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七十一話 海にいこう 3
「やっぱり端っこの穴場を狙ったのが間違いだったのでしょうか?」

「それは仕方ないだろう? ここがラインの上なんだから。やはり必要最低限の建前は必要なのだよ」

 スケさんは首をかしげていたが、俺だって知るわけがない。

 スケさんの話では観光地として有名だという事だから、さぞかし目の保養に……いや、おいしい海の幸にありつけると楽しみにしていたというのに、こうまで人がいないというのもなにかおかしかった。

 店も無ければ人っ子一人いないのである。

 もういよいよあきらめかけたそんな時、スケさんに反応があった。

「むむ! タロー殿! 女性の匂いがします! すぐ近くです!」

「……何言いだしているんだよ君は」

 いきなり匂いがしますとか言われても、こっちとしてはそっと距離を置くくらいの選択肢しかないのだけども。

 だけど、スケさんは大マジの様だった。

「知らないのですか! 我ら竜は嗅覚が鋭いのですよ! 女性の好みも一に匂い、二に見た目、三に性格と言われているほどでして! ちなみに二と三は個人的趣向で変動しますのであしからず!」

「どうでもいい。すごくどうでもいい情報だよスケさん」

 心のメモには竜は基本ニオイフェチとそっと描き込んでおいたが、些細な事だろう。

「こっちです!」

「おいちょっと!」

 走り出したスケさんについていくと、なんとそこにはちゃんと人がいた。

 そして、パッと見る限り女の子である事も間違いない。

「……ホントにいた!」

 恐るべきは竜の嗅覚という事か。

 そこにいたのは日焼けした肌に、短く切りそろえた青い髪の女の人だったのだ。

 しかしなぜか彼女は赤い鉢巻をしていて、厳しい表情を浮かべたまま今まさに船を出すところの様である。

 だがせっかく会えた第一村人だ、ここで逃がすわけにはいかない。

 俺は声を掛けようとしたのだが、それより速くスケさんが飛び出し、叫んでいた。

「ちょっとお持ちください! そこの人! 竜とマリッジしてみませんか!」

「はぁ?」

「はい! 失格!」

 おおっと本当に君は唐突に振ってくるのだな! スケさんよ!

 だが俺とてそろそろツッコミのレベルを一段上げてもいいと思うのだよ。

 見るがいい! これぞ対竜専用ツッコミ兵器!

