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七十六話 海にいこう 8
side 太郎

「うおお……やってくれるぜ、スケさんよ」

 海岸でセーラー戦士達と合流し、人魚達を浜に上げていた俺達は海の上に二つ目の太陽を見た。

 非常識な風景ならそれなりに見慣れてきているはずのナイトさんまでかなり驚いている事からしても、スケさんのブレスが如何に強力かがわかるという物だろう。

 ふと、類は友を呼ぶなんて言葉が頭をよぎったがきっと気のせいだ。

「スケさん……俺の召喚獣になってくれないかな」

 まぁ俺がこんなことを思っても仕方がないと思うのだよ。

 海に手を突っ込んでいた俺に、唖然としていたナイトさんはぼそりと呟くように言った。

「竜というのはこんなにも反則な生き物だったんですね……」

「あー、でも竜でひとくくりにするのもかわいそうでしょ。スケさんは跳び抜けて強いよ。
看板に偽りなしって所だろうね。めちゃくちゃするわ」

 だけど俺だって鬼ではない。ナイトさんに生まれた誤解を、その他の竜達のためにやんわりとフォローしておいた。

 しかし俺もある程度竜の事は知っていたつもりだったが、まだまだ甘く見ていたのかもしれない。

 ところが俺の呆れ交じりの呟きにも、さっそくツッコミを入れちゃうのはいつの間にか後ろで眺めていたセーラー戦士だった。

 どうやら彼女の方も無事に避難が終わった様だった。

「いや、君がそれを言っちゃうんだ……」

「なんだよ? なんか違う?」

 台詞自体は全然間違ってないと思うんだけど、訂正があるなら言ってもらおう。

 大丈夫、今日は何を言われたって怒らない自信があるよ。

 なんたって目の前のセーラー戦士は輝かんばかりの白い肌を晒した、俺特製のビキニ姿だったんだから。

 しかし最近の高校生はけしからんね。

 ボリュームこそナイトさんに劣るものの、けして控え目ではない均整のとれたプロポーションはまさに黄金比、色も金髪とナチュラルにマッチした黄色い水着が実に健康的でフレッシュである。

 そん所そこらのモデルくらいではここまでは不可能だろうというくらいに引き締まった肉体美は無駄というのが最も無縁な……。

「……じっと見すぎ。捻るよ?」

「すんません。君があんまり眩しかったもんで……」

「何言ってるんだか」

 魔力のたっぷり込められた拳を見せるセーラー戦士に、俺は速攻で頭を下げた。

 もちろんその比率は謝罪よりもお礼の方が多めである。

「まったく……それより説明が先だろ! ええっと……なんで水が戻ってこないの!?」

 びしりとセーラー戦士が指差したのはさっきまで海だった場所だった。

 だけど今はスケさんのブレスで吹き飛ばされた場所も含めて、もっと大部分がただの地面になっているけど。

 俺が海に手を突っ込んで何をしているのか?

 もちろんスケさんのフォローだ。

 元からそのつもりでついて行ったのだから、それくらいはするだろう。

 その結果、俺が手を突っ込んだ位置から数十センチ先が切り取られたように水だけが消失しているのである。

「え? 海を割ったからだけど? ちょこっと空間捻じ曲げてさ。結局間に合わなくって爆発しちゃったけど」

 何を当たり前のことを? みたいな感じで聞いてみたら、セーラー戦士は表情を複雑にこわばらせると、頭痛を抑えるみたいな顔をしていた。

「……そう」

 それ以降、何を言うでもないセーラー戦士はお大事にである。

 だけど俺も大掛かりなことをやった割には成果は今一だったことはいなめない。あんまりに唐突で慌ててタイミングを少し逃してしまったのだ。

 魔法を掛けるのが遅れて海面で炸裂するのを許してしまったのだから、大失敗といえるかもしれない。

 魚なんかは大丈夫だっただろうか?

