七十五話 海にいこう 7
side スケさん
「はは! 姿を変えてんのか? 面倒な事をするな飛龍は」
会いに来てみたものの海竜は割と最悪だった。
……なんというか、見ていて気恥ずかしくなるのだからどうしようもない。
それは力を持て余し気味の若い竜特有のものだが、質が悪いのはこの海竜がそれなりに力を持っている事だろう。
竜の中でもそれなりに力が飛び抜けているものは暴走しやすい。
まぁ……よくあることである。
「俺達竜は、まぁ海と空との違いはあるが、この世界で最強の力を持っているんだぞ? それが貧弱な奴らの顔色を伺ってどうする?」
「……顔色を窺うという事はないだろう? ただ無暗に虐げるなと言っているだけで」
冷静になれと自分に何度も言い聞かせるが、それも限界に近かった。
それなりに冷静さを保てる方だと自負しているが、私もやはり竜なのだ。
頭に血が上りやすいのは自覚している。
それでも諭すように言葉を絞り出せたのは、タロー殿にみっともない所を見せられないという事もあった。
「それが甘いって言っているんだ。俺がここに巣を作ったのも、使いやすそうな奴らがいそうだったからさ。その方が扱いやすくていいだろう?」
「……なんだと?」
しかし竜にあるまじき理屈に、私の中の堪忍袋に亀裂が入ったのを確かに感じていた。
力に任せて支配するなど下の下である。
竜は孤高にして至高。
敗者から奪う事はあっても、弱者から略取するような真似は全くナンセンスだ。
実際会ってみて、竜の血族ならば説き伏せるのもありかと思っていたが、どうやらその必要もないらしい。
目の前の蜥蜴は私の機嫌にまったく配慮せずに、まだ延々としゃべり続けていた。
「お前もそうは思わないか? 俺達の鼻息だけで簡単に壊れるような連中だ。奴らは俺達に支配されて当然。そうだろう? それが自然の摂理ってもんだ」
「……」
「お前もそうじゃないのか? 同じはずだぜ? 飛龍さんよ。
若い竜はどいつもこいつも力を持て余しているもんだ。そうじゃなけりゃ玉なしさ。
見た所、あんたはなかなかやりそうだ。どうだ? 一緒に手を組まないか?
空と海、二体も竜がいれば敵はない。面白おかしく暮らそうぜ?」
後半はほとんど聞いていなかったが、一応聞いておかなければならないことを思い出して私は何とか口を開いた。
「…………お前、ここにいた人魚達をどうするつもりだ?」
「あ? ああ、そうだな。人魚ってくらいだ、肉を喰っちまうのもいいが、今はとっ捕まえてメシやら宝やらを採ってこさせているな。あいつらなかなか使えるぜ? 人魚が気になるならあんたにくれてやってもいい。どうだ?」
「……そうか、もういい」
がちんと最後の一線が振り切れる。
もはや情状酌量の余地もない。
そもそも人魚のお嬢さん達を捕まえた辺りですでに死刑である。
なれなれしく言葉を吐く海竜に私は深く息を吸い、同じくらい時間をかけて吐き出しだすと、最後の理性を振り絞って言った。
「……竜とは、高みにある者だ」
「?」
「頂くのは空のみ。竜は自ら自身が王。
だからこそ我らは力を持っている。
故に我らが持つ力をふるえば他者を虐げることなど容易いだろう。
だが他者を踏みつけにして積み上げたとして、それにどの程度の価値がある?
そうして出来た高みなど、たかが知れているだろうに?
我らは自ら空へと登らねば。
誰もが望む高みにあるからこそ、我らは強い憧憬を向けられる価値があるのだからな。
種族が違えど、竜と名乗るなら志は同じだと思っていたが……」
持論を淡々と述べるのは、心が静かだからである。
平静、それは荒れる前の前兆だ。
だから今この時にしか、体裁を整える時間はない。
それが終われば後は……。
「ふん、バカバカしい! 脅えさせずに何が力だ。お前もカビの生えた年寄どもと同じ竜ってことか」
「少なくても、私の知る竜とはそういモノだ。
……本来なら、貴様のことなど知ったことではないが。
今、貴様はこの私に言ったな? 貴様と同じだと……比較的上からで」
何が面倒だ何が甘いだ何が手を組まないかだこのボケなす……千回殺して消し炭にするぞ!