 俺が虚空から取り出したのは、巨大な赤と黄色。

 一般的にピコピコハンマーと呼ばれるものだが、竜に対してはモノが違う。

 なんと重さが10tあるのだ。

「ぬおお!!」

 天誅という名の一撃に、屈強な竜は沈黙した。

 砂浜にめり込んだスケさんに一仕事終えた俺は汗をぬぐう。

 そして、船を押す格好のまま固まっている女性にぺこりと頭を下げた。

「いやぁすいません突然。少しお尋ねしたい事があるのですが」

「えーっと……その前にその人を助けた方がいいんじゃないか?」

「……タロー殿。いくらなんでもさすがにきっついです……ぐふっ」

 くぐもった声が死にそうなので確認してみると、上半身を完全に砂に打ち込まれたスケさんがぴくぴくしていた。

 慌てて助け出したがスケさんは鼻水をたらしながら、気絶一歩手前である。

「マジかスケさん! 気をしっかり持て!」

「ええっと……なにこれ?」

 わけがわからないコントに戸惑い気味の女性は、せっかく鉢巻をしてくれているのだし、気軽にハッチーと命名しよう。

 まぁ基本的にどうでもいい話だった。



「はぁ……魔法使いってのは大したもんだなぁ。あんな事も出来るなんて初めて知ったよ」

 物珍しそうに巨大ピコハンを眺めるハッチーと、さすがに恨みがましい目で頭を撫でているスケさんの視線が痛い。

 しかし俺達はどうにか砂浜に座り込んで、話す所までこぎつけていた。

「全くです。前もって言っておいてほしいものですな。ちょっと痛かったではないですか」

「ちょっとって……」

 ハッチーはスケさんを恐ろしげに見ていたが、砂浜のへこみ具合から見てもそれは仕方がないだろう。

 俺もちょっとその場のテンションに任せ過ぎてしまった。反省である。

「いやぁ申し訳ない。なかなか10tでツッコミを入れられる人類はいないもんだから、つい」

「そりゃそうだろうけど」

 だがこんな俺達だが、話は聞いてもらえるようで、呼び止めた人が竹を割ったような男前な性格の人で本当によかった。

「俺達は観光に来たんだけど、ひょっとしてここの村の人?」

 俺が確認するとハッチーはどういうわけかすごく驚いた顔をしていた。

「へぇ。あんた達観光に来たんだ、めずらしい」

 そしてこちらを品定めするように見ているハッチーの視線に俺は何となくたじろぐ。

 観光に来るのがそんなに珍しいのだろうか?

 もしそうだと言うなら、スケさんの情報はどれだけ古いのだろうという話である。

 だがさっきの行動のせいか、ハッチーは割と簡単に納得すると、困り顔で俺達に言った。

「でもせっかく来てもらって悪いけど、店も宿もまともに開くことはないと思うよ?」

 しかしどうにも気になるのは、どこかハッチーは落胆したように声色を一オクターブ落としているようで。

 珍しいという発言といい、何かこの村も面倒なことになっているのはもはや確定という事だろう。

「あー、そりゃまたどうして?」

 それでも勘違いを期待してみたが、ハッチーはとても言いづらそうに視線を逸らした。

「ああ、……ちょっと込み入った事情があって」

「うーん、それは困った」

 ドワーフの里の時もだが、俺ってひょっとして間が悪いのだろうか?

