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六十八話 ジャックの豆の木? アフター
「あー……どういうことこれ?」

「面白い事になっとるのぅ。ムグモグ」

「……なに食ってんのカワズさん?」

「なにって、串焼きじゃけど?」

「なんだと? そんなのあったっけ?」

 な、なにぃ串焼きだとぉ?

 俺は今時分の持っているいか焼きを眺め、そのいまいちな焼き加減を再確認する。

 なんと言うことだ、あの香ばしい焼け目、串に刺さった肉から滴る肉汁。

 明らかにあちらのほうがうまそうじゃないか!

 くそう、安さと匂いに引かれて、こちらを選んだ俺の選択ミスだとでもいうのか?

 うまそうに頬張るカワズさんの目からは、勝ち誇った余裕すら感じられる。

 のう、タロー。タレ物は確かに香りは群を抜いておる、しかし結局はベーシックな塩に勝る物などないのだよ?

 そうその目は雄弁に語っていた。

 いや、確かにタレ物はよく焼けているのかわかりにくい。わかりにくいが、しかし抜群の状態の物に当たった時、すべてが高水準でまとまっているのも事実。

 だがそれはすべて机上の空論、事実俺のイカ焼きは生っぽくて噛み切りにくいんだから……。

 と、まぁ出店談義はこの辺りでいいだろう。

「タレなら粉物も捨てがたいよねぇ……ってそういうことじゃないでしょうよ? ここは検証に集中しようぜカワズさん」

「検証と言ってものぅ、見た通りなんじゃから、しゃあないじゃろ?」

「……そりゃそうだね」

 俺はイカ焼きを一気に頬張りつつ、まぁ見た通りの状況を眺めて、カワズさんの言う通りに頷く他ない。

 辺りにあるのは多数の出店である。

 そしてこの集まりの中心は上空に伸びているいつかのでっかい樹木だった。

「相変わらずでっかいなぁ」

「そうじゃなぁ。どこまで伸びたんじゃろうなぁ」

 ほのぼのと言っては見たものの内心は気が気じゃない。

 明らかに重力に喧嘩を売っている豆の木の非常識さは、イコール俺の黒歴史である。

 あれっていったいどうなったのかと、気になって二人で見に来たのだが、来た時にはこの状況だったのだ。

 木の周囲はいつの間にか整備され、大きく広場のようになっている。

 そして群がるように人が集まり、そこはすでに立派な観光地になっているのだから驚きだった。

「あの時はただの森だったのに。なんだろう……こう、逞しさが留まる所を知らない感じ?」

「まぁこんなもんじゃろ。高い所が好きな奴は結構おるしな。未知の物に心引かれるのもわかる気がするしの」

 カワズさんはうんうんと何かに共感しながら頷いていたが、言っても俺がうっかりミスで育てた木である。

 登ったとしても労力に見合うなにかがあるとはとても思えなかった。

「でも、上に行っても何もねぇよ?」

 うっかり口にした俺に、カワズさんは青い青いと俺の肩を叩いてきた。

「何があるかは問題じゃない。何をやったかが問題なんじゃよ、こういう場合。あの上に登れればさぞかし極上の達成感に浸れるじゃろうて、ほっほっほ」

「あー、そりゃわからないでもないけどさ……」

 カワズさんの言う事もまた正しいのだろうが、やっぱり自家製では感動も薄れるという事らしかった。

 しかしせっかく来たのだから、遠目でいつまでも眺めているのも勿体無いだろう。

 俺達が根元に近づいてみると、そこにはなにやら受付のような物が設置してあって、男が一人座っていた。

 受付の男は若く、見た目二十代に届いていない位に見える。

 彼はなぜか鎧姿で、今は特になにをするでもなく暇そうだった。

「ちわっす。えっとこれはなに?」

「何って、今話題のジャックの木、登頂受付ですけど?」

 せっかくなので話しかけてみると、やはりそれは受付だったらしく男はにこやかな笑顔でちゃんと説明をしてくれるようだった。

「ジャックの木ですか?」

「ええ、この木の中腹でジャックより愛を込めてという謎の落書きが発見されたんです。
いったいなんなのかはわからないんですが、面白いのでそのまま名称になったわけです」

