六十六話 そして俺は灰をかぶる 9
「……拍子抜けするくらい簡単だったね。にしても、君って本当に何でも出来るなぁ。こんなドレスなんて初めて着るよ。ひらひらしてて動きづらいけど」
「そりゃ制服よりは動きづらいだろうよ……俺だってこんな服、初めてだっての」
パーティー会場までの長い廊下をセーラー戦士の手を引いて歩きながら、愚痴っぽく呟く俺。
俺達二人は無事潜入には成功したが、主に俺が結構いっぱいいっぱいだった。
それはそうだろう。
今までは森暮らし、ついこの間まで普通に学生やっていた俺にはこんなダンスパーティーなんて洒落たものに参加する機会なんて存在しなかったのだから。
しかも女性同伴でとなるともうお手上げである。
しかしセーラー戦士はドレスアップすると妙に大人っぽくなってしまってまいった。
涼しい顔で歩きやがって……。
年上の威厳を見せねばと、どうにか落ち着いた様子を取り繕ってはみたものの、パーティーマナーなんて覚えているわけもない。
頭の中はすでに歩き方すら迷走気味だが、今の所おかしな部分を指摘されていないだけすでに奇跡だろう。
「でも普通に招待客に変装すればいいのに、何だって執事なの? もしかしてそういう趣味とか?」
「馬鹿言え、絶対食われるってわかっているのに、誰がそんな無謀なポジションにつきたいもんか。それに片方空気の方がこの際便利だろ?」
「そんなものかな? なんていうか……卑屈過ぎない?」
「うるさいよ。下らない事言ってないで、早くシンデレラを探してくれ」
「はいはい、じゃあ急ぎましょうか? 執事さん?」
「その調子ですよ。おぜうさま? ボロが出る前にさっさと行きましょう」
しかしパーティー会場は中に入ってみると、別世界感が相当だった。
きらびやかな室内には、生演奏で曲が流れ、男女が曲に合わせて踊っている。
ホールには高級そうな絨毯が敷き詰められていて、テーブルは贅の限りを尽くした料理が並んでいた。
「しかし何というか……場違いだ」
どっちを向いても美男美女、と言うわけではないが所作の一つ一つから上品さを醸し出す、いいとこの人ばかりで落ち着かないのである。
吐き出している空気すら違う気がするのだから、結構俺は重症なのかもしれない。
とにかく間違っても俺なんて一般市民には到底なじめそうにない場所なのは間違いなさそうだった。
「まっふぁく……もぐもぐ。えふぁいひと………はやるふふぉとがおおふぃいな……むぐむぐごっくん」
だからこそ俺は、おいしそうな飯を食らうのである。
だがそろそろ満腹になってきたので、妖精郷への土産に料理をタッパーに詰めてお持ち帰りしようと思っていたのに、ここで足を引っ張ったのは俺の格好だった。
執事服、要するにお手伝いの人とかぶってしまったのだ。
これでは迂闊に動けない。
すでに何回か、ドリンクの注文を受けてしまっていたのだし。
「……そして何より疲れるのがこの人だよ」
思わずぼやいてから、注目の的になっている人物に視線を送ると、助けてくれとSOSを送ってくる、おぜうさまがいた。
どうやらドレスアップしてパワーアップしたセーラー戦士は男達の注目の的らしい。
「何やってんだか……」
いや、今はドレスを着ているからセーラーじゃないんだけど、とにかくひっきりなしに男どもが群がるのだ。
うーむ確かに、綺麗な子だとは思っていたが、本気を出すとやはり違う。
考えてみれば中世なんかじゃ高校生も立派な大人である。
この異世界でもそれは当てはまるらしく、周囲の人間からしたら立派に恋愛対象内だということか。
俺はにっこりとほほ笑んで、頑張れ! っとジェスチャーで応援しておくことにした。
セーラー戦士が絶望的な顔をしていたが、そこまでは知らないです。
だが俺とて鬼ではない、せっかくなので見学がてら件のシンデレラを探してみることにした。
俺の創ったドレスだ、その位置くらいならぼんやりとわかる。
例の彼女を探し出すのはそう難しいことではなかった。
こちらも人気の様で、引く手数多の様だったが、さすがそこは貴族のお嬢様だ、この手のやり取りはお手の物らしく、うまくやり過ごしているようである。
「うーむ、それで肝心の王子様は……」
しかし会場に王子様らしき姿はまだないらしい。
どうやら、主役の登場はまだ先の様だった。
「あーもう俺相当意味ない、帰りたい」
本気でこれ以上やることもなく、ぼんやりと適当なチキンを手にとって頬張っていると、どうにかダンスの誘いを断ることに成功したセーラー戦士が、ものすごく疲れた顔でやってくるところだった。
「……なんで助けてくれないかな」
「何をおっしゃる、使用人の分際で高貴な方々の高尚な語らいに口を出すことなど出来るわけないではありませんかHAHAHA」
「そんなの、今だけなんだから少しくらい助けてくれたっていいじゃないか」
「そこまでしなくても、セーラー戦士ならどうにかすると信じていたよ。美形爆発しろ」
「……心の声が漏れてるよ」
おっとぽろっと漏れてしまったか、失敗である。
「そんなことより始まるみたいだぞ……」
人のざわめく気配が変わるのを感じて俺も料理から顔を上げると、セーラー戦士も気を引き締めているらしい。
