七十話 海にいこう 2
青い空に白い雲。
白い砂浜はどこまでも続いていて、照りつける太陽も噂通りの場所だった。
ここダージル村の海岸は年中気温が温かい常夏の楽園である。
そして俺達はトンボとナイトさん、さらにはセーラー戦士にまで連絡を取ってこの浜辺にやって来たのだ。
特にセーラー戦士の召喚は手こずりましたとも。
この間呼び出された分の借りまで使って、迎えに行ったからね。
ただ、楽しいはずのイベントなのに、どういうわけかじりじりと焼ける海岸で、ブーメランパンツを履いた男が二人、膝を抱えている光景というのは見るからに暑苦しいことだろう。
「……どうしてこうなった」
「……タロー殿。女子は夏の浜辺で開放的な気分になるのではなかったのですか?」
「……いやいや、スケさんこそ。ここなら女の子が沢山いるんじゃなかったの? つうか人っ子一人いないじゃん」
そしてひそひそと話し合う二人は見苦しい責任のなすりつけあいを繰り返していたが、言いたい事は「話が違う」とただそれだけである。
「うはー熱い所だねー」
トンボは波と戯れてはいるが、いつもの格好のまま羽が濡れるのが嫌とかで水に入ろうともしない。
だがそれはいい、羽の生えたトンボが水を嫌がるのはなんとなく予想の範疇だ。
まぁ、波と戯れる妖精というのもかわいらしいので、これはこれで良しである。
しかし、一緒に来た残りの人達が問題だった。
「いきなり呼び出すから何事かと思った。ここは海で遊ぶにはいい所みたいだね。一年暖かいって本当なのかな?」
そう言って竿を肩に担いでいるセーラー戦士は、今日は鎧ではなく、少し厚手の服に長靴、そしてどこから持ってきたのかライフジャケットまで着ていて、別の意味で完全に海になじんでいるし。
それにしても海に行く事を即釣りに結びつけるとは……確かに間違ってはいないけど。
僕らが期待していたのとは……ちょっと違うのですよ。
そしてさらに。
「……」
「……」
俺とスケさんはそろってそっと視線を向ける。
視線の先には大本命であった所のナイトさんが、開放的どころかフル装備で直立不動だった。
今回チョイスしたおニューの鎧は、その素材となった金属の軽さから、驚異の厚さを実現したフルプレートの多重装甲仕様である。
はっきり言って薄くて丈夫が魔法金属の売りだというのに、それを台無しにしつつ、なおかつ別方面にロマンを追い求めた、戦車のような代物だった。
ごつごつとした金属板に埋もれ、真ん中に角の付いたフルフェイスの兜から、辛うじて鋭い瞳が見える。
手には自分の身の丈よりも長い、象でも串刺しに出来そうな突撃槍を地面に突き立て、まったく動かないナイトさんはどこまでも警備に徹する構えらしい。
俺は意を決して立ち上がった。
ここは俺が何か言ってやらねばならないだろう。
後ろで応援するスケさんに後押しされて、俺は彼女達に声をかけた。
「君達ね! 海に何しに来ているんだよ?」
「釣りだけど?」
「ひやかしに?」
「警護です」
「……ですよね」
早くも即答の圧力に負けて、引き下がりそうになってしまったが、背後では応援が俺の方に殺気にも似た何かをぶつけてくる。
これは、引くわけにはいかなさそうだな。
俺の背中には、男の夢と希望が乗っかっているのだから。
「……えーおほん! ここは海なわけだけども! せっかく来たんだからやるべき事ってもんがあると思うんだよ!」
まず俺は比較的この中では話しやすい格好のセーラー戦士を指差した。
「まず君……その装いは?」
「今日は海に行くって聞いたから、海釣り用の装備をね。好きなんだ釣り」
楽しそうに釣竿を見せながら、セーラー戦士の笑顔は輝いていた。
自前なのか自分で買い集めたらしいそれらの装備は、どれも特注のようだった。
特に竿などは、現代でも十分通用するのではないかというくらい気合いの入った代物だったから、その言葉に嘘はないのだろう。
「……それは正しい。でもだよ? その前にほら、浮き輪とかボートとか持ってきているし」
「そう。楽しんだらいいんじゃない?」
さらりと言ったセーラー戦士はすっとひややかにそっぽを向く。
むむ、やはりこちらの思惑などレントゲンより透けて見えていると。
さっそく分が悪いと踏んだ俺は矛先を変えてみた。
「……え、えっとですね。そしてナイトさん?」
「なんでしょうか?」
「ていうかナイトさん……この期に及んでフルプレートっすか! フルアーマーナイトさんっすか!」
こちらはどう見たってツッコミ待ちに見えたので、さっそく攻め込んでいくと、兜の頭は当たり前のように頷いていた。
「当然ではありませんか。私は護衛。貴方の気が緩んでいる時こそ引き締めねば」
言葉の端に気合を感じるのは、いつかの失敗をどうにかしようとしているからだろうか?