「へぇー」

 俺は和やかに話してはいたが、心の中ではいたずらの成功に拳を握り締めていた。

 わざわざカワズさんに頼んで書いて貰った甲斐があった。

 ニヤニヤしそうになる頬の筋肉をどうにか押さえていたが、いつ決壊してもおかしくはない状態だ。

「と、ところで、君はこの木の事に詳しいんだね?」

「ええそれはもう、この木が生えた時からここにいますからね。この木はそれはもう突然現れたんですよ。僕はすぐ近くで見ていたんですけど、すごかったですよ」

 その時の光景を思い出しているのか感慨深げな兵士君だったが、アレを見ていたとは俺にとってはあまりよろしくない情報だった。

「……へぇ、突然ねぇ」

「そうです。僕はその時、関所で見張りをしていたんですよ」

 あー、どうやらこの人、あの時見張りをしていた兵隊さん達の一人だったらしい。

 彼はそれはもう楽しそうにその時のことを語って聞かせてくれた。

「せっかくだから国で管理しようという話が出まして、おかげで受付なんてやっていますが光栄な話ですよ。
仲間内では神様が天に帰るために造ったんじゃないか、なんて言われていましてね。
どうです? そう思ってみるとなんだか神々しさを感じませんか? 
本当は僕も登ってみたいんですけどね。
もっとも、未だに登頂に成功した人はいないんですけど」

「ぶふ!」

 しまった、絶えられずに噴出すのと一緒に鼻水が飛び出てしまった。

 不思議そうな顔の兵士君に、俺はとにかく大丈夫だと顔を伏せたまま言った。

「すまんね、ここ森だから花粉が多くて。ついくしゃみが出てしまって」

 苦しい言い訳だが、今頭の中は雑念でいっぱいである。

「ああ、わかります。なれない人には結構そう言う人もいるみたいですね」

 のんびりと心配してくれる兵士君は、何気にいい人だった。

 しかし、神様とは。

 まさかあれがうっかりの産物で、ただのサプライズグッツだとは夢にも思っていないらしい。

 しかし、これに登ろうって言う物好きがいるのか……俺なら十秒でギブアップだな。

 いや、確かに実際こんな物が突然現れたらどうだろう?

 カワズさんも言っていたように、きっと事実を知らなければ登って見たい衝動に駆られるに違いない。

 だがしかし、実際登るとしたら少しためらう要素が出てきているようだった。

 俺はちらりと受付の立て札を確認するとそこには、しっかり料金が設定してあったのだ。

 俺を通せとは言わないが、金を取るとはいかがな物か?

 神様設定なんてものがあるにしても、それはそこそこの値段である。

 これは一言言ってやらねばならないだろう。

「でも、その神様の物に料金設定はないんじゃない? 怒られちゃったらどうするの?」

 俺が理由を尋ねてみると、兵士君は苦笑いしていた。

「これは仕方ないんですよ。放って置くと勝手に登っていっちゃうんです。
それだけならよかったんですが、降りられなくなって助けを呼んだり、そのまま落ちちゃったりですね。今では少しでもそう言う人が減るように料金を設定して、ロープと料金分の携帯食料を貸し出しているんですけど、減るどころかチャレンジャーが増える一方でしてね、今じゃこの有様と言うわけです」

 そう言う兵士君の視線の先には、賑やかな出店が並んでいる。

 なるほど、あの騒ぎはその過程で生まれたというわけだ。

「へ、へー。じゃあ今まで達成者がいないって言うのは?」

「まぁ確認できた人はみんな途中で力尽きて、それを助ける羽目になりましたね。後は落ちてきたりとか」

「……えっと、落ちたら死んじゃうんじゃないかな?」

 俺はぎょっとして、乾いた笑いでそう言いながら、思わず木を見上げてしまう。

「そりゃ死にますよ。まぁ、この木の養分になれれば彼らも本望じゃないですかね?」

 さらりと兵士君が指差した先には、すでに数本の墓が立っていて青くなった。

 これは、思ったより大事になってるんじゃないか?

