六十五話 そして俺は灰をかぶる 8
「さぁぐずぐずするなよセーラー戦士! あの辺なんて覗きには最適じゃないか!」
「……覗きって言うのやめてくれないかな? どっちがやる気満々なんだよ……っていうかなんで全身タイツなの?」
「ばかいえ! ただの全身タイツなわけがないだろう! ステルス迷彩だ!」
スタイリッシュな全身タイツに包まれた俺の体は、ブオンと電化製品みたいな音を立てて周囲の風景に溶けて消える。
さぞかし驚いてくれると思ったのに、セーラー戦士の目は割りと冷めていた。
「……まぁ、そのくらいの事はしてくると思ったけどね」
「まさかの予想内!」
これは暗視ゴーグルなんてネタも用意していたんだが……出さずに正解か?
一見すると遊んでいるようにも見える状況だが、それなりに真面目である。
シンデレラを見張る事はすなわち、城に近づくという事なのだが、当然のように俺なんて奴は招かれざる客だろう。
となれば気づかれずに潜入するしかないと。
しかしなんだろう……スパイとか秘密の道具が必要だろ! みたいなノリでこんなものまで用意してしまったが、実際はとりあえずちゃんと入れるか見届ければいいだけなので、中に入る必要もなかったりする。
ちょっと張り切りすぎたかと反省していたのだが、実際はこれを着てきて正解だったとも言えた。
領主様の城につくと、さすが城塞都市と呼ばれるだけあって、それはもう警備も厳重だったのだ。
当然それは城門の外すらである。
様子を見る場所を確保することすら苦労するのだから、その優秀さは目を見張るものがあるだろう。
セーラー戦士はともかく、ドンくさい俺などすぐに不審者としてタイーホされそうだった。
それでも何とか場所を確保することに成功した俺達は、城門の前でシンデレラの到着を待っていた。
参加者達が次々に到着していたようだが、誰も彼も豪華な衣装に身を包み、気合が入っている様子が伝わってくる。
「警備は表の門に一、二、三、四……いったい何人いるんだよ?」
「さすがに厳しいね。さっきまた馬車が来たけど、入り口で招待状のチェックをやってるみたいだ。そのあたり、対策してあるの?」
「もちろん、今回の俺の魔法は、彼女を何の問題もなく城に送り届ける魔法さ。兵士の皆様方はチェックの度に何の問題もないと錯覚する幻術がかかっている」
「それなら、太郎が招待状の中身を知らなくても大丈夫そうだね。でもシンデレラは大丈夫かな?」
「それこそ心配するだけ無駄だろ? 実際招待はされてるんだし、後は王子様が何とかしてくれるんじゃね?」
「……適当だなぁ」
「そりゃそうだよ、人事だもの」
さてざっと見てみた限りだと、チェックらしいチェックはここのみである。
クリアすれば今度こそ、お役御免だと思いたい。
と言うか正直な話、おっかないのがいる所にあんまり長居したくないです。
目をつけられたらすごく怖いし。
そうこうしているうちに道の向こうから、やっと俺の作った馬車がやってきた様だった。
門の前に馬車をつけて、幻術の御者が招待状を手渡しているはずだが、どうだろう?
