレムはぴたりと動きを止めてたのである。

「よしよし、成功じゃな。ホラゴーレム。ハウス!」

 しかもそれだけではなく、たった一言で巨大ゴーレムは元の場所へと戻っていったのだ。

 続け様に残りのもう一体も同じように命令して、門への道は完全にフリーになってしまった。

「な、何したの?」

 ぱちくりと目をしばたたかせているトンボは意味が分からない様だったが、カワズさんはどこか自慢げだった。

「なに、家のゴーレムを強化しようと思ってな。探しとったら大元になった魔法を見つけたんじゃよ。今のは一時的に命令を上書きする魔法じゃ。ほらさっさといくぞい」

「ほいほい」

「ちょっと待ってぇ!」

 俺とカワズさんは目だけで合図し、にやりと笑う。

 まだメインイベントには早いじゃろ? そんな言葉が聞こえた気がする。 

 ただそれはトンボに悟られない程度に一瞬である。



 ギギギと重い城門がきしむ。

「ごめんくださーい……」

 門を開けて中に入ると、まず目に入ったのは大きなシャンデリアのあるホールだった。

 そして先に何かが待ち受けていて、正直驚いた。

 魔獣はみんな逃げたと思っていたけど、そうではなかったのかもしれない。

 だがそこにいた人物は、魔獣とはどこか違っていた。

 なんというか、獣っぽさがないのである。

 たぶん彼は魔族って奴なんだろう。

 人気のないその場所の真ん中に一人佇む首のない黒鎧は、大きな鉄球を片手に微動だにせず、何もない頭で俺達を見ている様だった。

「あのぅすいません。魔王さんにお話があって伺ったんですけど。ご在宅で?」

 頭を掻いてキョロキョロと周囲を確認してから話しかけてみると、どこから口を聞いているのか鎧は重々しいどすの利いた声でしゃべり始めた。

「……魔獣共が騒いでいるから何が起こっているかと思えば、これはまた貧弱そうなのが来たものだな。人間ごときが魔王様に謁見などかなうはずもあるまい? 身の程を知るがいい」

「ええっといないんですか? 魔王様?」

「聞いておらんのか! 貴様らなんぞこの城に入ることすらおこがましいわ! 生きて帰れるなどと思ってはいまいな!」

 やる気満々の鎧さんはもうすでに問答などする気は全くないらしい。

 流石魔王城。

 例え相手レベルがMAXだろうと、敵を迎え入れる懐の深さは尊敬してしまう。

 ……いやまぁそんなわけはないだろうけど。

「……ですよねぇ。ええっと断られた場合。なになに? 魔族は魔力感知の能力が人間以上に低いようです。
生まれた時から強く、そういったことを全く気にしていないのが原因ではないかと思われる。もしくはその知能すらない場合も多し?」

 思わずじっと目の前の相手を見てしまう。

 確かに頭はついていないけど?

 俺の視線が癪に障ったのか、鎧さんは次の瞬間癇癪を起してドカンと手に持った鉄球を床に叩きつけていた。

「何をぶつぶつ言っている! 恐怖のあまり幻でも見ているのか!」

「あーすいません。えっと……あなたは?」

 ダメもとで尋ねてみると、鎧さんはこっちの話こそ大して聞いていないようだったが自己紹介はしてくれるようである。

「まぁ無理もない! この魔王親衛隊四天王が一人! 大地の*****様を目の前にしてはな!」

 ガチャリと胸を張り、そう言い切る鎧さんに俺は戦慄した。

 四天王……だと?

 まさかそんなモノが存在するとは、魔王様は基本をよく弁えている。

 それだけで只者ではないとわかるという物だ。

 気が付けば俺は流れる汗をぬぐっていた。

 こうなったら、俺も皆さんの助言に従って、強者の余裕とやらでしっかり場を盛り上げねばなるまい!

 俺はカワズさんとトンボの前に自ら一歩進み出ると、腰の後ろで手を組みにやりと邪悪な笑みを浮かべて相手を見据えたのだ。

「ホッホッホ! あんなことを言っていますよ! カワズさん! トンボさん! どうやらあのお馬鹿さん達は我々の実力をわかっていないようですね!」

 そう言った瞬間、主に後ろからの空気が凍り付いていた。

 頑張ってキャラづくりしたというのにシラっとした間が痛い。

「……なんじゃいそのキャラ?」

「え? 強そうじゃない?」

「どうなんだろう? 悪そうではあるけど」

 まさかそんなことはないと思っていたのに、仲間内では不評の様だ。

 うう、どうやらみんなにはこの邪悪な丁寧口調の恐ろしさは通じないというのか?

「な、なんだかよくわからんが、貴様がまずは相手なのだな?」

 あ、鎧さんが気を使ってくれている。

 結構いい人だ。

 だけどその問いには否と答えねばならなかった。

「いえ、違いますね」

「……なんだと?」

 俺達の空気に困惑気味の鎧さんだが、それは違うのだ。

 今日の主役はちゃんと用意されている。

 俺とカワズさんは再びアイコンタクト。

 コクンと一回頷くカワズさんも意見は同じらしい。

 タイミングはここである。

 俺はそっと自分の後ろにいたトンボの背中を前へ押し出す。

「へ?」

「あなたの相手など彼女で十分です! それではやっておしまいなさいトンボさん!」

 そして今日の主役を舞台にあげると、トンボの顔が見たことない位に固まって

「えええええ!? 何それ!!」

 これ以上ない位度肝を抜かれていた。


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