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七十二話 海にいこう 4
sideセーラー戦士

「……ど、どうしようこれ?」

 私は釣りを楽しんでいただけのはずなのに、ものすごく困っていた。

 目の前には釣り糸と、釣り上げたばかりの成果が一つ。

 しかし、ぶらりと釣竿にぶら下がる人間というのは、どうしようもなく手に余る。

 正確にはそれは人ではないのだけれど……。

 改めて見ると彼女の上半身はとてもかわいい女の子だった。

 見た所十代に届くか届かないかくらいで、赤い髪と蒼いクリっとした瞳がとても特徴的な少女である……のだがどういうわけか下半身はびっしりと鱗に追われたお魚だった。

 たぶん人魚。

 初めて見た生き物だが、釣竿で釣り上げてしまったものだから、うれしいどころかものすごい罪悪感だ。

 だがまぁ口に針が刺さっていないだけマシだろう。

 そんな事になっていたら、痛すぎる。

 釣り上げられた人魚は、針の部分に木片をひっかけて、それに掴まって来たらしい。

 なかなか賢くパワフルな子である。

 私がどう声をかけたものかと戸惑っていると、彼女はこちらの反応を待たずにいきなり話しかけてきた。

「あ、あの初めまして……」

「初めまして……っていいのかな? この挨拶で」

 釣りをしていて釣り上げたものに挨拶をされるのもまた初体験である。

 混乱していた私だったが、一方まったく動じていない人もいた。

 すぐ後ろにいたナイトさんが、巨大な槍を片手に人魚を睨みつけていたのだ。

 太郎に撒かれて微妙に機嫌が悪かったからなぁ……。

 八つ当たりという事もないだろうが、表情にくらい機嫌が出るのだろう。

 その上、今のロボットみたいなナイトさんがそんな事をすれば、あまりにもあんまりだった。

 というか私も怖い。

「ひぅ!」

 案の定、女の子の人魚は涙ぐむと、腰を抜かして岩場に落っこちていた。

「お前はなんだ? まさか偶然釣り糸に引っかかったとは言うまいな?」

 ガシャガシャと音を立てて歩み寄り、どこまでも容赦のないナイトさんに、気の毒になった私は見かねて二人の間に割って入った。

「ナイトさん、そんな風に凄まなくてもいいんじゃない?」

「いえ油断するべきではありません。人魚の歌は人を惑わせると言いますから」

「確かにそんな話は聞いたことがあるけど……」

 だけど、私はもう一度人魚に視線を戻す。

 プルプルと震えている人魚はどう見てもただの子供で、もっと言うなら私達に危害を加えるような気配はない。

 どうしようかと扱いを持て余していると、怯えた目をした人魚は私達に命乞いをするでもなく、懇願してきたのである。

「わ、私は助けを求めに来たんです! あなた達すごく強い魔力を持っていますよね! どうか私達を助けてくれませんか!」

 唐突に小さな子が涙を溜めてそんな事を叫んだものだから、私達としたら困惑するだけだった。

「ほっほう、何やら面白い話をしておるのぅ」

 だが突然現れて、割り込んできた黄緑色に全員の視線が集まると、黄緑色の蛙、もといカワズさんは自分の髭をいじりながら、実に楽しそうな笑みを浮かべていた。



「なるほどのぅ。海竜に捕えられてなぁ」

「はい……。今はなんだか海竜の気が逸れているみたいで、命からがら逃げてきたんです! どうかお助けいただけないでしょうか!」

 海竜に捕らわれてしまった仲間を助けてほしい、彼女の頼みはそれだけである。

 だがその相手というのが竜で、しかも海底の底にいるというのが厄介だった。

 風の魔法を応用すれば水の中で息くらい出来るだろうか? 

 だが例え出来たとしても、相手が海の生き物である以上、簡単に勝てるとも思えない。

 助け出す方法を考えてみたが、どうやっても命がけになることは明白だった。

 だけど懇願する人魚にカワズさんは特に間もなく、その願いをあっさりと引き受けてしまったのだ。

「ええじゃろ。わしらはちょっとすごいぞ?」

「ちょ、カワズさん! そんな簡単に……」

 私は不意打ちで慌ててしまった。

 カワズさんは太郎同様、無償で何かするタイプではないと思っていたから、かなり意外だったのだ。

 ひょっとしたら何かあるのかと思ったが、笑うカワズさんは本気の様で、別段何かを要求しようとする気配すらない。

 しかし相手が竜ともなると、慎重になってしまうのが正しいと思う。

 私も噂くらいは聞いたことがあった。

 この世界で最強の生物で、魔王に次ぐ知名度を持った、危ない生き物だという話だ。

 実際にどんな竜であれ、対峙して生きて帰ったものは少ないと聞いている。

 だけどそんな私に、カワズさんはやれやれと小馬鹿にするように嫌味っぽい視線を向けてきた。

「なんじゃい? おぬし元勇者じゃろ? まさかびびっとるんじゃあるまいな? 
だいたいかわいそうだと思わんか? こんな幼気な少女が命まで懸けて頼んでおるというのに?」