 この時点で係るのは確定かと思うと愉快な表情にはならない。

 そして予想通り俺達を見て、やはりハッチーは何か思いついたらしく、今度は目を輝かせて俺に詰め寄ってきたのである。

 だがただの好奇心だけでなく、どこか必死なのだから、断りづらい事請け合いだった。

「なぁあんた、魔法使い……なんだろ? 頼むよ! 力を貸してくれないか!」

「ええまぁ……魔法は使えますがね」

 ほらきたと思わずにはいられない。

 だけど考えてみればパソコンを置いてもらうなら、何か解決すべき問題があってくれた方が、都合がいいのも確かなんだけど。

 とは言っても問題なんて生活していたら何かしら出てくるものであるし、出来るならこんな風にせっぱつまっているような局面じゃない時がよかった。

 そしてもう一点、厄介なのが、ハッチーが女性だという事だろう。

 一見すると薄いハッピの様なものからちらりと見えるサラシと、よく日焼けした肌は丸みを帯びていてどう見たって女の子だ。

 そして俺の隣にいる男は、どうにもこの一要素だけで、やる気が全然変わってしまうわけである。

 横目で見てみると、やっぱり彼はやる気満々の様だった。

「おうとも! それはこの私に任せていただきたい! なぁタロー殿! 女性の必死の懇願を断る事などどうして出来ようか!」

 どんと胸を叩くスケさんの頼もしさは留まるところを知らない。

 ハッチーも手ごたえを感じてしまったようだし、いよいよ腹を括るしかなさそうだった。

「あーいや、俺としても話を聞かないとどうにも判断つかないんだけど」

 だがそこはしっかり内容くらいは確認しておこうと思う。

 ハッチーはスケさんのテンションで逆に冷静さを取り戻したのか、訳は話してくれるようだった。

「ああそうだったね。ゴメン、ゴメン。実は……」

 彼女の話によると今回問題の原因となっているのは、主に海竜という竜の仲間であるということだった。

 一か月ほど前からこの辺りの近海に住みつくようになった海竜は、食欲の赴くままに魚を粗方平らげてしまったのだという。

「それだけで済めばよかったんだけど、そのうち好き勝手やり始めて、最近じゃ陸の村に貢物を差し出せなんて言い始めたんだ……」

「それはなんとも……」

 竜が貢物か……まぁ竜はそういうものが好きそうだというのは里に行った時になんとなくわかったが。

 ただ、奪い取るならわかるが、わざわざ要求してくるとは随分俗っぽい竜だなと言う気はした。

「私もこのまんまじゃ腹の虫がおさまらないから、一矢報いてやろうって!」

 そう言ってハッチーは手に持った銛の切っ先を俺達の方に向けた。

 鋭く尖った切っ先は、危ないのでそう言った主張はやめていただきたい。

「まぁその海竜ってのが、超迷惑なのはわかったけど、あんたもなかなかすごいな」

 感心してハッチーに送るのは称賛の眼差しである。

 まず、一矢報いてやろうという発想がすごい。

 しかも相手は竜だというのだから、無謀もいい所だとは思うのだが、大した根性だとも思う。

「……無駄な事なんてわかってるよ。でも竜なんてとんでもない奴、どうにか出来る奴なんていないだろ?」

 だけど無謀だという事は彼女もわかっていたらしく、苦笑する顔には影が見えた。

 彼女の言う通り、普通は無理だ。

 それでもやらずにはいられなかったと言うのなら、海竜の横暴具合もわかるという物だろう。

 俺は彼女の話を聞いて同情的な気分になる。

 しかしよりによって竜が女の子を困らせているとなると、さぞかしスケさんは怒るかと思いきや。

「……ふむ、厄介な事をする奴がいたものです」

 意外とスケさんは冷静だったのだ。

 さっきまで、沸騰前のヤカン並にそわそわしていたというのに、話を聞いているうちに冷静さを取り戻したらしい。

「おや、怒るかと思ったのに」

 不思議に思って聞いてみると、スケさんは眼を瞑り、難しい顔で唸っていた。

「まぁ確かに、女性を困らせているというのは私個人としては感心しません。しかし、戦い勝ち取るのもまた竜。ここが気に入ったというなら、私もむやみやたらにテリトリーを荒らす気にもなりません」

 可愛そうだがと、眉を顰めるスケさんに、ハッチーは顔色を変えた。

「なんだよ! それじゃあ私達はあいつにいつまでも怯えてろって言うのか!」

 ハッチーは顔を真っ赤にして食って掛かろうとしたが、スケさんはさっと手を出して、それを押しとどめた。

「そうは言ってないでしょう? 考えようによっては、この土地は海竜のテリトリーという事です。
竜が守るのですから、外敵はそうやすやすとは入れませんし。
貢物も自らのテリトリーに住まわせるための対価とも考えられる。
私はその海竜とやらに会った事はないから、そう断ずることは出来ませんが、もしそうならどうこうするのもおかしな話だ。
それにあなた達がその海竜を気に入らぬなら、戦って追い出せばいいのです。
それが出来ぬというのなら、敗北を認めてこの土地を手放すべきかと。
竜は一度決めた巣をおいそれとは出て行かないでしょうから」