どよめきの理由は至極簡単、今夜の主役が姿を現したのだ。
王子様が会場に入った瞬間、息を呑むような声や、熱っぽいため息がそこら中から聞こえてきた。
今回は鎧バージョンではなくパーティー用の正装の様で、真っ白な軍服風の衣装は美形をより一層凛々しく見せる。
注がれる周りの女性達の熱気は、すでに火傷してしまいそうなほどに熱くなっているようである。
「この度は私の戦勝パーティーにお越しいただき、大変うれしく思っています。ここで長々と私などの話に耳を傾けていただくのも申し訳がない。皆様今夜は存分にお楽しみいただきたい。それでは乾杯!」
杯を掲げる王子の号令でまた音楽が流れだすが、今までとは明らかに雰囲気が違っていた。
「……これは」
熱い。
あまりに女性陣の視線が熱いのである。
そして、このパーティーの趣旨がどう言ったものなのかを俺は思い出していた。
ダンスパーティーという名の狩場に放たれたハンター達は早速獲物に群がっている。
それはまさにハンティングだ。
これは弱腰で行ったら命をとられかねないぞ、シンデレラよ……。
どうやらアピールタイムは用意されているようで、一人一人、挨拶をするという名目で、王子様と直接話す機会があるようだったが、ただの挨拶というには立ち上る気迫は常軌を逸しているようだった。
「おうおう、すごいなこれは、まるで戦争じゃないか」
「うーん。これは私もさすがにどうかと思うなぁ」
傍から見ていて、普通にお話しているだけなのだが、視線の中に混じる牽制やにらみ合いは結構露骨である。
それを涼しい笑顔で、軽くあしらう王子様はなかなかのやり手だといえるだろう。
かなりの人数が挨拶を終え、会場に無残に散っていった頃。
おずおずと前に進む、ドレス姿の少女を発見することが出来た。
「お! いくつもりらしいぞ! シンデレラ!」
「ほ、ホントだ……がんばれ」
小声で応援する俺達をよそに、向かい合う王子様とシンデレラの視線があうと、シンデレラは戸惑っているようだったが、なんと最初に口を開いたのだ。
「あの……!」
だが今にも泣き出してしまいそうなほど、ありったけの勇気を振り絞ろうとする彼女をさえぎったのは他ならぬ王子様その人だったのだ。
「……お嬢さん。今夜のパーティーは楽しんでいただけましたか?」
「え? は、はい……」
「そうですか。それは光栄なことです、ではよい夜を」
「……あっ」
本当にあっさりと、他の参加者達となんら変わることのない笑顔で、王子様そうとだけ言うと席を立ってしまったのである。
「……あれ?」
セーラー戦士の戸惑いの声がむなしく響くが、それは俺も同じだった。
「……おいおいおい、ずいぶんと話が違うじゃないか?」
「おかしいな。そ、そんなはずはないんだけどなぁ……」
セーラー戦士もあわてていたようだが、俺だって周りの誰とも違う反応を期待していたのだ。
こうもあっさり終わられたのではたまったものではない。
「この調子で大丈夫なのか? まだ魔法かけなおしてないんだけど、その必要もなさそうじゃないか?」
やれやれと呟く俺の言葉に、セーラー戦士は信じられないものを見たような顔をしていた。
「まだかけ直してなかったの?! 暇だっただろ!」
「えーだって、パーティーでドレスアップした女の子に声をかけるなんて、なんだか……その恥ずかしいじゃない?」
「照れるなよ!」
そんなことより俺は目の前の料理の方が大事だったんだい。
最も声をかける必然性なんて欠片もないんですけどね。
慌てて伝言すべくシンデレラの方に向かうセーラー戦士に任せておけば、とりあえずは大丈夫だろう。
だいたいわざわざここまで来たんだ、十二時になった所ですぐに結界に負けない魔法を掛け直せば済む話だし。
つまり、ぶっちゃけるといつでもどうにでもなるのだ。
しかし無駄な魔法だというのなら使う気にはならないのも本当である。
セーラー戦士への義理もあるし、さすがに放っておくことはしないにしても、ここはさっさと魔法を掛け直して姿を眩ませようかな?
そもそも王子様と、一般人一歩手前をくっつけようという実に無謀な企画なのだし。
これに関しては心の問題だけに、演出は手伝ってもいいが、それ以外で手を貸すつもりなどない。
ちゃんと当人同士は会うことが出来たんだから、俺的にはすでに仕事は終えていた。
その時不意にポンと肩に手を掛けられて、俺は自分がかなり考え込んでいたことに気がついた。
「……なに?」
ぼんやりと返事をして、最初はセーラー戦士かと思ったがそうじゃない。
「申し訳ない。少しご同行願いたい」
大きな手の感触に、ごくりとつばを飲み込んで振り返ると、そこには大きな胸板があった。
俺は、俺よりも頭一つは大きいと思われる人物の顔を見るべく、徐々に視線を上げてゆく。
そして眼前に飛び込んできたライオンの鬣のような頭には、すごく見覚えがあった。
「……!」
「お話をお聞きしたい。時間は取らせません」
男は厳しい目つきのまま、なぜか俺に向かって話をしていた。
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