七十四話 海にいこう 6
side太郎
さてさてちょっとカッコよく、暴走しすぎないように止めてあげようかなーと、一友人として他愛ないおせっかいを焼こうとしたわけだけど。
実際の所俺に出来ることなんてなにもないわけで。というか、見つけた時にはすでに話しかけるのもためらわれる雰囲気だった。
「……あーあ。もうスケさんったら。いきなりこれだもんなぁ」
スケさんを追っかけてきたはいいが、竜同士というやつは睨み合うとかなり長いようである。
見つけた時にはもうすでに、でっかい恐竜みたいなのとスケさんは対峙していた。
海竜は一言で言うならまるで恐竜のような姿である。
丸い体にヒレのような手足、さらには長い首と鋭い顎を持った頭が特徴的な首長竜。
しかし若干の差異があるとすればそれは頭から伸びた大きな角だろう。
一角獣を思わせる長い角は絶えずスケさんを正面に捕えている。
あくまで挑発的な海竜に、今すぐにでも戦闘の始まりを予感させた。
だいたい喧嘩の仲裁なんて言うのは大抵止めに入った奴が一番割を食うのが常なのだ。
ましてや相手は竜。
そんなモノ、扇風機の羽に指を突っ込むよりおっかない。
まぁ彼らもそこそこに暴れれば満足するだろう。
そしてお互い頭が冷めてから、ゆっくりと話し合いでもなんでもすればいいと思うのだ。
とまぁ喧嘩というよりも、殺し合いが始まりそうな殺伐とした空気は俺の心を見事にへし折った。
こうなれば、ただの喧嘩で済む程度にアシストの方向に切り替えよう。うん。
このまましばらく待機かなーなんて暇を持て余しているわけだが、そんな時なんともうれしいサプライズが向こうの方からやってきて、俺はくわっと目を見開いていた。
竜の喧嘩? そんなものは他所でやってくれ。
今俺はそれどころではないもので!
「うおおおおお! ナイトさん! その鎧着てくれたんですか! 素晴らしきはビキニアーマー……もとい魔法装甲型ナイトさん! 水着は頑なに却下だったのに!」
なんという、なんという感動だろうか!
ありのまま、今起こったことを話すぜ!
ビキニアーマーの美女がこっちに泳いでくる!
何を言っているのかわからないと思うが、美しいとか素晴らしいとか、思いつく単語は多々あれど、安直に口に出す気にはならない。
そんなちゃちなもんじゃないもっと素晴らしい物の片鱗を味わったぜ!
ナイトさんのボリューム満点の胸元は、ビキニアーマーによってさらに強調されてダイナマイトとかそんな程度の爆発物では言い足りないだろう。
そして何より、引き締まりすぎた体つきがいっそうその差を強調しているのである。
あえて言おう、これは至高の美であると。
堅いでもやわらかいでもなく、しなやかさと圧倒的なボリュームの同居したその姿は……。
「いい加減じっと見るのは止めてください」
「……すいませんっした! 露出の多いナイトさんを見るのは初めてなので、つい取り乱してしまいまして!」
俺はすぐさま頭を下げる。
そしてこのお辞儀は、謝罪より、お礼の方が若干多く籠めてあった。
「そ、それは、鎧だから恥ずかしくないのです」
ナイトさん的にはそれが最後の砦なのか、若干赤い顔で狼狽えてはいるものの、下手に隠そうとはしない所は評価されるべきだと思う。
「それよりもお聞きしたいことがあります」
しかし彼女はすぐに真顔に戻ると、すごく真剣に睨んでくるものだから、俺としては若干ぎくりとしてしまった。
「な、なんです?」
ま、まさかこの鎧が俺提案だという事がすでにばれてしまったのか?
