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六十九話 海にいこう 1
「おお! タロー殿! しばらくぶりですな!」

 その日は妖精郷に面白い客が訪ねてきた。

 しかしその姿を見た瞬間から、ナイトさんとクマ衛門は臨戦態勢を解こうとしない。

 まぁ気持ちはわかるけどね。

 俺の前には黒髪の青年が丁寧に頭を下げ、顔を上げると爽やかに笑っていた。

「お久しぶり! スケさん元気してた?」

「はっはっは! 当然ですとも! 体の頑丈さだけが取り柄ですからな!」

 爽やかに笑うスケさんはいつかの人間形態である。

 ハイタッチしつつ再会を喜び合っている俺達だったが、さっそくスケさんは一点を見つめたまま動きを止めていた。

 このスケさん、さっそく俺のそば控えていたナイトさんに気が付いたらしい。

 そして目をキラキラさせて詰め寄っていた。

「おお! これはお美しい! またこのような方と知り合っていようとは! どこの勝ち組ですかタロー殿!」

「……あーいや、色々あってね、つーか勝ち組?」

 勝組だったのか俺?

 ……いや、主の家が云々と三日に一度会えればいい位だし、かと言ってお隣というほど家も近くないし。

 セーラー戦士に至っては滅多に顔も見せてくれないし。

 妖精郷にいるのにトンボと女王様以外は怖がって近づきもしないし……あれ? なんか泣けてきたな。

「うん、そだね……。こんな美人が近くにいるんだから、勝ち組……かもね?」

「はっはっは! なぜか悲壮感が漂っていますぞ!」

 俺のがっかり感を笑い飛ばすスケさんはさっそくナイトさんに向き直って、コホンとせきばらいする。

 身構えるナイトさんに、これはどうやら今回もいってみるらしい。

「それではさっそく……私の裸体に興味はありませんか?」

 その瞬間、スケさんはナイトさんの正拳をもろに顔面に食らって、床に沈んだ。

「……今のは仕方ない」

「すいません、本能的に怖気が走ったもので」

 俺は自業自得な結果にうむと頷く。

 そしてナイトさんの容赦ない一言は、鼻血をたらすスケさんにドスドス刺さっていた。

 しかしすぐに復活するスケさんはやはりさすがである。

「い、いやぁ。あなたの周りの女性は毎回痛烈ですな! まさか来て早々血を流すことになろうとは思いもよりませんでしたよ!」

 ここ数十年で初めてだと漏らしていたが、竜が血を流すとは何気にすごいことだったようだ。

「で? さっきの文句は?」

 そして一応さっきのひどい文句を吟味しつつ確認しておくと、スケさんは元気に答えてくれた。

「あれですか! いえね、色々考えてみたんですがいい案が浮かびませんでね。考えに考えて一周回って性的に落ち着いたというわけなんですが」

「多分その考えた台詞の大半が今の奴よりましだと思う」

「そうですか! はっはっは! 次はまた頑張りましょう!」

 うむ、ぶれない男、スケさん。

 変態的思考がなければ爽やかな竜なのである。



「所でお前さん何しに来たんじゃ?」

 とりあえずお茶を出してくつろいだ後、落ち着いた空気を見計らって質問したのはカワズさんだった。

 すると会うのは初めてなスケさんは、大喜びでカワズさんの手を掴んで握手をする。

「おお! あなたは噂のカワズ殿ですな! タロー殿からお噂はかねがね! 
なんでもTシャツにくっついている所を根性で生きながらえたとか! 潰れても生きているとは、竜の私としても見習いたい生命力ですな! 私、竜の谷から参りました*****と申すもの! タロー殿もいることですし、フレンドリーにスケさんとおよびください!」