 俺悪くないよね? 登っちゃった方が全面的に悪いと思うんだけどな?

 すでに動揺で目が泳ぎだしていた俺に、だが兵士君がさわやかに言った言葉が非常に印象的だった。

「それでも、登りたいと思うんですよね。ほら? いかにも何かあるような気がするじゃないですか?」

 にこやかに、そして冒険心一杯の兵士君に、今度は違った意味で俺の頬が引きつる。

 これは……。



「何かしないとまずいような気がするんです! 今すぐに!」

 とりあえず力説してみた。

 が、カワズさんの反応はすこぶる悪いようだった。

「突然何を言いだすかと思ったら、またなんか面倒くさい事を言うのぅお前は」

 そうは言われますが、カワズさん。生産者としてはさすがに責任感じちゃいませんかね?

 ロマンを追い求めるのは結構だが、過剰すぎるのもどうかと思う。

 さっき聞いたばかりの話もあって、俺も割りと必死だった。

「だって、思ったよりも命懸けてんだもん! さすがに、なんもありませんでしたって今更言い出せないじゃんよ!」

「だからなにか用意しようってのもどうなんじゃろ? 山だってそこにあるだけでも登りたくなるもんじゃし。別に気にせんでええじゃろ? 自己責任じゃて」

「そりゃそうかもだけどさ……達成感だけってのもなんだかさぁ。ジャックのいたずらだってミステリアスさに拍車をかけてたし。絶対あの人達すごいの期待してるって。神様に会えるくらいの気持ちでいるって」

 夢一杯の兵士君の表情が頭を過ぎる。

 それはあまりいい過ぎでもないような気がした。

「いやまぁ知らんけど……」

「知らんでいいのかい? カワズさん? いたずらの片棒を担いだだろ?」

 あくまで知らぬ存ぜぬを決め込むつもりのカワズさんにそう問うてみたが、カワズさんは一切迷いのない表情で言った。

「あれはお前さんが言いだしっぺじゃろ? わしは悪くない。責任は全面的にお前にある。わしは悪くない」

「二回言うか! あれか! 大事な事だからか!」

「そうじゃよ? わし悪くないもん」

 そして完全にきっぱりとこれ以上ないほど、丸投げされてしまった。

 ほとんどその通りなのが痛いところである。

「ぐっ……。わかった。そうだよ全面的に俺の仕業だよ。だからてっぺんに何か置いてこようよと、そういうことだよ」

 こうなってしまえば仕方がない。

 非があることを認めつつ、計画を再提案してみると、今度はあっさりカワズさんも乗ってきた。

「まぁ、いいんじゃないかの? それで? もう何するかは決めたのか?」

「ぬぐぐ……ものすごい負けた気がする。あーでもあれだな。とりあえず雲を歩けるようにしようかな?」

 だが俺の頭の中にあった淡いプランを披露すると、なぜかかわいそうな物を見る目のカワズさんからやさしく肩を叩かれてしまった。

「……あのな? 雲というのは水蒸気と言ってな? 水が集まって出来たモノでな」

「わかってるっての! 歩けるようにするって言ってるだろ! 異世界の人間が理科の知識で馬鹿にするんじゃない!」

「おろ? わかっておったのか。こういうのが理科なんじゃな。しかし少し学のある人間ならこっちの人間でもしっとるぞ? それくらい」

 なんだか意外な事を当たり前のように言われた。

 しかし考えてみれば、雲が山まで下りてくることくらいあるだろう。

 どうやら俺は無意識に異世界を馬鹿にしていたらしい。

「そうなんだ。ごめん、ちょっと馬鹿にしすぎてた」

「まったくはなはだ失礼ぶっこく奴じゃ。まぁお前の事じゃから、なんかとんでもない事考えとるんじゃろ? どれ、早速行ってみるかの?」

 思いの他あっさり流されて、今度は一転して行く気満々である。

「なんだよ、随分話がわかるじゃん?」

 あまりの変わり身の早さに驚いていたが、カワズさんはそりゃそうじゃよとなぜか渋い顔だった。

「まぁ、なれじゃな、もはや。お前さんの思いつきは突飛過ぎて実際見てみんことには話にもならんし」

「……俺ってそんなに無茶してたっけ?」

「自覚がないほど始末が悪いというのはお前の事だ!」

 お怒りのカワズさんだが、どうだろう?

