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六十三話 そして俺は灰をかぶる 6
「やることはわかっていると思うけど、さっそく頼むね?」

「……まぁ、頑張るわ」

 テレポートですぐさま街へととんぼ返りしてきた俺達は、さっそく準備に取り掛かることにした。

 王子様達一行があのままのペースで帰って来たとしたら、まだ三日くらいの時間はあるだろう。

 その間にやれる事はやっておこうというわけなんだけど……。

「それじゃあ私は、彼女に会いに行ってくるから。舞踏会までに少しでも行く気にさせなきゃいけないだろうし」



「……そしてセーラー戦士は姿を消しましたとさ」

 どことなく納得の出来ないものを感じながら、俺がやって来たのは貴族御用達の服飾店だった。

 俺が何でも出来ると言ったって限界はある。

 見た事もない物は作ることも出来ないというわけだ。

 つまり、わからないなら見て来こよう。そう言う事だった。

 しかし展示用の女性物ドレスを男一人、食い入るように見ているという状況がいたたまれない。

「……」

(見られている……確実に見られている)

 さっきから背後に感じる無言の店員の視線が痛すぎて、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。

 だけど、成果なしで帰ったらセーラー戦士が怒るし……。

 裁縫自体は嫌いではない、というか趣味である。

 母さんが裁縫が苦手なため、学校の雑巾を自作したのが始まりだった。

 というか本当は一瞬、目の端にでも入れれば再現は可能なんだ。

 しかし、そこは俺のクリエイティブな感性が妥協を許さない。

 せっかく頼まれたんだから、出来るだけ希望に近づけるべくシンデレラをイメージ出来る仕様にしなければならないだろう?

 なおかつパーティー会場でも注目を集めるような独創性も求められているに違いない。

「……あの、お客様」

「……ッ!」

 だが俺は突然声を掛けられて、びくりと体を震わせた。

 ちらりと声の方に視線を向けると、案の定不審顔の店員が目に入る。

 チッ、ついに声を掛けられたか。

 しかし、あとちょっとでアイデアがまとまりそうなのだ。

 となるともう少しだけ時間を稼がねばならないだろう。

 俺は不審に思われない程度の時間で考えをまとめると、にこやかに店員に振り向いた。

「あっはっは! なんでしょうか? いやぁいいデザインのドレスですね! 実に美しい! せっかくだから知り合いに一着仕立ててもらっちゃおうかな! ところで、もう少し見ていたいのですが、かまいませんかね?」