そういえば、巨人の一件以降、ちゃんとした旅と言えば今回が初だった事を思い出した。
「で、でもですね? 熱くないですか? 海もあることだし、泳いで来たって全然かまわないですよ?」
こんな所で何かあるわけでもないでしょうし。
しかし残念ながらナイトさんは頑なである。
「暑くなどありません。私は暑さには強いのです」
「いやいや! そういう問題じゃないでしょう! そもそもこの砂浜でその装備は逆に動きにくいのでは? パージしてフルアーマーナイトさんから、水中専用ナイトさんに換装しても俺はぜんぜんOKだと思うわけですよ! むしろ水着持ってきてないんですか?」
「水着ってなんですか?」
「なん……だと?」
だけど思わぬ返しに、俺の方が固まる。
もしやとは思っていたんだ、すぐさまスケさんの方を向くと、スケさんもまた首をかしげていた。
「この世界には水着が存在しないのか? スケさん」
「え? うーん?……水着とはどのようなもので?」
スケさんがこの反応だとすると、俺は望み薄だとはなんとなく感じながら、たどたどしく説明してみる。
「えーっと、水に入る専用の服というか。つーかお前が今はいているパンツがそれだよ!」
俺が用意したのだが、そう指摘するとスケさんはなぜか自分の海水パンツを抑えて、驚愕した。
「ぬぁんですと! このようなパンツ一つを女性に履かせるつもりですか!」
「違うわ! 俺はそんな特殊な趣味はしていない! スケさんが履いているそれは男性用! 女性用があるんだよ!」
「ああ、なるほど」
やっと納得してもらえたが、どうやら最悪の事態は起きてしまったようである。
「ちぃ! これが文化の壁だというのか!……だが俺はこの状況予想していなかったわけではない!」
そう! この日のために用意していたものは、なにも野郎のブーメランパンツだけではないのである!