 うむむ、まぁ確かに? 色々やりましたが? 半分くらいはカワズさんの悪ふざけも入っている気がしますよ? 実際。



 姿を消して、わざわざ飛んで見ること数時間。

 実際どの程度の高さがあるのよと、試してみた自分を罵倒したくなるほどの高低差は、思った以上だったのは間違いないだろう。

 見上げた時点でわかっていた事だが、それはもう頂上は、もはや気温といい眺めといい、想像を絶する場所だった。

「うぁ……超寒いな! 空気も薄すぎる!」

 寒風が肌に突き刺さり、頭もなんだかくらくらする。

 鼻水を啜り上げながら肩をさするが、横にいた人はカエルの宿命でさらにどうしようもないらしい。

「むにゃ……なんだか……わし……ものすごい……眠くなって……むにゃ」

「カワズさーん! それ冬眠! 冬眠モードに入ってる!」

 鼻ちょうちんを膨らませ始めたカワズさんを速攻往復ビンタである。

 頬を別の意味で膨らませたカワズさんは、自分に気温制御の魔法をかけて、ようやく額の汗をぬぐっていた。

「あ、危ない! 危うく春まで眠りに付くところじゃった!」

「……ここに春が来るかはわからないけどな」

「ある意味永眠じゃな。それで? これからどうする?」

「どうするもこうするも、さっき言わなかったっけ? 雲の上を歩けるようにするんだよ」

「……どうやって?」

「こうやってさ!」

 返事を間髪いれずに入れられたのは、すでにすべての準備が整っているからだ。

 なんたって雲の上だ。誰だって一度くらいは雲を眺めて妄想を膨らませる事はあるだろう。

 俺もまた例外ではない。

 ただし、いきなり底が抜けては怖いので、最初は極狭い範囲で練習してみることにした。

 雲の魔法をかけた場所が魔方陣に包まれ光が消えてなくなると、なんともさわり心地のよい何かに変質する。

 後から触ったカワズさんも驚くほど、その雲のさわり心地は新触感だった。

「なんじゃこれ? なんかもふっとしとる」

「むっふっふ、自信作だかんね。これぞ雲を固める魔法なのだよ。さぁ早速、カワズさんも手伝ってくれ。ある程度の広さにしないとつまらないし」

 だがそう言った俺を前に、カワズさんはものすごく嫌そうな顔をした。

「いや……だってわしそんな魔法使えんし。だいたいそれ今ダウンロードした魔法じゃろ? わし使うのしんどそうだから嫌じゃよ」

「いや、もう改良は済ませてあるから。魔方陣とイメージを教えるから、覚えてみてよ。カワズさんなら出来るだろう?」

「……なんですでに終わっとるんじゃよ?」

 理解不能なのだろう、きょとんとしているカワズさんの視線は気まずくはあったが、俺はテヘリと笑って言った。

「い、いや……誰しも一度は考えると思わない? 雲の上を歩きたいなって」

「なんじゃそら! そんな下らん魔法、研究しとったんかい! だからお前は……あーもうあほじゃなぁ」

「あほじゃないよ! こういう夢想から大いなる一歩は始まってだな!」

 まぁ言われると思いましたがね。

 カワズさんはとんでもなくどうでもよさそうな顔をして、いい加減に頷いていたが、悔いはない。

「あーはいはい。そんじゃぁまぁさっさと始めるかの」

「うわぁ、ものすごい適当だな。でもいいんだ、この胸のときめきは俺だけが知ってれば」

「きも! なんだか鳥肌が立ってきた!」

「いいさ、いいさ」

 実はちょっと悔しいですがね。

 残念ながら意見はこの空のように、どこまでも平行線である。

 まぁそれはいい。とにかく今大事なのは、目的をさっさと実行する事だろう。

