七十三話 海にいこう 5
side セーラー戦士
『……ぐ、まさか海水がダメとは。じゃが魔法はかけてあるから、半日くらいは海に潜れるじゃろ。行ってきたらええわい』
ふてくされ気味のカワズさんから送り出された私達は、そのまま海底に人魚救出となったわけだが、しかしそれにしてもスキューバ初体験をまさか異世界ですることになるとは思わなかった。
海は最初こそゆらゆらと揺らめく青い硝子の中のような不思議な景色だったが、深く潜るにつれてだんだんと透明感のある光が薄暗く変わってゆく。
しかし底に近づくと再び光が濃くなっていっていることに気が付いた。
遙か彼方の海底が光っている。それが珊瑚のような物だと気が付くと、私は状況も忘れて思わず見とれてしまっていた。
さすが異世界、海の中ですら向こうと同じではないようだ。
そして、それと同じくらいに目を引くものがチラチラ目の端に映っていて、私は少し赤くなりながら、ちょっと勇気を出して聞いてみた。
「それにしても……ナイトさんその水着、すごいね」
「水着ではありません! 鎧です!」
「そ、そうだね」
私は太郎の用意した黄色い水着をそのまま着ていたのだが、ナイトさんはそうじゃなかった。
その恰好はなんというか……すごいの一言である。
思わず自分の水着姿を隠したくなるくらいだ。
もちろんナイトさんのスタイルあってこそのこの迫力とは思うんだけど、彼女の服装はゲームに出てきそうな鎧、というには覆う部分が極端に少ない、水着のようなものだったのだ。
本人も恥ずかしいらしく、どことなく不愉快そうだから、あっさり乗せられた事を今更ながらに後悔しているのかもしれない。
「早くしないと海竜が戻ってきちゃう! あの大きな岩の中にみんないるから急いで!」
だけどこの状況では今更恥ずかしいから着替えたいとは言えないだろうなと、こっそりナイトさんに同情した。
先行する人魚の女の子はさすが人魚だけあって、水の中ではとても泳ぐのが速い。
少し頼りなく感じていた道案内も、水の中となるととたんに頼もしくなるらしかった。
そうだ、よそ見をしている場合じゃない。
ここは気を引き締めて、余計な雑念は捨てるとしよう。
「でもなんで君以外は今のうちに逃げ出さないんだい?」
逃げ出して来たという場所がどんな所なのかも含めてそう尋ねると、人魚の子はだんだんと気分が高揚してきたのか、興奮気味だった。
「岩の隙間を通れるのが私だけだったの! あいつ私達が逃げ出さないように入り口に大きな岩で蓋をしていくから、何人かの娘は魔法の鎖でどっちにしても動けないし」
「なるほど……結構まずそうだ。なんでその海竜って奴の気が逸れてるかわからないし」
「だからそう言ってるじゃない!」
目指している海底はあと数分で到着するだろう。
私は胸のペンダントを一度撫でて、荒事にならないように祈ってみた。
運よく竜はいなかった。
いなかったのだが、だけど案内された岩の蓋というのは、はっきり言って蓋なんてかわいい代物ではない。
どう控えめに言ってもそれは岩塊である。
少なくてもあっさり壊せるようなものでないのは間違いなく、高さだけでも十メートル以上ありそうだった。
「……これをどかせばいいわけ?」
念を押すと、人魚の子はうんうんと何度も頷いているし、間違いないらしい。
「うん! 攻撃魔法とかでどうにかならない?」
握り拳を作って頑張れ! と、ものすごく無責任な事を言ってくれる女の子である。
期待してくれるのはうれしいが、私達じゃなかったらどうするつもりだったのだろうとちょっと疑問だった。
「うん、一応使えるけど……ちょっと気合を入れないといけないかな」
地上ならこれくらいの岩なんて何の問題ないが、水中じゃ剣を振り回すのも少し勝手が違う。
だが、攻撃魔法で削るのは水の中では危ないし……となると魔剣を使ってどうにかするか?