 ああいう野生の動物は危機察知の能力は高そうだけど、あの爆発の衝撃波に巻き込まれていないことを祈るだけである。

 ちなみに慌てていたこともあって、ちょっと空間を歪曲させる規模を間違えてしまったのもある。

 ぽっかりと海に穴が開き、切れ目が滝のようになっているとてもじゃないが真っ当とも思えない風景が出来上がっていたものだから、早く直しておかないと大騒ぎになりそうだった。

 いやいや、ここは魔法の世界なんだからきっと大丈夫さ。

 それにアニメや特撮なんかじゃ、何故か謎の不思議空間でバトルをすることなんてよくあることじゃないか。

 さて突発的にやらかした事への心の予防線はこのくらいにしておくとして。

 出来上がった空き地の真ん中には、半分焼き魚になった海竜がぴちぴちしているし、まぁこれでこの事件は一件落着なのは間違いないようである。

 この空間歪曲の不思議空間も無駄じゃなかったとほっとしていたら、さっそく今日一番の犯罪者が帰って来た。

「いやぁ、少々やりすぎてしまいましたかな?」

 陽気な口調でバサバサと降りてきた竜姿のスケさんはどこか気まずそうなところを見ると、やりすぎた自覚はあるらしい。

 俺はさっそく咳払いしてきりっとした表情を作ってみた。

 ここは企画者らしく、少しくらい叱っておくべきだろう。

 旅行にルールは大切である。

 俺は腰に手を当てると、少し厳しめの口調で言った。

「コラ! スケさん! ちったぁ加減しろって! 俺達の目的を言ってみ?」

「は、はい! ええっとですね、水着の女の子と楽しい常夏バカンスをレッツ・エンジョイ?」

 しかしなんともバカ正直に答えてくれたスケさんのおかげで、俺のせっかく作った表情はすぐに迷子の子供並に落ち着きがなくなってしまった。

「な、何を言ってはるんですか…… そんなことじゃありませんでしたやろ?」

 そう言う裏の目的ではなく、表の方を言って欲しかったんだけども、もはや手遅れである。

 ヤッパリと呆れ顔の女性陣の冷たい視線を背中に感じつつ、俺は無理矢理方向転換を試みた。

「あーううん、おっほん! 魚を食べようって話だよ! あんなに海を吹き飛ばしちゃって! 魚どころか俺でも逃げるわ!」

 ツッコミはない……方向転換には成功したようだ。

 いや、もうあきらめられている可能性の方が大きいのだが、それは考え無いようにしよう。

 頭の冷えてきたスケさんは今更ながらに頭が回って来たのか、自分が吹き飛ばした辺りと俺を交互に見比べて頭を掻いていた。

「た、確かに。申し訳ない。どうもカッとなると手加減を忘れてしまって」

「も、もう本当に、頼みますよ?」

 すまなさそうに頭を下げる竜と、説教するビキニパンツの男というのはなかなかにシュールな光景だろうが、けじめは大事である。

 そんな時、このグダグダな空気を一変させてくれる小さな呟き声が聞こえたのだ。

「あ……あのぅ、みんなが皆さんにお礼を言いたいって」

 セーラー戦士の後ろから聞こえてきたか細い声に気が付いて、俺は目に付いたちびっこにおっとなる。

 目の端に飛び込んできたその子の脚が尾びれだったからだ。

 これはひょっとしなくても噂のアレだろう。

「この子はひょっとして……」

 指を指して、期待に胸を膨らませていると、セーラー戦士はうんとあっさり頷いた。

「私達の所に助けを求めに来た子だよ、人魚なんだ」

 懐かれているらしいセーラー戦士は予想通りの事を言ってくれたが、さすが人魚、ちびっこでも実にかわいらしい。

 まさに異世界の神秘! いやいやここは海の神秘というべきか。すばらしいの一言だと言わせていただこう。

「へぇ……人魚って本当にいたんだ。マジぱないっすわ」

 そしてなぜかやたらとうれしそうなスケさんは口元に手を当てて気味の悪い笑い方をしているようである。

「ふふん、そうでしょうとも。いてもらわねば困りますよ」

 意味ありげな事を言ってはいるものの、こんなに下心満載の含み笑いをまさか竜の顔で見るとは思わなかった。

 ただ、それも無理のない事だろう。

「……いつになく機嫌がいいねスケさん」

「それはそうでしょうとも」

 多くは語らないスケさんの視線はすでに浜辺のビーナス達に釘づけだったのだ。

 俺もスケさんの視線を追って漏れそうになる声をどうにか堪える。

 見目麗しい人魚の皆様方は噂に負けず劣らない、美女揃いだったのだから。

 そして向こうもこちらを見つめながら顔を赤くして、あこがれの混じった表情を浮かべているではないですか。

「……こ、これは」

 俺はごくりと喉を鳴らす。

 これはひょっとしたらひょっとしちゃうのか?