「これを見ろ!」
ババーンと出したそれを見た女性陣達の反応は様々だった。
「うわー……それはないよ。太郎、それはない」
セーラー戦士はそれを見てうんざりした顔になり。
「な、な、なんですかそれは! ほ、ほとんど肌着同然ではないですか!」
ナイトさんはわなわなと俺の出した水着を見て震える。
ちなみにセーラー戦士は黄色でパレオ付きの、ナイトさんの物は鮮やかな赤のビキニである。
トンボ用水着はワンピースタイプのいわゆる一つのスクール水着のような形で背中が大きく開いているものだった。
「うわー、それってタロの世界の奴なの? みんなそんなの着るんだ」
トンボは俺の手から自分の物を奪い取って興味がある様だったが、その他の反応は大方予想通りだ。
女性陣の冷ややかな視線とスケさんの憧憬にも似た熱い視線を感じつつ、俺は大きく頷いた。
「まぁおおむね。だいたい水の中に入るのに服を着ていたら重いだろう? だから極力布地を少なくして、隠す所は隠す。そして水に付けても透けない素材で出来ているという素晴らしい代物なんだぞ?」
「素晴らしい……これは素晴らしいものですなタロー殿! しかし透けなくなるのはいかがのものか!」
「だまらっしゃい! ただでさえ冷ややかな彼女らの反応がまた冷たくなるだろう!」
スケさんがものすごいテンションを上げて独自の理論を披露しようとしていたが、そこははたいて黙らせてもらった。
「ふーん……それでこれを着て泳げと。また召喚? 召喚って私達が使ったら干からびちゃうくらい魔力使っちゃうんでしょ? よくやるよ」
何が楽しいんだかと、セーラー戦士の目は語っていたが、それは違う。
俺は今回、召喚魔法なんて使っちゃいないのだから。
「いいや、今回は手縫い」
「手縫い! これ君が作ったわけ! わざわざ自分で!?」
これは予想外だったのか、セーラー戦士は驚愕していた。
もちろんやらせていただきましたとも。今回は気合いの入り方が違うのだから。
「いいだろ? いやぁこの間の一件で、なんだかはまっちゃって」
「……あの三日間で君に何があったんだ」
自分でやれと言っておいて言ってくれるものである。
まぁこだわったのは俺だけどね。
しかしそこは企画立案者として、今回それはもうチクチクと己の持てる技能のすべてを使わせていただいたとも。
だってトンボサイズの水着なんて滅多にないだろう?
ああ! 気持ち悪いと思う様引くがいいさ!
そのくらいの覚悟はこちとらすでに完了済みだからな!
精神的フルボッコを覚悟して、待ちの体勢を整えていた俺に向けられたのは、予想外の称賛だった。
「すごいじゃん! タローって見かけによらず器用なんだね!」
「確かにすごい。でもやっぱり……少し布地の面積が少なすぎるのではないかと」
喜ぶトンボと戸惑い気味のナイトさんの言葉である。
これには俺も戸惑ってしまった。
きつめのツッコミくらいは覚悟していたというのに、これはいったいどういうことだろうか?
「……あれ? 予想以上に好意的なんだけど、気持ち悪いとかそういうの無いのかな?」
俺だって今回、原動力の半分は水着姿見たさの下心だった事は否定しませんよ?
不思議に思っていたら、逆に不思議そうな顔をされてしまった。
「なんで? 着るもの自分で作るなんて普通じゃん」
「ええ、むしろ感心しました。……どうしましたか? タロー殿?」
「いやね……罵倒されこそすれ、褒められるのは予想外だったもので」
俺は複雑な表情で、だが目頭を押さえていた。
数日かけた、捨て身のギャグが不発に終わったとみるべきか?
それとも素直に苦労が実ったと喜ぶべきか?
実に複雑な気分である。
な、なるほど、大量生産が一般的じゃない中世風味のここじゃ、着る物を自分でどうにかするのは割と普通の事なのか……。
しかし、安心して逆に自慢しようかと気をとり直した途端、それはやってくる。
うんうんと頷くセーラー戦士がいつの間にか俺の手から水着を取り上げて、にっこり笑っていた。
しかしその笑顔は心なしか黒い。
「まぁそれはいいよ。うん、私も感心した。水着を用意してくれたのも、手に入れるのは難しいだろうし、海に来るって言うなら必要だと思うのもわかる。でも……私、採寸なんてした覚えはないんだよね」
その言葉をセーラー戦士が発した途端、熱いはずの海岸の気温がすっと下がった気がした。
そして寒気を感じているというのに、なぜだろう? 汗が止まらない。
「……いや、あの、それはね? こう……見た目で適当に」
漂う不穏な空気に俺はおどおど後ずさる。
その時点でハッとしたのはトンボと、未だによくわかっていないらしいナイトさんである。
逃げるなら今の内か。
しかし駆けだそうとした俺の進路は、トンボの素早い動きでふさがれてしまった。
「そう……でもこれってたぶん、ピッタリだったりするんだろうなって思うよ。こういうのってたぶん状況証拠って奴になるんじゃないかな?」
「……いつかはうやむやにされちゃったけど。タロ、やっちゃったね?」
トンボはその手に魔法の光を用意しながら、ゆらりとセーラー戦士と同じ笑顔を浮かべていた。
「……いや、あの……僕はですね、みんなが楽しめればいいかなって……ね?」
「タロー殿、その発言は語るに落ちているのでは?」
スケさんが言わなくてもいい事を言っていたが、しょせんは他人事なので気軽なものである。
「いったいなんなんですか? タロー殿が一体何をしたと?」
痺れを切らしたナイトさんが訪ねてきたが、それはまずい!