「……わしはいったいお前さん方の間でどんなことになっとるんじゃよ?」

 初耳のエピソードを聞かされて、すぐさま俺の方に視線を向けられても困るんだけど。

 もっともそこはすべて俺のせいなので甘んじて受けよう。

「実際はもっとすごいだろ? カワズさんがホントの黄泉蛙なんだから。まぁそれはいいじゃない。スケさんさっそく例の物を」

「もちろんですとも! では早速……!」

 ジト目のカワズさんを振り払い、さっそく本題に入る。

 スケさんはすかさず持ってきていた荷物に手を突っ込むが。

 しかしそこでスケさんははたと言葉を止めた。

「先に妖精郷を観光という……「却下で」そうですか。残念です……」

 ものすごく無念そうなスケさんだが、こればかりは納得してもらおう、決定事項だ。

 さて彼がわざわざ持ってきてくれたものは、地図だった。

 そこには大きな大陸が描かれているが、お手製のものらしく手書きである。

「これがこの大陸の地図ですね。そしてこの赤い部分を見てもらいたい」

 指示された場所にはなにか川のようなものが赤く書き加えられていた。

 そしてカワズさんにはそれが何を示しているのかはわかるだろう。

 張り出されたそれを、興味深そうに眺めて、カワズさんは「ほほう」と感心して唸っていた。

「これは……ラインじゃな。お前さん方が調べたモノかな?」

「その通り。このたび足を運ばせていただいたのは他でもない、現状の報告です。まだまだ完全には程遠いですが、この地図は我々がいただいた探知機でラインを調べ、パソコンを設置した場所を記したものですよ」

 スケさん達にはパソコンと一緒にライン探索用の探知機を渡してある。

 それがなくては配ってもあまり意味がないからだ。

 この地図を見ると、かなり活用してくれているようでなによりだった。

「ふむ、よくもまぁこんな地図を作れたもんじゃのぅ、大したもんじゃ」

「何をおっしゃる、カワズ殿。我ら竜は空を生きる種族、この程度造作もないことですとも。
しかしです、現在までに配った場所はまぁ主に山の手が多い」

 こんこんと張り出された地図を叩くスケさんが言うように、ライン上にペケ印がいくつか見える。そして現在調べられているラインとペケ印はアルヘイムの比較的内陸部に集中していた。

 俺達が配ったものもそうだし、スケさん達が配ったとしても彼らの交友関係ではやはりそうなってしまうのも仕方がないだろう。

「そこで、そろそろ魚介に手を出してもよかろうかと」

 そうスケさんの言葉を引き継いで俺が言うと。

「ほぅ……それで海に?」

 カワズさんの目がきらりと輝いた。

 それに俺は重々しく頷いて肯定した。

「うん、それでスケさんも一緒に来ないかって誘ったのが昨日の事なわけよ」

「すぐさま馳せ参じましたけども?」

「……? ということは、また遠出をするという事か、ならどこがいいかの?」

 すぐに理解を示したカワズさんの実にいい質問に俺達は鼻息を荒くした。

「そのふりを待っていたよ! カワズさん!」

「ご注目ください!」

 すかさずビジっと二人して指差した先にはアルヘイムではない、人間の国寄りの小さな漁村があった。

「ここ!」

「海! 最高じゃないですか!」

 だが指の先にある村を確認したカワズさんの顔はははんと物知り顔をしていたのである。

 俺達の顔がこわばる、どうやらカワズさんは知っているらしい。

「……ああ、そうじゃの確かにいいところじゃ」

「海の何がそんなにいいのですか?」

 そこにナイトさんが不可解そうな顔をして尋ねてきたが、俺とスケさんはごく平然と対応して見せた。

「あーいや。べつにぃ? ただおいしい魚が食べられるかな? なんて。ね、ねぇ? スケさん?」

「そそそうですとも! いやぁ海の幸は初めてで私も楽しみにしておるのですよね? タロー殿?」

「?」

 だが、なにか不自然さを感じているらしいギャラリーに俺達はさらに言葉を重ねた。

「あー……えーっと妖精の方々ってヘルシーだしねぇ!」

「ええ! 竜に至っては、料理以前に丸焼きが基本ですからな!」

「ここは一つ、手料理のバリエーションを増やさねばなるまいよと!」

 決して知り合いに女の子がいるんだからこういうイベントも織り交ぜて行っちゃった方がいいんじゃないのとかそんなことはない。

 あくまで俺達は純粋に食のバリエーションを増やしたいだけで。

「……お前さんら、少しは下心を隠す努力をするべきじゃないかの?」

 カワズさんからありがたいご指摘をいただいたが、確かに自分でももう少しポーカーフェイスを学んだ方がいいと思った。

 俺達が指示した場所、そこは一年中暖かく、バカンスが楽しめるという砂浜で有名な場所なのだった。


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