六十四話 そして俺は灰をかぶる 7
こうやって出番を待っている時というのが一番緊張する時だと思う。
身を隠して様子を伺っているだけなにの、なんだか段々ドキドキしてきた。
それにしても二階の自室に閉じ込められていると調べはついていたが、まさか自力で侵入するとは思ってなかったぜ、セーラー戦士。
今度セーラーアサシンとでも呼んでやろうかな?
ふむ、派生形の候補にしておくとしよう。
ともかく二階の窓からごくあっさりと侵入したセーラー戦士の手際は、思った以上に鮮やかだったと言っておこう。
しかし何というか、これから女子に魔法を掛けなきゃいけないわけだよ俺。
やはりここは期待に応えるために、夢いっぱいな感じにした方がいいのだろうか?
「うむむむむ、グッツ展開出来そうなアイテムで変身? いやいや、ここは古風にステッキで? いや待て……」
だが求められているのはシンデレラである。
全世界の女の子達の夢が詰まっているわけだよ。
安直に最近のお約束を詰め込むのはいかがなものか?
セーラー戦士も多分に漏れず、期待しまくっているに違いないわけだし。
ならば応えて見せるのが、真の魔法使いと言うものじゃなかろうか? うむ。
となると演出はそれはもう楽しげに行くとして、服だけでなくメイクにもこだわらねばならないか?
「若くてかわいい女の子だ、素材を生かしたナチュラルメイクでいくもよし、目を大きく見せるメイクで意中の相手を目力で……って何を考えてるんだ俺?」
それよりも先に問題があるじゃないか俺。
そもそも初対面の俺がいきなり魔法使いだと名乗って信じてもらえるのだろうか?
今更だが、不安になってきた。
だがそこは迅速に魔法使いだとわかってもらうために、こちらの世界に合わせた魔法的演出は考えておこうと思う。
この土壇場で、心配事がどっと出てきたそんな時、ガチャリと裏手のドアが開いた音で、俺はびくりと身をすくませた。
来たー! 来ちゃった! どうしよう!
あたふたしている俺の前では、セーラー戦士の説得がまだ続いているようだった。
「ほら! あんなに舞踏会、出たがってたじゃないか!」
「駄目よ! 私じゃ……。それにドレスもないし、きっとあの人だって私の事なんて忘れているに決まってる……」
「そんなことないから! とにかく会ってみないと何もわからないだろう!」
何が彼女をそうまでさせるのか、割と必死なセーラー戦士だが、ここまで連れて来た時点でミッションはすでに締めに入っている。
固唾を飲んで成り行きを見守っていたら、ついにセーラー戦士から俺に目配せが来た。
出番か!
俺は、さっそく登場するべく、待機済みの魔法を展開させた。
魔法使いとは常に唐突に登場するもの!
影に潜り込み、彼女の足元からぬっと姿を現す。
驚かせないようにゆっくりとだ。
そして目の前に登場した俺は、紳士的に俺の方から話しかけたのだ。
「お嬢さん……お困りの様ですね?」
「ひっ!」
だというのに、なぜかシンデレラは引き攣った声で悲鳴を上げていた。
あれ? なんだか驚くというより怯えてる?
ちらりとセーラー戦士を確認すると、見るからにイラっとしているようである。
まずい、影から出る作戦は大失敗の様だ。
あれ? 魔法使いってこういう怪しい感じが基本じゃなかったけ?
俺が知る魔法使いの代表はカワズさんだ。
影からこそ現れたりはしないが、いつも自分の部屋でよくわからない大鍋をかきまぜながらシャンプーやリンスの研究をしているんだけど……。
考えてみればそんな陰からぬるりと現れる魔法使いは、子供向けの絵本には向いていない気はする……。
「あ、あなたは、悪魔? なの?」
悪魔とまで!