どうにか止めようと思ったが、セーラー戦士はナイトさんに自ら導き出した答えを丁寧に教えてくれた。
「こっそり体のサイズを盗み見られたって事だよ。まったく……」
「はい?!」
「マジですか! その魔法教えてください!」
すかさず反応したスケさんが、動き出したフルアーマーナイトさんに沈められ、俺は戦慄した。
スケさんが……一撃でもっていかれただと?
腐っても、スケベでも、竜は竜。人になってもそのメンタル同様タフである。
そんなに簡単にやられるわけはないと思うのだけど。
そして、次に圧倒的暴力にさらされることになるのは、おそらく俺なのだろう。
はたして生き残ることは出来るのか?
だがたぶん三人の怒れる乙女の進撃を止める事は……俺には出来そうにない。
つまるところオチの時間だった。
「しくしくしく……。ひどいやひどいや。俺達はちょっと水着で遊んで楽しんでいる女の子が見たかっただけなのに」
「……タロー殿。なんというか、あなたの周りの女性は攻撃力が高すぎませんか? これでも私は竜の中でもそれなりに守りは固い方なんですが」
巻き添えで顔を丸く腫らしているスケさんを横目に、たぶん俺も似たようなもんだろうなと思いながら涙する。
「……ところで、なんで男のパンツまで作ろうと思ったのですか? まさか男の水着姿にも興味が?」
「かば焼きにするぞ、スケさん。こういうのはフェアーな精神が必要なんだ。でなければ誰が好き好んで、すね毛丸出しのブーメラン姿を選択するものかよ。
こいつは俺の罪の意識の体現だ。ふっ……すべては無駄なあがきだったがな」
「……わかりにくすぎです、タロー殿」
「ほっとけ。……はぁ、しかし作戦は失敗か。なんだかんだで着てくれないかと思ってたけど、結局駄目だったし」
「……無常ですな、タロー殿」
「「はぁ……」」
二人そろって海岸でいじけていた俺達だった。
しかし海岸の端にふと大きなパラソルが目に入って俺達は自分でも知らないうちに立ち上がる。
「あれは!」
「まだ希望はあったようだなスケさん!」
「そうですな! タロー殿!」
俺達は一縷の希望に懸けて駆け出していた。
この情け容赦ない不毛の砂浜にオアシスがあると、そんな希望を抱いてである。
傘から覗く、ビーチチェア。
すらりと伸びた足に、オイルの塗られた肢体が強い日差しを受けて光っている。
赤白の縞模様が除くとそれが全身タイツ型の水着であることが分かった。
そしてガツンと目に生える黄緑色が目に入った時、俺達は砂浜に頭からつっこんだ。
「これこれ。なんじゃね騒々しい。せっかくの静かな海が台無しじゃ」
「……」
俺達が死んだ瞳で顔を上げると、俺達を見下ろすカワズさんがサングラスをずらし、右手には色取り取りのフルーツが飾り付けられたトロピカルドリンクをくゆらせていた。
「……神は死んだ」
「……こんなこったろうとおもったよ。やばいすげぇ殴りたい。でもこの人なんにも悪くねぇ」
口の中に入った砂は、それはもうしょっぱかった。
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