 そろそろ飛んでいるのも足元が不安なので、さっさと足をつける地面をしっかりせねば始まるまい。

 魔法をかける範囲は運動場くらいの白く見える一帯である。

 ぐずぐずしていたら日が暮れてしまうだろう。

 今度は少し大きめに魔法をかけて、着地してみたら、なかなかの踏み心地だった。

 だがこのロマン物質の真価は、こんな物ではないのだ。

 歩けて丈夫で空に浮く。そして……。

 ぱくりと魔法をかけた辺りの雲にかぶりつく俺を見て、カワズさんがぎょっとしていた。

「なにくっとんのだお前は!」

「ふむ、ほのかに甘い」

 もぐもぐと口を動かしながら、その味を堪能している様子はなかなかにインパクトがあったらしい。

 カワズさんも興味津々の様子である。

「……ほ、本当か?」

「嘘を言う意味があるとでも?」

 得意げに雲を飲み下し、俺は嘘偽りない感想を口にした。

 俺の研究に死角はない。

 あれだ、歩けるだけで満足など出来るものですか。

 触れて持てるなら、食べてみたくなるのが人ってものでしょう?

 しかし、わたあめとはまた違ったほのかな甘さというのも、ポイントである。

 わたあめと同じ味なら、わたあめを食べればいい。

 雲限定の甘さと言うのが味噌なのだ。

 カワズさんがごくりとのどを鳴らしてうらやましそうにこちらを見ていたが、俺はあえてにこやかに言った。

「まぁ、魔法で作った所詮はまがい物だけどね。雲なんてただの水蒸気さ、ねぇカワズさん?」

 そんな俺の挑発を交えた台詞に、はっと正気を取り戻したカワズさんはまんまと乗ってきた。

「も、もちろんじゃとも。まったく、おぬしも雲を食べたいなんて子供じゃあるまいし」

「まったくだよね! じゃぁ作業を続けよう。やっぱり歩き回れるくらいじゃないとさすがに格好が付かないから」

「……うむ、そうじゃな」

 しかしそうは言ったもののカワズさんはやはり名残惜しそうである。

 だがアレだけ人を馬鹿にしたのだ、まさかあっさりこの奇跡を堪能しようとは言うまいね?

 こっそりと笑いながら、地味に意趣返しをする俺なのだった。

 そしてここから先の作業はそれにも増して地味である。

 順番に魔法をかけて足場を整える、その繰り返しだ。

 しかし作業をしながら改めて落ちついて眺めてみると、ここは雪原のように白と青とのコントラストがどこまでも広がっていて、実に開放的な空間だった。

 足元に抵抗がなければ天国にでもいるようである。

「おおい、こんなもんでええかのぅ」

「もう少し大きくいこう! 俺はあっちの方を……」

 だが走って指差した方に向かおうとしたのだが。

「ぬお!」

 いきなり足元の抵抗がなくなって、すっぽ抜けてしまった。

 必死に周りの雲をつかんで踏みとどまったが、間違いなく片足は雲を抜けただろう。

 顔色を青くして這い上がると、カワズさんがにたにたしていたので、そこは気が付かないようにしておいた。

「あぶ! ……あぶな!」

「おーい、大丈夫かー」

「な、なんとかー。うおーあぶねー! うっかり雲の上だって忘れてた……」

 しかしこのまま地上にまっさかさまなど真っ平ごめんである。

 どうやらもう少し念入りに地面を固める必要がありそうだった。



「さて、次はお宝でも作って見ますか」

 カワズさんは相変わらず雲を固めているが、それでよし。

 この辺りは、カワズさんに手伝ってもらうのも悪いので、俺だけでいってみるとしよう。

 物語を踏襲するなら、金の卵を産む鶏か? 