固唾をのんで見守る俺達を前に、兵士は終始笑顔で、シンデレラをあっさり通す。
成功である。
よしよし、魔法は十分に効果を発揮しているようだった。
「さて! これで安心! さぁあとは若い人達に任せて……」
「ちょっと待って……あの人達の話を聞いて」
「んん?」
まだ何かあるのかと振り向くと、セーラー戦士が注意を向けるその先は、門番の兵士達だった。
彼らはシンデレラが無事通過するのを確認すると、気が緩んだのか軽く雑談しているらしい。
「招待客も大方来たみたいだな、ところで夜間の警備は外に増員されるんだろう?」
「ああそうだよ。十二時になると城の結界で城内じゃ魔法が使えなくなるからな」
「古代の魔法除けなんだろう? 大昔にはすげぇ魔法があるもんなんだな」
「聞いたところによると、城は古代の砦を改築したって話だよ。お前も気を付けておけよ?」
「了解。下手うったら、隊長からどやされちまうからな」
思わずどんなハイテクだとツッコミたくなってしまった。
魔法文明侮りがたし、しかしなんとまぁ、都合の悪い。
というかまたしてもミラクルである。
どこまでも童話、そして俺達からしてみたら、喜んでいる場合ではもちろんない。
夢どころか、性質の悪い呪いにも匹敵するいやらしさだった。
「……なんだかとても不安になることを聞いてしまった気がしたんだけど?」
「……だなぁ」
「あ、でも太郎の魔法なら大丈夫なのかな? また例のとんでもない魔力で魔法を掛けたんだろう?」
セーラー戦士の笑顔は、どこかそう願っているようだが、そんな訳あるわけがない。
「……おいおい、いくら俺の魔法だって、解除されればそりゃ解けますって。
名工が打った刀だってね、スレッジハンマーで強打されりゃ曲がったり折れたりするんですよ。
そりゃあ、その解除の魔法とやらより上位の魔法だったらひょっとするかも知れませんがね? 基本的に今回は常識の範疇の魔法だし。ちなみに今回はもし強制的に魔法を解除されてしまった場合……服も元に戻ってしまう可能性があるね」
「! それってすごくまずいじゃないか!」
「……あははー。いーじゃない、よりシンデレラっぽくてー?」
「いや、ひとつもいい要素が見当たらないから!」
俺はこうなったらもう、物語補正に全部任せてしまおうかと、乾いた笑いを浮かべていた。
そう、アホみたいに魔力を使って、なんでもかんでもとんでも魔法を使っていたのは今は昔の話。
俺だって着実に進歩しているのだ。
低コストで習得している魔法は、低コストでちゃんと使っていますとも俺の馬鹿。
それでも幻術の類はカワズさんクラスすら想定しているが、古代の代物ともなればそのくらいなら楽にキャンセルしてしまう可能性が高い。
「つまり、その魔法とやらが発動してしまったら……」
「ああ。彼女は十二時になった途端、おとぎ話同様、お姫様からただの女の子に早変わりってことだね……」
突然現れたドレスアップもしていない女の子は、こういう場合どうなってしまうのだろうか?
追い出されるだけならばまだいいが、捕まえられたり、その場で処刑なんて事になったら、最悪だろう。
セーラー戦士はすでに決意に燃えるまなざしを城に向けている。
友を救い出す王子様のような眼光は、すでに救う対象を定めてしまっているらしかった。
「こうなったら行くしかないみたいだ。最悪、夜の十二時までに城の外に出るように伝えないと」
「ですよねー……当然そうなりますよねー」
むむむ、これまた面白そうなことになってきたものである。
俺はとりあえず、予備も持ってきていたものをがまぐちから取り出してみた。
「えっと……じゃぁセーラー戦士も全身タイツ着る? 暗視ゴーグルもあるけど?」
「断固拒否で」
「ですよねー……」
うう、こんなにスタイリッシュなのに。
しかしこうまで都合がいいと、本当に物語の神様はいるような気がしたが、問題はそこではないだろう。
どうやら俺達は、またひとつ冒険をしなければいけない様だった。
ガラガラと六頭の馬が引く巨大な馬車が城門の前に乗りつけた。
そのあまりの豪華さに、兵士達も何事かとざわついている。
まず馬車から出てきたのは、使用人らしき男だった。
執事服を身にまとい、髪をオールバックにまとめた彼は、恭しく続いて出てくる女性の手を取って、エスコートしている。
そして続いて出てきた女性は、その馬車の迫力に負けず劣らない存在感を纏って現れた。
アップにまとめた金髪に、赤いパーティドレスの彼女は彫刻のように整った容姿で、外に出た瞬間、その場が鮮やかに彩られたようだった。
優しい微笑みを浮かべる彼女に、門番も思わず頬を赤らめていたほどである。
「えっと……申し訳ありません。招待状の方を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
そんな状態で門番の一人がそう言えたのは、ひとえに職務に誠実だったればこそだろう。
すると門番の彼にオールバックの執事が招待状を差し出した。
「これでよろしいでしょうか?」
「……は、はい! 結構です! どうぞ!」
「ありがとう」
「い、いえ! 職務ですので!」
がちがちに緊張した敬礼に見送られて、男女は城へと向かう。
……まぁ俺達なんだけどね。
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