「……ええ、まぁ」

 ふっ。客にはそう嫌な顔も出来まい。

「いやぁ! 申し訳ない!」

 もっとも最終的に、二着ばかりパーティー用の服を仕立てることになってしまったが、クオリティは保証出来ることだろう。



 そんな下らないことをしていたら、あっという間に三日など過ぎてしまった。

 ミッション当日、例の彼女の家の裏で、真剣な顔の俺とセーラー戦士は顔を突き合わせていた。

「……じゃあ準備はいいかい?」

「もちろん。そっちはどんなんだよ?」

「当然大丈夫。仕込みは十分だと思うよ。後は私がタイミングよく裏庭に彼女を誘い出して……」

「そこに俺が登場すればいいわけだ」

 手順自体はそう難しいことはない。

 というか、元の世界なら、誰だって知っているだろう。

 結局の所セーラー戦士は『シンデレラ』のオマージュをやりたいだけなんだから。

 そして奇跡は続く。

 なんといじわるな継母は、領主の息子と自分の娘を結婚させるため、一計を案じて、ドレスを処分し、シンデレラを閉じ込めておこうとしたのである。

 ちなみにシンデレラが今回のターゲットである彼女のあだ名だった。

 セーラー戦士もこれには何も言わなかったどころか、むしろ喜んで使っていた。

「さて……。じゃあいくよ?」

「ちょっと待った、最後の仕上げを今からするから」

 セーラー戦士を呼び止めて、俺が取り出したのは自作のオカリナである。

 セーラー戦士の目が、また面倒くさそうなモノをと語っていたが、今回はそんなに面倒じゃないはずだった。

「オカリナ? 吹けるの?」

「……そこはどうでもいいだろう? いや、こいつは鼠を集めるのに使おうと思って作ったんだ」

 作戦当日に生き物は集めないと色々と面倒くさいので、今からやらせてもらおうとそういうわけである。

「……なんでオカリナなのさ?」

「オカリナは図工で作ったことあったんで」

「それもすごいね……」

 実際オカリナは思ったよりも良い出来だった。

 それになんかごちゃごちゃパーツのある管楽器なんて作れませんよ。

 本当は鼠を集めるのに笛なんて吹く意味はあまりないけれど、そこは時間がたっぷりあったのでおまけである。

 俺はさっそくオカリナを吹いてみたが、さすがに練習の時間まではなかったので適当だった。

 笛自体はちゃんと出来ていたようで、ピロピロピロ~と調子はずれな音が響いていたが。

「……ひぃ!!」

 俺は雰囲気を出すため目を瞑って笛を吹いていたのだが、いきなり腕を掴まれた。

 突然俺の腕にセーラー戦士が抱き着いてきて悲鳴を上げたのである。

「おう? いったいなんなんだ?」

 俺はうれしいハプニングに目を開けると……。

「ひぃ!!」

 ヤッパリ悲鳴を上げてセーラー戦士に抱き着いた。

 ざわざわ暗い影がうごめいている。

 俺達の周囲には、真っ黒になる位に大量の鼠がひしめいていたのである。

 鼠といえどこれだけ集まると、さすがに気持ちが悪い。

 セーラー戦士は涙目で俺の襟首を掴んで、がくがく振ってきていた。

「何やってるんだよ! 早く! どうにかして!」

「……りょう……かいです。っていうか揺すらないで……脳みそがムースにな……うぷ。あー、鼠さん達解散でお願いしまーす。あー、二匹だけ残っててね」

 何とか絞り出した俺の号令でざざーーと波のように鼠が引いてゆくと、ようやくセーラー戦士はほっと一息ついたようだった。

 だが崩れ落ちたセーラー戦士はすぐに立ち上がると、怒り心頭で俺に詰め寄って来た。

「今のはない! 今のはないってば!」

「でもホラ、あれだけ見たら、もう鼠二匹なんか怖くないでしょ……?」

 俺の手の中には完全に制御下にある鼠が二匹、敬礼をしているのを見て、しかしセーラー戦士は顔を引きつらせていた。

 こうやって見ると結構かわいいのに。

「そういう問題じゃないだろ!」

「ですよねー」

 いやいや、俺も正直鳥肌が立ったんですけどね。

「とりあえず、鼠の捕獲は成功なんだから、よしとしましょう。後はかぼちゃだっけ?」

「はぁ、もう……そんなのキッチンにあるだろ? とりあえずこれで準備は完了だね。なんだか緊張してきた」

「まぁワクワクは俺もしますけど」

 手間もかかっているので当然である。

 それに今の格好も、気分を高揚させるのに一役買っているのは間違いないだろう。

 俺もいつもの黒いシャツとジーパンの他に、それっぽい黒い三角帽子とお揃いの色のマントを身に着けていた。その姿は一見すると、絵本に出てくる魔法使いのように見えなくもない。

 愛用のくたびれた茶色いマントは、汚いとセーラー戦士に却下されてしまったのだ。

 俺のそんな姿を見て少しだけ不安そうな顔をしたセーラ戦士は、何故か心配そうに俺に釘をさす。

「……それじゃあ、お願いだよ? この作戦で一番大事なのはどうやってシンデレラをお城の舞踏会に向かわせるか、なんだからね?」

「おいおい、俺にあまり多くを求めるなよ? はっきり言って自信とかないんだから」

「それでも、やってもらわないとね。じゃあ本当に頼むよ!」

 セーラー戦士はそう言って、シンデレラを呼びに行くべく屋敷に侵入していった。

 本当にうまくいくんだろうか?

 セーラー戦士があんまり念を押すもんだから、俺も不安になって来たよ。

 しかし、まぁ相思相愛の確率は低くないんだし。

 馬車まで用意されたらさすがに城くらいには行くだろう。

 そう勝算は低くはないと思われた。


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