それらしい理由をこねくり回して、しっかり実用的な魔法もこれでもかと詰め込んだというのに。
とりあえず、なんと謝るか脳みその大部分を使って考えていたのだが、ナイトさんが言いたかったことはそんな事ではなかったようだった。
「なぜ私に声を掛けないのですか」
声を低くするナイトさんに、俺はなんとなく気まずくなるが、大した理由があったわけじゃない。
「だってスケさんが暴走気味だったし……」
「それでも、一言欲しいものです」
よほど気に障ったのか腕を組んで難しい顔のナイトさんだが、俺にだって言い分はあるのだ。
「いや、俺だってそんなに簡単に死にはしないと思うし?」
言ってしまってから護衛をやってくれると言う人に言っていい言葉じゃなかったと後悔したが、ナイトさんはそういう事ではないと首を振って言った。
「……そんな事はわかっています。ですが、貴方の魔法はこんな些事に使っていいものではない。私はそう思います」
「そ、そうかなぁ?」
何だがとっても気まずい過大評価をいただいてしまったが、そんなたいそうなものではないと思うんだけど。
しかしなにか確信している風のナイトさんは、きっぱり言い切ってくる。
「そうです。あなたが一つ魔法を使えば、一つ世界が変わる。
そんな貴重な魔力を、くだらない争いごとなどに使わせるわけにはいかないでしょう。
ですからどうか、このような些事は私のような者に任せてほしい」
「……それはなんというか、そこまで迷惑かけるわけにも」
男の子としても守られっぱなしって言うのもかっこ悪いんじゃないかなとそう思ったのだが、ナイトさんはやや怖い笑顔だけで俺の言葉を遮った。
「迷惑などと思わなくて結構。私が勝手にやっていることですから」
ナイトさんのなんともありがたい申し出に、俺は感心してしまった。
そんな事を考えてたんだこの人。
そしてこれがナイトさんの考える俺を護衛する理由なのだろう。
ある意味俺以上に俺の魔力の事を考えてもらっているようで、どことなくこそばゆい感じである。
だけど今回に限っては、ナイトさんにも遠慮してもらわねばならないだろう。
「それはありがとう。でも今回はナイトさん待機してもらった方がいいかも。スケさんがやる気満々なんだ」
「? あの御仁がですか? 只者ではないとは思いましたが……」
そう言って俺の視線を追うようにナイトさんも海竜とスケさんの睨み合いに視線を向けていた。
俺はいつかの人間の国での失敗を生かして、今回遊びに来るにあたって魔力を隠ぺいしている。
近づいても逃げ出されることはないはずなので、スケさんの邪魔をすることもないだろう。
動機事態は馬鹿だが、相手が竜だというならスケさん以上の適任はいないと思われるのだから、こうなった以上今回の一件に下手に手を出すのは止めた方がいいと思う。
直に見た海竜は体が大きく迫力はあるが、どことなく雰囲気が軽かった。
俺が出会った竜はみんな雰囲気に威厳の様なものがあったのだが、今回の奴はスケさんよりもはるかに若い竜なんじゃないかとそんな印象である。
対して暴走しているかと思われたスケさんが嫌に大人しいのでむしろ俺はスケさんを見直したくらいだった。
最初はすぐにでも何かあるかと思ったが、全然何も始まらないし。
やっぱり年上の威厳というやつだろうか?
未だに殴り合いが始まっていないのは、きっとスケさんがこの若い海竜を諭しているからに違いない。
さすがやる時はやるもんだなぁと俺は遠見の魔法でスケさんの様子を伺って見たのだが、その目を見た瞬間にぞっとした。
今まで一度だって見たことがない位、その目はとにかくヤバかったのだ。
エロイ時の暴走とか、親族同士のじゃれあいなんてものではない。
深く静かに激しい感情を内に押し殺している。
あえて例えるなら、それはまるで噴火直前の火山の様だった。
「こりゃやばい……スケさんがマジだ」
思わず呟くと、ナイトさんは怪訝な顔をしていたが、説明している時間すら今この場ではもったいなさそうである。
「人魚がどっかにいるんなら、さっさと連れて逃げ出そう。早くしないとたぶん危ない」
「それは大丈夫です、もう逃がしてきましたから」
「ならすぐ逃げる!」
とにかくここから離れなければまずすぎる。
俺の錆びついた勘でも、少しくらいの本能は残っていたらしかった。
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