 セットでつけるなら城と巨人という事になりかもしれないが、ここは一つ豆の木に絡めて、お宝を作って見るのも一興だろう。

「……豆といえば、アレかな?」

 一人、悪巧みを考え付く俺。

 ここに登ってくる途中、この木が豆の木らしいとわかる房を沢山発見した。

 見つけたそれは幹と同様、巨大だったわけだが、もしあれが熟して弾けることになったら、それこそ大惨事である。

 そこで考えた品種改良が一つ。

 この豆の木に生える豆を一つにしようというものだった。

 一年に一回、一番上に一房だけ生る豆は全部で三粒。

 この樹木のすべてのエネルギーを集約させて生み出されるそれは一見するとただの小さな豆だが、とんでもないエネルギーを秘めている。

 そう、それは一粒で食事すら必要なくなり、死んでさえいなければ、地獄の淵からだって蘇って来れる位の、とんでもないエネルギーだ。

 もちろん俺のイメージで効果に偏りはあるが、奇しくも目の前にそれは成功して存在していた。

「……うまくいってしまった。くっくっく。これがそんなたいそうなもんだと果たして気が付く奴がいるかどうか?」

 それはまるでアレのようだが、見た目は完全に枝豆だった。

「これは……子供達の夢をまた一つ形にしてしまったかもしれん」

 そんな呟きは空に消してしまう事にしよう。

「後は目くらましに金銀財宝でもおいておくかな?」

 これだけで十分すぎるような気がしたが、何事も見栄えという奴は大切だろう。

 あんまりあっさり持っていかれるのも面白くないので、兵士型の人形でも設置して、残すは城でも建てようかとそんなところだ。

 延々と雲を固めていたカワズさんも、どうやら雲の固め作業を終えたようだった。

「おーい。こんなもんでどうじゃー!」

「……雲の上にスカイツリー……ぷぷぷ。おっと、OKOK! ご苦労さんです! 財宝はこんなもんかな?」

 俺も羽ばたかせていた妄想から我に返って、一段落である。

 二人で成果を報告しあっていると、カワズさんはひどく複雑そうな顔で俺が用意した金塊を眺めていた。

「どうよ? カワズさん?」

「うーむ……お前とおると本当に物の価値が崩壊するわい。ええんじゃないか? もっとも黄金なんぞ、こんな場所からどれほど運び出せるかとは思うがな」

「あー、帰り考えると鬼だよな。サルに箱の中にあるバナナを取らせる実験を思い出したよ」

 確かに金なんか担いでまた帰りの道を下りるのかと思うと涙を誘うが、欲張った方にはそれ相応の苦労が付きまとうという事で。

「それで? さっきは気持ちの悪い顔をしとったが、今度は何を企んどるんだね?」

「気持ちの悪い顔とは失礼な。それに実に画期的な閃きと言ってくれ」

「どうだかの?」

 どうやらカワズさんに妄想爆発の顔を見られていたようだ。

 不覚を取ったが、まぁ今更といえば今更なので気にしない事にして、結局俺は企みの続きを実行する事にした。

「あーでも実際の建物再現は今までも結構やっちゃったし……ここは一つRPGの伝統に倣って……」

「?」

 今回のテーマはよくわからなさである。

 天空にある城、それだけでもすでに心を動かしてくれるだろうが、やはりそれだけでは少しばかり退屈だ。

 となると意表をついた、もっと楽しそうなモノがいい。

 すでに建築物系の魔法は何度も試しているから、多少の無茶なら効くだろう。

 例えば、想像上の俺の妄想を形にするだとか。

 もしそれが叶うなら、それはもう面白い事になりそうだった。

 俺は、くっと搾り出すように一度笑って、妄想のすべてを魔方陣へと乗せてゆく。

「さてさて何が飛び出すやら」

「また不吉な台詞を吐きよるな……」

 カワズさんが不審顔だが、まぁ出来上がったものを見て、思う存分馬鹿にすればいいじゃないか。

 俺の妄想を形作るために、巨大な魔法陣が現れた。

 きらきらと輝きながら格子状に骨組みが構成され、現実が書き換えられてゆく。

 現れたのは、滑らかな曲線を持つ独特なフォルムの塔だった。

 この時代では、あるいは、俺の元いた世界でもおそらくは造られないであろう、デザインの塔は、謎の電飾を灯して、まるで今にもSFの世界が始まりそうな期待感がある。

 出来上がったそれを見て、俺は満足げに頬を上気させ、カワズさんはクエスチョンマークを浮かべていた。

「なんなんじゃこれは?」

「よくぞ聞いてくれたなカワズさん! これぞ『何だかよくわからないけど未来っぽい建物』だな」

「……はぁ」

 自分で言ってて、あまりのわけのわからなさに失笑である。

「走る光に、無駄に突き出た突起物、さらにはつるっとした何で出来ているかもよくわからない素材! きっとこいつは目にした者の好奇心を嫌というほど刺激してくれるに違いない! そして、宇宙人がいたとか、神様がいたんだとか、リビドーあふれる考察に花を咲かせるわけだよ! 考えただけでもわくわくするんじゃない?」