「すべて勘違いだクソガキ……。軽口の代償、高くついたとあの世で悔やめ」
理性が引きちぎれると、体の魔法が怒りに負けて解除された。
黒い鱗が体を覆い、ミシミシと音を立てて本来の姿を取り戻してゆく。
真の姿を現す私に、海竜の方も凶暴に笑うと、さっそく牙をむいた。
この姿を見て戦う気になるというその意気やよし、上等である。
「最初からそう言え! 面倒な奴だ!」
そう叫んだ海竜はぐるぐると大きく弧を描いて水中を泳ぎ始め、徐々にスピードを上げていた。
最初からそのつもりだったろうに、面倒なのはどっちだ。
だがこちらとしてももう我慢の限界はとうに過ぎている。
今は存分にこの激情を楽しむべきだろう。
狂ってしまいそうな闘争本能を、無理矢理腹の底にしまい込み、押しとどめる。
溜めて、溜めて、溜めて……大丈夫まだやれるはずだ。
気が付けば水の中は渦となり、私はその中心にいた。
「はっはっは! ねじり切れるだけじゃすまねぇぞ!」
しまいには目でとらえていたはずの海竜も渦に消え、なにか鋭い衝撃が私の体にぶつかってきた。
たぶん水の魔法だろう。
切り裂く類の軽い衝撃が次々と私の鱗を襲っているらしい。
ここが水の中でよかったと思う。
頭の中はぐらぐら煮立っていたが、周りがひんやりしているおかげで、少しは頭が冷えてくれるからだ。
これだけでも野生丸出しの戦いではなく、タロー殿の言葉を使えばスタイリッシュな戦いが出来るという物だった。
「いてぇだろう! 水の鎌は切れ味も抜群だ!」
私の体は周りの水に持ち上げられて徐々に水面へと上がっていく。
渦はすでに竜巻になっているようで、上空まで海水を巻き上げているようだった。
だが私は力に逆らわず、そのまま上へ上へと登って行き、目を閉じるとただ無防備にじっと海竜の攻撃を受け続けた。
「さてそろそろ止めと行こうか! 舐めたことを言ったツケ、今ここで支払え! 羽蜥蜴!」
竜巻と共に上空に上がった海竜はその顎を大きく開き、魔力を集中していた。
選択したのは氷の魔法らしく、放たれる前から冷気が水を伝わって来る。
あの海竜も竜の端くれだという事なのだろう、その魔法はなかなか強力そうだ。
一瞬だけ海竜の口が輝き、冷気の塊が放たれる。
伸びてきた青白い光が竜巻の中心を貫くと竜巻は一瞬で凍り付き、氷の柱が海面に聳え立った。
私はどうやら氷の中に取り込まれてしまったようである。
「はっは! 冷凍蜥蜴の出来上がりだ!」
得意げな海竜の声が聞こえたが、そろそろいいだろう。
「……!」
その時、ピシリと氷に亀裂が入った。
私は無造作に羽を広げて一度だけ大きく羽ばたくと、それだけで氷の柱は容易く崩れ落ちていったのだ。
粉々に砕かれた氷の粒の向こうには、驚愕で表情を強張らせた海竜が海に落ちてゆくのが見えた。
ダメージは……ない。
あれだけやって、かすり傷の一つも付けられないとは、いかに若いとは言っても情けないことである。
「……先手を譲ってやったと言うのにな。この程度とは」
「なにぃ!」
私はそのままさらに空へと高く舞い上がった。
海竜はその頃には海に落ちてしまっていて、何を勘違いしているのか、嫌らしく笑っている様だったが、もはやどうでもいいだろう。
今は溜めに溜めた怒りをスッカっとぶっ放すことが最優先だ。
「はっ! ここが海だってことを忘れてねぇか! あんたの攻撃は全部半減だ! やれるもんならやってみろ! 水中で刻んでやるからよ!」
なるほど、あいつの自信はこの海か。
まだ実力差を把握すら出来ていない海竜に私はすっと目を細める。
いいだろう。
そんなに戦いたいなら手加減抜きでやってやるとしよう。
すべての感情を飲み込んで、今この瞬間にあるのは、震えるほどの歓喜のみだ。
「貴様に一つ言っておく……」
竜が生まれながらにもった炎の魔法は人間の物に比べると遙かに強力なものだろう。
それが成長と鍛錬と共により強力に変化してゆく。
肉体と共に研ぎ澄まされた魔法陣はすでに体の一部である。
肺一杯に空気を吸い込み、私は体を大きくのけぞらせ。
「人魚を侍らすなんぞ……千年早いわ!!!」
息。
口という砲門から打ち出された魔力塊は、炎へと変換され、敵を打ち抜く。
敵までに何が立ちはだかろうともだ。
海に向かって真っすぐに突き進む白色の線が一瞬にして青い海を赤一色に染め上げていた。
円を描くように水などものともせずに膨れ上がる大きな炎の球体が、海水を押しのけ蒸発させてゆく。
そして爆発的な勢いの水蒸気はさらなる巨大なエネルギーを生み出して海を吹き飛ばした。
その規模は、竜という存在を知っている者ほど呆れと共に怯えるだろう。
炎の尾が消えた時、そこには鱗を半分ほど焦した海竜が海底で怯えた目を向けていた。
まだ生きていることくらいは褒めてやるとしよう。
勝者は敗者を空から見降ろし、気分よく鼻を鳴らした。
「ハッ! 鱗はそれなりの様だ。ざまみろ蜥蜴が!」
私は自らの勝利を声に託して天に捧げる。
グオオオオオオオオオ!!!
咆哮は高く青い空にどこまでも轟いていた。
―――だけど、すっきりしてしまった今だから思うのだけれども……ちょこっとやりすぎたかもしれません。
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