 淡々と語るスケさんだが、場の空気は明らかに剣呑としたものに変わっていた。

 俺は気まずくなって、とりなすようにスケさんに言った。

「ずいぶんクールだね、スケさん。やっぱ相手が相手だと気が乗らない?」

「まぁ、私も相手が竜だというのならある程度は理解もありますよ。
それに自ら住む土地を力で奪うのは、生き物としては、そう珍しいことでもないでしょう?」

 間違っていますか? と尋ねられれば、俺としてはわからないと答えるしかない。

 言われてみれば、自然では自分の気に入った場所を家にするのは当然の事で、そのために必要な戦いというのもあることは理解出来る。

 そもそも相手が竜である以上、人間と同じ考えを求める事がすでに間違っているのかもしれない。

 そういうものかもしれないと許容してしまうのは簡単だが、まぁそれは実害がなければの話だった。

 実際に俺個人としては、すでにその海竜とやらのせいで割に合わないことになっているのだから。

「ふーん。でも俺らにも迷惑っちゃ迷惑だけどね。この閑古鳥が鳴いている海岸も、今の話を聞くと、そいつがめちゃくちゃしているからなんだろ?」

「……まぁそうなのですが」

 スケさんの眉間のしわが深くなり、ピクリとコメカミが震えていた。

 今回の旅行を一番楽しみにしていたのはスケさんである、それを台無しにされたのだから、不愉快に思っていないわけはない。

 それでも今一乗り切れないスケさんが顔色を変えたのは、続くハッチーの言葉だった。

「……そうだよ。海竜が暴れるから、観光客も少なくて。このままじゃ村が干上がっちまう。この間まではここも入り江に人魚が住んでいるくらい、すごく穏やかないい場所だったんだ」

「入り江に人魚!」

「それは初耳だ!」

 俺もスケさんも同時に驚いたが、ハッチーは少し自慢げに昔を懐かしんでいるようだった。

「そうだよ。ここらの浜は人魚達が住んでる事でも有名だったんだ。
人魚は魔物の仲間なんて言われているみたいだけど、ここの奴らはすごく穏やかでさ。たまに陽気な歌が聞こえてくるような、そんな海だったんだよ。
でも今じゃ、その人魚達も海竜に捕まって……私はあいつらも助けてやりたい!」

 ハッチーは悔しさが抑えられないのか、銛を握った手が震えていた。

 ひょっとしたらその人魚は彼女の友人だったのかもしれない、それが捕まってしまったというなら、この非常識な行動にも納得がいった。

 しかし、それを聞いたスケさんの体はそれ以上に震えていた。

 上がってゆく熱を肌で感じる。

 俺はあくまで笑顔のままだったが、なんとなくスイッチ入っちゃったんだろうなーと冷や汗を掻いた。

「……なんと言う事だ! 許すまじ海竜! リゾート占領だけならまだしも、人魚をはべらせているだとぉ!」

「お、落ち着こう! そこまでは言ってないから! 落ち着こう! スケさん!」

「これが落ち着いていられるか!」

 どうにか落ち着いてもらおうと思ったのだが、時すでに遅し。

 立ち上がったスケさんの目は瞳孔が開いていた。

「ちょっと行ってくる!」

「どこに!」

 文字通り飛んで行ったスケさんは、さすが竜である。

 とんでもない速さで走り去るスケさんに、取り残された俺達はポカンとしていたが、俺よりハッチーの方が立ち直るのは早かった。

「……えっと、あの人は、なに? なんだか感じの悪いことを言ったと思ったら急に怒り出してさ。しかも海に飛び込んだよ?」

「あー、まぁ……発作みたいなもんかな? ところでまぁこうなってしまったので、一矢報いるのはちょっと待ってくれない? 
あー、それと今回の事、解決したら村で預かって欲しいものがあるんだけど、その辺頼めたりするかな?」

 折角なのでどさくさに紛れて頼んでみると、ハッチーは俺の急な申し出に戸惑い顔だったが、曖昧にだが頷いてくれていた。

「へ? ああ、さっきの……でもそんなんでいいのか? 私の父ちゃんは村の村長だから、それくらいならどうにかなると思うけど」

 ほぅ、村長さんの娘さんか。

 ならば取引相手としても証人としても、実に都合がいいだろう。

 俺はこの巡り会わせに満足すると、一回だけ頷いた。

「なら問題ないね。さてと、じゃあそろそろ行ってきますわ。スケさんが馬鹿やらかさないうちに、じゃあねハッチー」

「ちょ、ちょっと! ハッチーって誰!」

 ハッチーの困惑まみれの表情を残して、やれやれと腰を上げるとお尻の砂を払う。

 そして俺はふらふらと適当な足取りで海へと向かった。

 なんの事はない、俺はただ暴走したバカな友達が度を超えて暴走しすぎないように止めに行くだけである。


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