 そしてこの場所は更なる伝説になると。

 結局謎を残す事、それが神秘を長く持続させるスパイスになること請け合いだった。

「……さすがに、ひねくれすぎとるなぁ。わしはまだその辺をチェックしとくぞ? 穴のあいとる所もあるかもしれんし……誰かさんが落ちるかもしれんしな」

「うるさいよ! でもよろしく。俺はもうちょい細部を詰めるわ」

 もはや呆れて言葉もない風のカワズさんは、さっさとどこかへ行ってしまったが、俺のキメ細やかな心配りがわからないとは、カワズさんはやっぱりカワズさんである。

「うーむ、今ならミステリーサークルを作る人達の気持ちがちょっとだけわかった気がするぞ? 古今東西こんな大掛かりなもんをおったてた馬鹿は俺くらいのもんだろうけど……」

 だけどちょっとだけ自虐めいた笑いを浮かべていた俺だった。

 しかし油断していたその時、ゴンっと何か重い音がしたのである。

 なんだろう? 今の?

 心当たりもなく、俺は目の前の今作ったばかりの塔に目を向けて、首をかしげる。

 今のは間違いなく塔からだった。

 何かがぶつかったようにも聞こえたが、しかしこんな空の上で何がぶつかったらこんな音が出るのだろう?

 ゆっくりと俺は視線を上げてゆき、塔のてっぺん付近を見て。

 思わず顎が落ちた。

「なんじゃ……ありゃ?」

 それはまさしく度肝を抜かれたというのが何よりしっくり来た瞬間だった。

 塔の先が何かに触れている。

 それは結界のようで、触れた何かはぶれるように消えたり現れたりを繰り返しながら、まるでテレビに映ったノイズのように存在していた。

 空に浮かんでいる丸い球体。

 だが球体の表面には、山があり川があり海がある。

 それはなんと形容したものかわからないが、小さな星というのがもっともしっくりきた。

 まるで地球儀のようにまん丸な小型の星が、青い空に幻のように浮いていたのである。

 あまりにも奇妙で、圧巻で、常識を超えた風景は俺の頭の中を吹き飛ばすには十分すぎた。

「あはははは! いたよ、俺より馬鹿な奴が。ファンタジー侮れねぇわ……」

 魂を抜かれたように呟く俺は、半笑いだった。

「なぁカワズさん、やっぱ俺なんて大したこと……」

 このわけのわからない感動を共有しようと、作業にいそしんでいるはずのカワズさんを呼びにいくと。

「んぐ!」

 自分に向けられた視線に気が付いたらしいカワズさんは動きを止める。

 その手にはちぎられた雲が握られていて、今まさに食いついた所だったらしい。

「……カワズさん」

「な、なんじゃい! やっぱどんな味か気になるじゃろ!」

 なんだろう、この瞬間に高まったものが一気に流れ出ちゃったが、思いのほか胸にこみ上げるあったかい感情は。

 開き直ったカワズさんに生暖かい視線を送りつつ。

「まぁ、いいよ。うん、堪能しようぜカワズさん。野暮な事はこの際いいっこなしだよ。昔の人も高い所が好きだったんだろうな……」

「い、いや! わしはじゃな!」

 慌てるカワズさんだが、いいのだよ。

 今の俺はちくちく嫌味を言ったりなんて小さな事はまったくする気が起きないのだから。

 俺はその場に寝転がって空を眺める。

 そして俺以外の大馬鹿者が造ったものを眺めながら、せっかくなので愚にも付かない考察をしてみる事にした。
お久しぶりです。
整理してみましたが、改悪になってなきゃいいです^^;


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