その勘違いはまずい! かっこいいと思ったんだけどなぁ。
だが見るからに怯えているシンデレラは、今にも悲鳴を上げそうだったものだから、これはさすがに誤解を解かねばならないだろう。
俺は焦りと、セーラー戦士の険悪な空気で頭がぐちゃぐちゃになる悪循環に陥りかけたが、それでも使命感で言葉を紡ぐ。
「あーおれ、いや私は……魔法の国からやってきた……」
これ以上警戒されるのはまずい。
考えるんだ俺!
こう、もっと根本的に甘ったるい感じの設定を色々考えていたじゃないか!
ならば!
俺はカッと目を見開き、名乗りを上げたのだ。
「そう……私は恋の魔法使い! あなたの愛の力に心を打たれ、真実の恋を成就させるためにやって来たのです!」
焦った俺はバサッと手を振り上げて思わず力説である。
ハートの光が乱れ飛び、同時に俺の頬も赤く染まった。
「……」
「……」
唖然とする女性陣の視線が痛い。
いや、セーラー戦士は噴出しそうになっているのを必死に堪えていやがる、ちくそう。
「えっと……魔法使い様? ですか?」
「そうとも! この魔法使いが、あなたの恋を手助けいたしましょうと言うわけですよ! そぅれ!」
てっとり早く俺は、待機していた鼠を呼び出して魔法を掛けると、鼠達は二頭の純白の馬へと姿を変えた。
これにはシンデレラも驚いているようだった。
「こ、これはいったい……」
「えーっと……よくわからないけど、確かに都合はいいかな?」
助けを求めるようにシンデレラはセーラー戦士に目を向けるが、肝心のセーラー戦士はグルと思われないようにするためか、もしや知り合いと思われるのが嫌なのかは知らないが、あくまで他人のふりを貫くようである。
そして戻ってくるシンデレラの視線に、何か言わなければいけないのは、当たり前だが俺の役目になるわけだ。
「な、なんというか……そう! 今日は舞踏会でございましょう? やはりあなたのような美しい方が行かねば、始まるものも始まりますまい! きっと王子様もあなたの事を待っていらっしゃる!」
「……でも私は、あの人の前に行けるような身分では」
「ですが招待はされていたはずでしょう? 領主様の誘いを例え事故であったとしても断るなどあってはならぬこと。誰かの謀だというのなら、なおさら放ってはおけますまい!」
こうなればもう自棄である。
やけっぱち気味の俺の説得にシンデレラはいまだに躊躇っているようだったが、おずおずと頷いてくれた。
あぶなー。かなり苦しかったよ俺!
でもよかった! もうだめかと思ったけど結構いけたよ!
でもそんな綺麗な瞳で見ないでおくれ!
汚れた俺にはそれだけでダメージが入るから。
セーラー戦士のはらはらした視線と、純粋に感謝の視線を送ってくるシンデレラに悶絶しそうになりながら、さっさとまた何かやらかさないうちに次の魔法に移ることにした。
「では早速、この私が真実の愛のために力を貸してしんぜよう! ではまず馬車が必要だろう! カボチャはあるかね?」
「……ちょっと待ってて!」
シンデレラは元気に返事をして、ものすごい速さでキッチンに駆け込んだが、数分してとぼとぼと何か持って戻って来た。
「ごめんなさい……ジャガイモならあったんだけど」
「……うむ! まあいい! 頑張ってみる!」
予想外です!
ジャガイモの馬車か……うーん! 出来ないことはないか?
そもそもかぼちゃで馬車なんて質量を無視するにもほどがあることだし。
「……では!」
俺はさっそくジャガイモに魔法を掛けたが、キラキラしたエフェクトをまき散らして巨大化していくじゃがいもはやはりいびつである。
だが! 何のこれしき!
形を整え、色を整え、材質の構成をとことんまで作り変えると、なんだかほとんど原型をとどめていない見事な馬車が完成していた。
馬につなげて、ついでに幻術で御者をつければ、立派な馬車の完成である。
かろうじて原型をとどめているとしたら、ちょっと土っぽい匂いがするくらいだろうか?