 何を期待しているのかはわからないが、何かが起こる気がする。

 そんな夏の予感にドキドキと俺の胸は高鳴っていた。



「あいよ! イカ焼き上がったよ!」

「……これはどうも」

「超うまそうだよーありがとねハッチー」

「いやだからハッチーってだれ? だけどこのくらい全然大したことないって!」

 海岸で焼かれる魚介の香りはどこまでも香ばしい。

 炭火の網焼きはどんな時でも食欲を増進してくれるようだった。

 しかしハッチーからイカ焼きを受け取っても、俺達は力なく曖昧な笑みを浮かべるだけである。

 爆発の後、血相を変えたハッチーが駆けつけてきたので、解決した事を伝えると、さっそくこんな事になってしまってこっちがびっくりだった。

 だいたいの事情は説明したが、現在は海も元に戻っているし細かいことは気にしない事にしたらしい。

「これで、この村も少しはましになると思うよ! おやじ達は諦めて出稼ぎに行っちまったけど、早く戻ってくればいいんだけどなぁ」

 などとハッチーは何気にギリギリだったらしいこの村の現状を実に明るく言ってくれるが、本当に彼女が竹を割った様な性格でよかった。

 しかし、一見すると核爆発にも見えるくらいの爆発を、こんなにあっさり流してしまっていいのだろうか?