「そ、それはそうだけど……」

 そしてなんとも痛い所をついてくるカワズさんだ。

 だが私の方に援護射撃をしてくれたのは、これまた意外にナイトさんだった。

「しかしですね、相手は竜だという話ですし、タロー殿と合流して作戦を練った方が……」

 ナイトさんも竜という物の恐ろしさを知っているのだろう。

 アルヘイム側に住んでいたと聞いているし、竜の住処が近い分、その脅威も正しく理解しているのだと思う。

 だけど彼女の言葉さえもカワズさんは呆れ交じりの鼻息であっさりと跳ねつけたのだ。

「なんじゃい? この子が逃げ出したとすれば一刻の猶予もないじゃろ? ばれたら代わりに何されるものがおるかもしれんのだし。
少しでも早く助けに行って、少しでも多くの者を助けだすのが騎士道ってもんじゃないかのぅ? 
それとも何か? 護衛のくせに太郎がおらんと何も出来んと?」

 またカチンとくる言い方をするもんだと私は額を抑える。

 カワズさんの挑発にヒクリとナイトさんも表情を歪ませていて、効果はてきめんの様だった。

「う……そんなことはないです! 何が相手だろうと問題ではありません! 当然です!」

 ナイトさんはまんまと口車に乗ってさっそく断言していたが、何気にかわいい人だなと思ったのは内緒である。

 だが、しっかりとその言葉を聞いたカワズさんはにたりと笑うと、パンと手を叩いて、ものすごくうれしそうにさっそく言ったのである。

「なら決まった! じゃあさっさと水着に着替えて出発しようかの?」

 だけど続くカワズさんの言葉に、私はこのカワズさんの真の狙いを見た気がした。

「……まさか」

 勘ぐる私に、あくまで真顔のカワズさんはどこまでも強かだった。

「何がまさかなんじゃね? わしは純粋にこの子を助けたいだけじゃよ? 
それに水の中に入るのに、水の中に入るための着物を着るのは、すごく自然な事だと思うんじゃが?」

 ぱちくりと瞬きをしながら、お茶目に言うカワズさんは間違いなく確信犯だとこの時私は確信した。

「しかし戦う事になるかもしれないのに、装備なしというのもどうでしょう?」

「ほっほっほ! ならば、海でも使えそうな装備を使えばよかろう? いくつか作った中に軽装の鎧があったじゃろ?」

「あ、あれですか。しかしあれは……」

「鎧なんじゃからはずかしくない!」

「は、はい!」

 そして無駄な抵抗をしたナイトさんもさっそく止めを刺されて、なんだか変な方に誘導されたようである。

「というわけで、さっそく行こうかの。何、水中で呼吸位はわしの魔法でやったるわい」

「あ、あの。もっと真剣なお話なんですけど……」

 途中から話についていけなくなっていた人魚の女の子は、今更だがこの人達で大丈夫かな?っという、不安そうな表情を浮かべていた。

 まぁ確かに、今一緊張感がないのは間違いないだろう。

 私も一人でいる時はこんな事はないと思うが、やっぱり太郎達と一緒にいるのが大きい気がする。

 何せ、常識的な考えとか、心配とかそう言う事をすると、馬鹿を見るのは毎度の事なのだ。

 それがいいのか悪いのかはわからないが、とにかく変な安心感があるのは間違いない。

 そして一連のやり取りを見て、くっくっくと笑いを押し殺しているのはトンボちゃんだ。

「まぁこんな事だろうと思ったけどね。カワズさんがこんなに簡単に厄介事を引き受けるわけないもん」

 どうやら彼女はうっすらとカワズさんの企みがわかっていたらしい。

「そう言う事は早く言おうよ」

 思わず頬を膨らませると、トンボちゃんは少し高い位置まで飛んでゆくと、いたずらっぽく笑っていた。

「ダメダメ、カワズさんの悪巧みはタロのよりちょっとうまいから。
でもどうせ、なんだかんだ言っても助けるんでしょ? なら観念した方が早いよ。減るもんじゃないし」

 まぁそう言われると、そうなんだけど。

 なんだか乗せられてしまったようで少し悔しいが、あの人魚の女の子を助けようとは思っていた事だし。

 私は一度ため息をついて、太郎が作ったという水着を手に取る。

 まぁ、服を着たままよりもこちらの方がいくらか動きやすそうなのは間違いないし、水着自体はかなりよく出来ていて、こう言うのは癪だが結構かわいい。

 とても手作りだとは思えなかった。

「ほっほっほ! さっそく着替えてくるとええわい! わしは魔法の準備をしておくからな!」

 だけどすごく勝ち誇ったカワズさんの声が聞こえて、私とナイトさんは同時にため息をつく。

 ただ……邪な企みをした者には、やはりそれなりに罰という物が当たるらしい。



「む……無念」

「か、カワズさん! いったい何が!」

 着替えている間にいつの間にか一番乗りで海の飛び込んでいたカワズさんは、ペラリと海に浮いていた。

「でも、詰めが甘いのはどっちも共通なんだけどねー」

 ついに堪えきれなくなって爆笑するトンボの台詞に、私は苦笑いする。

 どうやら海はカエルの体に合わなかったらしい。

 しかしどういうわけか、全然かわいそうな感じはしなかった。


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