あと、芽が出たら毒があるかもしれないので、注意が必要です。
「そして……ふむ、その恰好はいただけないな。舞踏会に行くならドレスとメイクもいるだろう?」
続いては、努力の集大成をご覧あれだ。
パンと手を叩き、音が響くと魔法陣が飛び出して、光の星がキラキラと舞い散り、シンデレラの服に降り注ぐ。
そして、光の粒は彼女の服をすぐ様作り変えたのだ。
テーマはもちろんシンデレラである。王子様も青っぽい鎧だったし、シンデレラも青を中心とした清楚な感じのドレスにしてみたが、いかがだっただろうか?
アフターサービスも万全で、元の服に戻すことも可能だが、これは使わないに越したことはないだろう。
ちらりとセーラー戦士に視線を移すと。
おお! 右手でこっそりOKマークが出ているぞ! どうやら今回は合格のようだ。
そして注目すべきはガラスで出来た靴。
シンデレラで言う所の重要アイテムなのだが。ガラスの靴は普通に履いたら危なそうなので、物理防御力を極限まで上げる仕様である。
このガラスの靴を履いたシンデレラは、ガラスどころか高周波ブレードでも傷つけることは出来ないだろう。
ついでにメイクも、通い詰めて仲良くなった店員のお姉さんから教えてもらった、いやらしくならないパーティーメイクでばっちりである。
すかさずシンデレラの前に姿見を用意すると、シンデレラは自分の姿をまじまじと見つめながら、今起きたことが信じられないようだった。
「これが……私?」
「お綺麗ですよ、お嬢さん? さあ! これであなたの障害はなくなったわけだ。お行きなさい! 真実の愛のために!」
テレ? そんなものはちょっと前に捨てたよ。
俺はもう吹っ切れたし。
マントをばさりと振り乱しつつ、優雅に右手を胸のあたりに構え一礼。
こんなマネ、人生で一回もしたことがない。
やっぱりそのまま顔を上げられず、ぱっと消えるように姿を消した俺だった。
「……ありがとう魔法使いさん!」
だがちゃんとどころか十分すぎるほどこちらの意図は伝わったようで、感激に涙まで浮かべているシンデレラを見ればこの作戦が成功した事は間違いあるまい。
こっそり空の上に浮かびながら見送っていたわけだが、城に向かうシンデレラを見て本気で胸をなでおろした俺だった。
やればできるジャン俺。
必死にこみ上げる笑いを堪ていたセーラー戦士のぴくぴく動く真顔を見るたびに、決心がへし折れそうになったがね。
馬車を笑顔で見送った後、俺は墜落して膝をついた。
「……爆発したい。今すぐに派手に爆散したい!」
赤くなる顔を両手で覆って嘆く俺に、セーラー戦士が歩み寄ってきたが少しだけ放っておいてほしい。
「立派だったよ! うん最初は少し心配だったけど、全然大丈夫! 合格圏内だった!」
「……その割にずいぶん面白そうだったけどな」
「そんなことないよ。何か見間違えたんじゃない?」
さっと目を逸らすセーラー戦士だが、まだ笑いの余韻が残っているぞ。
だが、長く険しい戦いもこれで終わりである。
俺は何とか羞恥心から立ち直ると、終わってみたら結構楽しかったなと、すがすがしい余韻に浸っていた。
「……それじゃ俺達の役目はこれで終わりでいいだろ? あとは若い二人に任せてって奴で」
そう言って踵を返そうとした俺に、しかしセーラー戦士は真顔に戻って、俺のマントを掴む。
嫌な予感がしたが、しかしとてもじゃないが振りほどけるような力ではないだろう。
「いや……それはどうだろう? ここまでおせっかいを焼いたんだから最後まで見届けないと無責任だと思わない?
遠くからせめて声をかけるくらいの所までは見ておくべきだと思うな、太郎の魔法だし」
「一言多い! うーん……まぁ俺も、気になるっちゃ気になるけどさ」
「じゃあ急ごう! 早くしないと舞踏会が始まっちゃうよ」
「めちゃくちゃ行く気満々じゃないですか……」
結局行くことになるんですか、そうですか。
まぁ、予想はしてましたがね。
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