 現に村の人達は彼女以外人っ子一人出てくる気配もないのだが……まぁいいか。

 プライベートビーチ状態で楽しいし。今日一日くらいはゆっくり出来る方がいいだろう。

 それでも近海に魚が戻ってくるにはそれなりに時間がかかると思うが、そこは協力を約束してくれた人魚達に任せておけば、多少なりとも早くなるはずである。

 そして……新しい村の名物があれば、今以上に発展することも夢ではないだろう。

 噂をすればその名物がお使いから帰って来たようで、さっそくスケさんが海の方を怒鳴りつけていた。

「遅い! 何をやっていたんだ!」

「……すんませんです」

 そこには遠くの海から大量の獲物を狩って来た海竜が頭を下げていたのである。

 竜同士の決闘で生かされた場合、ペナルティがないなんてことはないらしい。

 その辺りは海竜もプライドがあるらしく、スケさんに大人しく従うようだった。

 今から五年の間、海竜はスケさんのパシリであり、村の再興に協力する約束まできっちり取り付けられていた。

 環境が元に戻るまでは、漁業に勤しむ事だろう。

 もちろんその間、この周囲に住み着いている者達への手出しは禁止である。

 パソコンもあることだし、次下手なことをすれば、スケさんが今度こそ本当に引導を渡すことになるだろう。

 ……まったく立派な脅迫である。

 だけど事件は解決したというのに、俺達は今、何とも複雑な気分でいっぱいだった。

 ブーメランパンツをはいた男が二人、炎天下の砂浜で膝を抱えている風景はあまり気分のいいものではないだろうが、今の俺達にはお似合いのポーズである。

「……それにしてもなんでしょうか? このやるせない気持ちは」

 スケさんは力なく言うが、あれだけバカな事をしでかせば仕方がないと思う。

「……ああ、うん、やっちまったねスケさん。そりゃぁあんだけ派手に吹き飛ばせばやったら怖がられるって。ようこそ俺サイドへ?」

 言っていて悲しくなるが事実である。

 スケさんも自覚があるだけに俺の生暖かい視線に大いに怯んでいるようだった。

「しかし、ハッチーは大丈夫ではないですか?……ふられてしまいましたが」

「……また変なこと言ったんだろ?」

「悪いね、そういうの興味ないんだ。はい、ホタテにアワビ」

「……おや、こりゃどうも」

「うまいねこれ」

 さっぱりとした態度でウインクするハッチーは実に爽やかだったが、有無を言わせない態度でもある。

 焼き上がったものを置いていったハッチーの後ろ姿に、スケさんははははと乾いた笑いで手を振っていた。

 この短時間にまたフラれたのかスケさんは。

 俺はそっと、自分の分のホタテを一個スケさんにあげた。

 貝を口に頬張りつつ、しかしスケさんは、それとは別に納得のいかない事がある様だった。

「……いや、それだけがこの敗北感の理由なのでしょうか? どうにも違う気がしてならないのですが……」

「そりゃそうでしょ? どう考えたって、あれのせいだろうし」

 俺達の会話に割って入ったのは、俺達を日よけにして座る水着姿のトンボである。

 彼女は俺特製の妖精用かき氷(いちご味)を食べながら頭痛を堪えているらしい。

 だけどズバリ指摘するトンボは全然間違ったことは言ってない。

「……それを言うなよトンボちゃん」

 俺は情けない声を出すが、その通り。

 そんなの一目見ればわかる話だった。


「どうぞお食べになってくださいお姉様! 私達が採ってきた貝です!」

「そうですわ! せっかくですから私達の歌も聞いていてくださいな!」

「……いやぁ、あのそんなに気を使ってもらわなくても」

「そんなことはありません! あなた方は私達を助けてくれた恩人ですもの! 誠心誠意御もてなしさせていただきますわ!」

「いえ、私はタロー殿の警護がですね……」

「大丈夫ですよ! この辺りに害になるようなものはもういませんし! ……ですが素敵ですわ! とても誠実でいらっしゃるのね!」


 きゃぴきゃぴと艶っぽい人魚の声が聞こえてくる。

 人魚達は確かに自分達を救ってくれた英雄さん達に夢中だった。

 ……ナイトさんとセーラー戦士限定でだが。

 戸惑いの表情を浮かべているセーラー戦士とナイトさんだが、別に危害を加えてくるわけでもないので、迫る彼女達を持て余しているらしい。

 そしてものすごく近距離でスキンシップを取りたがる人魚達は、とても熱っぽい視線を彼女達に向けているのだ。

 その一帯の華やかさが臨界を突破してまるで花畑のようだが、きっと咲き乱れているのは百合の花か何かに違いない。

「……キマシタワー。女子高のノリって異世界にもあるんだね、非常に偏ってはいるんだろうけど」

 やれやれと俺は呟くが、その時スケさんが勢いよく立ち上がった。

「ちょっと待ってください! ……これは何かが間違っている! 彼女達の目を覚まさねば! それにどう考えても今日のカッコいい担当は私なんじゃないですかね!?」

 何やら後半に本音を滲ませつつ、使命感を拳に籠めて震えているスケさんは血の涙でも流しそうな勢いだったが、ちらりとそんなスケさんに目を向けたトンボは悪魔のように微笑むと、自分の仕入れた重大な補足情報を付け足したのだ。

「ププ。人魚さん達男に興味ないって。粗野で乱暴なところがダメなんだってさ。……特に今の所、竜は生理的に無理だって」

 そしてトンボの止めの一撃は、容赦なくスケさんのハートを一撃していた。

「……ぐふ!」

「あー、スケさんのライフが……」

 哀れ血反吐を吐いて倒れたスケさんの亡骸を、俺は特に気の毒に思うでもなく一瞥する。

 続いて女の子達に視線を向けると、俺の視線にニヤニヤしたトンボが割り込んできた。

「おやおや~? タロもあちらがうらやましいのですかな?」

 トンボは実に楽しそうだったが、ご期待に副えずに申し訳ない。実は今回俺は口で言うほどがっかりもしていなかったりするのだ。

「……それがそうでもないんだわ。俺的にはもう目的は達成しちゃってるんだよね」

「へぇ~。ホントにー?」

「もちろん。俺は基本的に紳士だぜ?」

 疑わしげな視線を向けられたが、トンボとしてもそんなに重要なことでもなかったんだろう。

 俺が本気だと察すると、彼女もあっさりそうなんだと頷き、残りのかき氷の攻略に乗り出している。

 ふむ、目標であった女性陣の素晴らしい水着姿も拝めたし、魚介の幸も存分に堪能した。

 おまけにパソコンも置いて行けるんだから、見事当初の目標はすべて達成している。

 その上、目の前には綺麗な砂浜とビーチ。手には海の幸と隙もない。

「まぁ、おおむね満足だね」

「かもね。わたしも海の割に楽しめてるし。ねぇねぇかき氷もう一杯追加でー」

「おう? それじゃぁ今度はブルーハワイでもいってみる?」

「……それって何味?」

 首をかしげるトンボに思わず吹き出す。

 今日は別段俺のせいって事もなく、平和なレジャーになりそうなんだ。

 折角なので新しいかき氷を作ってから、未だ干からびているカワズさんの敵討ちも兼ねて、後で沖にでも泳いで行ってみることにした。


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