そこまで考えた所で、ナイトさんが私の前に進み出た。
「私がやりましょう。セーラー殿」
だけどなんだかおもしろい名前がナイトさんの口から飛び出したので、私は待ったをかけたのだ。
「え? ちょっと待って……? セーラー殿って何?」
「え? そういうお名前では?」
「違うから! あれは太郎が付けたあだ名!」
「ではセーラー戦士殿で?」
「……それもなしで。私の名前は天宮 マガリ。名前で呼んで構わないから微妙な呼び方しないで」
「ですが……私としてはタロー殿が困るようなので、その……あだ名で呼んだ方がよいと思うのですが」
言われてみて、ああそういう事かと私は納得した。
だけどそういう事なら何の問題もないだろう。
「それなら大丈夫だよ。私はあっちの世界から来たから、ちゃんと太郎もわかるみたい」
だけどそう言うと、ナイトさんは少しだけ狼狽えていたようだった。
「……そう、なんですか? なら……マガリ殿とお呼びしましょうか」
なんとなく不満そうなナイトさんだが、そこは譲れないので承諾してほしい。
だけどあまり必要ない話に痺れを切らしたのは女の子だった。
「もう! 早くしないとって言ってるのに! 何話してるの!」
「おっとそうでしたね。では早速始めましょう」
少し気まずそうに気合いを入れ直しているナイトさんには悪いけど、私は懐疑的な目を向けざるをえない。
だってそんな露出の高い、鎧の役割よりもむしろ見た目重視な鎧に、すごい効果があるとも思えなかったからだ。
水を差す様で悪いが、言っておいた方がいいだろう。
「でもその鎧……大丈夫なの? 最初に着てた鎧よりなんだか、その……趣味性が溢れすぎてる気がするんだけど。武器もないし」
「う……いえ、ちゃんと意味はあるらしいです。この鎧はこの状態じゃまだ未完成なんですよ」
「未完成?」
「そうです。急がないとまずいようですので、実際お見せした方が早いですね」
ナイトさんがそう言うと、私が見ている前で彼女の周りの水がグニャグニャと歪んでいた。
何が起こっているのかわからずに私は目を凝らしてみる。
正確にはわからないが、それは彼女の周りにうっすらと何かが纏わりついているように見えた。
最初は目の錯覚かと思ったが、そうじゃない。
そしていつの間にか、ナイトさんのその手には何か剣のようなものが現れていたのだ。
ただその剣自体とても見づらく、気を付けて見ていなければわからなかっただろう。
「……何それ? ひょっとして水で鎧を作った?」
なんとなく、そう当たりをつけて言ってみると、ナイトさんはそれを肯定していた。
なるほど未完成とはそう言う事か。
この鎧もまた、やっぱり太郎の作った鎧という事らしかった。
「その通り。とは言っても水だけではありませんよ。五属性の魔法ならすべて魔法を書き換えて、鎧や武器にしてしまいます。その……肌を覆う面積が少ないのは、直接肌に鎧をつけた方が魔力の伝達効率がいいとか、相手の広域魔法を誘うためらしいです。これなら軽装に見えますから」
「……なんかいいわけ臭いよね」
「そんなことは……ないと思いますが。実際威力は……」
ナイトさんは説明しながら見えない剣を上段に構えて、一気に振り下ろす。
動きは彼女の肉体強化のパワーのせいか、それとも鎧の効果なのか、水中とは思えないほど滑らかだった。
だけど、見た所そんなに力を入れているわけでもないから、どうするのだろうと思っていたら異様に軽い音がして、だけど私は一太刀で行われた事が信じられずに目を疑った。
彼女の目の前の岩塊はまるで鏡のような断面で真っ二つに切り裂かれていたのだ。
私は恐ろしい切れ味に言葉も無い。
なるほど鎧のデザインはともかく、ちゃんとしたもの作っているらしい。
「まぁこんなところです。形はあってないようなものなので刃渡りは関係ありません。折れる心配もしなくていいので、いくらでも無理が効きます。
防御力も魔法は一切効きませんし、こうやって魔法を鎧にした後は物理防御もかなりのモノです。
私が付けていてそれに頼りきりになるようなものは止めて欲しいとお願いしてしまった物ですから、ずいぶん試行錯誤していただいたようですよ。
ただ……コレは強い事はわかるんですが、初めの露出の多さだけがちょっとですね」
「……ほんと、馬鹿なことを本気でやるから、頭が痛いよね」
「それは……私の口からはちょっと」
そうとだけ言ったナイトさんは黙ってしまったが、沈黙もまた答えである。
まったくあいつらは。
まぁそれはともかく、これで人魚の子の望みはかなえられたようだった。
間をおかずに、崩れ落ちた岩の蓋から人魚達が次々に抜け出してゆく。
沢山の人魚達は誰もかれもが美しかったが、今はどの人魚達も怯えているようで、その表情は影っていた。
解放された人魚達はこっちにちらちらと視線は向けてくるものの結局すぐに逃げ出して行ってしまったが、さっきからピリピリと落ち着かない感じがして、彼女達の気持ちはわからないでもなかった。
警戒するほど近くにはいないようだけど、そう遠くない所でその海竜とかいうのも間違いなくいる。
そしてそれ以外にもう一つ、何かやばそうな気配を感じた。
これはカワズさんと太郎が練習していた魔力感知を私なりにこっそり練習した成果だったが精度としては悪くない。
ナイトさんもさっきから緊張を解いていないし、これは囚われているという人魚達もさっそく解放してしまった方がよさそうである。
「何か始まったみたいだね……どうしようか?」
だけど私が振り向くと、ちょっと目を離した隙にいつの間にかナイトさんの姿がない。
「あれ?」
どこに行ったのかと辺りを見回すと一直線にある方向目がけて泳いでゆくナイトさんを見つけた。
向かっている先に目を凝らすと、人影みたいなものを何とか見つけて事情を察する。
どうやら太郎を見つけたらしい。
「やれやれ、主思いの騎士様だなぁ。じゃぁ私は……」
そして傍らに泣きそうな顔で私を見ている人魚の女の子を見つけて、私はため息を吐くと目の前の少女の頭を撫でる。
「じゃぁ私はこの子達を避難させようかな。太郎が何かするんだったら、どうせまたとんでもない事になるんだろうし」
多分だけどこの予感は外れない。そんな気がした。
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